ようこそ、心霊ルポルタージュへ!
【4月1日 22時10分 つつじの宮中央区】
湊は歩いている最中、一切オレに話しかけて来なかったし、オレも自分から湊に話しかける事は無かった。歩きながら解る情報を頭の中に入れる事に集中していたら沈黙なんてちっとも気にならなかった。
とりあえず解った事は、此処は「つつじの宮市」という地名である事。道路沿いに立っている看板に「つつじの宮市 中央区周辺マップ」と書かれていたからだ。しかし、オレにはそのつつじの宮市という地名に身に覚えは全く無かったし、そもそもそんな名前の街がある事すら初耳だ。そして更に歩いたところにある交差点に立てられていた電光掲示板に「4月1日」「22:10」と表示されているのも見えた。という事は今日は4月1日で、時刻は22時の10分だ。もうすぐで4月2日になるところだな。とは言え、そんな情報を入手しても「そうなのか」くらいにしか思えなかったし、特に何か引っかかるところも無くするりとオレの頭からすり抜けて行った。
それにしても結構夜遅いとは言え、少し街が静かすぎる事に違和感を覚える。こうして湊と並んで歩いて10分くらいになるが、オレ達以外の誰ともすれ違わないし、車が道路を走っているのも今のところ一度も見ていない。そういえば人面犬に襲われそうになった時のオレは相当喧しく叫んでいたと思うんだが、湊以外誰も駆けつけてくれなかったという事は、やはりあの場には湊以外には誰も居なかったんだろう。
しかし、この時間の街の人通りってこんなモンなのか?ふらっとコンビニへ出掛ける若者とか、すっかり帰りが遅くなってしまったサラリーマンくらいは居てもおかしくないと思うんだが……まるでこの街に住んでいる人はみんな、夜に外を出歩いていたら殺されるという暗黙のルールがあるみたいな……待てよ?ああ、そうか。この時間に路上でぶっ倒れていたオレは危うく人面犬に食われかけたじゃないか。この街の住人は夜に出掛けるとそういう目に遭うって知ってるから、おちおち夜は外を出歩けないのか。
怪物の存在におびえながら暮らす人間の街、つつじの宮か……今のところ何1つ自分の中にしっくり来る情報が無いんだが、兎に角オレはとんでもない場所に来てしまった事は確かみたいだ。
「着いた」
湊はそう言ってひとつの建物の前で足を止めた。住宅街の奥まった場所にあるその建物は大体3階建てくらいの大きさで、大きなガラス窓と白いアスファルト壁で出来た其れは比較的最近出来た小綺麗なオフィスビルという印象を受けた。普通のオフィスビルならこの時間はとっくに全員帰っていて人っ子一人居ない状況でもおかしくない筈なんだが、見上げるとまだ二階の一室には電気がついているのが見えた。……とんだブラック企業じゃないか? 大丈夫なのか?
「行くぞ、アキラ」
「お、おう……」
自力で名前すら思い出せないオレを、「アキラ」という名前でさも当然のように呼ぶ湊。オレは本当に自分の名前が「アキラ」なのか確かめる術すら無いから、今は其れが自分の名前だと認識して動くしか出来ない。
湊はもしかしたらオレの失われた記憶について何か知っているのかもしれない。人面犬に襲われているオレを偶然通りかかって助けてくれた――だがそれは偶然では無く必然だったのかもしれない。その事について今この場で聞いて良いものだろうか、知りたくて堪らない情報の筈なのに心臓を締め付けられるような緊張感に邪魔をされ、上手く言葉が出ずにいた。機械的な言葉しか発さない湊に自分から話しかけに行くのは妙に勇気が居るというか、とりあえず今は座ってゆっくり体と気持ちを落ち着ける場所に行きたいという気持ちが一番上にあるというか。
そうこうしている内に、湊とオレは二階へ続く階段を上がりきり、唯一電気がついたままになっている部屋の扉の前まで来た。湊は何の躊躇いも無く扉を開けた。扉の先は小さなオフィスルームになっており、其処には2人の女性と1人の子供が居た。部屋の中の3人は一斉に湊の方に顔を向かせる。
「あっ湊! 帰りが遅いから心配したよ! 何処に行ってたの?」
「……色んな事があった。とりあえず犬を一匹拾った」
茶色い髪をポニーテールにして1つに束ねている若い女が真っ先に湊に話しかけて来た。本気で心配していたであろうことが彼女の声色から解るが、湊は相変わらず無感情に淡々と返すだけ。……ってちょっと待て、拾った犬ってもしかしてオレの事じゃないだろうな?!
