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21 再会の時

前編「あなたの運命、何色ですか?」も是非お読みください。

 スアンは、パトカーの後部座席に乗って、車窓の景色を何となく眺めていた。

 別に、罪を犯して逮捕されたわけではない。


 警視庁からミンが発見されたとの連絡を受けたからだ。

「警察車両を向かわせるから、これから下仁田に行けるか」と訊かれた。

 二つ返事で行けると答えた。


 ミンは、やはり下仁田にいた。下仁田の「希望の農園」の事務所にいた。

 事務所にいたと言っても、監禁されていたらしい……想像しただけで、胸が締め付けられる。

 ミン、大丈夫なの?

 早く会いたい……

 事務所は今、警察の捜査で大変な騒ぎになっているらしい……

 農園の事務所というのは表向きの姿で、その実態はカルト教団の宗教施設。

 そのカルト教団の教祖がファイサルだったらしい。


 スアンは頭が混乱して事実を受け止められない。整理できない。


 一体、何がどうなっているの?

 死んだと思っていたファイサルが実は生きていた。

 それどころか、ファイサルはカルト教団の首謀者。

 あの時、ミンと一緒に初めて日本に来たんじゃなかったの?

 ファイサルがどうしてミンを監禁する必要があるの?

 友達でしょ?

 カルト教団って、ファイサルは以前ストリートギャングをしていたらしいけど、宗教活動もしていたってこと?

 理解出来ない……

 ファイサルが生きているとして、私とYUKIさんが発見現場を確認しに行った、あの脚の持ち主は一体誰だったんだろう?

 ……時が経てば、事実は明らかになるのかしら?

 とにかく、今の私は、ミンが生きているだけで安心だ。

 ホッとした。

 でも、状態は良くないみたい。

 精密検査と入院加療が必要らしい。

 それでも大丈夫。

 生きていれば、取り戻せる。

 必ず取り戻せる。

 神様、お願いです。どうかミンをお守りください……


「もうすぐ下仁田に着きますよ。」

 助手席に座っている捜査員の人が教えてくれた。

「ミンさん、見つかってよかったですね。」


「はい。生きていてくれて、本当によかったです。」


 運転している捜査員の人も頷いていた。

「お知り合いの方も下仁田にいるみたいですね。

 詳しくは分かりませんけど。」


「はい。そうらしいです。」


 そうそう。YUKIさんとラウーラさんが下仁田にいるらしい。

 どういうことなんだろう?

 全然知らなかった。

 2人のスマホに連絡を取ったけど、繋がらなかった。

 送信したメッセージも既読にならない。

 どうなっているのか、状況が掴めない。

 全ては下仁田の事務所に着いてからだ。


 複雑な思いのスアンを乗せたパトカーは、間もなく事務所に着いた。


「着きました。

 ちょっとここで待っていてください。

 ミンさんの担当者を呼んできます。」


「ありがとうございます。」

 スアンがパトカーから降りると、日が暮れた下仁田の町中はヒンヤリとして肌寒かった。

 事務所の周りには、パトカー、救急車、消防車、その他様々な車両が想像以上に多く止まっていて、ルーフの上に付いている赤や青の回転灯の眩い光が、フラッシュライトのように闇に溶け込んでいる事務所の建物を照らし出していた。

 そして、いくつものライトが点滅している規制線の中を警察の捜査員たちが慌ただしく駆け回っていた。

 規制線の外には野次馬に紛れてマスコミの関係者らしき人間もいた。


 スアンがその場にたたずんで待っていると、担架で運ばれて来た中年の男性がスアンの近くに止まっていた救急車に乗せられた。

 その中年男性は意識がないのか、目を閉じたままだった。

 視線をその男性の身体に移すと、シャツの脇腹の辺りが真っ赤に染まっていた。

 怪我をしているみたい……

 大丈夫なのかな?


 スアンにはその男性の姿がミンと重なって見えた。


 救急隊員が周りの捜査員たちに声を掛けた。

「付き添って病院に行く人はいますか?」


「とにかく、病院に急いでくれ。

 北海道警の捜査員の人だ。北海道警には連絡してある。

 よろしく頼む。」

 担架を運んできた捜査員が応じた。


「分かりました。急いで病院に向かいます。」

 救急隊員は救急車のドアを閉めた。


 その怪我をした捜査員を乗せた救急車は、回転灯をつけてサイレンを鳴らしながら慌ただしく出発した。


 ミンはどこ?

 病院に連れていかれたのかしら?

