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《前編》 悪役令嬢、サンタと出会う

 大きなもみの木が立てられ、クリスマスの飾り付けをされた講堂は楽しそうな生徒たちの笑顔であふれかえっている。


 今夜はみんなが待ちに待った聖夜祭。学校行事の中で一番盛り上がるといっても過言ではない。普段はどんなときでも制服着用が義務付けられているけれど、唯一聖夜祭だけは好きな衣服を身に着けていい。男子も女子もとびきりの衣装を用意する。聖夜祭のメインは舞踏会だから。

 美しく装い婚約者や恋人と、もしくはそうなりたい相手と踊る。


 私も昨年、一昨年は婚約者と踊った。だけど学生生活最後の今年は――。


 フロアの中心で踊る一組の男女。こぼれんばかりの笑顔の男子生徒は王太子のフリッツ殿下。とろけそうな微笑みの女子生徒は男爵令嬢のリンナ。

 ふたりは不行儀にも、不必要なまでに顔と体を寄せ合っているけれど、生徒も教師も温かく見守っている。ふたりの仲は公認で、秋の文化祭ではベストカップルに選ばれた。


 フリッツ殿下には私という婚約者がいるのに。


 と、近くにいた女子と目があった。汚いものでも見たような表情になり、顔を背けられる。

 彼女だけじゃない。誰もが私から視線を外し、背を向けひそひそと悪口を言い合う。


 いったいどうしてなのか、私がリンナをいじめているとの誤解が横行しているからだ。事実無根なのに今や全生徒、全教師が信じていて私を無視する。


 確かに私は殿下に見捨てられて悲しく惨めな思いをしている。だけどリンナをいじめてなんていない。他人の婚約者に近づく彼女を倫理観がない人だとは思うけど、悪いのは理性のないフリッツ殿下だ。彼女を選ぶならば、きちんと婚約解消をするべきだもの。


 しかも殿下もリンナも、いじめ犯を私だと思っているのだ。ならば一刻も早く、婚約解消でしょう?

 それなのに殿下は破談をしないで、公衆の面前で私を糾弾することを繰り返している。私は多分、殿下のストレス解消用スケープゴートなのだ。


 幸いというか不幸にもというか、私の家ベルトーネ公爵家は王家の次に財力があり、お父様は宰相を務めている。だから私は退学になることはないみたいだ。


 けれども親友のキアーラは。私に加担してリンナの聖夜祭用ドレスを切り裂いたとの濡れ衣を着せられて、昨日付けで退学になってしまった。事件が起きたと思われる時間は私と一緒にいたのに、それはアリバイにはならないと教師陣に言われてしまった。

 彼女の婚約者ダンテも婚約破棄だと騒いでいる。

 お父様に彼女を助けてほしいとの手紙を送ったけれど、どうなるかはまだわからない。




 気づけば私の周りだけ、誰もいなくなっている。  

 私だって本当は参加したくなかった。けれど昨年のクリスマスで《聖夜の乙女》を務めた私は、今年の《聖夜の乙女》に乙女のティアラを引き継ぐ仕事があったから、仕方なく着飾ってやって来たのだ。

 それなのに、引き継ぎ役はリンナに変わっていた。私にはなんの知らせもなしに。


 もう帰りたい。


 だけど今夜は寮監たちも聖夜祭に出ているから、寮には鍵がかかっている。生徒は欠席するか、参加するなら最後まで、の二択しかない。

 飲み物の給仕すら私を避けて通るのに、私はここから去ることもできないのだ。




 泣きたい気分で隅に向かう。壁際に申し訳程度に並んでいる椅子に座って時間を潰すしかない。


 と、窓の外に美しい丸い月が浮かんでいるのが見えた。

 そうだ。講堂にはバルコニーがある。そちらなら人目につかない。


 鍵のかかっていた窓を開き、ひとり外に出る。

 寒い。

 思わず体を縮めてしまう。

 けれどそれでも、講堂にいるよりずっとマシだ。


 半円形の手すりに近寄り、月を見上げる。

 今夜は聖夜祭。

「ずっとこうしていたら、サンタクロースを見かけるかしら」

 ひとり呟く。

 寮を出てから誰とも会話をしていない。寮でだってメイドとだけ。


 卒業までの残り三ヶ月を今夜のようにひとりぼっちで過ごすのだろうか。

 いったいどうして、こんな風になってしまったの?

