第4話
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山田くんの話によると、高校に入学した直後、山田くんは異世界召喚に巻き込まれたそうだ。何そのファンタジー。
着いた先(この世界だ)で勇者だと宣言され、当初はものすごく抵抗した。けれど、帰るすべはなく、仕方なく承諾したらしい。
約束の魔王討伐をさくっとこなし(ここが何回聞いてもよく分からない)、帰り道が現れたのが三か月後。元の世界に戻ってみると、時間は進んでいなかった。
恐るべき世界の修復能力。ちなみに肉体時間も戻っていたらしい。
それで話は終わりだと思ったら、翌日にまた召喚された。
なんでも、魔王討伐の勇者には国を譲るのが習わしだという。さすがにそれは全力で拒否し、山田くんは交換条件を出した。曰く、「定期的にこの世界に来るので、それで勘弁してほしい」。
この世界の文明は、あちらよりも大分遅れている。そのため、農業や土木作業、水路やダムの建設など、手をつけなければいけないところは山のようにあった。なまじ魔法が使える分、そういった方面は発達しなかったようだ。
(ああ……道理で)
彼があれほど読書をしていた理由がようやく分かった。
時間の進み方も違うらしく、あちらの世界での三十分が、ここでは三日に該当する。さらに、翌日またこちらに来ると、七日の時が流れている。
彼らと同じ時を生きる事はできない。
だからこそ、できるだけの事をする。
山田くんはそう言った。
「俺がいつまでこの世界に呼ばれるか分からないし、やれることはやっておかないと」
「なるほど……」
「巻き込んで悪い、三日過ぎたら帰れるから」
頭を下げた彼に、陽太は首を振った。
「いいよ。面白そうだから」
気にしないでと言うと、山田くんはちょっと笑った。
それから三日の間、山田くんはよく働いた。
本当によく働いた。在りし日のサラリーマンレベルだ。残業上等、徹夜バンザイ、ブラック企業が裸足で逃げ出す過密スケジュール。
(これは……放課後に寄り道なんて、できないよなぁ……)
むしろ翌日、学校に通っているのがすごい。休んで。お願いだから休んで。
「元の世界に戻ると、体の疲労も消えるんだ。ついでに言うと、回復魔法をかけてもらいながらだから辛くない。ポーションもある」
「何その栄養ドリンクとドーピング」
「心配しなくても、無理はしないよ」
そう言って山田くんがまた笑う。こっちの世界に来てから、山田くんはよく笑うようになった。
(あっちの世界、つまんないのかな)
この世界では、山田くんは勇者だ。
国を救った英雄であり、救世主であり、王様でもある。
どんな望みも叶い放題、お金は使い切れないほどあり、住む場所はお城、魔法だってばんばん使える。初めて見せてもらった時、陽太はちょっと感動した。
(これじゃあ、帰りたくもならないよなぁ)
――おまけに。
「ヤマダ様、よろしいですか?」
ノックの音とともに、輝くような美少女が現れた。
「お忙しいところ失礼いたします。新しいマントが届いたので、ぜひご試着をと思いまして」
「姫様……どうぞお気を遣わずに」
「リサベルとお呼びください。未来の妻に、遠慮はご不要ですわ」
「妻!?」
思わず叫ぶと、恥ずかしそうに微笑まれた。
「ヤマダ様のお友達ですね。ええ、私はそのつもりですけれど」
「――抜け駆けとは捨て置けませんわね、姫様」
その時、艶やかな美女が現れた。
赤い髪に同色の瞳、燃えるような色をまとった女戦士だ。出るところが出ていて、引っ込むところが引っ込んでいる。端的に言えば、ナイスバディ。そして服の面積が異様に小さい。
「わたくしもヤマダ殿の妻に立候補しておりますの。第二夫人でも構いませんわ」
「オーレリア、あなたはまた!」
二人がにらみ合うのをよそに、山田くんは淡々と仕事を処理している。
「い……いいの、放っといて?」
「いつものことだから心配ない。三崎くん、そこにお茶あるよ」
どうぞと促され、陽太はお茶を一口飲んだ。
爽やかな風味が喉を潤し、清涼感が広がる。後に残るのはほのかな甘み。
「すごくおいしい。これ何?」
「精霊族の里で採れた朝摘みの葉。疲労回復と癒しの効果がある」
「へえ、珍しいなぁ」
