表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心霊ルポルタージュ~躑躅咲き誇る宮で子羊たちは惑う~  作者: 大太刀
File:1 「見たら呪われる?!恐ろしき現代妖怪人面犬!その動向に迫る!」
5/121

Cafe エトワールで楽しいランチタイム


 それから数時間程、商店街の人たちに手あたり次第人面犬の目撃情報について聞いて回った。人面犬はここ数日で急に目撃情報が増えたらしい。目撃するのは矢張り主に夜、ゴミ捨て場のゴミを喰い漁っていたり、花壇を荒らしたり、店の備品を壊したり、普通に迷惑な害獣って感じだ。その手の害獣ならそれこそ駆除業者に頼めば済みそうな話だが、つつじの宮にそういう事やってくれる業者があるのか疑問だ。恐らくないだろう。


 それに、オレを襲った時は普通に人肉を喰う気満々でいたみたいだし、見た目はほとんどただの犬だと侮っていたら大変な目に遭いそうだ。いくら肉体が損傷しても修復するとは言え、生きたまま肉を喰われるのはやっぱり生き地獄だろうしなぁ。


 そんな中で、魚屋で働いている若い男が特に興味深い情報を提供してくれた。


「そういえば、車とかバイクを走らされている最中に人面犬に追いかけられると必ず事故に遭うって話を聞いた事があるな……」

「おっ、此処に来て新しい情報! それでそれで?」


 ぶっちゃけ普通の野良犬とやっている事変わんねぇじゃねぇかってツッコミたくなるようなパッとしない話ばっかりだったが、漸く都市伝説の怪物らしい話が出て来た。てねがあからさまに目を輝かせて男に詰め寄る。


「俺じゃなくて友達の話だけどな、仕事で遅くなってうっかり帰るのが完全に日が沈んだ時間になっちまったらしい。大急ぎであそこの道でバイクを走らせていたら、何匹かの犬が追いかけて来たんだ。いくら犬でもバイクの速度に追いつけるか?なんて不思議に思って犬の方を見たら、そいつは体は犬だけど顔が人間だったらしい」

「あそこの道……あー! そういえば先週、バイクがガードレールに突っ込んだっていう事故があったって聞いた事ある……もしかしてその事故?」

「ああ。すっかりパニックになった友達は手元が狂い、そのままガードレールに……幸い一週間程度で治る骨折で済んだが、バイクは完全に駄目になっちまってもう災難だったって嘆いてたぜ。そんな事があったから、人面犬に追いかけられると必ず事故に遭うって話が俺の周辺で広まったな」


 そりゃ人面犬に追いかけられたら誰だって手元が狂って事故を起こすだろ……というツッコミは野暮なんだろうか。いかにも怪奇現象っぽい形で噂を流したくなるのは、現世でもつつじの宮でも同じなんだろう。


「それで、その人を追いかけた人面犬はどうなったの?」


 てねとは対照的に冷静な口振りで光が男に質問を投げかける。


「気付いたら居なくなってたって言ってたな。骨折が痛すぎて人面犬を探している暇なんて無かったんだろうよ」

「ふーん」


 というかさっき、一週間程度で治る骨折とか言ってたが、一週間骨折の痛みに耐えながら自然治癒を待つしか無いって事か……?放っておけばどんな怪我も治るとは言え、やはり痛み止め薬を処方してくれる薬局くらい必要だろ……。と思いはしたが、人面犬には何の関係も無い話なので黙っておく。


 それ以上有力な情報は得られそうになかったので、男との話はそこで切り上げた。ゴミを荒らすくらいならその辺のカラスとやっている事は変わりないので可愛いもんだが、実際に交通事故が起こって怪我人が出ているのならやはり早急に解決しなければならないだろう。全ての住人が夜遊びをしないのは実に治安が良くて良い事かもしれないが、日が沈むと一切外を出歩けないというのは矢張り不便だし可哀想だ。昨日の夜、一切人通りが無かったのは人面犬を恐れているせいだったんだろうか。人面犬を退治して、夜の道が少しでも安全になってくれると良いのだが……。


