ベラ(つるぎ)12
丸めた指の背で、木製のドアを叩く。返事はない。もう一度。無反応。もっと強く叩く。ベラは拳を握り、ドアを打ち鳴らした。
「アリス! いるんでしょう、分かってるんだから!」
すると、突然ドアが開き、ベラは体勢を崩して前のめった。片足を出して身体を支え、顔を上げるとそこには赤いワンピースを着た少女の姿があった。
「うるさいわ! 返事がなかったなら、察しなさいよ!」
「アリス! 身体はどう? まだ痛いところとか、ない?」
「何の用なの、世間話なら勘弁して」
アリスが無理やり閉めようとしたドアの隙間に、ベラは片足を滑り込ませた。赤い瞳が、きっと睨み付けるが、ベラはドアをこじ開けて頭を下げた。金色の短髪が、萎れた花弁のように垂れる。
「ごめんなさい、アリス。あたしが使い物にならなかったせいで、君を危険に晒した。折角、鍛錬も付き合ってくれたのに、ごめん」
「別に、謝って欲しいわけじゃないわ。ただ、あなたに失望しただけ」
踵を返して部屋の奥に立ち去ろうとするアリスの手首を、ベラは掴んだ。
「待って! あたし、アリスのパートナーになりたいの。一緒に戦いたい。アリスの力になりたいし、アリスを支えたい。それは、嘘じゃないから……」
片手で掴んでも余るほどの細い手首が、ベラの手の平の中で震えている。ベラはきつく握り過ぎたかとはっとして、力を緩めた。すると手の平に、赤い色が見えた。生々しく艷めくそれは、わずかに粘度をもち、鼻の奥に鉄の香りが抜ける。
「血……?」
ベラは自分の呟きに顔を蒼白に染め、必死の形相でアリスの長袖を捲った。細い手首に幾重にも巻かれていたのは、白い包帯。それは使い古され、あちこちに黄ばみや赤茶の染みを浮かせ、ベラが掴んだ辺りに鮮血を滲ませていた。
アリスが舌打ちをし、腕をベラの手から奪い取った。
「あなたのせいで、傷が開いたじゃない。これで、あとしばらくはマリに会えないわ。あの子、凄く匂いに敏感なのよ」
呆然と、ベラは尋ねる。
「どうしたの、その傷……」
「切ったのよ、自分で」
「稽古? それとも料理でもしたの? どうして魔法で直さないの」
「うるさいわね、あなたには関係ないでしょう」
「ねえ、痛いでしょう、あたしが魔法で直してあげるよ」
ベラが伸ばした指先を、アリスは激しく叩き落とした。
「触らないで! そんなことしたら、意味がないでしょう!」
「何言ってるの……もしかして、わざと切ったの……?」
「だったら、何か文句あるわけ?」
「どうして、そんなこと」
「誰も、わたしを罰しないからよ!」
悲痛な声が、空気を震わせた。全身の産毛が逆立つ。
「わたしは平和を祈る巫女だった! それなのに破滅を願い、悪魔をこの地に呼び寄せた! わたしは罰を受けるべきなのよ! けれど、わたしは伝説の魔導師の生まれ変わりだから、誰もわたしを殺せない! わたし自身でさえも! だから、痛みが必要なの!」
「アリス……」
「幻滅したでしょう! わたしはこんな痛みがないと、生きられないの! わたしが生きていることを許せないの! 分かったら、出て行って! 一人にして!」
喉を掻き毟ったような大声に頭が痺れ、ベラはその場に立ち竦んだ。手足が凍えたように動かない。そんな彼女に追い打ちをかけるように、アリスが叫んだ。
「早く!」
わななく足を、一歩引く。呼吸が乱れる。踵を返し、後ろ手でドアを閉める。拒絶のような音が響く。ベラはドアに背を預け、床にへたり込んだ。心臓が暴れている。飛び出してしまいそうな気がして、思わず背を丸め両手で押さえ込む。
しばらくしてそっと手を退けて見ると、服の襟元に赤茶に掠れた血液がこびり付いており、ベラは喉を詰らせた。肩を震わせ俯くと、静かに頬を涙が伝った。




