31話 あのときの話<キャシー視点>
キャシー視点です。
〈キャシー〉
――Sランク冒険者、【迅雷白牙】は私の憧れの人だった。
一応魔術師の端くれなので体面的には【血みどろ魔女】を支持してるフリしてたけど、内心は剣も魔術も凄腕のあの人を崇拝してた。
その、【迅雷白牙】のお弟子さんの面倒を見る、って話になって内心狂喜乱舞したわ。
その子には嫉妬するけど、ワケありの子らしいし、まぁ、頼まれたからには面倒を見るわよ?なんだかリズも張り切ってるようだけど。
第一リズは【剛力無双】派でしょ?え?実は【迅雷白牙】に憧れてた?
……ま、まぁ、そういうこともあるでしょうけどね、魔術が使えるなら私が教えるから!
リズと火花を散らしつつ、当日。
出番を待って待機しながら陰からコソッと見た。
……あら、結構な美少年じゃない。
確かに子供ね、小さいけど、将来有望そうだし、【迅雷白牙】には負けるけど、いいわ、気に入ったから面倒見てあげる。
そう思ってたのに!
受付嬢が困った顔になって、私たちをチラチラ見た。
どうやら話がうまくいってないみたい。
美少年はふいっとカウンターを離れて外に出ようとした。
私たちは慌てて追いかけ横に立った。
「ねぇ、君、私たちとパーティ組まない?」
こういったときに一番優しく社交的に話し掛けられるサシャが声をかけたけど、止まりもせず振り向きも、こちらを向くことすらせずに出て行ってしまった。
……なんなのアイツ⁉
サシャも唖然としてる。
出てきた【迅雷白牙】に受付嬢が謝ってる。
失敗したらしい。
失敗って、何?
……その後話を聞いたら、どうやら何らかの作戦を立ててたんだけど、うまく進まなかっただけじゃなくて彼が怒って誰とも口を聞かなくなっちゃったらしい。
受付嬢に謝られたけど、それってあの子がワガママなだけじゃない?
そりゃ、【迅雷白牙】のお弟子さんで離れがたいのはわかるけど、師匠の迷惑を考えなさいよ。
数日後。その後、誰が話し掛けても一切合切無視し、結局【迅雷白牙】が折れてパーティを組むことになったって噂を聞いた。
……何ソレ⁉ ふざけんじゃないわよ‼
さらによ⁉
あの子、採取とちょっと魔物狩っただけでDランクに飛び級したんですって‼
血管キレるかと思ったわ。
ワガママ言ったら、【迅雷白牙】がパートナーになる?
【迅雷白牙】の威光で努力もせずになり立てでDランク?
そんなこと許されるの⁉
リズも聞いたときは魔物を買取拒否になるくらいに八つ当たりして殺してた。
サシャは、そんなもんじゃないと諦めたけど、新しいメンバーは入れずに三人で頑張ろうと意見を変えた。私も賛成した。
絶対に、アイツより早くCランクに上がってやる!
Cランクは威光もコネも無理、試験を受けないといけないものね。
Cランクになったらアイツを見つけて笑ってやるわ。
「まだDランクなの? コネで得たランクじゃDランクがせいぜいだものね、【迅雷白牙】の威光があっても試験は通らないわよ?」
って!
……その前に出会っちゃったけど。
話したらすっとぼけたやつで、頭にきてつい魔術をぶっ放しちゃったわ。
自分でもやり過ぎたと思ったし「あ、あの子どころか子供たちまで死んだかも」って青くなったわよ。
Cランクに上がるどころか犯罪者になっちゃった……と泣きそうになった途端。
消えた。
私の魔術が消えた。
面憎いほどに涼しい顔をして立ってるあの子が消したのだと、わかった。
子供たちも青くなってたけど、一斉にあの子を褒め称えた。
……当然、官憲登場よ。
間違いなくライセンス剝奪で投獄されると思ったけど、あの子は弁解した後すぐどっかに行っちゃって、モンスターにしか見えませんでした! 子供たちが襲われてると思って慌てて倒そうとしました! って言い張ったら、その言い分が通ったわ。
どこにも被害がなかったから、大した魔術じゃなかったんだろうってことで一日投獄されるだけで済んだ。
驚かせて追っ払おうとしたと思われたみたい……それはそれで悔しかったけど、同行したリズが見えないように足を蹴ってきて、悄らしくうなずいておいたわ。
気を取り直して翌日。
リズとサシャに「絶対に短気を起こさないでね、あの子をぎゃふんと言わせる前にあなたがぎゃふんと言うことになるわよ」って言い聞かせられて馬車に乗って試験場所へ向かった。そこに。
【迅雷白牙】が!
