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ベラ(つるぎ)08

 よろしくお願いします、とベラは頭を下げた。


「これからは、アリスがあたしの姉弟子なんだよね? じゃあ、姉さまって呼んだ方がいいのかな?」


 小さな胸の痛みには気づかぬふりをして、ベラは笑った。正面に立つアリスは半眼で、そっけなく答える。


「そんなもの、いらないわ。わたしとあなたはパートナーなんだもの。対等よ」


 それよりも、鍛錬を始めましょう、とアリスは髪を耳に掛けた。一夜明け、日は高く白い。風も緩く、穏やかな昼だった。草原の青い匂いに、乾いた土の香りが混ざる。


 アリスが右手を胸の中心へと差し込んだ。慣れた滑らかな動作で、剣を引き抜く。

 ベラがひゅっと喉を鳴らした。切先が顎元に向けられる。表情が凍り付く。


「ベラも、構えて」


 息が浅くなる。意識が遠くなる。やっとの思いでベラは頷き、両手を心臓に突き立てた。温かく心地よい感覚に、平静を取り戻す。そのまま、握り込んだ心臓から剣を抜き取った。

 柄にまだ優しい温度がのこっている。ベラは刃先を滑らせ、アリスが向けた剣の角度を逸らした。

 アリスが唇を釣り上げる。ベラが唾を喉に引き入れる。赤毛の少女は笑う。


「では、いざ尋常に、勝負」


 首を狙って、白刃が切り掛る。寸手のところで剣先を弾く。キン、と鮮烈な高音。

 アリスはすぐに体勢を整え、上体を低く構え、鳩尾当たりに向かって剣を突き入れる。ベラは大地を蹴って半身を翻し、ぎりぎりを避ける。そのまま、前足を跳ねさせ距離を取る。

 視界がぐらつく。駄目だ。しっかりしろ。気合を入れ直すように、呼吸を静かに抑える。


「腕が下がってるわ」


 アリスから、厳しい声が飛ぶ。上腕と手首に力を込める。間合いを測りながら、円を描くように足を運ぶ。少女は挑発するように、距離を詰めて離すを繰り返す。


「逃げているばかりじゃ、変わらないわよ」


 ベラは息を吸い込んで、勢い良く足を踏み出した。少女めがけて駆ける。その額目掛けて、剣を突き刺す。

 しかしその瞬間、横から刈り取るような凶暴な力が遅い、体勢を崩される。視界の端に、白刃が光った。切られる。首元を風が打つ。けれど、痛みがほとばしることはなかった。


「甘いわ。隙だらけよ」


 ベラは呆然と頭上を見た。逆光に陰る褐色の肌、紅い瞳。鋭い声が飛ぶ。


「立って。このままでは、お話にならないわ」


 ベラは唇を噛み締めた。投げ出された剣を掴み、立ち上がる。


「もう一回」


 構えた手が震える。アリスが笑った。ベラは大きく息を吐き、後ろ足を蹴り出した。

 素早い運足。一気に屈められ、視界から消える小さな体躯。突如襲い掛かる衝撃。


「あっ」


 柄で手首を打たれ、ベラは剣を取り落とした。そのまま、剣と共に草むらに転がり、大きく両手を広げる。


「もう限界。疲れた。休憩しよう」


 風に揺れて、アリスの白いスカートが膨らむ。溜息が落ちてきた。


「仕方ないわね。少しよ」


 そう言って、アリスはベラの隣で足を崩した。

 火照った身体に、そよ風が心地よい。はあっと熱い息を吐いて、ベラは問い掛けた。


「アリスは、どうしてそんなに強いの?」

「七年間鍛えてたからよ」

「七年?」


 首を傾げる。七年前といったら、彼女はまだ五つほどではないのか。ベラの困惑を読み取ったように、アリスは声を零す。


「わたしの時は、止まっているの。七年前から成長してないのよ」

「え、それじゃあ、アリスってあたしより年上?」

「いくつ?」

「十九」

「ああ、じゃあわたしの方が上ね」


 えー、と呟き、ベラは両手を挙げた。


「成長が止まったって、病気?」

「おそらく、わたしが前に進めていないからだと思うわ」

 七年前の、あの日から。

「……聞いても?」


 ベラはアリスを見つめた。陽光を透かし輝く赤いまつ毛を伏せ、彼女は頷く。


「わたしは孤児で、平和の巫女として育てられたの。時期が来れば、神殿に入って一生祈りを捧げる存在として。だけどそれは嘘だった。巫女なんて、ただの人身御供だったの。わたしは絶望して、悪魔に付け込まれた」


 アリスは、はあっと吐息を漏らした。


「結果、エグタニカ公国は壊滅した。悪魔は復活し、今も人を殺している。わたしには、悪魔を止める責任があるの」

「責任かあ」


 ベラは目を閉じた。


「責任ね……」


 白い羽の蝶が舞っている。さあ、続きを始めましょう。アリスが立ち上がる。大きな伸びをして、ベラもゆっくりと起き上がった。次は負けないよ。笑い声が葉擦れの音に小さく溶ける。


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