口裂け女の決意
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全てが終わった後に駆けつけた赤いコートの少女は、マンションの屋上から事の顛末を見下ろす。通信が繋がったままの端末、通話の相手は彼女に出動命令を出したはゆまだった。
『あらあら、アキラの能力が早速発現したんだ?思ったよりも早かったわね。でも何事も無く人面犬を退治出来たんなら良かったじゃない』
湊の端末から聴こえて来るのは実に楽しそうなはゆまの声。特に取り繕うともしていない白白しさが何とも耳障りで腹立たしかった。否、湊には"腹立たしい"と思う感情すら無いのだが。
「……私の出動命令がいつもより遅れたのはこれの為か?」
『やだ、怒ってるの?私は早くアキラに強くなって欲しいなと思っただけよ。誰だってそれなりのきっかけが無いと強くなれないんだから』
マンションの屋上ともなると風が強い。4月とは言え身を刺すような寒さだ。コートを着ていても寒くて体が震える。だがそれは生き物としての生理的反応にしか過ぎない。湊には寒さを不快と思う感覚も無い。寒くて体が震えると戦いにくいと思うだけ。
『そもそも本当にアキラを護りたいと思っているなら、私の出動命令をあてにしないでちゃんと見張らなきゃダメよ?もっとも……彼はこれからどんどん強くなって、貴女に護って貰うまでもなくなるんでしょうけど』
湊ははゆまとの通信を切る。これ以上話すべき事は無いと判断したので切ったのだ。アキラは未だに飲み込み切れない現状に怯えている、動揺している、己に宿ったおぞましい力と、未だに戻らない記憶に。湊には感情が無い。だけどアキラの精神状態が今どんなに不安定なところに位置しているのか察する事は出来る。どうすれば、彼の不安定な精神状態が壊れずに保つ事が出来るだろうか。瞼を閉じて考える。納得できる結論は出ない。今はただ、彼に降りかかる脅威を出来るだけ排除する事に徹するのみ。
「アキラの事は…………私が護る」
それが、彼に恋をした少女と湊が交わした何よりも大切な約束だから。