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隣の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
隣の山田くんには秘密がある
5/10

第5話


    ***

    ***



 目を開けると、見慣れた学校の教室だった。


「か……帰ってきた……?」


 自分の体を見回すが、どこもおかしなところはない。無事に転移は成功したようだ。


「お疲れさま。ただいま」


 振り向くと、山田くんがそこにいた。


「山田くん、お帰り」

「三崎くんもお帰り」

「うん、ただいま」


 答えると、ようやく実感がわいてくる。


「山田くん、異世界に行ってたんだね」

「こっちの世界で三十分だけ。それ以上は無理だから」

「ああ、だろうねぇ……」

「あと、ひとつ言い忘れてた」


 山田くんが陽太の顔を見た。


「勇者じゃない人間が異世界に行くと、その時の記憶はなくなるんだ。今は覚えているけど、だんだん薄れて、一晩寝ると忘れてる。ごめん、言わなくて」

「ああ、だろうなぁ……」


 そうでなくてはおかしい。誰でもこんな体験ができてしまったら、それを覚えていて誰かに言ったら、世界中大騒ぎだ。


「いいよ、別に。……でもさ、山田くん、ひとつ聞いていい?」

「何?」

「やっぱり峯田くんの時、魔法使ったんじゃない?」


 そう言うと、山田くんは目を丸くして、そして笑った。


「ばれたか」



    ***

    ***



 そして、翌日。


「山田くん、おはよう」

 陽太が挨拶すると、山田くんはこちらを見た。

「おはよう、三崎くん」


 その目は何かを確かめるようだったが、陽太が「何?」と聞くと首を振った。


「なんでもない」

「英語の宿題やった? 俺今日当たるんだけど、自信なくてさ」


 その問いに山田くんは鞄を探り、無言でノートを突き出した。


「俺もそれほど得意じゃないけど、一応は」

「あ、ありがとう……? うわ、ここ間違ってる、全然違う!」


 急いでノートを引っ張り出すと、陽太は宿題の添削を始めた。教室の前では、峯田くんがしかめっ面をしている。その体にはまた包帯が増えている。今度は転がっていた空き缶に蹴つまずいたらしい。ちなみに、その空き缶を捨てたのは三日前の彼だ。なんという自業自得。


「助かった、ありがとう」


 ノートを返すと、山田くんは頷いた。

 当たり前の平凡な毎日。

 何かが起こる予感はなく、何事もなく時間が過ぎる。


「山田って、相変わらず影が薄いよなぁ」

「何を励みに生きてるんだあいつ」

「下の名前が思い出せない……。つか本当に存在してるのか?」

「もー! やめろよお前ら!」


 失礼な事を言う彼らに、陽太が本気で説教する。


「ごめん山田くん、失礼なこと言って」

「大丈夫、気にしてない」


 いつも通り山田くんは影が薄い。


 女子生徒にも男子生徒にも気づかれず、名前を呼び間違えられたりしている。ちゃんと呼ぶのは藤崎さんだけだ。山田くんもちょっと楽しそうにしている。え、もしかして恋の予感? それは待ってほしいんだけど。


 そのまま何事もなく昼を迎え、放課後になった。


 時刻は午後四時五分前。


 いつも通り、なんとなく人が教室を出て行き、なんとなく別の場所に行きたくなり、なんとなく近寄らなくなる瞬間。


 陽太も立ち上がり、山田くんに声をかけた。


「また明日、山田くん」

「また明日」


 それで会話は終わってしまい、彼の隣を通り過ぎる。

 山田くんはいい匂いがする。かすかに爽やかな緑の香り。ハーブティーにも少し似ている。

 教室の出口まで歩き、陽太は扉に手をかけた。


「あ、そうだ、山田くん」

 彼が目を上げると、陽太は笑った。



「行ってらっしゃい。気をつけて」



 ――時刻は午後四時一分前。



「山田くんとずっと一緒にいた影響で、記憶が消えなかったみたいだよ。帰ってきたら土産話期待してる!」



 大きく目を見張った山田くんが、何か言いかけて。




「了解」




 こぼれるように笑って、消えた。



お読みいただきありがとうございました!

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