《中編》 悪役令嬢、贈り物をもらう
なにがいいかと考えたのは、わずかな時間。すぐに決まった。
「キアーラの無実証明と復学をお願いします」
「……なんだって?」
サンタクロースが眉を寄せる。
「キアーラの――」
「聞こえたわ!」声を上げ、それからサンタクロースはずずいと私に迫った。「どんな願いでもいいんだぞ。あのふたりを」と講堂の中を指差す。「懲らしめることも可能だ!」
「ええ、でもキアーラを助けてほしいの」
「なぜ!」
「私のことは手を打ってあるわ」
学校中が私の敵になるのなら、学校の外に味方を作る。
お父様を通じて国王陛下夫妻に現状を知らせ、婚約解消を頼んでいる最中だし、公爵家の総力を上げて、なぜ教師たちまで私を信じようとしないのか、誰かに買収されているのではないかということを調査中だ。
そう説明すると、サンタクロースは意表を突かれたような表情になった。
「貶められることが逃れられない運命なのだとしても、今私が望むのはキアーラよ」
「……そんなに大親友なのか。いなくて困るほどの」
「ええ。それにキアーラは私の味方をしたせいで窮地に陥っているの。彼女の婚約者もリンナを盲信していて、キアーラを邪険に扱う。だから彼女は破婚を考えていて、学校卒業後には、ひとりで生きていけるように官吏登用試験を受ける予定だった。そして試験には卒業資格が必要」
「……なるほど」とサンタクロース。
「だから、お願いします」
サンタクロースがじっと私を見ている。
「……後悔するぞ」
「後悔するかもしれないけれど、それは可能性のひとつにしか過ぎない。対して今別のことを望めば、私はその瞬間から自分の卑怯さを惨めに思う。必ず。一生ね。情けなくてキアーラの友人でもいられなくなる。どちらがいいかは明白だわ」
「……こんなことを言われるのは初めてだ」とサンタクロース。「君は変わっている」
「だとしたらキアーラが最高の友人だからよ」
ふふっとサンタクロースが優しく笑った。
「いいだろう。君への贈り物は『キアーラ・サケットの無実証明と復学』だ」
「お願いします」
サンタクロースがパチンと指を鳴らした。
「これでオーケー。明日には教師陣が彼女とサケット侯爵に土下座で謝罪し、復学を告げる」
「ありがとう」
「オマケで、アリバイをなかったことにした教師たちに、教育庁から罰が与えられるようにしておいた」
「まあ」
「君も知っているはずだ。サンタクロースは良い子には贈り物をし、悪い子にはお仕置きをする」
そう言って彼はウインクをした。
「素敵ね。キアーラは学生生活最後の聖夜祭に出られなかったのだもの。公正でなかった教師たちは罰を受けるべきだわ」
「だろう?」
「本当にありがとう。お礼をしたいのだけれど、どうすればいいかしら」
サンタクロースに金品は必要ないだろうし。
「それならば、今芽生えたばかりの私の望みを叶えてもらおうかな」
彼はそう言って片手を前に出した。
「エルサ。君と一曲、踊りたい」
「まあ」
「サンタクロースはお嫌かな?」
「とんでもない。これほど嬉しいことはないわ」
ひんやりとした手を取り、ふたりで講堂の中に入る。
途端に集まる視線。
サンタクロースだもの。目を引くわよね。
けれどそんなものは気にしない。
私たちは音楽に合わせて踊り始めた。
老人でふくよか体型のサンタクロースは、軽快にステップを踏み華麗に私をリードする。私がついて来られると信じているのだ。
こんなに踊りやすいのは初めて。
とても楽しい。
心が踊る。
辛さを感じていた日々が、遠い昔のよう。
笑顔で私を見つめるサンタクロース。
その目を見つめ返す私。
闇夜のような黒い瞳に吸い込まれてしまいそう。
「やめだやめだ! 演奏を止めろ!」
