表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

16 密売組織

前編「あなたの運命、何色ですか?」も是非お読みください。

 警視庁捜査第一課


 一課の事務室は捜査員がほとんど出払っていて、高宮のほか数人しかいなかった。


 高宮は電話の受話器を持ち上げると、北海道警の根室警察署刑事課の松延に電話を架けた。

 数回の発信音の後、相手が応答した。


「はい、お待たせ致しました。根室警察署の総務課です。」


「お世話になっております。私、警視庁捜査一課の高宮と申します。

 刑事課の松延さん、いらっしゃいますか?」


「刑事課の松延ですね。少々お待ちください。」


「ありがとうございます。」


 若干、間があいて、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「はい、松延です。高宮君かい?」


「はい、高宮です。

 先日は大変お世話になりました。」


「こちらこそ。

 それで、電話してきたのは何の件だい?宗谷岬の件かい?」


「はい。お察しの通りです。」


「向こうの事件は稚内署の管轄だし、うちの本部が主導しているから、俺は小間使いみたいなもんさ。あまり情報も共有されていないんだよ。」


「そうですか。」


「ああ。詳しいことを聞きたいんなら、合同捜査本部の管理官か稚内署の刑事課に確認した方がいいよ。」


「はい、分かりました。

 ただ、松延さんに先日の御礼も言いたかったので……」


「気遣いしなくていいよ。お互いに仕事だしね。

 ……でも、若いのに律儀だねぇ。」


「いえ、そんなことは……

 それで、松延さんの把握している範囲で構わないんですが、宗谷岬で見つかった右腕、やはり両脚の持ち主と同一人物の腕ですよね?」


「ああ。十中八九間違いないな。日本中がそう思っているだろ?」


「確かに。

 実行犯の意図は分かりますか?」


「意図?」


「はい。両脚と右腕を遺棄した場所の地理的な関連と言いますか、理由と言いますか……」


「……そうだな。今どきの捜査では、SNSというかネットの情報も無くてはならないものになっているよな。

 おじさんには付いて行けなくなるよ。」


「……はあ。それって、なんか関係があるんですか?」


「考え方の参考になるってことさ。

 ネットでは、今回の遺棄は日本の本土の東西南北の端に置いていっているって話で持ちきりだ。

 だから、次は日本本土の最南端、鹿児島の佐多岬で左腕が見つかるって、ネットのにわか刑事たちが書き込んでいるよ。」


「はい、そうですね。……それで、松延さんの考えは?」


「ネット民に賛成。

 でも、これだけ世間を賑わせちまったから、犯人を見つけようとしている輩が佐多岬に押し寄せているから、佐多岬に左腕を遺棄することは難しそうだな。」


「そうですね。実行は難しそうですね。」


「日本の端々に身体の一部を遺棄しているとしても、その動機が分からんな。」


「そうですよね。遺棄するところを見つかるリスクがあるのに……

 それでも実行する動機が何かですよね。」


「ああ。君が追っている密売組織の方から分からないのか?」


「はい、まだ何も……

 密売組織が死体を切断して日本の端に置く必要性がどこにあるのか、理解できません。」


「そうか。敵対勢力との抗争じゃないのかい?」


「別の組織については把握できていません。

 それに、敵対する組織があんな手が込んだことをする理由も分かりません。」


「そうすると、解明にはまだまだ時間が掛かりそうだな。」


「はい。私の方で何か進捗があったら、また連絡させてもらいます。」


「ああ。俺の方でも有効な情報を得たら君に伝えるよ。」


「ありがとうございます。

 私はこれから群馬に行く予定です。」


「群馬?この件で?」


「はい。被害者の友人の捜索願によると、群馬の下仁田に居所があるらしいので……」


「下仁田ネギの下仁田?」


「そうです。」


「そうか。そこで何か掴めるといいな。」


「はい。」


「健闘を祈るよ。」


「ありがとうございます。」

 受話器を置いた高宮は自分のスマホを開いた。

 そして、昨日のYUKIとのメッセージの履歴を確認した。


 YUKIから受信したメッセージ

【真行寺です。いつもお世話になっております。

 明日、行方不明になった友人の彼氏の手掛かりを探しに、彼氏が住んでいた下仁田のアパートに行ってきます。

 とても身勝手なお願いだとは分かっているのですが、もし、私の手に負えないことがあったら、高宮さんを頼ってもいいですか?】


 高宮が送信したメッセージ

【高宮です。お疲れさまです。

 下仁田に行くんですか?

