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心霊ルポルタージュ~躑躅咲き誇る宮で子羊たちは惑う~  作者: 大太刀
File:2「人形に命を削られる?!呪いのビスクドールの持ち主が語る壮絶な体験談!」
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地獄ですごした幸せな思い出

File:2は『持ち主の命を削るビスクドール』というネット掲示板発祥の怪談話を題材にしています。

元ネタが気になる方はそちらの話も検索してみてください。

【4月2日 16時35分 心霊ルポルタージュ本部】


 通話が一方的に切られた携帯端末の暗い液晶画面を数秒間見詰めた後、はゆまは小さく溜息を吐いて端末機器を仕事机の上に置いた。とりあえず気分を切り替える為に電気ケトルに新しい水を注いでスイッチを入れる。ケトルの傍らに置かれたドリップパックコーヒーから新たなパックを1つ取り出し、マグカップにセット、そして沸いたばかりのお湯を珈琲の粉が零れないように気を付けながらゆっくりと注ぐ。この工程の最中で一気に周囲に漂う深い苦味と甘味を含んだ珈琲の香りを胸いっぱいになるまで吸い込むと、気分が落ち着く。珈琲の香りは頭の中に沈殿し続けている厭な記憶を少しの間吹き飛ばしてくれる、はゆまにとっては精神安定剤のような物だ。


 しかし、はゆまにはどの産地のどのメーカーの珈琲が美味しいかなんてよく解らない。そもそも珈琲なんて苦いだけの飲み物は好きじゃない。珈琲を飲むくらいなら抹茶オレとかココアのような甘いだけの飲み物の方がよっぽど好きだ。


 はゆまが本当に好きなのは、珈琲の香りと味によって思い出される、自分の人生において一番幸せだった頃の記憶。地獄の底で愛する悪魔と倖せに暮らしていた、地獄の底でも世界の誰よりも倖せに過ごしていた輝かしくも愛しい思い出。あの人が頻繁に飲んでいた、苦味とコクが強い緑色のパッケージのドリップコーヒー。はゆまの倖せな思い出は常にこの香りと共にある。


「―――――………ふー………」


 美味しい……のかな。多分美味しいんだと思う。あの人が一番好きな飲み物だったから。でも私はやっぱりもっと砂糖がたっぷり入った甘い飲み物の方が好きよ。


 誰に聞かせるでも無い独り言呟き、泥水みたいに黒くて苦いだけ熱い液体を数時間かけて飲んでいく。


 ブラックコーヒーがなみなみと注がれたマグカップを片手に仕事用のパソコンを操作する。仕事でパソコンを使っている住人はたくさん居るが、電話線同様つつじの宮市内のネットワークにしか繋がらない。死者の世界と生者の世界を繋げるネット回線は残念ながら今の技術では開発出来ない。だけどそれを不便に思っている住人は居ないだろう。もう自分が居なくなった世界の事なんて気にしたって仕方ないし、そもそも生前の世界にろくな思い出が無い市民が大多数なのだから。時折、取り残してしまった家族友人恋人のその後の生活ぶりを知りたいと頼んで来る市民がやって来る事もあるが、それに関しては説得の後丁重に断っている。死者が生者の世界と繋がる事は許されない、それがこの街の第1のルール。


 誰も現在の生者の世界に触れる事が出来る者は居ない――ただ1人――心霊ルポルタージュ社長日下はゆまを除いては。


 はゆまは何重にもロックがかけられたページの暗証番号を入力して解除していき、生者の世界のインターネットに入り込む。真っ先に閲覧するのはインターネットニュースのサイト。其処で取り上げられている、1人の男に関するニュース。彼に関係したニュースは昨日からいくつもの記事が投稿され、テレビニュースまでは確認出来ていないが恐らく視聴者が飽き飽きする程何度も繰り返し報道されている事だろう。


 でも、内容が内容だから報道規制かけられちゃってるかなぁ……。


 はゆまは特に変わり映えのしないニュース記事に粗方目を通したところでサイトのページを閉じ、つつじの宮のネットワークに戻る。何となく、そろそろ彼等が帰宅する時間だろうと察知したからだ。はゆまの予想通り、数人分の慌ただしい足音がはゆまの仕事部屋に近付いてきているのが耳に入った。


「社長ー! 大変です! 一大事ですっ!!」

「うわぁぁぁあッ?! いきなりなに?!」


 ノックも無しにてねがバンッッ!!と大きな音をたて乱暴に扉を開ける。唐突な来訪者とてねの騒がしい声に驚いたはゆまは手元が狂い、傾けていたマグカップから珈琲を零し白いブラウスの胸元を黒く汚した。


「あ~! どうしよう、珈琲はすぐに洗わないと落ちないのに!」

「あわわわごめんなさい! ノックくらいすれば良かった……! でもでも、それくらい一大事なんです!」

「ちょっと待って、せめて一旦洗面所に行かせて!」

「はゆま! そんなのどうでも良いから兎に角聞いて!」

「そんなのって……」


 てねに続いて慌ただしい様子ではゆまの前に現れたのは光。小さな体を駆使して狭い隙間をすり抜け部屋に入って来た。


「ついさっき判明したんだけど、アキラは一般市民じゃなくて……奇怪人だったんだ!」

「………え、えええぇえええっ?!」


 光から告げられた衝撃的事実に、驚きの余り手を滑らせ床にマグカップを落としてしまうほど動揺するはゆま。……という主演女優賞ノミネート級の演技力を見せ、まんまと3人にアキラが奇怪人である可能性すら考えていなかった一般市民日下はゆまという印象を刷り込ませる事に成功したのであった。


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