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隣の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
隣の山田くんには秘密がある
3/10

第3話


「おい三崎、お前最近山田と親しいらしいじゃん」


 陽太を囲んでいるのは、峯田くんのグループだった。

 最近ではまた包帯が増えている。些細な不運が重なって、転んだりぶつかったり絡まれたりするせいだ。そのためか、ついたあだ名が「不幸男」。そのまんま過ぎて笑えない。


「どうなんだよ。答えろよ」

「よ……よく話すけど、それが何?」

「ムカつくんだよ」


 ドカッと後ろの壁を蹴られる。


「あいつと仲いいってだけで腹立つ。あいつ、地味だし陰気だろ? 生きてる価値もないゴミじゃん。ゴミクズ。ゴミカス。なんで普通に空気吸ってんのか、意味分かんねぇ」

「……山田くんは、ゴミじゃないよ」


 言い返すと、ふたたびドカッと壁を蹴られる。背中を冷や汗が流れ落ちた。


「は? ゴミだろ。そう思うよな?」

「そ……れは……」

「生きてることに土下座するくらいのカスだって思ってるよなぁ? 言えよ」


 ほら、と追い詰められて、陽太は焦った。


 ここで頷くのは簡単だ。

 彼らに目をつけられると厄介なのは分かっている。どれほど厄介かは、山田くんを見れば一目瞭然だ。

 友人達も心配そうだが、誰も近寄っては来ない。当然だ。こんな事には誰だって関わりたくない。


 頷くのは簡単だが、言いなりになるのは癪だった。

 だから言った。


「山田くんはいいやつだ!! カスじゃない!!」

「てめえっ……」


 峯田くんが拳を握り、顔に叩きつけようとする。

 思わずぎゅっと目を閉じると――なぜか、痛みはやってこなかった。



「ちょっと失礼」



 二人の間に割って入った山田くんが、そのまますたすたと横切った。


「山田くん!?」

「てめ、山田!? 今どうやって……っ」


 峯田くんがうろたえていたが、山田くんは動じなかった。普通に通り過ぎた後、机にあった本を手にして戻ってくる。


「三崎くん、図書室」

「へ?」

「本の返却期限。借りてた本、今日までじゃなかった?」

「……あっ」


 そういえば、山田くんにつられて読書するようになってから、図書室にもよく行くようになったのだった。

 よく見れば、手にした本は自分のだ。いつの間に貸出期間まで把握されていたのか。

 行こうと促され、おとなしく続く。


「ま……待てよ、お前らっ……」


 山田くんを追いかけようとした彼らが、動きを止める。

 その直前、山田くんと目を合わせたような気がしたが、はっきりとは分からなかった。


「ん……あれ?」

「えっと、俺たち……なんだっけ?」


 考え込む彼らをよそに、山田くんはしいっというポーズを取った。


「今のうちに行こう。大丈夫」

「あ……ありがと、う……?」


 よく分からないまま、陽太はピンチを脱出した。





 山田くんの話によると、昔から、とにかく影が薄かったそうだ。

 集合写真で座敷童扱いされるのは日常茶飯事、遠足や修学旅行での点呼で首をかしげられ、体育祭では忘れられ、合同クラスの授業では毎回驚かれる。

 そんな生活の中、彼はちょっとした特技を身につけた。


「あまりにも影が薄いと、直前の会話まで忘れるらしい。彼らに起こったのはそういうことだよ」

「……まさか」


 いくらなんでも――と思ったが、あながち嘘でもない――かもしれない。


「じ、じゃあ、峯田くんの怪我は?」

「俺じゃなくても、ああいう性格なら不思議じゃない。よく転ぶのは元からじゃないか?」

「腹痛は?」

「ただの偶然」

「仕事が早いのは?」

「昔から、手際がいいとは言われる。でも実際は、手を抜くところはちゃんと抜いて、メリハリをつけてるだけだよ」


 ゴミ箱のチェックも、汚れる場所は決まっている。そちらを一気に片づけて、後は見回るだけでいい。周囲から見れば異様に早いが、本人にとってはいたって普通だ。


「なんだ、そっか……」


 本当に魔法使いだと思ったのに。


「三崎くんがきらきらした目で見てくるから、言い出しにくくなって。種明かしすれば、つまらないことだよ。がっかりした?」

「ううん、そんなことない」


 陽太はぶんぶんと首を振った。


「助けてくれてありがとう。理由はどうあれ、山田くんは恩人だよ」

「……大げさだな」

「なあ、ほんとにどっか遊びに行かない? 俺、山田くんともっと話してみたい」

「放課後は駄目なんだ。大事な用事があるから」

