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隣の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
クラスメイトも色々ある
8/10

峯田くんはツイてない

峯田は最近ツイてない。それもこれも全部、同じクラスの山田が悪い。影が薄い陰キャのくせに、あいつと出会ってから最悪だ。おい山田、お前のせいで――え? いや、恋じゃねえよ! 峯田くんが空回りする日常と、ちょっとだけ非日常。


*** ***


お読みいただきありがとうございます。不幸な男峯田と、影の薄い少年山田くんのお話です。


 同じクラスの(やま)()が、癇に障る。



    ***



「あームカつく。マジうぜぇ」

 忌々しげに呟くと、頭上で雀がチュンと鳴いた。そのあざとい声さえ腹立たしい。


「くそ、山田の奴め……」

 口にしたのは、クラスメイトの名前だ。名字は山田。下の名前は知らない。


(みね)()、何怒ってんの?」

「眉間にしわ寄ってんぞ」


 左右の友人がそれぞれ言う。アホだが気のいい連中だ。峯田も割と嫌いじゃない。


「山田だよ。あいつ、マジでムカつく」

「山田?」

「山田って、あの」


 そう言った二人はちょっと黙った。


「「……誰だっけ?」」


「山田だよ!! 同じクラスの!!」

 吠えた峯田に、彼らはうるさそうに耳をふさいだ。またこれだ。彼らは山田の存在を忘れる。


「なんで同じクラスなのに知らねーんだよ。お前らクラスメイトだろ? 知ってろよ、クラスメイトの名前くらい!」

「峯田は友達想いだなぁ」

「友達じゃねえよ!」


 そう、山田は友達じゃない。初めて見た時から、妙に気に障る人物だ。


「とにかく目障りなんだよあいつ。なんだあれ、いつも影薄くしやがって」

「えー、そう?」

「俺別に何とも思わないけどなぁ」


 彼らはそれぞれ首をかしげる。というか、こいつらまだ山田の存在を思い出してない。


「分かれよ! 山田だよ!」

「いたような気はするけどさぁ」

「いるだろ!! ちゃんと存在してんだよ!!」

「峯田はホント山田のことが好きなんだなぁ」

「好きじゃねえよ!!」


 ほのぼのと言われ、峯田は吠えた。

 山田、マジで許さない。



    ***



 そもそも、峯田は割と恵まれた人生を送っていた。

 顔は平均以上だし、勉強も運動もそこそここなす。女子からの人気も高く、バレンタインデーにはクラスで三番目にチョコをもらった。


 小学校も中学校もそんな感じで、峯田は順風満帆の生活を送っていた。

 自分の人生は勝ち組だ。峯田はそう思っていた。


 だが、この春。


 入学した高校で出会った人物に、峯田は人生設計をぶち壊された。

 それが山田だ。下の名前は知らない。


 彼と関わってから、とにかく峯田はツイてない。

 ちょっと絡んだら怖いお兄さんに呼び止められるし、ジュースを奢らせようと思ったら鳥のフンが頭に落ちるし、にらんだだけで机の角に足をぶつける。


 あまりにも不幸が続くせいで、ついたあだ名が「不幸男」。みんな気を遣い、峯田の耳に入れないようにしていたらしい。初めてそれを知った時、峯田はちょっと傷ついた。


「あーそれ? オレも知ってた。うまいこと言うよな」

「不幸マンと不幸男、どっちにするかで揉めたらしいぞ」

「知ってるなら教えろよ! お前ら!!」


 のほほんと言われ、峯田は吠えた。……お前らほんとに友達か?

