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隣の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
隣の山田くんには秘密がある
2/10

第2話


    ***



「山田くん、昨日消えた?」

 ……などと聞けるわけがないので、陽太は口をつぐんでいた。


(気のせい、だよな……? 人間が消えるわけないしなぁ……)

 ちなみに陽太の視力は、左右ともに1.2。だからと言って、見間違いが起こらないわけじゃない。


(目の錯覚? それとも乱視? まさかとは思うけど、ドッペルゲンガー?)

 乱視は違うんじゃないかと思ったが、それにしても不思議だ。

 うーんと悩んでいたら、「おい山田ぁ!」という声がした。


「てめえ、何俺らの前横切ってんだよ。通行料払え」

「そうだよ、払え払え」

「払っていってくれるかなー?」


 にやにや笑う男子生徒が三人、山田くんを取り囲んでいた。

「悪いけど、教室に関所はないと思う」

 山田くんは真面目に返している。そう、今は江戸時代じゃないし、ここは関所でもない。


「通行料だっつってんだろ!」

 山田くんに絡んでいるのは、クラスでも目立つ(みね)()くんのグループだった。リーダーの峯田くんがイケメンで、女子がきゃあきゃあ騒いでいる。

 彼は山田くんの事が気に入らないらしく、しょっちゅう絡んでいるらしい。不思議な事に、山田くんの隣の席になるまで知らなかった。


「山田のくせに生意気なんだよ。金よこせ」

「財布持ってないんだけど」

「小銭でいいから出せよ! 百円!!」


 胸ぐらをつかまれて、女子がきゃあっと悲鳴を上げる。山田くんは無言のままだ。


「あーあ、山田かわいそー」

「マジ気の毒だよな。ほんと、何が楽しくて生きてるんだあいつ」

「あそこまでいくと、さすがに同情するわ。なー陽太……って、あれ? 陽太?」


 彼らに向かって歩き出す陽太に、友人達がぎょっとする。

 関わりたくはなかったけれど、目撃したらしょうがない。だって山田くんは隣の席だ。無関係な他人じゃない。

 いや、無関係な他人でも、ここで見捨てるのは寝覚めが悪い。


「あの、ちょっと……っ」

 声をかけようとしたら、彼らがそろってこちらを見た。


「何、三崎」

「いや、あの、山田くんを……っ」

「は? 山田?」

「何の話? つか誰?」

「今俺らしかいねえんだけど」

「…………へ?」


 見ると、そこには誰もいなかった。


「あ、……あれ?」

「なんだよお前、変な奴だな」


 怪訝な顔をしたものの、彼らは「なんか飲まね?」、「俺スポドリ」などと言いながら立ち去っていく。取り残されて、陽太は呆然とした顔になった。


「…………えー……?」


 山田くんは、やっぱり謎だ。





 その翌日、峯田くんは顔を腫らして現れた。


「なんか、ガラの悪いお兄さんに絡まれたんだって」

「あいつ、そういうの多いよな。お祓いした方がいいんじゃね?」

「呪われてるよなぁ……」


 ひそひそと話すクラスメイトに、陽太は何も言えなかった。

 山田くんは隣の席で、『洪水の歴史と対策』を読みふけっている。その様子は普段通りだ。何もおかしな事はない。


(気のせい……だよなぁ?)

 首をひねりつつも、「おはよう山田くん」と挨拶する。山田くんは目を上げて、「おはよう、三崎くん」と返してくれた。


「あのさ、昨日……」

「うん?」

「……いや、何でもないや」


 今日も山田くんの影は薄く、「山田って誰だっけ?」と言われている。いるから! すぐそこに本人いるから!!

 こんな風に思ってしまうのは自分だけかもしれない。最近では山田くんの事ばかり考えている。これって恋……ではない。それは違う。


「山田くんって、忍者?」

「違う」

「だよねぇ」


 それで会話は終わってしまい、後には沈黙が残された。


(うーん……)


 山田くんの事は嫌いじゃない。

 話しかければ答えてくれるし、宿題だって見せてくれる。読んでいる本も教えてくれたし、挨拶だってちゃんとする。

 普通に暮らしていれば、不思議に思う事もない。

 だけど、妙に気になる。


「山田くん、手品使える?」

「使えない」

「山田くん、催眠術できる?」

「できない」

「山田くん、魔法使える?」


 そこでふと彼は目を上げて、少し笑った。


「――使えない」


 やっぱり山田くんは謎の人だ。



    ***



 山田くんの事が気になってから、しばらくが過ぎた。

 注意して見ると、おかしな事は色々ある。あるけれど、説明できない。

 絡んできた相手が急に興味を失ったり、かと思えば何もない場所でずっこけたり、突然の腹痛を起こしたり。

 代役を頼まれた仕事が、いつの間にか完璧に終わっていたり。

 ひとつひとつは些細だが、積み重なれば偶然じゃない。


(山田くんって……不思議だ……)


 陽太が見ているのに気づいても、彼の態度に変化はない。

 読んでいる本は治水から浄水に変わった。運河を終えて、飲用水になったのだろうか。下水の本も熱心に読んでいるから、本格的にインフラ整備だ。


 ここにもしかして、山田くんの秘密が隠されている!?


(……まさかなぁ)


 脳内で自分に突っ込んで、陽太は首を振った。

 積み重なれば偶然じゃないが、ひとつひとつなら偶然だ。

 案外、自分が気にしているからそう思ってしまうのかもしれない。山田くんはただの人間で、ちょっと無口なクラスメイト。そう思った方が、ずっと自然だ。


(もう忘れよう)


 こうしていれば、ただのお隣さんなのだ。

 普通に暮らしていれば、不思議に思う事もない。わざわざ騒ぎ立てるのはどうかと思うし、余計な波風は立てたくない。これ以上は深入りしない方がいいかもしれない。

 あまり詮索すると、山田くんにも迷惑だ。実際、穴が空くほど見つめているし。


 最近では見つめ続けていたせいで、たまにちょっとときめいたりする。これって恋?……ではない。そっち方面はもう忘れよう。


 山田くんは目立たないが、いい人だ。


 最近ではちょっとした雑談も交わすようになった。

 山田くんはキュウリの漬物と、甘い玉子焼きが好きらしい。陽太も割と好物だ。好きなものが一致して、ちょっと嬉しい。

 キュウリの切り方でひと悶着あったが、最終的には「どっちもおいしい」で片がついた。山田くんは引き際も鮮やかだ。ちなみに陽太は薄切り派だ。


 そんなこんなで、山田くんの謎から遠ざかるようになったある日。

 陽太はトラブルに巻き込まれた。

お読みいただきありがとうございます。山田くんは鮭とタラコのおにぎりが好きです。あと昆布。

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