166 第50話 Dの悲劇 24 【500年前の復讐12】
「なんじゃ!? 彼奴は全くの無傷。しかも巨大化しているではないか!」
驚き焦る国王。
矮小な小型竜と舐めてかかったが、攻撃は全く通じておらず、それどころか巨大化して向かって来る。
まだ彼我の距離はまだ300メートルは離れているが邪竜の威圧が半端なく伝わる。
攻撃前のアパーカレスとは大違いだ。
「ええい、何をしておる! 攻撃続行! 続…… むおっ!?」
国王はまたしても驚かされた。
飛べない竜とコバカにしていたアパーカレスが、背中の翼を大きく広げ空に舞い上がったのだ。開いていていた距離が一気に詰まる。
「アパーカレスは空を飛べるのか!? ならなんで陸路を使ったんじゃ!?」
空を飛ばずゆっくり陸路を使ったのは、自身を囮にしてリットールの召喚勇者をおびき出して纏めて喰らうため。
ダゴンはアパーカレスの成長期に合わせて糧となる召喚勇者を一気喰いさせたかったのである。
そして結果。
先程の召喚勇者の攻撃は、ガンツとバンバラの推測通りアパーカレスの極上の糧になってしまったのである。
そうとは知らぬ混乱する国王。
それでも攻撃続行の命令を受け部隊は一斉打ち方を始める。
しかし召喚勇者部隊の攻撃は全てアパーカレスに吸収され、三国連合軍の攻撃はアパーカレスには全く通らない。
そして。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!
アパーカレスは邪呪石の息吹を吐いた!
「ぎゃあああああああああああああ!」
「身体固く……それでいて焼けるように熱い!」
「動けねえ! 誰か助けて! 助け…………」
『ラミア族の石化術をアレンジした特製石化ブレスだ。石化した身体の中で、封じ込められた魂を永遠に焼かれ苦しむがいい。焼かれながら贖罪するがいい!』
ダゴンはアパーカレスの石化ブレスの効果を見て満足した。
【ワグナーの丘】に潜む三国連合軍は、アパーカレスの吐邪呪石の息吹にあてられ深紅の石像と化した。
残ったのはバンバラの結界に守られる国王護衛隊と21人の召喚勇者部隊。
しかしその召喚勇者部隊も無事では済まない。
邪竜アパーカレスは召喚勇者21名の魔力を根こそぎ奪いにかかった。
『魔力強制吸引《|ドレナージュ》!』
ブォッ! ギュリリリリリリリィィィ!
アパーカレスから発せられる邪気の触手が召喚勇者に襲い絡み付く。そして触手は召喚勇者の聖属魔力を吸い尽くす。
「なんだこれは!? 力が抜ける!」
「魔力が吸われているのか!?」
召喚勇者は桁違いの魔力量を誇る。しかしその魔力量は有限。魔力を完全に失えば彼らは存在を維持することが出来なくなる。
そして魔力を吸い尽くされた召喚勇者達にすぐ変化があらわれた。
ピシッ パリッ パサッ
「皮膚が黒く……ひぃっ! 身体が崩れる!?」
「いやだ! こんな異国の果てで死にたくない! 生きてにっぽんに帰るんだ!」
「俺は死なぬ! 絶体に死なぬぞ! 死んで……なる……もの……か……」
パサリ
21名の召喚勇者達の身体が黒く崩れる。そして塵となり風に飛ばされ消滅した。
そして召喚勇者21名分の聖属魔力を吸収したアパーカレスはさらに力を増した。
全長も40メートルを超えている!
バシュッ! バシュシュシュッ!
そのアパーカレスは人の背丈ほどもある鱗を広げ、四方八方へと飛ばした。
「なんだ?」
「何をするツモリかしら?」
飛ばした鱗は途中で邪竜の姿に代わり、リットールの街や村を襲撃した。
先に復活竜の襲撃でボロボロにされた街と村は、小邪竜のさらなる攻撃に遭い完全に崩壊した。
しかし意外な事に、そこにいた民達は皆殺しにはされず生かされた。
もっとも民達は小邪竜の吐く〈贖罪の息吹〉に犯され奇病に苦しまされる。
奇病により民達は老化が一気に進み、全身の神経が塩漬けにされたかのような激痛に襲われた。
この苦しみから逃れるには人族が『追放竜族に対して犯した罪』を認め贖罪すれば解放されるのだが、誰かにヒントを与えられるわけでもなく、民達は発狂衰弱死するまで苦しみ続けるしか他なかった。
「なんだったんだ?」
「わからない。でもよい事じゃないのは確かね」
ガンツとバンバラは飛ばした鱗を警戒したが、ひとまず自分達への攻撃ではないことを察し、意識をアパーカレスに集中した。
「バカな! 三国連合軍と召喚勇者部隊が一瞬にして壊滅じゃと!? そんなことがあってたまるか!」
激昂から狼狽へ。
邪竜アパーカレスの反撃から僅か1分弱。
あまりにも呆気ない壊滅劇。国王はそれを受け入れる事が出来ず脳内で否定し続けた。
そのせいで否定以外の思考が止まり次の行動を打つことが出来ないでいる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
その国王に対してアパーカレスが邪炎の息吹を吐き放つ!
