第3話
「おい三崎、お前最近山田と親しいらしいじゃん」
陽太を囲んでいるのは、峯田くんのグループだった。
最近ではまた包帯が増えている。些細な不運が重なって、転んだりぶつかったり絡まれたりするせいだ。そのためか、ついたあだ名が「不幸男」。そのまんま過ぎて笑えない。
「どうなんだよ。答えろよ」
「よ……よく話すけど、それが何?」
「ムカつくんだよ」
ドカッと後ろの壁を蹴られる。
「あいつと仲いいってだけで腹立つ。あいつ、地味だし陰気だろ? 生きてる価値もないゴミじゃん。ゴミクズ。ゴミカス。なんで普通に空気吸ってんのか、意味分かんねぇ」
「……山田くんは、ゴミじゃないよ」
言い返すと、ふたたびドカッと壁を蹴られる。背中を冷や汗が流れ落ちた。
「は? ゴミだろ。そう思うよな?」
「そ……れは……」
「生きてることに土下座するくらいのカスだって思ってるよなぁ? 言えよ」
ほら、と追い詰められて、陽太は焦った。
ここで頷くのは簡単だ。
彼らに目をつけられると厄介なのは分かっている。どれほど厄介かは、山田くんを見れば一目瞭然だ。
友人達も心配そうだが、誰も近寄っては来ない。当然だ。こんな事には誰だって関わりたくない。
頷くのは簡単だが、言いなりになるのは癪だった。
だから言った。
「山田くんはいいやつだ!! カスじゃない!!」
「てめえっ……」
峯田くんが拳を握り、顔に叩きつけようとする。
思わずぎゅっと目を閉じると――なぜか、痛みはやってこなかった。
「ちょっと失礼」
二人の間に割って入った山田くんが、そのまますたすたと横切った。
「山田くん!?」
「てめ、山田!? 今どうやって……っ」
峯田くんがうろたえていたが、山田くんは動じなかった。普通に通り過ぎた後、机にあった本を手にして戻ってくる。
「三崎くん、図書室」
「へ?」
「本の返却期限。借りてた本、今日までじゃなかった?」
「……あっ」
そういえば、山田くんにつられて読書するようになってから、図書室にもよく行くようになったのだった。
よく見れば、手にした本は自分のだ。いつの間に貸出期間まで把握されていたのか。
行こうと促され、おとなしく続く。
「ま……待てよ、お前らっ……」
山田くんを追いかけようとした彼らが、動きを止める。
その直前、山田くんと目を合わせたような気がしたが、はっきりとは分からなかった。
「ん……あれ?」
「えっと、俺たち……なんだっけ?」
考え込む彼らをよそに、山田くんはしいっというポーズを取った。
「今のうちに行こう。大丈夫」
「あ……ありがと、う……?」
よく分からないまま、陽太はピンチを脱出した。
山田くんの話によると、昔から、とにかく影が薄かったそうだ。
集合写真で座敷童扱いされるのは日常茶飯事、遠足や修学旅行での点呼で首をかしげられ、体育祭では忘れられ、合同クラスの授業では毎回驚かれる。
そんな生活の中、彼はちょっとした特技を身につけた。
「あまりにも影が薄いと、直前の会話まで忘れるらしい。彼らに起こったのはそういうことだよ」
「……まさか」
いくらなんでも――と思ったが、あながち嘘でもない――かもしれない。
「じ、じゃあ、峯田くんの怪我は?」
「俺じゃなくても、ああいう性格なら不思議じゃない。よく転ぶのは元からじゃないか?」
「腹痛は?」
「ただの偶然」
「仕事が早いのは?」
「昔から、手際がいいとは言われる。でも実際は、手を抜くところはちゃんと抜いて、メリハリをつけてるだけだよ」
ゴミ箱のチェックも、汚れる場所は決まっている。そちらを一気に片づけて、後は見回るだけでいい。周囲から見れば異様に早いが、本人にとってはいたって普通だ。
「なんだ、そっか……」
本当に魔法使いだと思ったのに。
「三崎くんがきらきらした目で見てくるから、言い出しにくくなって。種明かしすれば、つまらないことだよ。がっかりした?」
「ううん、そんなことない」
陽太はぶんぶんと首を振った。
「助けてくれてありがとう。理由はどうあれ、山田くんは恩人だよ」
「……大げさだな」
「なあ、ほんとにどっか遊びに行かない? 俺、山田くんともっと話してみたい」
「放課後は駄目なんだ。大事な用事があるから」
「そっかー……」
しょんぼりすると、「でも」と山田くんが後を続けた。
「今度の休みは暇なんだ。よかったら、その時にでも」
「……うん!」
もしかすると、新しい友達が増えたかもしれない。
***
***
山田くんと別れた後、陽太は図書室で借りた本を手に戻ってきた。
峯田くんに絡まれたせいで、鞄を教室に置いてきてしまった。
廊下の時計は四時五分前。そういえば、この時間に教室に戻るのは初めてだ。
その前も後も人がいるのに、午後四時前後は無人になる。
今まで疑問に思った事もないけれど、よく考えてみるとちょっと不思議だ。
案外、それも理由が隠されていて、何もおかしな事はないのかもしれないけれど――……。
(あれ、そういえば……)
山田くんが消えたように見えたのも、それくらいじゃなかったか。
教室の扉を開けると、山田くんが座っていた。
「あ、山田くん、まだ残ってたの?」
「三崎くん?」
山田くんは驚いたような顔をしている。そんな顔は珍しい。
どうしたのかと聞こうとしたら、彼の足元が輝いた。
「え」
えええええええええ?