「はー……お腹すいたし、そろそろお昼にしない?」

「そうだな、そういえばそろそろそんな時間……って」


 オレ達に空腹という概念があるのか?と聞こうとしたが、さっき情報収集したのは魚屋だし、周りを見渡せばコンビニだって飲食店だってスーパーだってある。其れは食事という概念が存在しているという証拠に他ならない。怪我は自然に治るし病気という概念は無いのに、空腹と食事という概念はある……つつじの宮の住人としての色々なラインがよく解らない。こればっかりは慣れるしかないんだろうか。


「でもオレ、無一文だけど」

「大丈夫大丈夫、経費で出して貰うから」

「良いのかそれで……」


 昼飯代を経費で落とすのって良いのか?あのはゆまなら確かにそれくらい許してくれそうではあるが……。


「此処にウチのお気に入りのカフェがあるから其処で良い?光もいつものあそこで良いよね?」

「別にボクは何処でも構わないけど」


 この商店街にどんな店があるのか知る訳も無いから、オレもてねが行きたい店があるなら其処で一向に構わない。だが光はもっと子供らしく振舞っても良いだろう。これくらいの子供なんて食べる事が大好きで、食事の度にアレ食べたいコレ食べたいって我儘を言い出しそうなもんだが。年齢不相応に大人しくて聞き分けが良いのは良い事だが、こうして接している内に段々不安になってくる。この子供は生前、一体何があって短すぎる生涯を終えたのだろう。


 てねに腕を引かれてやって来たのは、商店街の中でも一本角を曲がった道にあるようなあまり目立たないような場所にあるカフェ。地味な外装だが良く言えば誰でも入りやすそうな雰囲気を醸し出しているその店は"Cafe エトワール"と書かれた看板を掲げてこじんまりと佇んでいた。平日の昼時という事もあって、店内には既に何組かの客が入って食事を楽しんでいる。平日の昼時でこれなら、週末になると満席になりそうな雰囲気だ。


「いらっしゃいまー……あ、てねちゃん!」

「やっほー美羽! 今日は3人なんだけど、席空いてる?」


 店の扉を開いて最初に出迎えてくれたのはてねと同い年くらいのウエイトレス。美羽と呼ばれた彼女は、てねの顔を見るなり笑顔が更に明るいものになった。てねは相当このカフェの常連なのか、はたまた美羽という友人がいるからこのカフェに通っているのか、そのどちらかなんだろう。


「3人? じゃあ奥のテーブル席使って良いけど……その人は?」


 美羽の視線は当然初対面のオレに向く。オレがこの店に入った瞬間、他の客、他の店員からの視線が此方に集中しているのをびしびしと感じていた。何処の店に入ってもこういう状態になる事を強いられるのは少し精神がすり減りそうになるが、慣れていくしか無いんだろう。


「初めまして。つい昨日此処に来て、色々あって心霊ルポルタージュに入る事になった……アキラだ」


 しまった、仮の名前を手に入れる事は出来たが苗字がまだ解らないんだった。名乗る時もだが苗字が無いとこの先不便な事が増えそうだし、何とかしないとな。などと未だに言い慣れない自分の名前に違和感を噛み締めていると、目の前の美羽からなかなか反応が返ってこない事に気付いた。この感じには身に覚えがある、確かつい昨晩はゆまと初めて顔を合わせた時もこんな感じの沈黙があった。


「…………ハッ! すみません! その、凄くカッコいいというか、綺麗な人だなーって思って……つい見惚れてしまいました!」

「ちょっと~すかさず美羽ともフラグ立てるとかどんだけ罪作りなのこの男は~」

「罪作りって……そんな積りはねぇぞ。ただ挨拶しただけだろ」

「挨拶をしただけで初対面の女子にも惚れられるとか、今流行りの異世界転生もの主人公みたいだね。広義で言えばアキラも異世界転生したみたいなもんだし……でもそのネタは使い古され過ぎて最近は逆に嫌われる傾向にあるから気を付けた方が良いよ」

「何処から目線で話してるんだお前は」


 そんな話をしていると益々店内の視線を集める事になるので、早く案内された席に座りたいところだが、美羽が咳払いをし自己紹介を始めた。


「私は星久保ほしくぼ 美羽みうっていいます! このカフェは私達家族が経営している店なんですよ。飲み物とかお茶菓子だけじゃなくて食事メニューにも力を入れてるので、良かったら頼んでみてくださいね!」