突然怒号が響き、音楽が止まった。私たちも踊るのをやめる。
悪鬼のような形相をしたフリッツ殿下が足音高く近づいてくる。その半歩後ろにはリンナ。
「エルサ! なにを踊っている! 貴様、図々しいにもほどがあるぞ!」叫ぶフリッツ殿下。
「なぜでしょう」
「なぜだと? この卑しい卑怯者め!」
『殿下こそ。私に因縁をつけることで王太子の重責からくるストレスを、解消しているのではなくて?』
そう言い返したいけれど、ガマンをする。今は外部に助けを求めている最中なのだ。彼を煽るようなことは控えなければならない。
「聞き捨てならないな。彼女は良い子だ」と、サンタクロースが言う。
今日会ったばかりなのに、私のために反論してくれるのか。嬉しくて泣きたい気分だ。
フリッツ殿下の視線が動く。
「貴様は誰だ」
「サンタクロース」
「ふざけるな。生徒か教師か」
「だから、サンタクロースだ。良い子なのに苦しんでいるエルサが気の毒で、贈り物をしにきたのさ」
言い終えたと同時に、パチンと指を鳴らす。するとわた雪がふわふわと舞い、どこからか鈴の音が聞こえてきた。
講堂がざわめきに包まれる。
また、パチンと音がした。
雪は一瞬にして消え、鈴の音も聞こえなくなった。
「メリー・クリスマス! フリッツ王太子にリンナ。それから生徒や教師たちよ」サンタクロースは周りを見渡した。「今宵は聖夜。どうしてこのような日に可愛いエルサが辛い思いをしているのだろう。私は胸が潰れそうだ。あげくにダンスもダメだなんて」
「……サンタさん。ありがとう。もう面倒だから、外で踊りましょう」
「そういうわけにはいかない。せっかく楽しく踊っていたのに、不当に邪魔をされたのだ。サンタクロースは良い子には贈り物をし、悪い子にはお仕置きをする。それが決まりだ」
慈愛がイメージのサンタクロースが眉を寄せ目を釣り上げて、険しい表情をしている。
「バカバカしい!」とフリッツ殿下。「エルサ、貴様の差し金だな。おかしな奇術まで仕込んで、ご苦労なことだ」
「奇術ではないわ」
「奇術だと思いたいなら、それでいい」とサンタクロース。「エルサに無実の罪をなすりつけた者、また、それを知りながら加害者側についた者。真実を知らないのに彼女を悪だと決めつけた者。そういう悪い子には、サンタクロースからお仕置きをプレゼントしよう」
彼はパチンと指を鳴らした。
「エルサに誠心誠意謝罪しなければ、聖夜が終わるときに頭が爆発する。パーン!とね」
サンタクロースは『パーン』のところで閉じた手を勢いよく開いた。
「戯言はいらん!」叫ぶフリッツ殿下。「あいつらを取り押さえろ! 聖夜祭妨害罪だ!」
どう見ても妨害しているのはフリッツ殿下のほうだけど。というか、これは真剣にまずいのではないかしら。殿下が。
教師が数人近づいてきて、私たちの腕を取ろうとする。
パチン!
鳴らされる指。
次の瞬間、教師たちの姿が消えた。床には彼らの衣服が落ちている。
「……先生たちはどこに?」
「そこ」
とサンタクロースが指差す。散らばった衣服がもぞもぞと動いている。やがてその隙間から大きなドブネズミが数匹出てきた。
あちこちで悲鳴があがる。
「……先生なの?」
「そう」
ちらりと見ればフリッツ殿下は顔面蒼白で、リンナは床に座り込んでいる。
パチン!
と、また指がなる。するとネズミは消え、教師たちが現れた。男性も女性も全裸だ。衣服は床に散らばったまま。またもそこかしこで悲鳴が上がる。
「うるさいな。まったく、人間どもはやかましい。自業自得なのに」とサンタクロース。それから彼は私を見た。「……エルサ、君の人生に幸あらんことを。出会えて楽しかったよ」
「待って!」
止める間もなく、サンタクロースは指を鳴らした。