「ちょっと湊ちゃん? この建物はペット禁止だから犬を拾っても飼えないわよ~?」
次に話しかけて来たのはやたらに胸がでかくて妙に色っぽい女。間延びした声でそう言いながら女は湊とオレの方に近付いて来たが、女とオレの目が合うと一瞬時が止まったんじゃないかと思うような沈黙が起こる。
そりゃ犬を拾って来たって言ってこんなうすらデカい男が居たらビビるよな。なんかすみません……と言う代わりにオレはへらっと口元を緩めてから軽く頭を下げる。
「っうええええ?! 湊?! これ犬やない!狼という名の男や!」
「やっぱりね。犬嫌いの湊さんが犬を拾って来るなんて変だと思ったよ」
「アンタは何でそんな落ち着いてられるの?! 社長! どうするんですかこれ! 社長ー?!」
オレの存在に気付いてあからさまに一番動揺しているのは茶髪ポニーテールの女だった。女の隣に座っている小学生くらいの少年は、その小さな体には不釣り合いに大きすぎる本を両手で抱えたまま、興味無さげに此方を見ている。そしてオレを見たまま沈黙して動かなくなってしまった女は、どうやら社長らしい。社長の女は数秒間オレの顔をじっと見つめた後、ポーっと頬から耳まで赤くしてから言った。
「うっそ……超イケメン……あとで携帯の番号交換しない?」
「しゃーちょーおー!!」
いや、オレ携帯持ってないどころか一文無しなんですけど……と言う前に茶髪ポニーテール女の鋭いツッコミの手刀が飛んできた。
― ― ―
「いやぁごめんなさいね、久々にイケメンを浴びたもんだからお姉さんちょっとはしゃいじゃった」
「でも確かに、湊が助けに行った市民がこんなイケメンだなんて思わなかったよ。お兄さん、最近此処に来た人?」
「あー……えっと……」
何処から話したら良いもんか……実は自分の名前も解らない記憶喪失なんですって白状してしまった方が良いだろう。湊だって理解してくれたし、彼女らにも話せば解って貰える筈だ。そう決心を固めたオレよりも先に、湊が話し出す。
「違う。コイツは私の犬。人面犬たちに虐められていたから私が助けて拾った」
「ちょっと待て!さっきから何でオレを犬として認識してるんだ?! しかも私の犬とか言うなよ、あらぬ誤解が生じるだろうが!」
「……お前、犬じゃ無かったのか。最近人面犬を見すぎて、人間の顔をした犬なのか、犬の顔をした人間なのかよく解らなくなってしまった」
「オレは人間の顔をした人間だッ!」
オレを犬扱いしても尚、淡々と無感情に話すもんだから全く嫌味を感じさせない。冗談では無く本気で今の今までオレの事を人面犬の一員だと思い込んでいたみたいな言い方だ。そんな真っ直ぐな瞳で言われると、逆にオレは実は犬なんじゃないかと錯覚してしまうだろうが。あれ?オレ人間の体してるよな?知らぬ間に犬の体になっているとか、無いよな?!
