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隣の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
クラスメイトも色々ある
6/10

隣の席の三崎くん

隣の席にいる三崎くんが、山田の事を見つめている。その目はきらきらしていて、何か言いたげだ。彼の目的とは一体? そして山田との友情の行方は? 影の薄い少年、山田視点のお話です。

 

 隣の席の()(さき)くんが、やたらと見てくる。



    ***



「おはよう、(やま)()くん」


 溌溂とした声に、山田はふと目を上げた。


「……おはよう、三崎くん」

「化学の宿題やった? 俺あんまり自信なくてさ」


 鞄を置きながら、三崎くんが話しかけてくる。彼の話題は宿題が多い。「ああ、まあ」と答えながら、山田はノートを取り出した。


「あ、ありがとう……? あっよし合ってた、山田くんありがとう、めっちゃすごい!」


 何がすごいのか分からないが、彼が喜ぶとちょっと嬉しい。


「山田くん、化学得意?」

「普通かな」

「英語好き?」

「まあまあ」

「数学は?」

「……苦手な方」

「へえ、そうなんだ」


 三崎くんがきらきらした顔でこちらを見つめてくる。あまりにもまぶしくて、山田はちょっと目がくらんだ。


 三崎くんが隣の席に来たのは、ほんの少し前の事だ。

 席替えの関係で隣になったのだが、それ以来、彼はちょくちょく声をかけてくれる。入学式で話しかけてくれたのも彼だった。多分、彼は対人スキルが高い。


「俺も数学苦手かな。英語と国語は割と好き。あと美術」

「……なるほど」

「山田くん、体育好き?」


 それはあんまり好きじゃない。

 首を振ると、三崎くんは嬉しそうに笑った。


「そうなんだ」





 三崎くんに見られていると気づいたのは、いつの事だろうか。


 ふと気づくと、彼はこちらを見つめている。

 嫌な感じの視線ではないので、気づかないふりをしている。三崎くんはじっと見ている。まるで何かを見つけるように。


 その目がなぜか――とても、きらきらしている。


「山田くん、おにぎりの具何が好き?」

「……鮭とタラコと昆布かな」

「漬物は? 好きなやつある?」

「キュウリ」

「あれおいしいよね! 俺薄切り派!」


 自分は厚切り派だったが、頷くにとどめておく。……後でもう一度話題に上る事になるのだが、この時の山田は知らない。ちなみに「どっちもおいしい」で片がついた。三崎くんは心が広い。


「サンドイッチも好き?」

「好き」

「おいなりさんは?」

「割と好き」

「お弁当の中身何が好き?」

「玉子焼き」

「甘いの、しょっぱいの?」


 どっちも好きだが、甘い方が多いかもしれない。


「……甘いやつ」

「あっ俺も! 一緒だね」


 そう言って、三崎くんはにこっと笑った。


 ……観察日記でもつけられているのだろうか。





 山田に質問するだけでなく、彼は惜しみなく自分の情報も開示している。おかげで山田は彼の事なら、ご両親の次に知っているレベルになってしまった。


 おにぎりの好みはドンピシャで一緒、ツナマヨと明太子マヨも好みらしい。昆布だけはそれほどでもないが、昆布マヨなら好きだという。……それはマヨネーズが好きなんじゃないか?

 玉子焼きは甘い派で、唐揚げとササミチーズカツとハムカツが好き。あと、ブロッコリーが少し苦手。


 いつも友達に囲まれていて、明るい笑顔にあふれている。

 そして――山田の事を、妙に見てくる。


「山田くん、チョコレート好き?」

「うん、まあ」

「飴好き? グミは? ガム食べる?」


 飴は嫌いじゃないが、グミは食べない。ガムもそれほど口にはしない。

 よく分からないながら、ひとつひとつ答えていく。


「クッキー食べる? 俺は好き」


 頷くと、三崎くんは嬉しそうな顔になった。



    ***



 そんな三崎くんにトラブルが起きたのは、よりにもよって、山田の事がきっかけだった。


「おい三崎、お前最近山田と親しいらしいじゃん」


 三崎くんに絡んできたのは、同じクラスの(みね)()という男だった。

 入学当初からなぜか山田の事を目の敵にしていて、ちょくちょく因縁をつけられる。いつも罰が当たるため、それほど気にしてはいないのだが、三崎くんに飛び火するとは思わなかった。


(厄介だな)


 彼との距離は大分離れている。

 助ける方法はいくつかあるが、どれも今は適さない。

 三崎くんは峯田とその仲間に、「山田はゴミだって言え」と脅されている。小学生か、まったく。


 彼の友達ははらはらしたように見ているが、誰も助けには行かないようだ。それはしょうがない。彼らはクラスの中心人物だ。誰だってトラブルに巻き込まれたくないだろう。彼らを責める事はできない。三崎くんが山田の悪口を言えば、無事に解放されるはずだ。


 ゴミクズ、ゴミカス。あまり綺麗な言葉じゃない。

 仕方ないと思った時、三崎くんが言った。



「山田くんはいいやつだ! カスじゃない!!」



「―――――……」


 不覚にも、心臓を撃ち抜かれた気がした。


 この感覚は二度目だった。一度目は(ふじ)(さき)さんと出会った時だ。彼女もひとりぼっちの山田を心配して、声をかけてくれたのだ。それ以来、彼女は山田の中で天使扱いになっている。


