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隣の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
隣の山田くんには秘密がある
4/10

第4話


    ***



 山田くんの話によると、高校に入学した直後、山田くんは異世界召喚に巻き込まれたそうだ。何そのファンタジー。


 着いた先(この世界だ)で勇者だと宣言され、当初はものすごく抵抗した。けれど、帰るすべはなく、仕方なく承諾したらしい。

 約束の魔王討伐をさくっとこなし(ここが何回聞いてもよく分からない)、帰り道が現れたのが三か月後。元の世界に戻ってみると、時間は進んでいなかった。

 恐るべき世界の修復能力。ちなみに肉体時間も戻っていたらしい。


 それで話は終わりだと思ったら、翌日にまた召喚された。


 なんでも、魔王討伐の勇者には国を譲るのが習わしだという。さすがにそれは全力で拒否し、山田くんは交換条件を出した。曰く、「定期的にこの世界に来るので、それで勘弁してほしい」。

 この世界の文明は、あちらよりも大分遅れている。そのため、農業や土木作業、水路やダムの建設など、手をつけなければいけないところは山のようにあった。なまじ魔法が使える分、そういった方面は発達しなかったようだ。


(ああ……道理で)


 彼があれほど読書をしていた理由がようやく分かった。

 時間の進み方も違うらしく、あちらの世界での三十分が、ここでは三日に該当する。さらに、翌日またこちらに来ると、七日の時が流れている。


 彼らと同じ時を生きる事はできない。

 だからこそ、できるだけの事をする。

 山田くんはそう言った。


「俺がいつまでこの世界に呼ばれるか分からないし、やれることはやっておかないと」

「なるほど……」

「巻き込んで悪い、三日過ぎたら帰れるから」


 頭を下げた彼に、陽太は首を振った。


「いいよ。面白そうだから」


 気にしないでと言うと、山田くんはちょっと笑った。





 それから三日の間、山田くんはよく働いた。

 本当によく働いた。在りし日のサラリーマンレベルだ。残業上等、徹夜バンザイ、ブラック企業が裸足で逃げ出す過密スケジュール。


(これは……放課後に寄り道なんて、できないよなぁ……)


 むしろ翌日、学校に通っているのがすごい。休んで。お願いだから休んで。


「元の世界に戻ると、体の疲労も消えるんだ。ついでに言うと、回復魔法をかけてもらいながらだから辛くない。ポーションもある」

「何その栄養ドリンクとドーピング」

「心配しなくても、無理はしないよ」


 そう言って山田くんがまた笑う。こっちの世界に来てから、山田くんはよく笑うようになった。


(あっちの世界、つまんないのかな)


 この世界では、山田くんは勇者だ。

 国を救った英雄であり、救世主であり、王様でもある。

 どんな望みも叶い放題、お金は使い切れないほどあり、住む場所はお城、魔法だってばんばん使える。初めて見せてもらった時、陽太はちょっと感動した。


(これじゃあ、帰りたくもならないよなぁ)


 ――おまけに。


「ヤマダ様、よろしいですか?」


 ノックの音とともに、輝くような美少女が現れた。


「お忙しいところ失礼いたします。新しいマントが届いたので、ぜひご試着をと思いまして」

「姫様……どうぞお気を遣わずに」

「リサベルとお呼びください。未来の妻に、遠慮はご不要ですわ」

「妻!?」


 思わず叫ぶと、恥ずかしそうに微笑まれた。


「ヤマダ様のお友達ですね。ええ、私はそのつもりですけれど」

「――抜け駆けとは捨て置けませんわね、姫様」


 その時、艶やかな美女が現れた。

 赤い髪に同色の瞳、燃えるような色をまとった女戦士だ。出るところが出ていて、引っ込むところが引っ込んでいる。端的に言えば、ナイスバディ。そして服の面積が異様に小さい。