「そっかー……」


 しょんぼりすると、「でも」と山田くんが後を続けた。


「今度の休みは暇なんだ。よかったら、その時にでも」

「……うん!」


 もしかすると、新しい友達が増えたかもしれない。



    ***

    ***



 山田くんと別れた後、陽太は図書室で借りた本を手に戻ってきた。


 峯田くんに絡まれたせいで、鞄を教室に置いてきてしまった。

 廊下の時計は四時五分前。そういえば、この時間に教室に戻るのは初めてだ。

 その前も後も人がいるのに、午後四時前後は無人になる。

 今まで疑問に思った事もないけれど、よく考えてみるとちょっと不思議だ。

 案外、それも理由が隠されていて、何もおかしな事はないのかもしれないけれど――……。


(あれ、そういえば……)


 山田くんが消えたように見えたのも、それくらいじゃなかったか。

 教室の扉を開けると、山田くんが座っていた。


「あ、山田くん、まだ残ってたの?」

「三崎くん?」


 山田くんは驚いたような顔をしている。そんな顔は珍しい。

 どうしたのかと聞こうとしたら、彼の足元が輝いた。


「え」


 えええええええええ?


「ああもうちょっと……しょうがない。一緒に来て」


 ぐいっと腕をつかまれて、光の中に引っ張り込まれる。あまりにもまぶしくて見えなかったが、それは魔法陣だった。この世界の文字とは違う文字が並んでいる。


「最初は酔うから目を閉じて。着いたら合図する、大丈夫」

「あ、あの、これって一体」

「あとで話す」


 言ったと思うと、体がふわりと浮き上がった。


「ええええええっ?」

「舌噛むから口閉じて」


 背中を抱かれ、一、二、と数を数える。


「……三!」


 声と同時に光がはじけ、陽太の体は教室から消えた。





 着いた先には、なぜか大勢の人間がいた。


「来たぞ! ヤマダ様だ!」

「ようこそお帰りくださいました。おいでを心待ちにしておりました」

「ヤマダ様! ヤマダ様! ヤマダ様!」

「…………なにこれ?」


 もみくちゃにされる山田くんに、陽太は呆然と呟いた。

「いつものことだよ、問題ない」

 山田くんはいつも通りだ。その平常心が今は心強い。


「ややっ、これは、もうお一方がヤマダ様の隣に!?」

 ふいに目を向けられてびくっとしたが、山田くんがかばってくれた。


「俺の学友です。今日はちょっとした手違いがあって」

「やや、そうでしたか。初めましてご学友。私はこの国の王……もとい、元国王です」

「もとこく……王様っ?」


 見ると、その頭には王冠が載っている。元という割にはばっちり王だ。山田くんを見ると、「俺が頼んでつけてもらってるんだよ」と説明された。


「しかし、あの勇者ヤマダ様に、このようなご学友がおられるとは。とても普通な……もとい、賢そうなお顔立ちで」

「勇気は俺よりもあります。頼れる友人です」

「ヤマダ様がそこまでおっしゃるとは。リサベルとエステラが妬きますな」


 そう言うと、国王――元国王は人払いした。みんな山田くんの顔が見たかっただけらしく、歓迎の言葉を投げかけてはいなくなる。ようやく静かになると、さて、と国王は一息ついた。


「長旅でお疲れになったでしょう。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」

「ありがとうございます」

「用事があれば何なりと。お部屋はいつもの場所をお使いください」

「彼の部屋をお願いしても?」

「もちろんです」


 てきぱきと交わされていく会話に、陽太は慌てた。


「ちょっと待って、ひとりにしないでほしいんだけど!」

「平気だよ。言葉も通じるし、水も出る」

「そういう問題?」

「トイレも完備されてるから。三日間だけ我慢して」

「それはいいけど……え、三日?」

「それだけ経たないと帰れないから」


 平然と答える彼に、えぇ…と陽太はちょっと引いた。山田くんは何やら書類仕事を始めたようで、さらさらと文字を書きつけている。


「色々聞きたいことはあるけど、同じ学校で二人行方不明って、事件にならない?」

「ならない。帰ったら元に戻る」

「お腹空かない?」

「こっちの食べ物は食べられる。暇なら話し相手もつけるし、俺の部屋に来てもいい。ベッドは大きいから一緒に寝られる」

「山田くん、一体何者?」


 その言葉には手を止めて、彼はちょっと言葉を切った。


「俺、この世界の勇者なんだよ」

お読みいただきありがとうございます。山田くんは勇者。

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