あたし、玉鬘。背後に光源氏がいるの(白目)
養父源氏は、ママの愛人だった。
あたしを引き取って、後見してくれる。
そういう話のはずだった。
が、ヤツは今、寝所で臥せるあたしを背後から抱きしめている。そして、あたしの頬に汗ばんだ頬をくっつけて、こうのたまった。
「おほかた見知らぬをとこだに、男女の仲のことわりにて、みな身を任するもののごときに、かく年月をふり来し仲の睦まじさより、このきはのことをたてまつるに、何のうたてきことやあらむ」
(現代語訳 「やらないか」)
無理ー!!!! 無理無理無理無理無理!!!!!
キモイキモイキモイキモイ!!!
鶏肉を煮て、卵をかけた強飯は好きだ。親子丼なむいひける。
だがな、ファックファッキン養父源氏! 人間の親子丼はお断りだ!!
手、ぷにぷにされた。べろべろされた。
あかん、このままじゃ嫁に行けなくなる。
むしろ、あたしを嫁に出して愛人にする気満々マンか?!
いやあああ!
ママのお下がりィィ! いやああああ!!!
とはいえ、なんてったって元アイドル。筑紫の国では千年に1人と呼ばれたこのあたし。愛が過ぎるファンも、犯罪まがいのストーカーも、笑顔と胆力で流してきた。流しきれずに夜逃げして現在に至るわけだけど。んなこたー、どうでもいい。
恥じらいつつ、恐れつつ、僅かな怒りを滲ませつつ、『明日から靡くかもしれないけど、今日は靡かない風情』を演じつつ。
いざとなったら『蛇の呼吸 参ノ型 塒締め』を(局部に)発動させる心算で、夜明けまで粘りましたとさ。
やったあああああ!!! よっしゃああ!!
我が貞操に穢れなし!!!
今すぐ湯殿にダイブしたい。むしろGO GOヘブン!!! 滝行ヘブン!!!!!
てわけで、私の養父源氏はクソほど鬱陶しい。
セクハラが甚だしい。
営業スマイルと天然を装った養殖ボケで、いつまでかわしきれるか。でも、そろそろヤバい。マジでヤバい。最後の一線はいつまで保つ?!
息子の夕霧くんにチラ見されたらしく「若紫、成功。梅壺中宮、失敗。玉鬘、育成中……?」って耳元で呟かれて以来、一応は自重モードみたいだけど。
まあ、その夕霧くんにも口説かれたんだけどさあ。なんつうか、あれは違う。あたしに惚れてるわけじゃーない。恋がかなわん鬱屈を押し活で晴らす、ドルオタ的なアレだ。
灘高ってだけじゃ、幼馴染の雲居の雁ちゃんとの婚約が認められないって。どんなエリート一家だよ。
将来有望でしかないのに、許さない親も大概ちいせえ男だな。て、あたしの実父じゃん。つか、実父も養父源氏も学◯院じゃん。偏差値79の、それも主席相手に身の程知らずかよ! ケッ! ……て、あたし中卒だけど。サーセン。
とにもかくにも、私がバージンブレイクした状態で嫁げば、疑わしきは養父源氏源一択。
職場の宮内庁でも自宅でも「養女とはいえ、娘に手を出すとか。キモっ」って後ろ指さされてしまう。
嫁いだ私が夫に「じつは……さめざめ」ってしたら、ヤツの評価はモテモテなイケおじから、好色一代男にガラッとチェンジだ。世間の目が気になるマンには渡れない橋だ。
現段階で既に、秘宝館に祀られるべき好色だけどな!
そこを「純潔を守る範囲の寵愛で抑える自分、自制心の塊」とかほざく感性がねー。イミフすぎてキモいナルシスト滅べ。もげて腐れ。
純潔を穢さない触れ合いが胸キュンのドキドキなのは、両思いのカップルに限るっしょ!
悪役令嬢と軍隊育ちの王子とか。追放聖女と剣の勇者とか、地味眼鏡事務員とマッチョな騎士団長とかああああ!
とにかく、殿方に大切なのは筋肉よ! 踊る筋肉! 耐える筋肉! 溺愛する筋肉!!! みたいな正義がさあ。どこにあるわけ? 空前の優男ブームのこんな京都で。
しかも、養父源氏に選ばれし候補者はどいつもこいつもだし。
知りたい? どうでもいい? でも、いってみよー!
