出逢いと本性
仁くん。
美しく、薔薇のような、砂糖菓子のような声。
教室で、俺に向けてそんな声をかけたのは学校一の清楚を誇る少女、小野瀬名である。
こんな生活が始まったのはこの学校に入ってから。
俺、佐々木仁は合格発表のボードを見ていた。
ギリギリで受かって本当にホッとしたのを覚えている。
ただ、唯一災難だったのは、人混みに流されて足をくじいてしまったことだ。
大丈夫?
転んでしまった俺に声をかけたのは、如何にも優等生ですよというオーラを撒き散らす少女。
黒のロングで、優しく微笑みかける女神のような少女は俺の手を引きそっと立たせてくれた。
「怪我、ないですか?」
「大丈夫…です」
「よかったぁ!」
それでは、お大事に!
と綺麗な足取りで門をくぐっていった。
これが彼女との出会い…なのだが、最初のイメージと全然違う。
あのザ・清楚感は本当にどこかへ飛んでいってしまったのではないかと思った。
だって目の前にいるのは…
「あれ、じんくん無視?おーい、生きてるぅ?」
ただのクソガキ。
外ではこんな姿見ないから、基本的に俺のいる空き教室だけらしい。
本当になぜこうなったのだろうか。
「うるさい…」
「でも反応しないのが悪くなぁい?」
なんだこいつ、ウゼェ…
こちらを嘲笑う瀬名は顔を近づける。
顔を動かしたらキスが出来そうなくらいの近さ。
じりじりと雨に濡れたサンカヨウの様な目で近づいてくる瀬名はなんだかほんのり顔が赤い気がして、イケるかもって、顔を少し動かして瀬名の唇との距離が1cmを越えた途端、チャイムが鳴り響いた。
瀬名はさっと離れて咳払いをして、
いつもの美しいすずらんの花のような笑顔で
「それでは、また、仁君。」
そう言って去っていった。
本当になんなんだ、アイツ。
文武両道の美少女優等生、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花なんてちやほやされて。中身は俺みたいな陰キャを揶揄うとんでもない悪女じゃないか。
嫌味を心にぶつけ、あの女の姿を目の片隅に入れながら教室を出た。
***
ああ…どうしようどうしようどうしよう!
仁君と…?キスしかけて…それで…?
やば、興奮している…顔赤くないかな…
教室に戻りながら火照った体を冷やす。
この学校には三大美少女なるものが存在する。
その一人が私、美少女の小野瀬名だ。
自分で言うのもなんだが、テストの点数も良く、運動もでき、気遣いもでき、清楚。まさに完璧美少女である。三大美少女の清楚枠だ。
…なのだが、私は昔からオンオフが激しいと言われ付き合った人とすぐに別れてしまう。オンは清楚だが、オフは人を揶揄うただの小学生だってさ。
みんな、私のオンの部分だけ好きになる。清楚な小野瀬名を好きになっていって、オフの方は誰も愛さない。それが嫌なんだ。だから告白されても断っている。もし、付き合うなら私の全部を愛してくれる人と一生を添い遂げたいから。
恋をしようと思わなかった私は、遅めの初恋をした。
合格発表の日。合格しているのを見て、第一志望が受かったことに安堵し、去ろうとした。
その時、後ろで人が倒れる音がして。
振り向くと男性が足をおさえて崩れていた。
私は清楚だから、彼を助ける。そうじゃなきゃキャラが崩れちゃうから。
声をかけて、手を引く。
すると、目の前にいるのは彗星のような人だった。
彼に吸い込まれるような感覚がした。
心臓の鼓動がいつもより激しかった。
ああ、恋をしたんだなって。
その時に初めて感じた。
ただ、人を好きになるなんて初めてで、どうしたらアピール?できるか考えた。
そしたら、まずオフの私を知ってもらうことが大事だと思ったんだ。
だから休み時間にいつも彼がいる空き教室に通う。
全部を知ってもらうために。
愛してもらうために。
いろんなことを考えてたら、いつのまにか教室についていた。
さて、次の授業の準備しなきゃな。