 真行寺さんの友人のタトゥーを入れた知人、もしかしたら危険な仕事をしていたかもしれませんので、十分に気をつけてください。

 本当に深入りはしないでください。

 何かあったら、すぐに連絡してください。】


 YUKIにメッセージを送信した高宮だったが、嫌な胸騒ぎが収まらなかった。


 組織についてもう少し外堀を埋めたかったけど、悠長なことを言っていられる状況じゃない。

 何か事が起きてからでは遅い。手遅れになる前に下仁田に急ごう。

 高宮は覆面の警察車両に乗り込むと下仁田に向けて本庁舎を出発した。


 すぐに首都高に乗ると、道中は目立った渋滞もなく、順調に高速を走って群馬県に入ることができた。

 そして、下仁田のインターで一般道に下りた。

 下仁田の町中に入ると、その町並みはのどかで、道行く人はあまりいなかった。

 人と自然が一体になっているような印象を受ける。

 麻薬の密売組織の人間が巣くっているようには、とても思えなかった。


 高宮は、車通りの少ない道路で車を路肩に停めると、内ポケットからスマホを取り出した。

 さて、真行寺さんは下仁田に着いているのかな?

 着いたとしたら、今もまだこの町にいるかな……

 下仁田で真っ先に行くところと言えば、捜索願が出ているミンという実習生のアパートか……

 高宮はスマホでメッセージを入力した。

【私も下仁田に来ました。

 真行寺さんは今、下仁田にいるんですか?

 危険ですから、あまり目立った行動をしないでください。】


 入力したメッセージをYUKIに送信すると、ミンの居所になっているアパートに向かった。


 このアパートだ……

 2階建ての木造アパートにたどり着くと、アパートの前の敷地に車を止めて、車内から部屋の様子をうかがった。

 1階の3号室だったよな……

 人影はなさそうだ。留守っぽいな。


 高宮は、気になってスマホを確認したが、YUKIからの返信は無かった。

 そこで、高宮は、もう一度YUKIにメッセージを送信した。

【まだ下仁田にいるのなら、どこにいますか?】

 高宮は、【何も手掛かりが無くて、東京に戻りました。】という内容のYUKIのメッセージを受け取ることを期待していた。


 高宮はスマホをジャケットの内ポケットにしまうと車から出た。

 そして、3号室のドアの前に立つと、チャイムを押した。

 しかし、チャイムが全く鳴らなかったので、直接ドアをノックしてみた。

 …………

 何の反応も無い。

 中には誰もいないな。

 ドアの横の窓にも人の陰は映っていない。

 アパートの裏側に回ってみるか……


 高宮がアパートの裏に回ろうとした、ちょうどその時、胸の内ポケットから通知音が鳴った。


 ん?

 高宮はスマホを取り出した。

 見ると、YUKIからメッセージを受信していた。

 あっ、真行寺さん。

 早速、メッセージを確認した。


【助けて下さい!

 ミンの職場の事務所に先輩と捕まっています。

 先輩は1階の部屋です。

 私は地下室みたいなところにいます。】


 高宮はメッセージの内容に目を見開いた。

 なっ!?

 ま、まずいっ!!恐れていた事態だっ!!

 くっそーーっ!由紀子さんっ!今行きますっ!!


 飛んで車に戻ると、慌ただしくエンジンをかけた。


 一体何がどうなっているんだ?

 由紀子さん、大丈夫か?


 最悪の事態が頭をよぎった……

 その想像を打ち消すように、高宮は頭を左右に振った。

 何考えてんだ、俺……


 職場の事務所?実習先の事業者の事務所のことか?

 確か山の麓に近い場所だった。

 密売組織の本拠が下仁田にあるってことなのか?でも、なぜこんなところに……

 東京から離れている下仁田に拠点を置くなんて……目立たないためか?