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」
迫りくる邪炎に腰を抜かす国王。死の恐怖に涙を浮かべ失禁しながら絶叫する。
だがバンバラとガンツがいる前で易々と焼かれるわけがない。
「多属性結界!」
キンッ!
バンバラは国王を含む国王護衛隊を強固な結界で覆った!
聖女の絶対障壁を除けば最強クラスの防御結界であり物理・魔法ともにほぼ完璧に防ぐことが出来る。
しかし、アパーカレスの邪炎の息吹はそれを上回るようだ。
バンバラは苦悶の表情を浮かべ、必死で耐えていたがすぐに限界が来た。
「なんて炎圧! このままじゃ持たないわ。ガンツさんお願い!」
「いつでも任せろ!」
ガンツはラーズソードを鞘から抜き力を溜める。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ベギョリ
アパーカレスの炎圧がさらに強くなり、バンバラの多属性結界が限界を超えた!
紅蓮の炎が結界を壊しバンバラ達を飲み込むように迫る!
「ガンツさん!」
「ラーズバースト!」
ガンツは己の魔力と生命力をラーズソードに込めて縦一文字に振り抜いた!
ザンッ!
聖剣の一撃に匹敵する斬撃が邪炎の息吹を断ち割り霧散させる!
『ほう、やはり人族とは思えぬ力を持っているな。我が尾の一撃で粉砕してもよいが…………これはどうだ!』
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
アパーカレスは立て続けにドラゴンブレスを放つ!
邪炎の息吹
邪凍の息吹
邪呪病の息吹
邪呪石の息吹
息吹の属性を変えての攻撃。
アパーカレスはガンツを試しているようだ。
己の敵、人族の力を確かめるべくアパーカレスはブレスを吐き続ける。
「たくっ、しつこいぜ!」
ザンッ ズバッ バシュッ
ガンツはそのいずれもラーズソードの斬撃で防ぎ切った!
ラーズソードは人族が打った最高峰の破邪の剣。
ありとあらゆる“邪”を斬り滅ぼすのだ。
「どうだ。全部防いでやったぜ!」
肩で息をしているのを悟られないようにして、ガンツはアパーカレスにドヤ顔を向けた。
もちろんガンツの内心は勝てる気など全く無い。
戦い初手でこれは人間には倒せない相手と感じたのだ。
そしてそれはバンバラも同じこと。
この危機的状況を打破・逆転する方法などなにも見えない。
打破・逆転よりも撤退。国王と国王護衛隊を逃がすことが先決だ。
「なっ!? あいつら、召喚勇者よりも全然強いじゃないか!」
思いもしなかったガンツとバンバラの善戦に、国王同様に思考が固まっていた国王護衛隊隊長が我に返った。
「陛下、残念ですがもう勝ち目はありません。撤退しましょう!」
「あうぅぅ…………」
国王護衛隊隊長は国王に撤退を促した。
しかし国王はブレスの恐怖でいまだ思考が働かない。指示を出せない。
巨大な邪竜がブレスを吐きまくる様に完全に威圧されている。
「隊長、空間跳躍で撤退して下さい」
「俺達が時間を稼ぐ。時空魔術師は急いで準備しろ!」
バンバラとガンツは国王護衛隊隊長に進言。
国王を逃がすための盾となるべく飛空魔法でアパーカレスのいる高度へ向かった。
茶番の閑話(【追放した側のファンタジー・英雄ケンツの復活譚】166部分用)
内容の薄い閑話です。
読み飛ばし推奨。
【最後の日】
登場人物
ユーシス(ユリウス)
真正勇者。アリサの幼馴染にして婚約者。
アリサ
真正聖女。ユーシスの幼馴染にして婚約者。
西城祐樹
召喚勇者。朱里の幼馴染にして恋人。
松本朱里
召喚聖女。祐樹の幼馴染にして恋人。
「うう、なんだかさっきから嫌な気を感じるわ。物凄い【負の感情】の渦……」
旅の途中、馬上で真正聖女アリサは遥か遠くから子供達の阿鼻叫喚する気配を感じ取りモヤモヤとしていた。
「アリサも感じるの? 実は私もさっきからそうなの」
一緒に旅を続ける仲間の一人、召喚聖女朱里も暗い顔をしていた。