 家族で経営しているカフェ……普通の街で聞けばそれはそれは微笑ましい話に聞こえるのだが、此処つつじの宮でそんな話を聞かされては色々余計な事まで考えて暗い顔になってしまいそうになる。しかし美羽の屈託のない笑顔を見ていると、とてもじゃないがそんな顔は出来ない。オレはなんとか平静を装い、精一杯の笑顔を返した。


 案内された席につくなり、てねはオレと光にメニューを渡して来た。


「ウチは焼きカレーとアイスカフェオレのセットってもう決めてるけど、2人はどうする?」

「その焼きカレーってのがこの店の一番人気メニューなのか?」

「そうそう! 30年続く伝統の味で、それ目当てに来るお客さんもいっぱいいるんだってさ!」

「じゃあオレもそれで。飲み物はアイスコーヒーで良いか。光はどうするんだ?」

「………別にお腹すいてないし、ボクは飲み物だけでも……」


 光は手渡されたメニューを開いてすらいなかった。一番食べ盛りな筈の子供がそんな事を言い出したら真っ先に体調が悪いのか?と聞きたくなるが、先程の彼等の話を聞く限り風邪とか腹痛とかそういう概念も無いんだろう。光の表情を見る限り、遠慮をしている風でも無い。ただ本当に、お腹がすいていない、ないしは食事という行為そのものに興味が無いとでも言いたげな表情だった。


「また光はそんな事言って~……そりゃ食べなくても死にはしないけど、動き回る度にエネルギーは消費してるんだから、消費した分は食事で補給しないと、この前みたいに動けなくなっちゃうよ?」

「あの時は本当、迷惑かけてごめん。どれくらい動いたら限界が来るかもう自分で理解出来たから」

「わざわざ自分の限界を試そうとしなくて良いの!ちゃんとウチと一緒に三食食べればそれでいいじゃん。ね?」

「………うん」

「じゃあ、オレンジジュースとたまごサンドイッチくらいなら食べられそう?」

「うん……」


 3人分の注文が確定すると、てねはすかさず美羽に注文内容を伝えた。


 先程の2人の会話を聞く限り、オレ達は空腹で死ぬことは無いが肉体は疲労するためエネルギー補給としての食事が必要となる。エネルギー補給を怠れば当然体は動けなくなってしまう。そのエネルギー残量を測る指標として"空腹感"という概念がこの体に残されているのだろう。そういえばオレも朝から何も食べていないから言われてみれば腹が減っているような気がしてきた。他の事で頭がいっぱいで、空腹感を覚える余裕も無かったのだが。


 体の大きさに比例してエネルギーを蓄えられる量、エネルギー消費量も変わって来るだろう。となると、光くらいの小さな子供はきちんと3食食べないとすぐにエネルギー切れを起こしそうだ。小さな子供が少し外で遊んだだけでお腹すいたと騒ぎ出す様に、光も少し動いただけで空腹感を覚えそうなものなのに、彼はそれを訴えようとしない。それどころか食事という行為そのものを苦手としているみたいだ。てねに説得されて漸く食事をする姿勢を見せ始めたが……本当に、彼の生前には何があったんだろうか。背筋をぴんと伸ばして座っているその小さな体が背負うには余りにも深く重すぎる闇、其処にはオレはまだ触れるべきじゃないのだろうと嫌でも察してしまい、無意識のうちに光から目をそらしてしまう。


 オレの心境も知らずにてねは相変わらず底抜けの明るさでオレや光に絶えず話しかけて来る。つつじの宮に来てまだ日が浅いからかも知れないが、住人1人1人を見る度に余計な事を考えて1人で勝手に暗くなってしまう。其れがどんなに無意味な事だと解っていても、思考する事はそう簡単に止められないのが人間の脳だ。だからてねが絶えず話しかけてくれれば気を紛らわせる事が出来るのでかなり有難い。このカフェにある本は自由に読んで良いとか、この前此処で読んだこの本が良かったとか、他にもこの商店街にはこういう店があるとか、本当にそんな他愛もない話ばかり。


