メアリ(きずな)23
――あたしは誰?
誰かが問う。オズワルド。そう口に乗せたはずなのに、問いはまた繰り返される。
――あたしは誰?
違う。あたしは、この命は。
「ベラ! しっかりして!」
懐かしい声がした。一気に意識が引き戻される。
アリスとフェレがベラを覗き込んでいた。
「……頭、痛い」
ベラは呟き、額を押さえて起き上がった。フェレの炎が照らす教会は、薄暗く埃っぽい。長い物語を終えた余韻が抜けないまま、メアリは訊ねた。
「メアリとオズワルドは、どこで間違えたんでしょう。……彼らは、どうすればよかったのですか」
「その答えは、あなたたちが見つけてください」
フェレの答えは簡潔だった。
「彼らができなかったことを、あなたたちがするのです」
無茶を言う師匠だと、ベラは苦笑を作る。立ち上がって、背後に付いた汚れを払いながら、ついでのようにベラは言った。
「そう言えば、師匠はあたしたちがルノアールとディクソールの生まれ変わりだと話したけど、違いましたね」
「えっ」
アリスは頓狂な声を上げたが、フェレは落ち着き払って「どうしてそう思いましたか」と訊ねた。
「だって、あたしとディクソール、全然性格が違いました。生育環境が異なるとしても、別人です。アリスは感じなかった?」
話を振られ、アリスはまごつきながらも「言われてみれば、そんな気も……」と呟く。
フェレは咳払いをし、「魔力は生まれながらに、量の多寡はあれ誰もが持っているものだと話したでしょう」と語り始めた。
「でも生まれついた魔力だけでなく、後天的に魔力を得る場合もあるのです。魔力は大地に流れるもの。ですから、魔力が分布する大地から収穫した食物を摂取することでも微量ながら魔力を得られます。しかし、もっと手っ取り早く効率的に魔力を体内に入れる方法もある」
フェレはベラとアリスを交互に見つめる。
「あなたたちは昔、大怪我をした経験はないですか」
「あります」真っ先に口を開いたのはアリスだった。「大災厄の再来で、多量の血を流しました。あの時は必死で不思議に感じなかったけれど、考えてみれば死んでいてもおかしくなかったと思います」
「あたしは……」ベラは言い澱んだ。「覚えていません。幼少期の記憶がなくて。でも、背中に大きな刀傷があるので、酷い怪我だったのだと思います」
「おそらく、ヴィクイーンの体にも傷痕があるでしょう」
フェレは当然のことのように言う。
「魔力は血の中にあるものです。よって、血を媒介して受け取ることも出来ます。大きな傷口を開け、そこから大量の血を流して大地に染み込ませることで、大地から直接魔力を取り入れることも可能なのです」
長いローブを纏った腕を組み、フェレは続ける。
「地中の魔力の分布には偏りがあります。サヴァンクロスが良い例ですが、封印されているかのように全く魔力の流れのない地もあれば、旧リスサンチオ帝国土内にはいくつかあるのですが、吹き溜まりのごとく魔力が集まっている場所もあります。きっとあなたたちが大怪我を負ったのは、その中でも非常に大きな吹き溜まり、特にかつてルノアールとディクソールのものだった魔力の溜まり場だったのでしょう」
「ちょっと待ってください」
慌ててアリスが割って入った。その表情には驚愕が浮かんでいる。
「それじゃあ、わたしたちが伝説の魔導師の生まれ変わりじゃないどころか、わたしたちが彼らの魔力を得たのも全くの偶然だったってことですか?」
フェレは困ったよう眦を下げる。
「偶然と必然を分けるのは難しいですが……全くの偶々だったとは言えないでしょう。その人の体質によって、同じ状況でも魔力の吸収度は変わります。それに、同じ時代にベラ、アリス、カイの三人が千年前の魔力を受け継いだこと。それは運命と呼んでも差し支えはないでしょう」
「そんな……」
アリスの瞳が揺れていた。
「じゃあ彼らは、生まれ変わって出会うという夢を果たせなかったのね……」
彼女の声は、薄暗い部屋に切なく響いた。炎の明かりが石灰の壁に長い影を映す。ベラは感傷をやり過ごすように唇を噛み締め、瞼を閉じて急激に増えた記憶の残り香に浸った。