「え~っとそれで湊の犬さんは新しいつつじの宮の住人って事で良いのかな?」
「湊の犬さんって言うな! オレには、えーっと……」
アキラって名前があるんだ、と言いかけた口をすぐに閉ざしてしまう。湊は確かにオレをアキラと呼んでいるけれど、それが本名かなんて確証は無い。だけど名乗る名前が無いのは流石に不便だからアキラと名乗ってしまった方が良いんだろうか。そんな事を考えている隙に、湊よりも更に背丈の小さい子供がオレの顔を見上げながら言った。
「……アキラ、で良いの?」
「――――ッ?!」
な、何なんだ?!このちびっ子さえごく普通にオレの事をアキラって呼ぶのか?!湊は此処に来てからオレの事をアキラと呼んでいない。なのにちびっ子も湊が最初にオレをアキラと呼んだ時みたいに、さらりとその名前を口にした。湊といい、こいつらといい、やっぱり彼等はオレの失われた記憶について何か知っている……?!常に胸の中に広がり続けていた漠然とした不安感から漸く掬い上げられ、温かな安堵感に全身が包まれていくのを感じた。
「光、何でその人の名前がアキラだって解ったの?」
「だって、そう書かれたキーホルダーが胸からぶら下がっていたから」
「………えっ」
オレはそう言われて慌ててシャツの胸ポケットに手をやる。すると確かに、ボロボロでペラペラなプラスチック板で出来たキーホルダーが、胸ポケットに金具が引っかかった状態でぶら下がっていた。引っかかっている金具をポケットから外し、手に持って見てみる。プラスチック板には赤と橙と緑の油性マジックで「アキラ」と書かれていた。
「な、なるほど……」
「そんなものを胸からぶら下げて主張しているくらいだから、アキラって名前なのかなって思ったんだけど、違うの?」
ちびっ子はどんぐりみたいに大きな目でジトッとオレを見ながら言って来る。こんな、幼稚園の工作の時間に作るようなちゃっちいキーホルダーを胸ポケットに入れている大の男は確かに不審と言えば不審だ。だが当然こんなキーホルダーを胸ポケットに入れた記憶なんてあるはずも無く、そもそもこれがオレのモノだなんて証拠無いだろう。いや、高確率でオレのモノだろうけど。
そうか、湊もこのキーホルダーを見てオレの名前がアキラなんじゃないかと推察したのか。それなら納得だ。そりゃ偶然出会っただけの湊とオレが知り合いな訳無いよな。何だかちょっと残念なような気持ちもあるが、仕方ない。
「それじゃあアキラ君って事で良いのかな?」
「あ、はい。それで多分大丈夫です」
「宜しくねアキラ君、私は日下はゆま。一応此処の責任者って事になってるの」
社長と呼ばれていた女性はにっこりと満面の笑みで名乗った。皺ひとつ無いきめ細やかな肌からして20代前半くらいに見えるから、責任者と言うのはかなり若い気がする。まぁ最近出来たばかりの企業ならこれくらい若い社長が居てもおかしくは無いだろう。
「宜しくお願いします、はゆまさん」
「やだぁ! はゆまさんだなんてそんな他人行儀な呼び方じゃなくてはゆまって呼んで?」
「…………」
豊満な体をくねくねとすり寄せながら甘い声でそう言われた。何か知らんが、オレは彼女に相当気に入られてしまったらしい。とりあえず此処は言われた通りに呼んでおく方が良さそうだ。
「じゃあ、はゆま……責任者とか社長とか言われているみたいだが、此処はどういう会社なんだ?」
「その前にボクからも聞きたいんだけど」
さっきオレの胸ポケットのキーホルダーを見つけたちびっ子が口を挟んで来た。声変わり前の少年特有の中性的で可愛らしい声にも関わらず、彼の問いかけを断れない程の妙な威圧感があった。
「キミ、まさか此処がどんな場所かすら認識出来てないの?」
「どんな場所って……」
「自分の名前の記憶すらあやふやみたいだから、まさかとは思うけど……」
「えっ、それって……自分が死んだ記憶すら無いって事?」
「――――――……………?!」
自分が、死んだ記憶………?
