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ベラ(あらし)06

 フェレが親指で、額をぐっと押さえた。深いため息が漏れる。


「……いいえ、話しましょう。知ることで変わる見方もあるでしょう」


 風がざわめく。空気が雨を呼んでいる匂いがする。速くなった風と波が厚い雲を連れて来る。暗雲が空を覆い、月光を掻き消した。潮の飛沫を受けながら、フェレは遠くを睨むように口を開いた。


「一度死んだヴィクイーンが千年の時を越え蘇ったのは、ルノアールとディクソールの力が及ばなかったという問題ではないのです。以前お話しした通り、魔導師が絆を結び、魔法が暴走することによって、その者は悪魔と呼ばれる存在になります。


 絆は、互いに相手へ強い感情を抱くことによって結ばれ、そうすると絆が結ばれた者たちの魔力の総量が、個人が使える魔力の限度となるのです。また、一度結ばれてしまった絆は簡単には解けません。それは魔力が時を経て、違う肉体に宿るようになってもまた然りです。


 分かりますか。ルノアールとディクソールは、ヴィクイーンと絆を結んでいたのです。だからこそルノアールとディクソールは同じ絆を持つ者としてヴィクイーンの復活を予言できたし、あなたたちはヴィクイーンが活動を始めたのを感じられたでしょう」


 濃い海の香りが鼻孔を通る。風の唸りを、耳朶が捉える。ばさばさと、衣服がはためいた。

 アリスが気の抜けた声で言った。


「それでは……ルノアールとディクソールは、悪魔の一部ということですか……?」

「いえ、悪魔そのものです。ルノアールとディクソールも、……アリス、ベラ、あなた達二人も」


 数回瞬き、ベラは言葉を落とす。


「じゃあ、あたしたちがしてきたことは、信じていたものは何だったんですか……悪魔を退治するなら、あたしたちだって死ななくちゃいけないですよね……フェレ聖導師は、あたしたちが全員まとめて死ぬのを、ずっと待ってたんですか……?」


 弟子の問い掛けに、けれど師は答えなかった。ベラも、返事を待っていたわけではなかった。言葉にされなくても、どうしようもなく分かってしまった。悲しみとも失望とも違う、ぽっかりと口を開けた絶望が足元に広がる。誰かに死を願われた、という事実が冷たい刃となって喉元に突きつけられた。

 誰も何も言わなかった。はずなのに、高らかな声が響いた。


「どうやら、弟子を思い通りに育てることはできなかったようね、フェレ・デ・ルシア聖導師」


 唐突な声に振り向くと、濃紺のロープを纏った初老の女の姿があった。白髪交じりの灰髪。皺と染みだらけのあざ黒い肌の中、青緑の瞳を囲う白目だけが異様に明るく輝いていた。


「そもそも、悪魔を弟子にしようっていう考えが間違いだったのではないかしら」


 キュカ・ベルトラン尊師は口の端を歪めて笑った。


「ベラとアリスを繋いだ金の糸を見たでしょう。この子たちは、絆を更に強くしたのよ。認めなさい。あなたは間違っていた」


 ぐっと拳を握り、フェレは押し黙った。潮風が肌を嬲る。ベラが息苦しさに魚のように喘いだ時、アリスの小さな体躯がぐらりと揺れた。赤毛が乱れ、スカートが舞う。ベラは崩れゆく体に手を伸ばし、駆け出そうとした。しかし、それは叶わなかった。


 瞬間、強い衝撃がベラを襲った。硬い何かで鞭を打たれるような感覚。痛みに息ができないでいると、世界が反転した。胸部と頬骨が地面に叩きつけられる。白んだ視界に歯を食いしばり、胴と上腕、そして足首を締め付ける冷たいそれを見下ろした。


 それは、太く長い木の根だった。肉と骨を飲み込み砕こうという意志を感じるほど、強烈な痛みを持ってその根はベラを締め付けた。


 顔を上げると、そこには一人の老婆が佇んでいた。ベラは思わず呟く。


「キュカ・ベルトラン尊師……」

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