「大丈夫なのかアリサ、朱里」
「ユーシス(ユリウス)、ちょっと早いが野営準備にしよう。本当に気分が悪そうだ」
やはり仲間の召喚勇者祐樹がユーシスに言った。
ユーシス、アリサ、祐樹、朱里の四人は、大きな湖の湖畔で下馬し、野営準備に入った。
「どうだ、落ち着いたか?」
「何か思い当たる事は何かないのか?」
ユーシスと祐樹は心配そうに二人の聖女を気遣った。
しかし聖女達は首を振った。
聖女の感受性は高い。【負の感情】を敏感に感じ取ってしまう。
聖女達は大勢の【子供達の負の感情】を感じ取り、感情酔いを起こしているのだ。
「大丈夫、死ぬほどってわけじゃないんだけど……この【負の感情の渦】はどこから来ているのかしら」
アリサは首を傾げる。
「私もわからない。でも数日前から感じてはいたの。だけど今日は特に凄くって……でも、どこか懐かしい【負の感情】だわ」
一方朱里は既視感のようなものを感じた。
気分悪そうな二人だが、どうやら命の危険性は無さそうだ。
「一体どんな感じなんだ?」
「どんなって……こんな感じだけど……」
アリサはユーシスの胸に手を当て、負の感情の渦を流し込んだ!
「うわっ! なんだこの絶望と焦燥の感情は!? 何万いや何十万いやいやそれ以上の子供達の阿鼻叫喚の声が流れて来たぞ!?」
瞬時に負の感情に押しつぶされそうになるユーシス。
「子供達の絶望と焦燥感だって? 大変だ、なんとか助けに行かないと!」
祐樹は何処彼の地で大勢の子供達が苦しんでいると知り、すぐさま助けようと言った。
「あー、うん。でもこの負の感情を放つ子供達は、なぜか助ける気にならないのよね。なぜかしら?」
慈愛の権化のような聖女朱里のらしからぬ言葉。
彼女は困っている人、苦しんでいる人を見かければ、助けずにいられない性分だ。
その朱里が助けずに放置しようとしている。
「朱里、なんだからしくないぞ」
「うーん。この感情は助けるべきじゃないというか、なんだったかなぁ…… ちょっと祐樹にも流してあげる」
そう言って朱里は祐樹の胸に手を当て負の感情の渦を流し込んだ。
「おわ。なんだこりゃ!?」
途端にどろどろとした負の感情で祐樹の胸が一杯になる。
「ひでえ、子供達の阿鼻叫喚、絶望と焦燥感、ユーシスの言った通りじゃないか。ここまで酷い負の感情は初めて………… あれ、でもちょっと待てよ?」
祐樹の歪んだ表情が一瞬で素に戻る。
「俺、この感情知ってるぞ!? 朱里、これはあれだ! 【最後の日】の!」
「え……? 【最後の日】?」
なんと朱里同様祐樹もこの【負の感情】を知っていた!
「おいおい、【最後の日】とかぶっそうだな」
「もしかしてこの負の感情は祐樹と朱里の世界から流れて来たのでは?」
アリサは全神経を集中して【負の感情】の出どころを探った。
「やはりこの負の感情は二人の召喚元の世界から流れ出ているわね」
「次元を超えて負の感情が流れだして来たのか。いったい向うの世界では何があったんだ!?」
ユーシスとアリサはこの【負の感情】がティラム世界に悪影響を及ぼすことを懸念した。
「ユーシス、アリサ、これはそういうのじゃないんだ。放置して大丈夫だ」
「私も思い出したよ。これは確かに【最後の日】特有のものだわ」
祐樹と朱里は【負の感情】の正体に気付いたらしい。
今は何処か懐かしい表情を浮かべている。
「本当に大丈夫なのか?」
「なんか【最後の日】とか怖いんだけど……」
心配そうなユーシスとアリサ。
その二人に祐樹と朱里は笑顔で言った。
「大丈夫。これは俺達の世界の風物詩みたいなもんだ。こっちの世界には影響ない」
「子供達の試練みたいなものなの」
「そうなのか?」
「本当に影響無いの?」
ユーシスとアリサは食い下がる。
「「ないよ。異世界には夏休みと宿題はないもん」」
「夏休み?」
「宿題?」
今日は8月31日。
ポカンとするユーシスとアリサを他所に、祐樹と朱里は遥か故郷から流れて来る【負の感情】を懐かしく感じながら、夕食の準備を始めたのだった。
了




