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17 ファイサルの正体

前編「あなたの運命、何色ですか?」も是非お読みください。

「うっ、うぅーーん。」

 お香のような薫りを嗅いだ私は、ゆっくりと目を開いた。

 視線を自分の身体に落とすと、再びイスに座らされて、拘束されていた。

 そうと分かった瞬間、奈落の底に突き落とされたかのような気がした。


 しまったぁ……

 あの時、真っ直ぐトイレに行っていれば、捕まらずに済んだかも知れない。

 後悔先に立たず……ラウーラさん、ごめんなさい。


 ……ラウーラさんはどうしているんだろう?


 私は周りを確認した。

 でも、確認するまでもなく、すぐに分かった。最初にいたあの部屋じゃない。

 何なの、ここ?

 お香の薫りが漂っている。

 希望の農園の事務所の中よね?


 そう思い込もうとしても、私の目の前には信じ難い光景が広がっていた。

 私のちょうど正面には、きらびやかな祭壇のようものが据えられている。

 その祭壇の柱や梁、そして棚には、植物の弦のような細かい彫刻が施されていて、金箔を貼っているのか黄金色に輝いていた。眩いくらい……


 その祭壇の中心には偶像?が祀られていた。

 その偶像……前に見たことがある。

 茶色っぽい人の頭蓋骨に鎖が巻き付いている。

 ファイサルの足首に入っているタトゥーと同じものだ。スアンに教えてもらった。

 ……あの頭蓋骨、まさか本物じゃないわよね?

 なんか大きさがリアル。

 すごく古そう……

 何なの?ギャングの祭壇???


「……YUKIちゃんっ!」


 えっ?


「YUKIちゃんっ!」


「……はい?」

 私は、いまいち状況が飲み込めていない……


「よかったぁ、気が付いた?

 目覚めなかったら、どうしようと思っちゃった。」


 あっ!

 ラウーラさんの声だ。

 なんだか、すごく懐かしい気がする。

 不思議……


 声のする方に視線を移すとラウーラさんがいた。

 ああ、よかった……

 あれっ?

 ラウーラさんも私も口に粘着テープを貼られていない。

 どうして?

 声を上げても、無駄ってこと?

 絶望的な状況だけど、ラウーラさんが近くにいて安心する。


 ラウーラさんは1メートルくらい離れた左横に、私と同じようにイスに座らされていた。


「ラウーラさん、ごめんなさい。捕まってしまいました……」


「大丈夫、大丈夫。気にしないで。

 生きていることが大切。ね、YUKIちゃん?」


「はい……すみません。」


「謝らないの。いい?」


「……すみません。

 ……あの……ここ、同じ事務所の中、ですよね?」


「ええ。事務所の中の地下室。

 私は、最初に捕まっていた部屋からここに連れてこられた。

 そうしたら、YUKIちゃんがイスに座らされていたの。

 目を閉じていて、ピクリとも動かないから、まさかと思っちゃって……」


 地下室……そうとは思えないくらいに広い空間だ。天井も高い。

 ただ、壁や天井はコンクリートの打ちっぱなしのままで寒々とした印象を受ける。


「……私、トイレに行こうとしたら、地下に降りる扉を見つけて……

 そうしたら、あの小部屋にいた男に見つかってしまって……

 逃げようとして扉の中に入ったら、地下から別の男が……

 それで、捕まって……」

 …………

 …………

 …………そうだっ!ファイサルだっ!ファイサルがここにいるっ!

 こんな大事なことを忘れていた。

「ラウーラさん、ホントかどうか分からないんですけど、ファイサルがいるんです。」


「ええ。」


「じゃなくて、ここにいるんですっ!」


「ええ、知っているわ。」


「えっ?」


「そこにいる男でしょ?」

 ラウーラさんが首をめぐらせた。


「そこにいる?」

 私はラウーラさんの視線の先を見た。


 そこには、赤いローブを身にまとった男が、陳腐な玉座のような派手な装飾を施したイスに掛けて、笑みをたたえながらこちらを見ていた。

 そして、その男の左側には、階段で出会った黒いローブの男が付き従うように立っていた。

 2人の前には、いつの間にやって来たのか、大部屋にいた作業員たちが集まっている。


「ファイサルって、あのファイサルなんですか?

 スアンの彼氏の幼なじみ……」


「そうみたいよ。自分で言っていたわ。」


「じゃあ、見つかった脚は、一体、誰の脚なんですか?」


「本人に訊いてみる?」


「えっ?いや、でも、私の鑑定、見事に外れていたんですね……

 どうしよう……」


「何か見落としていたんじゃない?

 何度もスアンをみて同じ結果になるんだから、見落としがあるんじゃない?」


「見落としですか?」

 私、見えているのに、見ていないものがある?

