万能スキル『簒奪』で、人生も世界も終わる。
女神ルゼリア。
アルトゼリアという世界を統べる唯一神にして、全知全能の神。
彼女はいつまでも続く魔族と人間族の争いに終止符を打つために、異界より様々な人物を召喚した。
勇者と呼ぶに相応しい少年。そして、その周囲に居た友人たち。それから、たまたま同じ教室に居ただけのクラスメイトが数人。
昔のラノベで流行った、異世界転移だった。
放課後の、バスを利用している生徒達だけの空き時間。だからこそ、この転移で犠牲になったのは10人に満たない、8名だけ。
例に漏れず、彼ら8人は転移の際に能力を与えられた。高い身体能力に、ずば抜けた成長性。それと、スキルだ。
体格のいい生徒には『剛腕』
知能の高い生徒には『賢者』
クラスの中心的存在で、まさに少年漫画に出てくるような生徒には『勇者』
それぞれに、彼らの特性に合ったスキルだった。
その中に一人だけ、異質なスキルを与えられた生徒が居た。
「……え?」
そこにはたしかに、『簒奪』とだけ書かれていた。
少年はただ巻き込まれただけで、だからこそ少しワクワクしていた。
しかし、どれだけ訓練を積もうとそのスキルを使う事が出来なかった。
彼の周りのクラスメイトたちは全員メキメキと頭角を現しているのに対して、彼だけは召喚された当時のまま。
そしてついに、彼は放逐されてしまう。
国としても、弱いままで何も出来ない少年を、勇者たちと同じ土俵に立っていて欲しく無かったのだろう。
勇者たちには『彼は勇者たちに迷惑をかけたくないと出ていった』ことにして、最低限の金銭と装備で少年を放り出した。
それでも彼は諦めなかった。ラノベでもよくある成り上がり系だろうとタカをくくっていたのもある。
現実感が無かったのだ。
しかし、機密事項である勇者たちの個人情報や、彼らの弱点に成りうる少年が放置される訳がなく、彼には暗殺者が送られた。国として彼の死は『敵国の暗殺者に殺された』ことにするつもりだった。
予想外だったのは、彼がそこで初めてスキル『簒奪』を使用出来たことだった。
それが出来たのは、本当に偶然だった。
彼は、持っていた剣を剥き身のまま、前方へ投擲しただけだった。
ラノベではよく、こういう所に暗殺者が潜んでいる! という夢見がちな思い込みと、幸運。
その時、本当にそこに居た暗殺者の心臓を、その剣が穿いたのだ。
かくして、彼のスキルは発動する。
その能力は凄まじく、彼は暗殺者の持っていた技能、身体能力、スキル、外見、性格、そして、記憶まで全て『簒奪』してしまった。
スキル発動要因は、相手の殺害。
ここから始まるのは、お気楽主人公の成り上がり物語なんてものじゃなく、血腥く、おぞましく、それでいて誰も救われない、ただの地獄だった。
簒奪された人々の全てを忘れられず、少年は侵食されていく。
「俺が、消えてく。おれは、あれ、僕? だれ、分からない」
頭の中で、少年が殺した人物達を簒奪した人格が、少年という存在を塗りつぶしていく。
「やだ、消えたくない、帰りたい。どうして?」
レベルが上がるたびに、人生が、人格が増えていく。
「ぁぁあぁあぁぁあぁああまって、いやだ、やだよ、ここどこ? おかあさん」
少年は生きた災害とまで言われるようになった。
『大丈夫か? 安心しろ、兄ちゃんがついてる』
「だれ……? お兄ちゃんだれ?」
常に命を狙われ、疲弊し、侵食されていく少年は、記憶が混濁していく。
『俺は、お前の双子の兄。だから大丈夫、あとは俺に任せてゆっくり寝ろ』
「……わかった。おやすみお兄ちゃん」
「………………さて、お前らの相手は俺だ、かかってこい……殺してやる」
そして少年は耐え切れず、存在もしなかった兄という別人格を生み出した。
かくして少年は、世界の敵となる。
「弟を殺す世界なんぞ、全部全部全部全部全部全部全部全部、ぶっ壊してやる」
そんな夢を見たんだ。
メンタルどうなってんの??(自問自答)