メアリ(きずな)13
夜明け、白く煌めく太陽が空と海を分かつ頃、洞窟に戻るとコルネリエが起きて二人を待っていた。彼女は何があったのか全て知っていたのかもしれないが、掟を破っただろうと叱責することはなく、ただ笑顔で弟子を迎えた。
「魔法を制御できたの、すごい」
二人が手に持つ剣を指して褒め、「お祝いしなきゃ」と手を叩いた。
「食べたいものある? 欲しいものは?何でも言って」
「ううん、気持ちだけで大丈夫だよ。ありがとう」
メアリが薄い笑みを貼り付けて言えば、オズも軽く首を振った。一瞬、逡巡を飲み込んだ後にコルネリエは、表情を緩く消し去る。
「メアリもオズも、いい子だよね」
幾重にも感情を押し込めた、固い声音だった。
「私が君たちぐらいの頃は、物凄く我儘な子どもだった。誰も彼もが大嫌いで、彼女だけが理解者で、世界の全てに期待して、目の前の現実にいつも怒っていた。彼女以外はいらないって何もかもを捨てて故郷を出たのに、やっぱり皆に認められたいってもがいてみたり」
取り繕ったように、コルネリエはぎこちなく笑う。細められた目が、不器用な優しさで弟子を包む。
「若いうちは、我儘にならなきゃ駄目だよ。心の声を溜め込むと、そのうち自分で自分の気持ちが分からなくなっちゃうんだ。そうなると、最悪だよ。どうすれば心の靄が晴れるのか、誰も分かんないんだから」
「……そうなったら、どうすればいいの」
メアリの問い掛けに、コルネリエは張り詰めていた息を吐き出した。
「約束を疑ってごらん。守っていた約束の中に、本当の自分の気持ちが隠れているから、見つけ出してあげるんだ」
「それは……難しいことだね」
「うーん。だけど、本当にしたいことだけすればいいから、簡単なことでもあるんだよ」
洞窟は水を打ったような冷たい静けさが漂っていた。朝陽の入り込まない薄暗い青。空から隔絶された、魔法の星屑が闇を照らしている。
「やっぱり、難しいよ」
メアリが首を傾げれば、オズは強く両拳を握り、重く何かに耐える表情をした。ちかちかと瞬く青緑の星が、砕けそうなほど美しく、弾けるほど自由に、押し潰されそうなほど不自由な輝きを放っていた。
「食べ物よりも、残るものがいいよね」
陽が高くなると、コルネリエは明るく言った。「交換市に行ってみようか」
「交換するものなんてあるの、先生?」
パンを齧りながらメアリが訊くと、うたた寝をしていたオズもむくりと起き上がる。
「なんと私はね、薬を売って生計を立てているんですよ」
滑稽さを滲ませた口調でコルネリエが言うと、メアリは目を瞬かせた。
「薬って、薬草とか?」
「確かに、薬草などを調合して薬を作っている人もいるけれど、ルーベンス流の薬は一味違うよ」
得意げに話す師の声を聞きながら、唾液で甘くふやけたパンを飲み下す。
「薬草だと、熱冷ましにはこれ、毒消しにはこれって決まっているでしょう。でもね、私の薬は『治したい』という祈りを魔法で包んだものだから、何にでも効くんだよ。まあ、実際に治癒魔法を施すよりは効果は落ちるけどね」
そう言うと彼女は懐から白い紙包を取り出し、折り目を開いて以前メアリに食べさせてくれた宝石のような菓子を摘み上げた。それは親指の爪ほどの大きさで薄橙に透き通っていたが、コルネリエが両目を閉じて音を乗せることなく何事かを呟くと、淡い星が洞窟に宿ったように薄金の光を放った。
「金色は、魔導師にとって特別な色なんだ」
黙って様子を見ていたオズが、不意に口を開いた。その声音には気不味さも堅苦しさもなく、ただすっと空気に、胸の内に浸透する声だった。
「そうなの?」
「前に、習った。願いが純粋であるほど、己を大切に思う気持ちが他者を大切に思う気持ちと調和するほど、その魔法は金色に近づいていくんだ」
「大切に思う、気持ち」
そう唇に乗せると、まるでそれが大層な罪に思われて、閉じた口の内が泥で汚れてしまったように感じた。押し黙ったメアリと、それを見て苦しさを噛み殺したオズを前に、コルネリエは腰に手を当て堂々と言い放った。
「湿っぽいのは御免! 君らは欲しいものを考えときな。まあ、品物を見ながら決めてもいいけども。とにかく、出掛ける支度をする!」
威勢の良い掛け声に、弾かれたようにメアリとオズは立ち上がり、めいめいに髪を梳いたり口をゆすいだりと外出の準備に取り掛かった。




