ベラ(つるぎ)02
頭に重りを乗せられたような痛みに、ベラは瞼を震わせた。身体が脱力しきって、思うように動かせない。目を開けると、薄い青空が広がっていた。
潮騒の音が鼓膜を揺らす。気怠い体を無理やり起こすと、崩壊した道路が目に飛び込む。瞬間、ぼやけた思考が覚醒した。
あの少女は無事なのか。不安が急かし、ベラは立ち上がった。鈍い痛みが頭蓋の内側から叩くが、構わず視線を巡らせる。
乱れた赤髪が見えた。ベラは額を押さえながら少女に駆け寄る。幼い表情が苦しげに歪んでいた。路面に広がった髪の隙間に、鮮血が見えた。
ベラは息を止めた。鼓動が早まる。思い出したように口は空気を取り込もうと喘ぐが、いくら吸っても胸は楽にならない。ベラは胸元の生地を握り締め、膝をついた。丸めた背中、荒く肩が上下する。頭の芯がすっと冷えた。
「ちょっと、あなた大丈夫?」
赤い二つの瞳が、ベラを覗き込んでいた。ベラは恐る恐る息を呑み、震える声で言った。
「君の方こそ……血が出てる」
「ああ」少女は今気づいたように、後頭部に手をやった。「打った時に切れたみたいね。平気よ、これくらい。魔法で治るわ」
少女が髪を掻き分け傷口を撫でるように掌を動かした。すると淡い光が浮かびあがり、ゆっくりと消えた。
「もう直ったわ。心配してくれたのね、ありがとう」
「魔法が使えるってことは、君は魔導師なの……?」
「ええ」
あっさりと、少女は頷く。「わたしはアリス。あなたは?」
「えっと、ベラって呼んで」
真剣な表情で、アリスがこちらを見据えた。思わずベラは目を逸らし、歪んだ鉄柵に視線を移す。その奥では、海は変わらず凪いでいた。躊躇なく彼女は口を開いた。
「ベラ。あなたの力を貸してほしい。わたしたちは、一緒に悪魔を倒さなければならないわ」
「どういうこと……。あたしにはそんな力はないよ」
ベラは目を伏せた。アリスの小さな手が、膝に置いたベラの手を握った。
「あなたならできるわ。なぜなら、ヴィクイーンがあなたをディクソールと呼んだもの」
「そんな名前、あたしは知らない」
「オズワルド・ディクソール。千年前、大災厄を封印した魔導師の一人よ」
ベラは目を見開いた。
「あなたはディクソールの生まれ変わりなの。……もう一人がメアリ・ルノアール。わたしが、彼女の生まれ変わり」
混乱に呆然とするベラの頬に、アリスは反対の手を添えた。そのままベラの顔を上げさせ、視線を絡めた。彼女は言葉を重ねる。
「わたしとあなたなら、ヴィクイーン、あの最凶の悪魔を倒せる。一緒に戦ってちょうだい」
ベラは小さく吐息を漏らし、瞼を閉じた。寄せては返す波の音が、責めるように響いた。