エントリーNo.1 冷泉帝
養父源氏の年の離れた弟。18歳。養父源氏を若くしたらこんなんだろなってイケメン。キラキラしくて目が潰れるレベル。
けどなあ。よく似た兄弟って感じじゃないんだよなあ。どっちかってゆーと親子っぽ…………いや、何でもない。あたしは何も気がついてない。何も知らないし。よし。
あと、同じ源氏の養女・梅壺中宮が、不穏。
「後宮が栄えるのは佳いことだから、是非に」とは言ってくれたんだけどさ。扇子で口元を隠しながら「正統派おねショタ、尊い」って呟いたよねええええ?!
つかさ、斎宮の絶対的エースが正妻で、地方アイドルの側室、要る???
異母妹の弘徽殿ちゃんなんか、寵を争う以前のアレっていうか。
『梅壺のお姉様は、奇跡の童顔ゆえのショタおね。玉鬘お姉様は、美女と美少年のおねショタ。うちの後宮、マジ最高ですわ!!!』って、扇子の裏に鼻血スプラッシュさせてたよな……?
エントリーNo.2 兵部卿宮
養父源氏の弟。こっちはちゃんと兄弟に見える。いい感じの人だから御簾ごしにお話ししよーと思ったら、放しやがったのよ。隠れていた養父源氏が。御簾の中に蛍を、わさわさーっと。
いや、元アイドルなあたしは蛍の光は浴び慣れてますよ?
けど、握手会にも参加したことのない兵部卿宮には刺激が強すぎたらしい。前を押さえて去っていきましたとさ。
萎えー。
養父源氏、この萎えを狙ったんかな?
あと、ぶっちゃけ私、蛍って苦手なんだよね。光らなきゃ、ちっちゃい蜚蠊に似てない??? つまり、養父源氏にこそ萎えー。
エントリーNo.3 髭黒大将。
ナイ。
行幸でちらと見たんだけどさ、顔の半分が髭のゴリマッチョが、白粉塗って紅さして烏帽子かぶってんじゃねーわ!
筋肉への冒涜だ。絶望した。
「ププ。あの髭面がKPOPアイドル気取りとか、キモくね?」をやりたい誰かの差し金は感じるけど。いい年してそれが似合う養父源氏のマウントってやつ??? いや、あたしが好きなの、KPOPじゃなくてK-1っすけど??? 老害には区別がつかないのかしら???
とにかく、髭のダンディが、ピンクのキラキラリップやチーク塗るな! ファッションは自由だけど、あたしに求婚したいなら、上半身裸で流鏑馬でも嗜んでくれよ! お前の筋肉は泣いている!!!
エントリーNo.4 柏木きゅん
異母弟。ゆえに、ありえない。
最初はさー、あたしが左大臣の娘だって、隠してたんだよね。あの養父源氏。
左大臣も左大臣で、数えられない数の女と関係してきたらしーから、子どもが100人いたって、違和感ないよねー。もー、認知してない男児なんて、みんな聖闘士なんじゃね?
玉鬘は、鳳凰座と獅子座が好物です。厳しき真面目な筋肉、しゅき。
それはともかく、異母姉弟って知らなかったから、しゃーないね。柏木きゅんからはもー、DMきたきた。朝も夜も通知うるさいっての。でも、養父源氏が実父にゲロったその夜から、止まりました。わかりやすっ!!! でも、変態じゃないってイイね!
お姉ちゃんは、柏木きゅんの幸せを祈ってる!!!
とまあ、ラインナップ濃いな。
柏木きゅんは論外として、養父源氏よりはみんなマシだけどな!!!
そんなこんなで、やってきました。成人式。裳着式。
養父源氏の采配で、実父と運命のご対面ー!
「ここは親子水入らずで」って女房たちは下がったけど、あちこちで、聞き耳たててる暗部がいる。
これ、あたしが実父に養父源氏のセクハラをチクらん対策だな。いちお、政敵だもんなあ。
『パパ。養父源氏がキモい』
声を出さずに唇を動かすと、左大臣ことパパは目をまんまるくして、やっぱり声を出さずに呟いた。
『常夏の娘よ。我がことを、覚えたりや?』
『記憶にはないけど。でも、すぐにパパってわかった』
養父源氏から「夕顔」と、実父から「常夏」と呼ばれるママは、とんでもないビビりだった。
大きな音が苦手で、蝉が急に鳴いただけで失神するほどに。
物陰から「わ!」ってしたら、三日三晩寝込むほどに。
幼い私は、チキンなママの為に唇読術を覚えた。乳母に『母、驚かすまじく、声をいださで話す遊びせむ』って言われて。
乳母はそれを、たいそう粋な着物を召した男性から教わったそうだ。ま、今、瞼を指で押さえているヒトだろうけど。
そういや、ママから「姫の父の手首にぞ、黒子が三つ並べる」って聞いたかもしれない。
帯を結い、涙を拭った同じ手にも、三つ子の黒子が並んでいる。
『パパ、助けて! このままじゃあたし、あいつの愛人まっしぐらだよ! 殿上人の養女になった以上、政略結婚はしゃーない。女好きなくせに童貞くさい兵部卿でも、ファッションセンスが髭黒危機一髪でも、ショタおねマニア蔓延る冷泉後宮でも、耐えて攻略してみせる!』
『……玉鬘ちゃん。母より逞しかし』
庭土からモグラが出てきただけで白目剥いて倒れた親と、一緒にしないでくれる?