 冤罪だと、私はなにもしていないと主張すればするほど立場は悪くなり、味方が減っていく。

 まるでなにかに呪われているかのようだ。




「メリィィクリスマァス!!」

 至近距離から聞こえた声にはっと我に返る。

 いつの間に他の生徒が来たの?


 振り返る。と、手すりに白いふわふわ髭のサンタクロースが座っていた。足を庭側に投げ出して。ふくよかな体にトレードマークの赤い衣装。

 こんな仮装演出があるとは聞いていない。顔にも見覚えはないし。


「……先生ですか?」

「まさか! サンタクロースさ」

 教師ではないのなら、もしかして生徒の誰かが匿名で慰めてくれようとしているのかもしれない。


「ちがうちがう。本物のサンタクロースだって」

「え?」

「本物だから君の気持ちを読めるのさ」

「でも本物なら、なぜこんなところに? 子供たちにプレゼントを配らないとならないでしょう?」

「そうなんだけどね。通りすがりに君の哀しみをキャッチしてしまったのだよ」


 そう言ったサンタクロースは『よっ!』と一声、次の瞬間、私の目の前に立っていた。早すぎてどう動いたのか、まったくわからなかった。


「あまりに気の毒でね。特別に君にプレゼントを贈ろうと思って寄り道したんだ。ほら」

 サンタクロースが指をパチンと鳴らし、空を見上げる。

 視線の先には、浮かぶ満月を横切るトナカイとソリのシルエット。ソリには誰も乗っていない。


「あっちは待機中。信じたかい?」

「……本当にサンタクロースなの?」

「そうさ。可哀想な君に、なんでもあげるよ? 物でも形ないものでも」


 形ないもの?


「そう」サンタクロースの目が弓なりになる。微笑んだみたいだ。「幸せになりたいとか、ね」

「幸せ……。なりたいわ」

「君を苦しめている原因を取り除く、でもいい」

「そんなことができるの!」

「もちろん。サンタクロースは良い子の味方。幸せになってもらいたくて聖夜に活動しているのだから」


 そう言った彼は半回転をして、講堂の中を見た。フロアの中央で幸せそうに踊っているフリッツ殿下とリンナ。


「君はとても良い子だ。真面目で何事にも真剣に取り組んで、未来の王妃にふさわしい女性になろうとがんばっている。だけれどあの阿呆な王太子には、それがわからない。あまつさえ、甘くてふわふわな砂糖菓子のようなリンナのほうが魅力的だと思っている。なぜだと思う?」

 サンタクロースが私を見た。

「フリッツ殿下に王太子としての自覚がないから?」

「いいや、運命だからだ」


 サンタクロースはそう言って両手を広げた。 


「この世界はフリッツとリンナのためにある。君はあのふたりの幸せな恋物語を彩るスパイス。最初から彼らに踏みにじられるために存在しているんだよ」

「……どういうこと?」

「そのままさ」とサンタクロース。「よく起こることなんだ。身分違いの恋を正当化するために、なんの落ち度もない善人を悪人に仕立てて利用する。君みたいな役割は『悪役令嬢』という。私は長いサンタ生の中で『悪役令嬢』をたくさん見てきた。そして見つけたならば、こうやって贈り物をして助けてきたのだよ」


 幸せそうなフリッツ殿下たちを見る。私は『悪役令嬢』で、彼らを幸せにするための存在。

 ――突拍子もない話だけど、それならば今の私の状況の説明がつく。


「過去を変えることはできないが」サンタクロースが微笑む。「現在と未来は君が望むとおりに変えられる。さあ、エルサ。どんな贈り物がほしいかい?」

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