待て、待て待て、何の話だ?自分が死んだ記憶?そんなものある訳無いだろ。だってオレは今もこうして二本足で立っている。みんなだって今此処に実体を持って立っているじゃないか。そんな、まるで既にオレ達が死んだ人間みたいな言い方……。
いやでも……目が覚めていきなり見知らぬ街に寝転がっていて、自分の名前すら思い出せなくて、怪物に襲われかけて、この街の住人はみんな怪物から身を隠して生活していて………それは全て、此処が死後の世界だから?オレは既に死んでいるから?ぴったりとピースがはまる訳では無いけれど、そう思うとありとあらゆる事に説明がつくじゃないか……!!
「てね! まだ自覚が無い人にいきなりそういう事言ったら……ああほら、凄く動揺しているみたいだよ」
「うわっゴメン! どうしよう、ウチこういうタイプの人初めてだからどうやって接したら良いのか解らないよ!大丈夫……?」
目の前の視界がぐにゃりと歪み、立っていられない。その場にあった椅子の背もたれ部分に手をついて何とか倒れずに済んだが、指先から体温が抜け落ちたみたいに冷たくなって冷や汗が全身から噴き出て来る。
「―――アキラくん」
すぐ間近に立っていたはゆまがオレの耳元で囁いて来る。温かな吐息に混じったその声はたった一言だったが、オレを労わってくれている彼女の気持ちが充分に伝わり、抜け落ちた体温が一瞬にして戻って来る様だった。
「……大丈夫?」
「っ……何とか、大丈夫になった」
「良かった……いきなりそんな事言われても驚いちゃうわよね。焦らずゆっくり、今の状況を把握していきましょうね」
「………ああ」
はゆまの優しい声と言葉が更に全身に沁み込み、すぐに眩暈も冷や汗もぴたりとおさまった。ただの色ボケ若社長かと思っていたが、確かにこういう気遣いを咄嗟に出来る辺り人の上に立つ素質があるんだろう。オレの崩れかけた体調がすぐに治ったのを見て、ポニーテール女とちびっ子もホッと胸を撫でおろした様だった。湊は……相変わらず無言無表情で一連の流れを遠くから眺めているみたいだった。
そうか……オレはもう死んでいるのか……すぐに認めろと言われても難しいくらいの衝撃的な事実だが、彼女らがオレを騙しているようにも見えないし、ゆっくりでも良いから飲み込んでいくしか無いんだろう。何度か深呼吸をする。喉元まで来ていた吐き気もすっかりと消え失せていた。
「……それで、オレ達は既に死んでいるって事は……此処は死後の世界なのか?」
「そう。此処は不条理な運命と非業の死によって未練を残した魂が行きつく場所。その名も”つつじの宮”―――自分の人生に不満を残したまま死んでしまった人が穏やかな日常を再び送るための安らぎの土地よ」
はゆまは一言一言を噛み締めるようにゆったりとした口調で言った。そんな説明を聞きながら、オレは周りの人間の顔1人1人に目をやる。じゃあ湊も、はゆまも、そこのポニーテール女と、ちびっ子も、不条理な運命に振り回され非業な死によって自分の人生に強制的に幕を下ろされたのか。そして死ぬに死にきれなくて此処に辿り着いたと。
「じゃあオレは……未練を残したまま死んだから、此処に行きついたのか……」
「多分そういう事ね。にも関わらず未だに思い出せないのは、きっと何か理由があるのかも知れないわ。例えば……」
「思い出したくも無いほど酷い死に様だったから、思い出さないように自分で自分の頭に制御をかけているとか」
またしてもちびっ子がはゆまが話している途中に口を挟んだ。人が話している時に口を挟むなと習わなかったのかこのちびっ子は。
「自分で自分に思い出すんじゃねー! って命令し続けてるみたいな?そういう事ってあるのかな?」