 肩で息をつく峯田に、彼らが心配そうな顔になる。そう、そういう顔が見たかった。


「峯田……」

 彼らのひとりが口を開く。


「……不幸マンの方がよかった?」

「そういう意味じゃねえよ!!」


 駄目だ、まったく通じていなかった。


「えーでも、峯田が運悪いのは本当だし。お祓い行った方がいいんじゃね?」

「そうそう、祓ってもらえって」


 左と右でそれぞれ頷く。言っておくが、彼らは本気で言っている。アホか。本気でアホなのか。


「んな非科学的なモン信じられっか。それより山田だ、山田」

「え、山田って……」

「誰だっけ?」

「またかよ! てかそこからかよ!」


 ふたたび吠えた峯田に、彼らは先回りして耳をふさいだ。

 ……こういう学習だけしやがって。



    ***



 山田は、クラスの中に溶け込んでいる。

 正確に言えば、埋没している。保護色というのが近いだろう。ジャングルの中の迷彩柄、教室の中の山田柄。

 現に、クラスであの男を認識しているのは峯田ひとりだ。


「峯田くん、何見てるの?」

「ああ、いや」

「放課後カラオケ行こうって話してたんだけど、峯田くんはどうする?」

 目を合わせてくる女子は可愛い。峯田は髪をかき上げた。


「そうだな、行ってもいいけど」

「駅前と繁華街、どっちの方がいいと思う?」


 うちの生徒がよく使うカラオケ店は二つある。ひとつが駅前、もうひとつが繁華街の中にあるチェーン店だ。

 どちらも飯がそこそこ旨く、設備も割と整っている。料金的にもイーブンだ。


「そうだな、駅前」

「じゃあ繁華街だね! みんなー、繁華街だって!」

「よし決定!」


 みんながわっと盛り上がる。


「え……?」

 ぽかんとしていたら、友人がぽんと肩を叩いた。


「お前が選ばなかった方がラッキーだって有名なんだよ」

「厄除け逆張り全当で、ちょっとした騒ぎになったらしい」

「……マジか」

 いくらなんでもひどくないか?


「くそ、山田め……」

「山田関係なくないか?」

「あるんだよ! 全部あいつのせいなんだよ!」


 無茶を言っているのは分かっている。けれど、あいつさえいなければ。


 そもそも、どうしてこんなに気に障るのかも分からない。自分はクラスの中心人物、相手は存在さえ意識されないクラスメイト。強さで言ったら壁紙以下だ。勝負は峯田の圧勝だ。


 それなのに――どうしても、気にかかる。


「それって恋……」

「じゃねえよ! 違うよ!」

「俺あんまりそういうのに偏見ないタイプだから」

「俺もねえよ! でもそれとこれとは関係ねえよ!」

「照れなくていいよ、峯田」


 彼らは慈悲深い顔で峯田を見て、ぽんと肩に手を置いた。


「俺たち、どんなお前でも友達だから」

「それはありがとうな!? でも違うから! 俺は男が好きなわけじゃねえから!」

「えーでも、無理しないでいいから」

「自分の心に正直になれって。それは恋だよ、峯田」

「恋じゃねえから!」


 はっと気づくと、周囲が峯田を見つめていた。

 その中には先ほどの可愛い女子もいる。

 彼らは気まずそうに眼をそらし、それから言った。


「……僕らも偏見はないつもりだから。その……頑張って、峯田くん」

 だからそれは誤解だって!



    ***



 あまりにもあまりにも――あまりにも鬱憤が溜まってしまい、峯田はちょっと爆発した。

 山田に手を出してしまったのだ。

 友人達は心配そうだったが、峯田を止められない様子だった。


 ジュースを奢らせるのや、ちょっと絡んだりするのとは話が違う。これは暴力だ。全部褒められた行為じゃないけれど、暴力は種類が違う。一歩進んだ、本物の悪だ。

 友人達は一度も手を出さなかった。それで当然だ。峯田もやらせるつもりはない。


「峯田……ちょっとヤバいんじゃね?」

 横たわって動かなくなった山田に、友人がびくついた顔になる。


「は? お前、逆らうのかよ」

「そういうわけじゃないけどさ、問題になったらヤバいだろ」


 なんだその顔。むしゃくしゃする。


「だからさ、もう……」

 やめようという声を無視して、峯田は彼に近づいた。


「こいつにチクる度胸なんてあるわけねーよ。なぁ、山田くん?」

 脇腹に軽く蹴りを入れ、薄く笑う。

 自分は嫌な顔をしているんだろうなと思った。


「まあ、チクっても問題ないけど。あとでひどい目に遭うのはお前だしな」


 ほら、どうした山田。

 反論しろよ。嫌だって言え。

 抵抗しろ、自分に。


「……チクらないよ、別に」


 その時だった。

 気を失ったと思われていた山田が、むくりと起き上がったのは。


「な、山田!?」

 峯田がぎょっと目を見張る。


 あれだけ殴ったはずなのに、山田はなぜかピンピンしていた。よく見ると、その顔にも身体にも傷ひとつない。まるで昼寝から目覚めたみたいだ。制服の汚れをはたき、袖口についた砂を払う。