 いや、彼女の事だからそんなオレの心境を察してわざと無理矢理話題を提供してくれているのかもしれない。きっとてねは、生前から色んな人に好かれ慕われるような良い子だったんだろうな。だからこそ沢山苦労を背負ったりもしたんだろうが……ああくそっまた余計な事を考えてしまった……。



「――はい、お待たせしました! 焼きカレー2つと、たまごサンドイッチと、それからお飲み物がアイスカフェオレとアイスコーヒーとオレンジジュースですね~!」


 10分か15分くらい経ったところで厨房から出て来た美羽が3人分の食事を持って来てくれた。小柄で細腕ながらしっかりと3人分の料理を支えて持って来れる辺り、ウエイトレスとしてはベテランなんだろう。


 運ばれて来た焼きカレーは何種類ものスパイスの香りとチーズと玉子がこんがり焼かれた香りが混ざり合っていて、何とも食欲をそそらされる。光の前に運ばれて来た玉子サンドイッチも、パンの白さと玉子焼きの鮮やかな黄色の彩りがとても綺麗だった。


「それで……えーっと、アキラさん……ですよね? もし良かったら携帯の番号とかメールアドレスとか~……」


 美羽はそう言いながらどんどん声が小さくなりごにょごにょとどもり、最後らへんは何を言っているのか聞き取れなくなる程だった。だが言いたいことは概ね理解出来る。残念ながらオレにはまだ携帯電話なんて便利なものは無い。そう言おうとしたところで、てねがすかさず口を挟む。


「あ~気持ちは解るけどやめといた方が良いよ? だってアキラさんはうちの社長が既にバッチリ狙いを定めちゃってるんだから」

「ええッ?! そっかぁ……そうだよねぇ……あの人と争うなんて流石に無謀過ぎるよぉ……しょぼん」

「狙いを定めてるって、そんな大袈裟な。ちょっと気に入られてるだけだっつうの」

「へぇ。昨日の夜早速やることやったんだろうなと思ったんだけど、違うの?」

「ぶっ?!」


 一番そういう話題を聞かせるべきではないと思っていたちびっ子の口からまさかの質問を投げかけられ、一瞬にしてカレーの芳醇な味が口内から吹っ飛んでいく。


 確かに若干危ないところだったけど、何故お前がそれを若干察しちゃってるんだ?!


「お、おおお前、それ意味解って言ってんのか?!」

「はゆまの男遊びが凄いのは有名な話だから。そのはゆまが初対面であんなにアプローチをかけている相手を部屋まで送っておいて、何もしない筈無いよね?」

「………あー………」


 やっぱりあの女社長、そういう尻軽ビッチな性質があったのか……という納得の気持ちと、こんな子供にまでそんな大人の汚い裏事情が駄々漏れとか教育に悪すぎるだろ!という呆れの気持ちが入り混じった深い溜息が出る。何はともあれ、やっぱりあそこではゆまの誘惑に乗ってベッドインしなくて良かった。


「おっと、アキラさんが社長のビッチっぷりにかなり引いたと見える! これはやっぱり美羽にワンチャンあるか?!」

「わああ待って待って! 私はとにかくまずはお友達になれたらなって思っただけで! そもそもてねちゃんはどうなの?!」

「いや~ウチは他人の色恋沙汰を見るのが好きだから、自分が巻き込まれるのは御免って感じ。特にアキラさんとか今後ヤベー事になりそうだから傍観者に徹するのだ!巻き込まれるのはマジ勘弁だかんねー!」

「やめろ、オレだって移住して早々修羅場は御免だぞ」

「此処じゃ阿部定な事態になっても死なないから、修羅場になったら死んだ時より大変な目に遭いそう」

「あべさだって何だっけ……何した人だっけ?」

「おい光、一応此処食事する場所だからな?」

「うん、ごめん……」


 光が阿部定事件について知っているのも驚きだが、何故かオレに阿部定事件に関する知識が少し驚きというか違和感だ。そんな賑やかなお喋りを続けながらオレ達は小一時間の食事の時間を楽しんだ。あんなに食べる事に乗り気じゃなかった光は、意外にもサンドイッチもオレンジジュースも完食していた。食べる事が嫌いなのか好きなのか、よく解らない奴だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