こくこくと飲んでいると、バン! と乱暴に扉が開いた。
「ヤマダさん、リサベル姫とオーレリアがこちらに……ああっまた! あなたがたはヤマダさんの邪魔をして!」
入ってきたのは目の覚めるような美女だった。
先ほどの女戦士とは対照的で、長い銀髪と紫の瞳、たおやかな外見は女神のようだ。色白な頬を紅潮させ、彼女はきっと山田くんをにらんだ。
「ヤマダさんも、遠慮せずに追い出してください。ほらほら、仕事の邪魔ですよ!」
「そんなことを言って、エステラ。あなたもヤマダ殿の妻の座を狙っているんでしょう? 第三夫人なら空いていますけれど、いかが?」
「なっ……わ、私は!」
図星だったのか、彼女の顔が真っ赤になる。
「ヤマダー、あそびにきたよー!」
その時、別の少女が現れた。
「ヤマダ、おしごとたいへん? ちょっとやすむ? おかし好き? お茶は? ピストおよめさんになれるくらい大きくなった?」
「仕事は大変だけど、問題ない。休憩もまだいいかな。お菓子は好きだよ。お茶も。お嫁さんには小さいかな」
「じゃあもっと大きくなるからまっててね!」
山田くんに飛びついた小柄な少女は、ぐりぐりと額を擦りつける。その頭には、茶色い耳が生えていた。お尻には尻尾。年齢は幼稚園くらいだが、もっと大きいかもしれない。
「ピスト、あなたはまた!」
エステラと呼ばれた美女が叫んだが、少女は気にせず「じゃあまたね!」と消えていく。茶色い髪に茶色の目、仔犬のようで可愛かった。
その後も入れ代わり立ち代わり、見目麗しい女の子が現れる。目当ては山田くんで、みんなライバルのようだった。
「山田くん……モテるね」
タイプは違うが、みんな最高級の美少女だ。一部美女もいた。
そう言った陽太に山田くんは一言、
「そうでもないよ」と告げた。
いや、これ紛れもなくハーレムだよね?
馬車馬のごとく働きまくった山田くんが一息ついたのは、元の世界に戻る少し前だった。
「巻き込んでごめん、三崎くん」
「いや、楽しかったから」
カルチャーショックも多々あったが、初めての異世界は楽しかった。
「ご飯もおいしかったし、景色は綺麗だし、獣人族? にも会えたし。金貨って初めて見た。海外旅行に近いかも」
「ああ、なるほど」
そうかもしれない、と山田くんが頷く。
「異世界は海外旅行。それが近いな」
「確かに彼女はいなかったけど、すごいものを見た気がする」
「文化の違いだな。最初は驚いた」
「俺のこと、友達だって紹介して良かったの?」
そう聞くと、山田くんは不思議そうな顔になった。
「俺は友達だと思ってたんだけど、嫌だった?」
「……嫌じゃない」
答えると、山田くんは小さく笑った。
「……山田くんはさ、ここで暮らそうと思わないの?」
「思わない。この世界での俺は異分子だから」
「あんなにモテるのに?」
「モテてもしょうがない。同じ時間は生きられない」
「贅沢三昧できるのに?」
「それよりも、土地を豊かにしておかないと」
「こっちの世界の方が暮らしやすいと思わない?」
「思わない。魔法は便利だけど、加減を間違うと大惨事だし。勇者はブラック企業だし、やたらと雑用に駆り出されるし。まあ、ここで暮らす人は好きだけど」
でも、俺の世界はあっちだから。
「ここはもうひとつの世界で、夢の世界。ここでの俺が世界を救った勇者でも、あっちでは一般人。それでいいよ」
「それで……いいんだ?」
頷く山田くんを見て、そっかと陽太は納得した。
彼は勇者だ。
紛れもなく、勇者だ。
だからこそ、彼がこの世界に呼ばれたのかもしれない。
「ここで起こったことも、出会った人も。全部俺の中にある。いつかこの世界に来られなくなる日が来ても、ずっと忘れない。それで十分だ」
「そっか」
頷くと、「俺も」と陽太は彼を見た。
「二度と会えないかもしれないから、大事にするよ。いい経験だった、ありがとう」
「……俺も」
そこで山田くんが呟いた。
「誰かと一緒に来たのは初めてだった。楽しかった。ありがとう」
「山田くん……」
陽太が何か言いかけた時。
「時間です!」
ふたたび異世界転移が始まった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。あと一話です。