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ベラ(つるぎ)07

 柄を握る手が震える。鼓動が速まる。息が切れる。喉が乾く。それでも剣を、離したくはなかった。これが、ベラに唯一の戦う手段だった。


 契約のすぐ後、アリスが簡単に剣の振るい方について教えてくれた。

 柄の下方を左手でしっかりと握り、鍔の下に右手を添える。手首は柔らかく、機敏に反応できるように。左足を引き、腰を落とす。体重は足の裏全体には掛けず、すぐ蹴り出せるように踵は僅かに浮かせ、重心を親指の付け根にもっていく。


 一人残った草原で、ベラは数回素振りをした。ぎこちない。筋肉のない腕には、剣の重さだけで負担が大きい。剣を上下させる度、冷や汗が吹き出す。心臓が暴れて飛び出しそうだ。身体は火照るのに頭の血は引き、歯がガタガタと鳴った。


「……負けないよ」


 呟いて、目頭に滲む涙を拭う。柄を握る手に、血が滴り溢れる恐怖。鋭い刃が、柔い肉を突き破り裂く感覚。漏れる小さな悲鳴。崩れ落ちる白磁の身体。床に広がる白銀の髪。乱れる茜のドレス。

顔を振り、幻影を追い払う。ベラは足を踏み出した。大岩の前で、剣を構える。振り翳し、叩き付ける。キン、と高い音が鳴った。


 ――魔力の剣は鋼と異なり、欠けることも折れることもありません。


 岩を地面から出現させ、フェレは言った。


 ――己の精神を研ぎ澄ませ、より孤独へと追い込むのです。剣と心は連動します。剣を鍛えれば心が、心を鍛えれば剣が強くなるでしょう。


 剣を打ち付けながら、ベラは思う。なんて遠くまで来てしまったのだろうか。姉を捨て、故郷を捨て、信じていた自分さえ捨て、ここまでやってきた。目に見えない力に導かれるようにして、エグタニカにいる。

迷いは消えない。今まで信じてきたものを、変わらず信じ続けたかった。急に、伝説の魔導師の生まれ変わりだなどと言われても、受け入れられない。

 それでも。

 この道の先に何があるのか、自分の目で見届けたかった。


「破!」


 一際大きく振り上げ、体重を乗せ刃を叩き落とす。風が唸った。吸い込まれるように、岩に引き寄せられる。剣が熱を帯びた気がした。

 ぱん。

 響き渡る破裂音。巻き起こる烈風。大岩が、千々に砕けた。


 ベラはその光景に、思わず目を瞑った。風に飛ばされた破片が、頬を、肩を、胸を叩く。剣を握ったまま、じっと耐える。

 ようやく風が止み、恐る恐る目を開ける。淡く橙を纏ったそらに、刷毛を滑らせたような白い雲が流れている。赤く熟れた夕陽を背負って、フェレがそこに立っていた。


「おめでとうございます、ベラ。あなたは剣の真の主となったのですね」


 逆光で、表情が霞む。けれど、その優しい声音だけが、残響となっていつまでも消えなかった。

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