 都会の中に紛れ込んだ方が目立ち難いし、活動するにしたって、ここじゃ不便じゃないか……まさか、密売だけじゃなくて、ヤクの製造もしているのか?

 高宮は密売組織の核心に迫っているように感じた。


 アパートを離れて、山あいに向かって運転していると、黒っぽい壁に赤い屋根の建物が見えてきた。


 これか……


 その建物の正面玄関の上の所には「希望の農園」と書かれた看板が掛かっていた。


 希望の農園?

 一体、なんの希望だよ?

 高宮にはその建物が悪の巣窟のように思えた。


 建物から少し離れたところに車を停めると、建物の外観を観察した。

 監視カメラがやけに多いな……窓も無い。

 他人を拒んでいるような印象だ。

 怪しすぎるだろ。

 由紀子さんたち、こんな建物に入っていくなんて、無謀すぎる……

 中の様子はどうなっているんだ?

 これじゃあ、まったく分からないな。

 どうする?

 令状は無いけど、緊急だ。

 このまま踏み込むか?


 由紀子さんたちが捕まっているんだ……何でもいいから中の状況を把握したい……

 中にいる人数も分からないし、建物の内部の構造すら分からない。

 メールの内容からすると、地下室があるようだけど……


 群馬県警の応援を要請するか?

 でも、あのメール……由紀子さんは捕らえられて切羽詰まっているはずだ。

 時間が無いけど、うちの課を通して、応援要請だけはしておこう……


 由紀子さんに電話を架けてみるか?

 ……いや、だめだ。由紀子さんの置かれている状況が分からない。

 迂闊なことはできない。危険に晒してしまう……

 どうしたらいい?

 己を信じて、このまま乗り込むしかないか……

 高宮は無意識のうちにホルダーの銃を確認していた。


 車から降りた高宮は、監視カメラの死角を選びながら、建物の裏側に回った。

 建物の裏側には監視カメラが無かった。

 裏には監視カメラも無いけど、出入口も無いか……

 ……ん?

 あれって、窓だよな?

 高宮がいる所よりも先の方に小窓があった。

 小走りにその小窓の近くに駆け寄った。

 見上げると、その小窓は2メートルくらいの高さの所にあった。

 長身の高宮にとっては、よじ登れそうな高さではあった。

 カギ、掛かってんのかな?

 高宮は、音を立てないように慎重に飛び上がって、少しだけ窓を動かそうとした。

 すると、窓は難なく開いた。

 カギは掛かっていないようだ。

 表にはあんなにカメラを付けているのに……裏側は無防備だな。

 まず、中の様子を確認しよう。

 高宮は、再び飛び上がると、窓枠のところに両手を掛けた。

 飛び付いたまま、懸垂した状態になった。

 一呼吸置いて、両腕に力を込めると、窓の中が見える高さまで身体を引き上げた。

 中は薄暗かったが、目を凝らしてみると、トイレのようだった。

 人の姿は無い。

 そこまで確認すると、一度地面に降りた。


 行けそうだ。

 高宮は、両手をブラブラと振ってから態勢を整えると、窓枠に飛び付いて、片手で窓を全開にした。

 一旦着地。

 よしっ、突入だっ!

 窓を見上げて飛び上がると、全開にした窓の窓枠に両手を掛けて、渾身の力を込めて身体を引き上げた。

 くっ!このっ!


 そして、頭の方から建物の中に滑り込むと、すぐさま立ち上がって周りを確認した。

 あれっ?もしかして、ここ、女子トイレか?

 くっそっ!早く出ないと……


 高宮は、ドアの隙間からトイレの外に誰もいないことを確認すると、足音を立てないようにして外に出た。手には不測の事態に備えて拳銃を握った。

 中に誰も入っていなくて良かったよ。


 さて、どこがどうなっているんだ?