「勿論あるよ。人間の無意識の力って凄いんだから。目隠しをした受刑者に「今からお前の背中に火をあてるぞ」って言ってからただの棒で背中をなぞっただけなのに火傷の症状が出たとかそういう話もあるくらいだからね」
「うげぇっ何それヤバくない?! それ本当?! どういう原理で火傷しちゃうの?!」
「はいはいそこの2人は勝手に盛り上がって脱線しないのー。まぁそういう訳だから、今はまだ無理に思い出さない方が良いわ。きっと何か相応しいきっかけが訪れて自然に思い出せるようになると思うから、ね?」
ちびっ子は明らかに小学校低学年くらいの年齢だが、ポニーテール女はギリギリ成人しているだろう。そんな2人がまるで年齢の近い姉弟のように和気あいあいと話しているのを見ている分には何だか微笑ましい。ちびっ子の精神年齢が高いのか、ポニーテール女の精神年齢が低いのか、はたまたその両方か。そんな2人の脱線っぷりを宥めつつ話をまとめてくれるはゆまは確かに社長というか、グループのリーダーというか、母親ポジション的な何かを感じざる得ない。
「それはそうだろうけど……やっぱり自分の事すら解らないままこれから暮らすのは、かなり不安があるというか……」
「そうねぇ、そんな状態でこれから1人で生きていけ何て言うのは流石に酷過ぎるわね。なら此処で一緒に暮らしましょう?新たな"心霊ルポルタージュ"の仲間として!」
「心霊ルポルタージュ……?」
心霊ルポルタージュ……つつじの宮に続いてまた聞き慣れない単語が飛び出して来た。オレは言い慣れない単語を噛み締めるようにゆっくりと唱えながら、首を傾げる。
「おお! 久々の新入りですね社長!」
「イケメンだからって面接無しで即採用とか、職権乱用の極み」
「そーゆー事言わないの! 実際に男手が足りなくて困ってたんだし……ねぇ、湊ちゃんも別に構わないでしょ?あなたのお気に入りのワンちゃんみたいだし?」
はゆまはずっと沈黙を貫いていた湊に声をかける。オレを含めた4人の視線が湊に集中するが、湊は口元をコートの襟の中に埋め、ぼそぼそと独り言を呟くくらいの小さな声で答えた。
「お気に入りとか……別にそういう訳では無い。でも私が拾った犬だから、はゆまがそう提案しなくても私が面倒みるつもりだった」
「あ、そう。まぁ良いわ、じゃあ決まりね!」
……もしかして、はゆまと湊ってあまり仲良く無いのか?2人がこんな短い会話をしているだけでも少し場の空気がピリついた様な気がした。今さっき来たばかりのオレには何の事情も解らないけれど。
「あーちょっとタンマ! そもそも心霊ルポルタージュって何だよ? 一文無しのオレの衣食住を保障してくれるのはめちゃくちゃ助かるけど、念のためそれだけでも説明してくれねぇと!」
妙にピリついた空気を少し変えたくてオレは少しわざとらしく声を張ってはゆまに質問を投げかけた。オレに質問されたはゆまはまた嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、甘ったるい声で答えて来る。
「ん~簡単に言っちゃうと街のお助け隊みたいな感じかなぁ?ほら、さっきアキラくんが人面犬に襲われかけた時に湊ちゃんが助けに行ったでしょ?ああいう事をしているの」
「ああ……えらくタイミングよく助けに来てくれたと思ったら、お前らが出動させてくれたのか」
オレがそう言うとはゆまは嬉しそうに「うんうん」と大きく首を上下させた。
「待って、その説明をするなら奇怪人についての説明もしないとダメでしょ」
「きかいじん……?」
また新しい単語が出て来た……オレは溜息をつきたい気持ちをぐっと堪えて、説明を求める視線を彼等に送る。