「チクらないから、もう行っていい? 教室に戻らないといけないんだ」

 山田は淡々と口を開く。特に気にしてはいないらしい。


「てめえ……ふざけやがって!」

 思わず殴り掛かろうとした時、「こっちです!」という声がした。


「こっち、こっちです! 早く来て!」

 どうやら現場を目撃されてしまったらしい。その声には聞き覚えがあったが、なぜか思い出せなかった。気が動転しているせいだろうか。相手の顔もよく見えない。ひるがえるスカートが近づいてくる。

 その後ろからやって来たのは、誰もが恐れる体育教師。



「お前ら、何してる!」



 腹の底から轟く声に、峯田は「やべ」と思った。

 思うと同時に、目の前がふっと晴れた。


 そう、ヤバい。

 本当にヤバい。


 ダッシュでその場から逃げながら、峯田はちょっとほっとしていた。

 もう一歩踏み出していたら、戻れなくなっていた。

 それはごめんだ。そう思った瞬間、シュワっと何かが抜けていく。

 それと同時に、心が少し軽くなった。


 あんな自分は好きじゃない。

 山田の事は嫌いだが、ボコボコにするのは話が違う。ああいう事は、別の奴がやればいい。


 峯田は山田の事が気になる。恋ではない。絶対違う。

 山田の事は嫌いだが、こういうのは二度とごめんだ。


 うん、そうだ、それでいい。

 自分はジュースをたかるくらいでちょうどいい。



    *** *** ***



 後にそれを話したところ、クラスメイトの()(さき)はドン引きしていた。

「言いたくないけど……ジュースをたかってる時点で十分最低だよ、峯田くん」

 確かに自分もそう思う。



    ***

    ***



 結局その後、教師に捕獲された峯田達は、それはもう叱られた。

こんなに怒られるのは久々だというくらい叱られた。反省の気持ちも消え失せるくらい叱られて、ようやく峯田は解放された。

 今はバスの中だ。ここ最近では唯一と言っていい幸運が起こり、峯田は久々に座席に座った。


「くそ、山田の奴……」

 言いながらも、先ほどのような悪意は消えている。

 あれは一体何だったのか。

 もしかすると、五月病のせいかもしれない。


「それにしても山田、すごかったよな」

「なんで無傷だったんだろ。あんだけ峯田にボコられたのに」

「今ごろ倒れてたりして」


 まさかなぁ、と彼らがアハハッと笑う。なまじ山田の無事な姿を見ていたせいで、安心しきっているのだろう。一歩間違えば大変な事になっていたのを分かっているのか。今笑っていられるのは、山田が無傷だったせいだ。

 もっとも、その責を負うべきなのは全面的に峯田で、他の二人ではない。


 かすかに息を呑む声がしたが、気のせいだろう。

 次のバス停に停まり、誰かが勢いよく飛び出していく。

 あれはうちの制服だ。同じ学校の女子だろうか。駆け出しているせいで、背中しか見えない。


「今の子、ちょっと可愛くなかったか?」

「うちのクラスにいた気がするけど。峯田、知ってる?」

 知らないと答えつつ、峯田は窓際で頬杖をついた。


 山田の事は気に入らない。

 目立たないくせに目につくし、意識しないのに視界に入るし、気にしてないのに見てしまう。しかも、本人はまったく気にしていない。気づいてさえいないと思う。

 あの飄々とした態度が、本当にムカつく。


「山田め……なんであんなに目障りなんだ」

「峯田、言いにくいけどそれは」

「きっと」

 一呼吸置き、同時に。



「「恋だよ」」



「違えよ!!」

 いくらなんでもやめてほしい。鳥肌が立つどころの話じゃない。

 峯田は山田が気にかかる。恋ではない。殴るぞお前。


 だけど――まあ。


「……山田の下の名前、なんだったっけ?」


 下の名前を覚えるくらい、してやってもいい。

 峯田の問いに、二人は顔を見合わせた。

 そして、


「知らない」


 と言って笑った。


お読みいただきありがとうございました。なんかいい感じにまとめてますが、カツアゲも絡むのもダメゼッタイ。暴力ダメ、絶対。山田くんは無傷です。

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