 何だろう……そう言われると、何か見落としているかも知れない。

 そんなに気がしてきた。

 亡くなっていると鑑定した人が生きているんだから、見落としがある。

 真逆の鑑定をしてしまった……

 ラウーラさんの言う通り。


 ファイサルのことを念じたスアンの光彩は深く濃い紺、ファイサルイコール死という意味。

 限りなく黒に近い濃紺……

 黒に近い紺……

 黒に近い……

 黒になる……

 黒になった?

 紺が黒に……そうか……そういうことなんだ……やっと溜飲が下がった。

 濃紺が黒に変質した。

 全然気が付かなかった。

 スアンにとってのファイサル、つまりミンの友人としてのファイサルは死んで、あそこにいる、ローブを身に纏ったファイサルとして再生した。

 それが正しい鑑定結果。


 この事務所の屋根やこの地下室の扉にまとわり付いていた暗黒の光彩……その原因がファイサル。

 ファイサルは、ミンの友人としての顔が消えていって、こうやって私たちを拉致している犯罪者の顔を現した……濃紺から黒。

 そういうことだ。きっと……


 ファイサルがスアンの彼氏の友達だから、いい人なんだっていう前提で鑑定していた。

 私、初めから色眼鏡でファイサルの光彩を見ていた。

 一番してはならないことをしてしまった……私、サイテー……

 ファイサルの光彩は黒。危険人物の漆黒。

 最初から正しい鑑定が出来ていれば、こうなっていなかったと思う。


「はあ……」

 私は自分でもビックリするくらい大きなため息をついた。


「YUKIちゃん、大丈夫?」

 ラウーラさんが驚いたように訊いてきた。


「あっ、はい。すみません。

 私、間違った鑑定をしていました。」


「気にしちゃダメよ。引きずらないで。

 今をどうするか、それを考えましょう。

 だって私たち、こんな状態よ。」


「そ、そうですね。」

 私は現実に引き戻された。


 ファイサルは何も言わず私たちをじっと見たままだ。


 私は、ようやくファイサルの顔をまじまじと見つめた。

 うわっ!

 思わず、心の中で驚きの声を上げた。

 な、なに?あの光彩?

 あんなにおどろおどろしい闇の光彩ってみたことない……

 しかも、顔の輪郭に沿って薄く広がっている光彩とは違って、上半身から頭上5、60センチの高さまで、まるで真夏の入道雲のようにもくもくと湧き上がっていた。

 あんな大きな闇の光彩が私以外の人には見えていないなんて信じられない。


「ここ、何なんでしょう?」

 私は正面の祭壇を見ながらラウーラさんに訊いた。


「宗教施設の本堂ってところかしら。」


「でも、あそこに祀ってあるの、ドクロですよ。」


「ドクロを祀ることが正しいのかは分からないけど、祭壇はヤンガンの密教のものみたい。

 昔、写真で見た事がある。似ているような気がする。」


「ラウーラさんのおばあさんが住んでいた?」


「そう。前に話した結界を張る儀式も、あの土地で信仰されている密教の教えに基づくものみたいなの。」


「その密教の祭壇がここにあるということですか?」


「そうらしいわね。」


「それを作ったのは……ファイサル。」


「そうみたい。」


「死んだと思っていたファイサルが日本にヤンガンの密教を興した……ということですか?」


「ええ、その理由は分からないけど。

 そこに腰かけて薄ら笑いを浮かべている本人に訊いてみましょうか。」


 捕らわれているのに、ラウーラさん、めっちゃ強気。


『そこのあなたっ!ファイサルっ!そんな祭壇を作って、何をしようとしてんのよ?』


『ヤンガンの言葉を話せるのか?』


『見ればわかるでしょ?

 だから、何をしようとしているのよ?あんたは。』


『うん?

 ……まあ、そんなに知りたいのなら、冥途の土産に教えてやるよ。

 日本の中にヤンガンを造る……それが俺の目的だ。』


『ヤンガンを造る?日本に?』


『そうだ。この日本にだ。

日本は、世界大戦の敗戦から奇跡の復活を遂げた、ミラクルな国だ。

 日本には地球の霊力が流れ込んでいる。

 その霊力によって奇跡が起きるんだ。

 この国の霊力を利用して、この国でヤンガンを再興させる。

 俺はそれを成し遂げる。

 その為に、ここにいる。』


『日本は、先人たちの血の滲むような、そしてひたむきな努力と不屈の精神力で復興したのよ。

 霊力だけではないわ。

 霊力を利用して、ヤンガンを造る?そんな絵空事……』


『絵空事かどうかは、これから分かる。

 俺が生まれ育った故郷に伝わる密教の力が、どれほどに強いものなのか知っているか?

