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《後編》 悪役令嬢、恋に落ちる

「なんだこれは!」

 教師のひとりから悲鳴のような声があがる。彼の臀部には長いネズミのようなしっぽがついていた。他の全裸たちも自分にそれがついているのをみつけて、悲鳴をあげる。


 フリッツ殿下とリンナが必死の形相で床を這いながらにじり寄ってきた。

「すまなかった、エルサ!」

「ごめんなさい、許して!」

「濡れ衣を着せたと認める!」

「王太子妃になりたくて、あなたを嵌めたの!」

「教師を買収した!」

「男子生徒を誘惑して味方につけたわ!」


 ふたりが次々に悪行を自白する。

 教師や生徒も私を囲み土下座する。

 だけどそんなことより今は――


「どいてちょうだいな! 通して! 彼を止めるから、スカートを離して!」


 すがる彼らに叫び、なんとか道を開けさせる。

 フロアを走り、窓からバルコニーに飛び出た。


「サンタクロース! 待って! 戻ってきて!」凍てつく寒空に向かって叫ぶ。「お願い! これでお別れなんて嫌よ!」

「……嬉しいことを言ってくれるね」


 サンタクロースの声がして、振り返ると窓の前に彼が立っていた。開け放されたままのそれを締め、パチンと指を鳴らす。ひとりでにカーテンが閉まり、阿鼻叫喚の講堂が見えなくなった。