 山田をかばっても、三崎くんには何の得もない。

 峯田に目をつけられると面倒なのは、山田が一番よく分かっている。隣の席なら、彼が知らないはずがない。他の人間ならともかく、彼は山田を気にしている。

 それなのに。


「てめえっ……」


 峯田が拳を振り上げたのを見て、山田は動いた。



「ちょっと失礼」



 二人の間にもぐり込み、暴力沙汰を回避する。三崎くんは目をぱちくりさせている。何が起こったのか分からない様子だ。構わずすたすたと歩き、目的のものを手に戻ってくる。

 とにかくこの場から助け出そうと、山田は彼に声をかけた。


「三崎くん、図書室」

「……あっ」


 口実には図書室の本を使った。返却期限だと言えば、三崎くんはおとなしくついてくる。動かなかったら手を引くかお姫様抱っこだと思っていたのだが、動いてよかった。


「ま……待てよ、お前らっ……」


 追いかけようとした峯田の目を山田は見た。じっと見た。


 ――じっと、見た。


「ん……あれ?」


 案の定、彼らがすぐに戦意をなくす。


「えっと……俺たち、なんだっけ?」

「てか、なんでここにいるんだっけ?」


 うん、そのまま忘れていい。





 三崎くんは、山田の事が気になっていたようだった。

 うん、それは知っている。多分、本人よりも知っている。

 道理で、手品だの催眠術だの聞かれたわけだ。あれだけ目がきらきらしていたのも納得がいった。

 だが、山田は手品が使えない。


(……仕方ない)


 次までに何か仕込んでおこう。多分、ハンカチくらいなら消せる。

 先ほどの出来事は、影の薄さによる特殊技能だと説明した。

 全部本当でもないが、嘘でもない。三崎くんは目を丸くして聞いている。


「あまりにも影が薄いと、直前の会話まで忘れるらしい。彼らに起こったのはそういうことだよ」

「……まさか」


 うん、まさかだ。まったくの嘘でもないけれど、真実でもない。

 それでも会話を続けると、彼は黙った。


「そっかー……」


 それで納得してくれるのがすごい。三崎くんは素直だ。人を疑う事を知らない。どうかそのままでいてほしい。


 山田には友達がとても少ない。


 クラスでよく話すのは藤崎さんくらいだし、あとは近所の犬か猫だ。三崎くんが話しかけてくれて、実は嬉しい。とても嬉しい。

 本当は、自分から話しかけてみたい。だが、話題が見つからない。三崎くんの事はほぼ知っている。彼が話してくれたからだ。お尻のホクロの数さえ知っている相手に、今さら何を聞いたらいいのか。


 三崎くんは相変わらずきらきらした目を向けてくる。真実を知った今でも、山田に対する感情は変わらないようだ。その目が少しこそばゆい。


「助けてくれてありがとう。理由はどうあれ、山田くんは山田くんだよ」

「……大げさだな」


 だが、嫌な気はしなかった。

 彼が喜んでくれると、自分も嬉しい。


「なあ、ほんとにどっか遊びに行かない? 俺、山田くんともっと話してみたい」

「放課後は駄目なんだ。大事な用事があるから」


 これは嘘ではない。山田は放課後に用事がある。

「そっかー……」

 しょんぼりした三崎くんに、「でも」と続ける。


「今度の休みは暇なんだ。よかったら、その時にでも」


 三崎くんがぱっと顔を上げ、


「……うん!」


 今までで一番の笑顔になった。



    ***

    ***



 そして、放課後。

 教室の席に戻り、山田は時計を見つめていた。

 時計の針は四時十分前。そろそろ――始まる。


「早く部活行こ。急がないと」

「購買まだ開いてるかなぁ」

「ちょっとトイレ」


 いつものように、なんとなく人が教室から出て行き、なんとなく用事を思い出し、なんとなく別の場所に行きたくなる、その隙間。


 今日は色々あったと思いながら、山田はほっと息をついた。

 三崎くんに言っていなかった事が、ひとつだけある。

 放課後に用事があると言ったが、その行き先が特殊なのだ。

 だが、これは言う必要がない。山田もこの先言うつもりはない。


 三崎くんはいい人だ。山田は彼の事が好きだ。恋ではない。念のため。

 三崎くんは本当にいい人だ。

 だからこそ、妙な事には巻き込みたくない。


 カチリ。


 時計の針が午後四時を指した。

 その時だった。

 山田の足元で、気配がした。


(……来たか)



 ――異世界召喚。



 最初に自分の身に起こった時は何かと思ったが、こうも続けばいい加減慣れた。持ち物は特にないが、トイレは済ませておこうと思う。

 山田は別の世界で、魔王を倒した勇者になっている。よく分からないだろうが、呑み込んでほしい。そうなっている。


 無事に魔王を倒した山田は、なぜか国を譲られそうになってしまい、ものすごく困った。辞退する代わりに、放課後の三十分だけ異世界へ行き、彼らと交流する事になった。今でもそれを続けている。

 最初は教室の中央いっぱいに展開されていた魔法陣も、だんだんコンパクトになっている。向こうも慣れてきたらしい。


 もうすぐ魔法陣が浮き上がり、慣れた光が体を包む。

 三崎くんにはとても言えない。

 もし知られてしまったら。




「あ、山田くん、まだ残ってたの?」




 ――それはまた、別のお話。


お読みいただきありがとうございました! このお話の続きは第3話から。三崎くんの運命や如何に?

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