 俺と同志たちは断ち切ることができない絆で繋がっている。

 必ず成し遂げる。』


『絆で繋がっているだけでは、そんな大それたことは成し遂げられないわよ。

 そんなに上手く行かない。』


『ああ。何をするにも先立つものが必要だ。特にこの国ではな。心得ているよ。

 俺たちには錬金術がある。何の問題もない。』


『まさか……ケシの実じゃないでしょうね?』


『……やけに詳しいな。グエン・スアンのせいか?』


『スアンは関係ないわ。』


『どうだか……』


『農場で栽培しているの、下仁田ネギじゃなくてケシの実なんでしょ?』


『ご想像にお任せするよ。』


 …………

 ラウーラさんはファイサルと何を話しているの?

 ヤンガンの言葉が分からない……

 私は、ラウーラさんとファイサルのやり取りを聞いていたけど、話の内容がまったく分からなかった。


「ラウーラさん、何か分かりましたか?」


「うん。

 とんでもない考えに憑りつかれているみたいよ、ここにいる男たち。」

 ラウーラさんは、かいつまんで話の内容を教えてくれた。


「それで、ミンは今どこに居るのか分かりますか?」


「聞いてみるわ。この空間の支配者みたいだから、何でも喋りそうよ。」


「お願いします。」


『ファイサル、一つ教えてくれる?私たちがここに来た理由でもあるから。』


『なんだ?』


『あなたの友達のミン、今、どこでどうしているの?

 あなたが捕らえているんでしょ?

 スアンが心配しているのよ。可哀そうに憔悴しきっているわ。』


『ミンか……いるよ。

 でも、スアンの所には戻らないんじゃないかな。』


『どういうこと?愛情が無くなったってこと?』


『まあ、そんなところだ。』


『嘘。

 本当は違うんじゃない?

 スアンとミンは深く愛し合っていたはずよ。そう簡単に愛が無くなったりはしないでしょ。

 ミンがもうスアンに会わないとしたら、何か大きな変化があったからだと思うわ。

 違う?』


『変化……そうかも知れない。』


『あなたがその変化。』


『……そうかな。』


『ミンに何をしたのよ?』


『スアンなんかといたって、どうにもならないんだ。

 幼なじみだから、目をかけてやったのに。

 全てミン自身が撒いた種だ。あいつが悪いんだ。

 わざわざヤンガンに戻って、日本に連れてきてやったのに……

 それにスアンだ。

 あの女、しゃしゃり出やがって……

 あいつが日本に留学して来なければ、こんなことにならなかった。』


『どういうこと?』


『ミンもミンだっ!

 俺の言う通りにしていれば、全て上手く行くのに。

 生意気に反抗しやがって……』


『あなたの悪事に手を染めさせようとしたのね?』


『悪事じゃないっ!理想だっ!』


『ミンに何をしたの?』


『大人しくするように、薬を与えただけだよ。』


『薬って、アヘンかヘロインじゃないの?』


『なかなか感がいいね。』


『なんてことを……

 あなたの親友でしょ?』


『親友だから、殺さずに近くに置いているんだ。

 よく見なよ、この信者たちを。

 みんな幸せそうじゃないか?

 俺のためなら、命を落とすこともいとわない。』


 作業員たちは、床に座り込んだまま、上半身をユラユラと揺らしながら半笑いになっていた。

 吸引したヘロインの作用でトランス状態にでもなっているようだ。


『……服従させるために薬漬けにしているの?

 なんてことをするの?

 それでも人間?人の心を持っているの?

 これが神に仕える人の姿?』


『何とでも言えばいい。俺は信者が欲しいという物を与えているだけだ。

 俺の信念は揺るぎない。』


『ミンに会わせてよ。スアンを安心させたいの。』


『俺の邪魔をする奴は排除するだけだ。あの女もそうだ。』


『スアンに手を出したら許さないわよっ!』


『許さないって、少しは自分が置かれている状況を考えた方がいいんじゃないのか?』


『スアンには手を出さないで。』


『それは約束できないけど、ミンには会わせてあげるよ。最期だし……』


『ユン。』

 ファイサルは隣の黒いローブの男に目配せした。


 ユンと呼ばれた黒いローブの男は、ファイサルにうなずくと祭壇の後ろに消えた。


 ラウーラさんとファイサルの会話が途切れたタイミングで、ラウーラさんは私に会話の内容を説明してくれた。

「ようやく、ミンに会えるみたいよ。」


「はい。

 ……ラウーラさん、私たち、生きてここから出られますか?」


 ラウーラさんは小さく頷くだけだった。


 ◇


 数分後

 ユンが祭壇の後ろから現れた。

 その両手には車椅子の取っ手が握られていた。

 ユンが押している車椅子にはミンと思しき男が座っていた。

 明らかに不健全に体重が落ちているようで、肌ツヤが悪く、両目も落ちくぼんでいた。

 両手両足は痙攣しているように小刻みに震えていた。

 そして、餌を欲しがる池の鯉のように、口をパクパクと開けたり閉じたりしていた。


「な、なんてひどいことをするの?」

 その痛々しい姿を目の当たりにして、私は目を背けてしまった。


励みになりますので、応援コメントなどをお待ちしています。


よろしくお願いします。

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