「つつじの宮市民のごく一部だけがある特殊能力を得ることが出来る。その特殊能力を得た市民の事をボクたちは奇怪人って呼んでいる。キミが見た人面犬も、そしてキミを助けた湊さんも奇怪人だ。そしてこのボクも、」
「こう見えてウチも奇怪人なんだよ!」
人面犬はあからさまに人外の怪物だという事は解ったが、そういえば湊も目にもとまらぬ速さと小柄な少女が出せるとは思えない強力な脚力で人面犬を蹴飛ばしていた。あれが湊の特殊能力って奴なのだろうか。
「ていうか名乗るのが遅くなってゴメンね!ウチは海汀 てね! "口裂け女"の湊と比べるとしょっぼい三流奇怪人なんだけど、一応"隙間女"の奇怪人をやってまーす!」
「ボクは津々良 光。"怪人アンサー"の奇怪人だよ。湊さんみたいに他の奇怪人と戦えるような能力じゃないから、探索とか調査がボクの主な仕事。解らない事があればある程度答えられると思う。あんまり宜しくしたくないけど……宜しく」
「宜しくしたくないなら宜しくなんて言うなよ……まぁ、此方こそ宜しくな。てね、それから光」
隙間女のてねと、怪人アンサーの光。2人の自己紹介をゆっくりと噛砕きながら2人の顔を交互に見る。怪人アンサーは何となく知っている、電話したら何でも答えてくれるけど、怪人アンサーからの質問にも答えなくちゃいけない……みたいな都市伝説が確かあった気がする。隙間女は正直よく解らない。というか、何で自分の事は何も解らないのに都市伝説の事は覚えているんだオレは……。
「とまぁこんな感じで、奇怪人っていうのは都市伝説上の色んな怪物の能力を自分のものにして扱う人たちの事。中には一般市民に牙を剥く奇怪人もいるから、そういう輩から一般市民の平和な日常を護って支えているつつじの宮の安心暮らしセンターってところかしらね」
「成程な……大体の理解は出来た、ところで肝心のはゆまは何の能力も無いのか?」
「うん、まぁね。でも私は社長としての仕事が充分忙しいから別に良いわ。他のスタッフもみんな一般市民だしね。奇怪人になれるのはごく一部の市民で、心霊ルポルタージュに居る奇怪人もこの3人しか居ないのよ」
血液型でいうところのABrh-型みたいなもんか。この数時間だけで余りにも様々な事が起こり過ぎてまだちょっと頭がついていけていないが、一般市民を悪い奇怪人の脅威から守ってくれる団体の傍に居れば、何処よりも安全に暮らせるという事だろう。そんなところに住ませてくれると言ってくれるのであれば、乗らない手は無い。自分の記憶が戻りきっていない以上、まだ完全に安心した訳では無いが、漸く腰を据えて休める場所を見つけられたオレは急激な安心感から微かに瞼が重くなってきているのを感じた。
「でもボクたちもただで奇怪人になれた訳じゃ無くて……って、まだ説明終わって無いのにそんな眠そうな顔しないでよ」
「いやー、アキラさんはもう今日は寝た方が良いんじゃない?流石に色々あり過ぎてもう疲れてるんでしょ?」
「疲れてるなんて変な話だな、もう死んでる体なのに疲れたり眠くなったりするのか……?」
「そりゃこの街では生きている人間と同じように暮らしてるんだから、疲れるしお腹減るし眠くなるよ」
その原理はいまいちよく解らないが、今日のところはオレの頭も体も限界みたいだ。今すぐベッドの上で横になって瞼を閉じたい。そんなオレの気持ちをすかさず察してくれたはゆまが、また一歩オレの方に歩み寄ってふらつく肩を支えてくれた。
「じゃあ社員の居住スペースに案内してあげるわ。まだ何部屋か空いているから、好きなところ使って良いからね?」
「ありがとう……」