 救急車を見送ったスアンはキョロキョロとミンを探した。

 すると、人垣の隙間から、車イスに乗った人が運ばれてくるのが見えた。


「すみません。」

 スアンは人垣をかき分けて進んだ。

 そして、規制線のところまで来ると、その車イスの人物をじっくりと見た。

「あっ……」

 スアンはそう言ったきり、開いた口が塞がらなかった。


 最初、車イスに乗っている、目が落ちくぼんでやせ細った人物がミンだとは思えなかった。別人だと思った。

 でも、間違いない。

 変わり果てた姿だったけど、車イスの人物はミンだ。


 スアンの瞳から涙がひと粒、ふた粒とこぼれ落ちた。

 気が付けば、ミンに駆け寄って、抱きしめていた。


『ミン……ようやく会えたね。

 ずっと探していた……

 ……こんなに痩せちゃったのね。』

 スアンはミンの頬を優しく撫でた。


『……』

 ミンは、喜ぶでもなく嫌がるでもなく、無反応でされるがままの状態だった。


 反応のないミンの姿に、スアンは一層悲しくなってきた。

 また、涙が溢れる。

『ミン、私はいつでも側にいるからね。

 必ず良くなるわ。大丈夫。

 焦らないで治しましょう。』

 スアンはもう一度ミンを抱き締めた。


 スアンに抱き締められたミンは、スアンのことを憶えているのかいないのか、はっきりしない反応だったが、震える手で力なくスアンの肩を抱いた。


「捜索願を出されたご家族の方ですか?」

 ミンの車イスを押してきた医師がスアンに訊いた。


「いいえ。家族ではありませんが、親しい友人です。

 捜索願を出しました。

 グエン・スアンといいます。」

 スアンは涙を拭いながら答えた。


「ミンさんの容体はあまりよくありません。」


「病気ですか?」


「はい。かなり重い麻薬中毒、依存症の可能性が高い。

 身体も随分衰弱しています。

 危険な状態と言えます。

 一刻も早く入院して、治療を開始する必要があると思います。」


「分かりました。

 ミンの家族にも連絡します。」


「では、救急車に乗って病院に行きましょう。」


「はい。お願いします。」

 スアンがそう答えた時、人垣の中からラウーラが現れた。


「スアン、着いたのね。」

 ラウーラは努めて明るくスアンに訊いた。


「先生、少しだけ時間をください。」

 スアンは、医師に頭下げると、ラウーラのところに走った。


「ラウーラさんっ!どうしてここに?」


「この事務所の実態を知ろうと思って……

 それで、YUKIちゃんとここへ来たの。

 そうしたら、大変なことになってしまった。」


「YUKIさんも一緒ですか?ここにいるんですか?」


「うん。一緒だったんだけど……」


「けど……?」


「……ファイルにさらわれてしまった……」


「えっ?さらわれた?」


「ええ。

 刑事さんが追いかけたんだけど、どうなったのか……その辺が分かってなくて……」


「そ、そんな……せっかくミンが見つかったと思ったら、今度はYUKIさんがファイサルにさらわれたなんて……

 どうしよう……私のせいです。」

 スアンは青ざめて、唇は震えていた。


「自分を責めないで。

 今日ここにYUKIちゃんを連れてきたのは私なんだから……私の責任。」


「でも、元々は私がラウーラさんとYUKIさんを巻き込んでしまって……」


「巻き込まれたなんて少しも思っていない。

 YUKIちゃんだって、きっとそう言うと思うわ。

 YUKIちゃんが無事を戻って来るように祈りましょう。

 それくらいしか出来ない……」


「……はい。」


「それにしても、ファイサルは人の風上にも置けないわね。

 精神が崩壊している。狂っている。」

 ラウーラは吐き捨てるように言った。


「ファイサルですか?」


「そう。日本の中にヤンゴンを作ろうとしていたらしいわ。

 人々を宗教でがんじがらめにして。

 宗教と言っても、自分の出身地方の密教の真似事をしたカルト教団。

 信者を麻薬で手なずけて操っていた。

 教団の資金源も麻薬。」


 スアンは眉をひそめて聞いていた。

「ファイサルは私が来る前から日本にいたんですね?」


「そうらしいわ。」


「最初から騙されていたんですね。私とミン……」


「相手が相手だから……

 さ、YUKIちゃんのことは私に任せて。

 スアン、あなたは今、ミンと一緒にいてあげなさい。

 ミンにはあなたしかいないでしょ。」


「でも……」


「でもじゃないの。

 ここにいても何もできないでしょ?」


「そうかも知れませんけど……」


「私がここにいる。

 何かあったらスアンに知らせるから、お行きなさい。」


「……はい。分かりました。

 YUKIさんのこと、よろしくお願いします。」

 スアンはミンの車イスを押して救急車に乗り込んだ。


励みになりますので、応援コメントなどをお待ちしています。


よろしくお願いします。

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