どこかの花畑ヒロインかって無自覚天然礼儀知らずだったママは、パパの正妻さんから激おこされた。で、パパの愛人コミュニティからビビってトンズラこいた。
乳母経由で聞いてさえ、ママがよろしくない。正妻を立てたり、陰でdisりあったり、パパに泣きついたりして、駆け引きしろや? 貴族でしょ???
モテるだけで才覚ナシなママは、たちまち窮乏した。
狭い乳母の家で少ないごはんを分け分けしていた時に、いかにも身分が高そうな男が庭先の夕顔を欲した。貴人の家には、食料にも器にもなる瓜なんか植えないから、珍しかったんだろう。
キラキラ男子に一目惚れママが、逆ナンしたのが養父源氏との馴れ初めだ。
あたしはママをベースにハイパー進化した系の千年にひとり(パパの遺伝子と思う)だけど、伝え聞くママみたいな儚さや色気はない。
養父源氏いわく、傾国美女ではないが超絶可愛い系で、優しく男を癒す達人だったんだそうだ。あー。寝技が得意ってことか。
じゃなきゃ、親世代二大プレイボーイが溺れるかって話か。
『思ふところはあれど、光の愛人も悪しき選択肢ならぬぞ? 飽かるとも食ふままぐれはないし』
『そこはパパよりマシと思う』
何かがクリティカルヒットして、悶え始めるパパ。
飽きた愛人を、おばあちゃんちのお手伝いさんにして厄介払いして生きてきたもんな。女の敵め。
『でもさ。パパはヤリ捨て上等の外道だけど、養父源氏はママをヤリ埋めした鬼畜生だよ? 知ってた?』
3歳の夏にママとママの腹心の右近さんが行方不明になった。
直後に、私の乳母の背の君が筑紫に赴任した。必然的に、乳母は私を連れて行くことになる。
あたしはファンという名のストーカーから逃げて京都に戻り、めっちゃ偶然右近さんと再会した。
右近さんは事故にあって養父源氏の家で働いてたって言ってたし、人の良い乳母も「これでお嬢様の未来は安泰だ」って喜んでたけどさ。
実態は、誘われたら断れないママを廃屋にひきこんでリア充大爆発したと。
そのさ中、何かにビビったママが、心肺停止に陥ったと。
それ、家族にさえ黙って埋めるか?
身分の低い女が急死したって面倒見たら、まだ若かった養父源氏の政治生命がヤバかったんだろね。
多分、惟光とかいうヤツの忠臣がママを埋めて、右近さんを言いくるめたんだと思うよ?
そんでもって、遺族であるあたしへの説明は、もののけがー。生き霊がー。六条がー。山寺に手厚く葬ったからどうちゃらーってさあ。いや、全面的にお前の所為だから。
お前の身勝手の結果が、私や乳母一家のいらん苦労し尽くしライフだからな?
あ ん ま 舐 め ん な ?
なのに、ヤツときたらママとの馴れ初と愛欲の日々を語りたがる。
キモいし。
親の褥話なんか、聞きたくねえわ!!!
つか、正妻も愛人もいるのに正体不明の女にまでうつつをぬかすから、生き霊とかいろいろ沸くんだよ!
『ねえパパ。あたしは、母親の遺体を隠滅した殺人犯の、慰み者にならなくちゃいけないの?』
気がついたら、ぼろぼろに泣いてきた。
同じ養女仲間の梅壺中宮さまからの成人祝い『トリセツ養父源氏』ってお手製の冊子が滲んで見える。
『プライドを傷つけると逆上してガチに犯される。正論禁止』とか『全ての無体は、権力で揉み消します』とか『呪いの類が効かないチート』とか『惚れた女は漏れなく病む』とか『または死ぬ』とか『冷泉後宮に逃げておいで』とか。
中宮さまも、養女になったばかりの頃は苦労されたんだなあ。
そういや、中宮様のママンもヤツの愛人だったって聞いたなあ。闇、深すぎるわ。
『玉鬘ちゃん……』
『無理、あいつだけは無理。褥で滅多刺しにする自信しかない。いっそ、東国の武士たちの慰み者になった方がマシだわ。もののふ筋肉祭り……げへへへ』
『玉鬘ちゃん……?』
パパは眉間の皺を極限まで深くして、しばし思案した。
そして優雅で美しくて、困っていながら、何かを覚悟した顔をこちらに向けた。
『裏工作は父がすれば、父の選びし男とあひたまへ。柏木を使いにいだせば、夜這ひを仲介さする女房を取り次がなむ。うかし?』
マジで? パパが旦那さん選んでくれるの?