「ありがたいけれど、やりすぎよ。彼らを殺さないで」

 サンタクロースが私を見る。

「……あいつらに生きている価値はない」

「殿下たちを許せないわ。でも頭を爆発させるほどではないの」

「お人好しなのか? ……仕方ない。爆発した夢を見せることで我慢しよう」

 パチンと鳴らされる指。

「それで十分よ。ありがとう」

「正気を保てるかはわからないけどな」

「まあ」


 それも過分な気がする。

 でも、いいわ。フリッツ殿下たちの自作自演を多少は疑いはしたけれど、そこまでのろくでなしではないと思っていたのだ。信じた私は馬鹿だった。


「……用件は終わりかな?」とサンタクロース。

「いいえ。お願いがあるの」

「おや」彼が瞬く。「強欲になってしまったか」

「これでお別れなんて嫌」と、もう一度伝える。 

「ダンスに誘ってもらえて嬉しかったわ。とても素晴らしかった。今までで一番安心して身を委ねられたの」

「そうかい?」嬉しそうなサンタクロース。

「ええ。夢のようだったわ。殿下からかばってくれたのも頼もしかったし。私、あなたに恋しかけている」

「え……」

「また会いたいの」


 何度も瞬くサンタクロース。それから、

「次は来年の聖夜かな」と言った。

「どうして?」

「だってサンタだし」

 彼に近づいて、闇夜のような瞳をみつめる。


「嘘。あなたはサンタクロースではないのでしょう?」

「……っ!」

「確かにサンタクロースは悪い子にお仕置きを与えると言われている。だけど命を取るほどの罰をくだすとは思えない」

 瞬く謎の老人。

「それにどんな絵本だって、サンタクロースが指を鳴らすなんて描いてないもの。それにその瞳。まるで底のない深淵のよう。とてもサンタクロースだとは思えないわ」


 彼は黙って私を見返している。


「あなたは気持ちが沈んでいた私にあれこれ提案をした。おすすめは殿下たちへの仕返し。――弱っている心につけこむのは、悪魔の常套手段ね」


 パチンと鳴らされる指。

 サンタクロースは消え、そこには黒髪の美しい青年が立っていた。背中に大きな黒い羽がある。


「……いつから気づいていた?」

「踊っていたときよ。その目はサンタクロースらしくないもの」

「そうか。失敗したな。でもどうしても、君と踊ってみたかったんだ」

「そうなの?」

「君みたいな令嬢は初めてだっだから。――クリスマスに沢山の悪役令嬢を助けてきたのは、本当のことだぞ。代わりに魂はもらったが」

「それを取るのはいつ? 私が死んだら?」

「君のはもらわない」

「え?」

「だって契約を交わしていないだろ? いつもなら贈り物の『受領証』にサインをしてもらうんだがな」

 確かに私は口頭でお願いしただけだ。


「どうして無償で贈り物をくれたの?」

「君を騙したくないと思った。……多分、俺は堕落したんだ」と悪魔。

「堕落?」

「……餌でしかない人間に恋をする悪魔が時たまいる。今までは馬鹿な奴らだと思っていたけれど……」


 悪魔は私の手を取った。指先に唇を押し付ける。


「君ともっと話したい。色々な表情を見たい。手を取り触れて、共に踊りたい。――そう思った。こんなことは初めてなんだ」

 指先に繰り返されるキス。触れたところが熱い。

「だけれどあなたは、すぐに去ろうとしたわ」

「帰れなくなりそうに思えた」悪魔は掌に唇を押し当てる。「君から離れがたい」


「……私、嬉しいみたい」

 悪魔が私をみつめる。

「でも、あなた、ちょっと過激だわ。心臓が口から飛び出そう」

「そうかい? 悪いね。悪魔は基本的に、欲望に忠実なんだ」悪魔は微笑んだ。とてつもなく色気がある!「君は俺が何者かわかったうえで呼び止めた。つまり遠慮はしなくていいということだろう?」

「遠慮は必要よ!」

 心臓が壊れそうだもの!


「壊れはしない」悪魔が笑う。「嬉しいな。正体がバレたら逃げられると思っていたよ。もう、帰らなくても構わない。俺は君に囚われよう」


 心音がうるさい。取られた手も顔も熱くて、爆発してしまいそう。


「『恋しかけている』なんて二度と言わせるものか。『あなたをこいねがいすぎて、おかしくなりそう』と言わせてみせる」


 すでにそんな気分なのだけど!


「おや。それは良かった」

 悪魔はにっこりした。

「それ! 私の心を読むのはやめて!」

「どうして?」

「読み続けたなら、恋は冷めるわ」

「わかった。二度としないと地獄の王に誓おう」


 あっさりと了承される。この人はそんにも私のことを好きなのかしら。嬉しくて、余計に鼓動が早まる。


「帰らないのなら、明日も会える?」

「明日も明後日もその先も。――そうだな、なにかいい身分でも手に入れるか。あの下等な王太子と愛人が泣いて悔しがるような。エルサ、楽しみに待っていてくれ」

「あなたにまた会えるのなら、なんでもいいわ」


 この人のことを色々と知りたい。たくさん会話をして、様々な表情を見て、手をとりあってダンスをして。たとえ悪魔なのだとしても、誰かにこんなにも惹かれるのは初めてなのだもの。


 悪魔は握りしめたままの私の手にキスをする。

「せっかくだから、踊り直さないか」

「ええ、そうね。全然踊り足りないわ」

 パチン!と指が鳴る。


 悪魔にいざなわれ、講堂に入る。人っ子一人、いない。

「みんなは?」

「帰ったよ。ベッドで夢の中だ」素晴らしい笑みを浮かべる悪魔。「ほとんどのヤツが悪夢だろうけどな」


 再びパチンと鳴る指。どこからか軽快なワルツが聞こえてくる。

「さあ、エルサ、踊ろう」

「その前に大事なことをひとつ、忘れてはいないかしら?」

「なんだい?」

「まだあなたの名前を知らないわ」

「そうだった」


 悪魔は手を離して、恭しくお辞儀した。

「アエテルニタスです、エルサ嬢。意味は『永遠』。良い名だろう? 永遠に君を逃す気はないから、覚悟を決めるといい」

「永遠に好きでいてもらえるの?」どこかの浮気な王太子とは大違い。「素敵だわ」


 差し伸べられた悪魔の手を取る。

 微笑むアエテルニタス。私たちは音楽に乗って踊り始めた。

 彼の闇夜のような瞳を見つめ、その目に見つめ返されて。胸が高鳴る。 

 




 契約はしていなくても、魂を取られたのと同じだわ。この悪魔のことで頭がいっぱいだもの。

 たとえ行き着く先が地獄なのだとしても、構わない。

 私は本当の恋に落ちてしまった。


 聖夜に最高の贈り物ね。

 そうでしょう? 悪魔サンタクロース


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