 高宮は建物の内部を見回した。

 トイレは建物の端にあって、右手の方に部屋があるようで、通路にはドアが並んでいた。

 更にその通路の先は、大きな部屋に繋がっているようだった。

 方向的に、奥の大きな部屋の方が正面の出入口がある方だな……


 高宮は、見つからないように注意を払いながら、慎重に大きな部屋の方向に歩き出した。

 その途中、5つ並んでいる小部屋のドアの前に来ると、耳を寄せて中の人の気配を確認したが、どの部屋にも人の気配は無さそうだった。

 どの部屋も空き部屋らしいな。


 その内、トイレに最も近い部屋のドアをゆっくりと慎重に開けた。

 5センチくらい開けて中の様子を窺がうと、10畳くらいの広さの薄暗い室内に机が数台並んでいて、その机の上には、ガスコンロやビーカー、そしてメスシリンダーのような器具が載っていた。


 何かのラボみたいだな……

 まさか、ここでヘロインを精製しているのか?

 ふざけやがって……


 高宮は見つからないようにドアを閉めた。


 そして、通路を抜けると、大きな部屋に入った。

 そこにも誰一人いなかった。


 ……どうなっているんだ?

 由紀子さんのメールでは、1階に先輩が捕まっているはずだけど……


 大きな部屋の室内には、応接セットのようなソファとテーブルが置かれていた。

 その他には、細長いスチール製のロッカーが10台と冷蔵庫が並んでいる。

 さらに奥の方には、事務机が4台、島になって並んでいたが、誰もいなかった。

 高宮は拍子抜けした。


 ここじゃないのか……戻って、小部屋の他の部屋を確認しよう。


 今来た通路を戻って、大きな部屋の隣にある小部屋のドアをそっと開けた。

 ドアの向こう側は、ラボのような部屋と同じく、10畳くらいの広さの部屋だったが、中には折り畳み式の長机1台とパイプ椅子が3脚あるだけだったので、それ以上に広く感じた。


 やはり、いないか……

 ……ん?

 あっ!あれ、結束バンドか?

 長机の上には結束バンドの束が乗っていた。

 ……この部屋に捕まっていたのかも知れない。


 高宮は、YUKIが拘束されている姿を想像して、唇を噛んだ。胸が締め付けられる思いがした。


 他にも何かあるかもしれない……

 手掛かりを探すために部屋の中に入ったが、結束バンド以外に、これといったものは見つからなかった。


 ……次の部屋を確認しよう。

 高宮は、残りの3部屋の中も全て確認したが、3部屋とも最初に確認したラボのような部屋と同じように、机の上に器具が並んでいて、ヘロインの精製に使用されているようだった。


 結構な規模で作っているようだ……

 組織の拠点か?


 高宮は入ってきた時のトイレの近くに戻って来ていた。

 由紀子さんの先輩はどこにいるんだ?

 それに、地下にはどこから行くんだろう?


 ここまで人の気配が無かったことと、地下への入り口が見つからない焦りから、高宮は回りに対する注意を怠っていた。

 そのため、自分のすぐ後ろに人が近づいて来ていることに全く気付かなかった。


「その銃、本物?」


 突然の男の声に、高宮の身体が硬直した。

「なっ!?」

 高宮が声の方に振り返ろうとした時、後頭部に凄まじい衝撃を受けた。

 高宮は気を失ってその場に崩れ落ちた。


 なんでこんなに侵入者が多いんだ?

 ……ったく、あの女には地下室に逃げられるし……しくじっちまった。

 立つ瀬無いなぁ、俺も。

 でも、あの女、どうやって結束バンドを解いたんだろう?

 手首の関節を外したり出来んのかな…分からんけど。

 この男に至っては銃を持っているじゃないか。

 こいつ、もしかしてサツか?


 高宮を襲った男は、武器にした角材を床に置くと、高宮の衣服のポケットの中を漁り始めた。

 そして、警察バッチを見つけた。


 まずっ!

 警視庁の高宮……やっぱりサツか……

 サツを拉致ったら、シャレにならんぞ。

 ファイサルに報告した方がいいな。

 でも、手遅れかな……

 ちょっと、ヤバいことになってきた。

 そろそろ見切りをつけた方がいいな……

 大体、こんなやり方をしていたら、上手く行くはずないよな。

 もっと、世間に溶け込まないと……

 まあ、ポカした俺が言える立場じゃないけど。

 この辺が、潮時かな?


 高宮を襲った男は、屈み込んで高宮から銃を取り上げた。

 冷たい感触……

 本物の銃の感触は違うな……


励みになりますので、応援コメントなどをお待ちしています。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