「ああもうちょっと……しょうがない。一緒に来て」
ぐいっと腕をつかまれて、光の中に引っ張り込まれる。あまりにもまぶしくて見えなかったが、それは魔法陣だった。この世界の文字とは違う文字が並んでいる。
「最初は酔うから目を閉じて。着いたら合図する、大丈夫」
「あ、あの、これって一体」
「あとで話す」
言ったと思うと、体がふわりと浮き上がった。
「ええええええっ?」
「舌噛むから口閉じて」
背中を抱かれ、一、二、と数を数える。
「……三!」
声と同時に光がはじけ、陽太の体は教室から消えた。
着いた先には、なぜか大勢の人間がいた。
「来たぞ! ヤマダ様だ!」
「ようこそお帰りくださいました。おいでを心待ちにしておりました」
「ヤマダ様! ヤマダ様! ヤマダ様!」
「…………なにこれ?」
もみくちゃにされる山田くんに、陽太は呆然と呟いた。
「いつものことだよ、問題ない」
山田くんはいつも通りだ。その平常心が今は心強い。
「ややっ、これは、もうお一方がヤマダ様の隣に!?」
ふいに目を向けられてびくっとしたが、山田くんがかばってくれた。
「俺の学友です。今日はちょっとした手違いがあって」
「やや、そうでしたか。初めましてご学友。私はこの国の王……もとい、元国王です」
「もとこく……王様っ?」
見ると、その頭には王冠が載っている。元という割にはばっちり王だ。山田くんを見ると、「俺が頼んでつけてもらってるんだよ」と説明された。
「しかし、あの勇者ヤマダ様に、このようなご学友がおられるとは。とても普通な……もとい、賢そうなお顔立ちで」
「勇気は俺よりもあります。頼れる友人です」
「ヤマダ様がそこまでおっしゃるとは。リサベルとエステラが妬きますな」
そう言うと、国王――元国王は人払いした。みんな山田くんの顔が見たかっただけらしく、歓迎の言葉を投げかけてはいなくなる。ようやく静かになると、さて、と国王は一息ついた。
「長旅でお疲れになったでしょう。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
「ありがとうございます」
「用事があれば何なりと。お部屋はいつもの場所をお使いください」
「彼の部屋をお願いしても?」
「もちろんです」
てきぱきと交わされていく会話に、陽太は慌てた。
「ちょっと待って、ひとりにしないでほしいんだけど!」
「平気だよ。言葉も通じるし、水も出る」
「そういう問題?」
「トイレも完備されてるから。三日間だけ我慢して」
「それはいいけど……え、三日?」
「それだけ経たないと帰れないから」
平然と答える彼に、えぇ…と陽太はちょっと引いた。山田くんは何やら書類仕事を始めたようで、さらさらと文字を書きつけている。
「色々聞きたいことはあるけど、同じ学校で二人行方不明って、事件にならない?」
「ならない。帰ったら元に戻る」
「お腹空かない?」
「こっちの食べ物は食べられる。暇なら話し相手もつけるし、俺の部屋に来てもいい。ベッドは大きいから一緒に寝られる」
「山田くん、一体何者?」
その言葉には手を止めて、彼はちょっと言葉を切った。
「俺、この世界の勇者なんだよ」
お読みいただきありがとうございます。山田くんは勇者。