「わたくしもヤマダ殿の妻に立候補しておりますの。第二夫人でも構いませんわ」

「オーレリア、あなたはまた!」


 二人がにらみ合うのをよそに、山田くんは淡々と仕事を処理している。


「い……いいの、放っといて?」

「いつものことだから心配ない。三崎くん、そこにお茶あるよ」


 どうぞと促され、陽太はお茶を一口飲んだ。

 爽やかな風味が喉を潤し、清涼感が広がる。後に残るのはほのかな甘み。


「すごくおいしい。これ何?」

「精霊族の里で採れた朝摘みの葉。疲労回復と癒しの効果がある」


「へえ、珍しいなぁ」


 こくこくと飲んでいると、バン! と乱暴に扉が開いた。


「ヤマダさん、リサベル姫とオーレリアがこちらに……ああっまた! あなたがたはヤマダさんの邪魔をして!」


 入ってきたのは目の覚めるような美女だった。

 先ほどの女戦士とは対照的で、長い銀髪と紫の瞳、たおやかな外見は女神のようだ。色白な頬を紅潮させ、彼女はきっと山田くんをにらんだ。


「ヤマダさんも、遠慮せずに追い出してください。ほらほら、仕事の邪魔ですよ!」

「そんなことを言って、エステラ。あなたもヤマダ殿の妻の座を狙っているんでしょう? 第三夫人なら空いていますけれど、いかが?」

「なっ……わ、私は!」


 図星だったのか、彼女の顔が真っ赤になる。


「ヤマダー、あそびにきたよー!」


 その時、別の少女が現れた。


「ヤマダ、おしごとたいへん? ちょっとやすむ? おかし好き? お茶は? ピストおよめさんになれるくらい大きくなった?」

「仕事は大変だけど、問題ない。休憩もまだいいかな。お菓子は好きだよ。お茶も。お嫁さんには小さいかな」

「じゃあもっと大きくなるからまっててね!」


 山田くんに飛びついた小柄な少女は、ぐりぐりと額を擦りつける。その頭には、茶色い耳が生えていた。お尻には尻尾。年齢は幼稚園くらいだが、もっと大きいかもしれない。


「ピスト、あなたはまた!」


 エステラと呼ばれた美女が叫んだが、少女は気にせず「じゃあまたね!」と消えていく。茶色い髪に茶色の目、仔犬のようで可愛かった。

 その後も入れ代わり立ち代わり、見目麗しい女の子が現れる。目当ては山田くんで、みんなライバルのようだった。


「山田くん……モテるね」


 タイプは違うが、みんな最高級の美少女だ。一部美女もいた。

 そう言った陽太に山田くんは一言、

「そうでもないよ」と告げた。

 いや、これ紛れもなくハーレムだよね?





 馬車馬のごとく働きまくった山田くんが一息ついたのは、元の世界に戻る少し前だった。


「巻き込んでごめん、三崎くん」

「いや、楽しかったから」


 カルチャーショックも多々あったが、初めての異世界は楽しかった。


「ご飯もおいしかったし、景色は綺麗だし、獣人族? にも会えたし。金貨って初めて見た。海外旅行に近いかも」

「ああ、なるほど」


 そうかもしれない、と山田くんが頷く。


「異世界は海外旅行。それが近いな」

「確かに彼女はいなかったけど、すごいものを見た気がする」

「文化の違いだな。最初は驚いた」

「俺のこと、友達だって紹介して良かったの?」


 そう聞くと、山田くんは不思議そうな顔になった。


「俺は友達だと思ってたんだけど、嫌だった?」

「……嫌じゃない」


 答えると、山田くんは小さく笑った。


「……山田くんはさ、ここで暮らそうと思わないの?」

「思わない。この世界での俺は異分子だから」

「あんなにモテるのに?」

「モテてもしょうがない。同じ時間は生きられない」

「贅沢三昧できるのに?」

「それよりも、土地を豊かにしておかないと」

「こっちの世界の方が暮らしやすいと思わない?」

「思わない。魔法は便利だけど、加減を間違うと大惨事だし。勇者はブラック企業だし、やたらと雑用に駆り出されるし。まあ、ここで暮らす人は好きだけど」


 でも、俺の世界はあっちだから。


「ここはもうひとつの世界で、夢の世界。ここでの俺が世界を救った勇者でも、あっちでは一般人。それでいいよ」

「それで……いいんだ?」


 頷く山田くんを見て、そっかと陽太は納得した。

 彼は勇者だ。

 紛れもなく、勇者だ。

 だからこそ、彼がこの世界に呼ばれたのかもしれない。


「ここで起こったことも、出会った人も。全部俺の中にある。いつかこの世界に来られなくなる日が来ても、ずっと忘れない。それで十分だ」

「そっか」


 頷くと、「俺も」と陽太は彼を見た。


「二度と会えないかもしれないから、大事にするよ。いい経験だった、ありがとう」

「……俺も」


 そこで山田くんが呟いた。


「誰かと一緒に来たのは初めてだった。楽しかった。ありがとう」

「山田くん……」


 陽太が何か言いかけた時。



「時間です!」



 ふたたび異世界転移が始まった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。あと一話です。

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