柏木きゅんに、手引きしてくれる女房を紹介すればいーのね???
いやあ、パパわかってるわ。
年配女房は養父源氏のファンばっかだけど、うちら世代やその後輩からしたら、懐メロみたいなもんよ? 時代は冷泉帝、夕霧くん、柏木きゅんが3大イケメン貴公子よ?
柏木きゅんにお願いされたらコロコロ従う若いの、揃ってまっせ?
『パパ……! うかし! 超了解だよ!!』
『せばらくは、『養父源氏に靡くべかりもこそ』と凹みしフリしたまへ。奴は、『人のものになりし女の未練』を難しがる。誤つとも、新婚ラブラブ霊気出すべからぬぞ? 他人のものを奪はまほしき人なれば』
不幸な結婚をした新妻が鬱陶しくて、幸せな奥様は奪いたいんかい!?
「なにそれ、最低」
うっかり声をだしたら、パパの眉間がすごいケンシロウになった。
え、パパも色々最低だけど、養父源氏ほどじゃないよ?
って、あ、そっか。
今まで声出してないから、暗部の皆さんにはパパを最低って言ったことになっちゃったのか。
うー。
違わないけど、違うー!
『光君には、さう思はせおくべし』
パパは、苦笑いしながらあたしの目尻のあたりをチョンとぬぐった。三つ子の黒子。大きいのがパパで、中くらいがママで、真ん中の小さいのがあたし。ママとふたり、会ったこともないパパをそんな風に語った気がする。夢かな?
「娘よ。幸せになり給へ」
そう踵をかえしたパパは、パパ世代で1番カッコいい笑顔で去っていった。
その後、あたしの寝所に髭黒危機一髪が現れた。
こいつか。残念な筋肉か。
まあ、兵部卿宮んちじゃ養父源氏と共有されそうだし、後宮には異母兄妹の弘徽殿ちゃんがいるから、ここが妥当ちゃー妥当だよね。
そうと決まれば、遠慮はしない!
あたし好みに改造してやる。
全く似合ってないイケメン風ファッションはひんむいて、KPOPメイクは手拭いで落としてと。
生まれたままの筋肉、エグ尊いっ……!!!
パパ、素敵よ! グッジョブよ! やばい涎垂れそう。
「ひ、姫……?!」
太い眉毛。分厚い唇。すごい髭。女子人気ひっくいけど、よく見ると左右対称のイケメンじゃん? 目、めっちゃ綺麗だし。うん、格闘家の目だね?!
「あのさ、私が欲しかったらファッション変えてくんない? 全然好みじゃないし、似合ってないし」
「だ、だが、光君は若者はKPOPアイドルを好むと」
「そりゃ、多くの若い女房たちや、どこぞのショタ好き後宮はネ。でも、あたしは高麗ったら手拍戯(朝鮮半島等の徒手格闘技の呼称)を推すけどなー」
「は、はあ」
「ねえ、知ってる? あたし、なよっとした男に興味ないの。女問題で流刑になったくせに、イケメンだ何だ絶賛されてる老害は特に、ね」
魅惑のギャランドゥーに跨って、髭面をこちらに向けさせた。
咽喉がゴクリと動く。月明かりの下で、視線が絡み合う。
「へえ。深窓の姫君と思いきや、とんだじゃじゃ馬だな」
戸惑っていた男が、不敵に笑った。
やられっぱなしじゃないってとこか。うん、悪くない。頭も。
「君の期待に添えるかはわからんが。本来、俺は無精だ。衣装に頓着もない。楽器や和歌の習得より、武器や武道の腕を上げたい粗忽者だ」
「え。なにそれ素敵」
うっかり見惚れたら、あとは彼のペースになった。
いや、なんか、見た目は野武士だけどやっぱ貴公子だな?!強引なくせに、下品さがないし。
つーか、いろいろ巧い。
あと、キモくない!!
このまま身を任せて、さらってもらおう。
さらば養父! 理想の筋肉に、あたしは嫁ぐっ!!
⭐︎この世界のKPOPのKは、「韓国」ではなく「高麗」デス。