来てた!
…………あの子と一緒に。
……ちょっと、Cランクまで不正する気⁈
って思ったのは私だけじゃなくて、別のパーティも食ってかかってた。
ちなみにそのパーティ、馬車で「女のガキがCランク受けたって受かるわけねーだろ、とっとと帰って草むしりでもしてろよ」って言ってきた連中で、危うくまた魔術ぶっ放しそうになったけど、リズとサシャに取り押さえられて事無きを得たの。
……あの子に使ったアレ使うと、魔力切れで他の魔術使えなくなっちゃうのよね。魔力回復薬は高いから、あんまり使いたくないし。
ソイツら、気に入らないどころじゃなかったけど、あの子に言ってやったのは褒めてやるわ。
そしたら、【迅雷白牙】が、すっごい冷たい顔してあの子の代わりに言い返した。
その顔は、絵姿になってるのと同じ顔で、あの子と一緒にいたとき随分気さくだったからそれが素なのかと思うけど……なんか、ちょっとだけモヤモヤした。
私が噂で聞いている【迅雷白牙】って、冷たい人だって聞いていたから、ワケありのお弟子さんを採るような優しさにキュンとなったんだけど……なんか、あの子だけが気を遣われて優しくされてるっぽくて、ちょっと妬けるのよね。
……って、それはもうどうでもいいわ!
私も宣戦布告よ!
宣戦布告したら、「無理」とか【迅雷白牙】に言われたり、あの子に散々バカにされたり。
リズもサシャもさすがに頭にきてるみたい、三人で見返そうとひそかにうなずき合った。
そして開始……えええええ。
あの子、ありえない速度で行っちゃったんだけど⁉
あの子の邪魔を企んでたらしいあのいけ好かない連中も、完全にたくらみが外れたっぽくて負け犬の遠吠えっぽいこと吠えてる。
でも、そうよ、あのスピードでどこまで保つかわかったもんじゃない。
ダンジョン内でへばったら、完全に命取り。
しかもソロ。
いっくらゴーレム持ってるからって、アレだって魔力を使うはずだもの、かなり危険を伴うはず。
きっと、虐められるからって逃げ出して、どこかで隠れ潜んでいるのよ‼
見つけてからかってやるわ‼
ようやくダンジョン入り口。
私はずっとあの子を探してたけど、いなかった。
隠れるのうまいわね、それだけは褒めてあげる。
入り口前に試験官が立ってた。
「……やっぱ、見間違いだったかな? なんかモンスターに追いかけられてったような子が入ってったの……」
ってつぶやきを聴いて、驚いて試験官を見てしまった。
「……もう、入ったんですか?」
「いつ⁈ いつくらい⁈」
「え?見間違いじゃなかったのか! かなり前だよ、もう四十分以上はたってる」
えええええ。
同じペースで来たあのいけ好かない連中も驚いた。
「……どうせ、ゴーレム使って楽してんだろ。うらやましいぜ、Sランクさんに依怙ひいきされてるやつはよ!」
ゴーレム使ってどう楽するのよ。
魔術ナメないでよね。
常に連れて歩くのだって結構なマナを消費するっていうのに!
……でも、【迅雷白牙】が手に入れたゴーレムなら、もしかしたら魔術消費しないって手があるのかも。やっぱり狡いわ!
*
ペース配分を間違えた。
いがみ合ってた連中とは別れたかったから、何とか途中で別れたわ。
ソイツらよりもあの子よりも早く辿り着きたくて、二人を叱咤して、休憩をなるべく減らして、先に進んだ。
「あれ……? この道、前通ったような気が……?」
「ウソ、地図ちゃんと描いたの?」
「か、描いたわよ! でも、ちょっと焦ってたから、間違えたかも」
ダンジョンで地図を描かないのは命取り。
失敗したら引き返すべき。
だけど、焦りが先に進ませた。
……完全に迷った。
試験官すら見つからない。安全地帯もわからない。
休むこともままならず、時間の感覚がわからなくなってきて、疲労がピークに達したとき。
そのモンスターは現れた。
撤退するべきだった。
でも、敵をなめてしまったの。
ゴブリン二匹だったから。
「待って! 今の私たちには危険よ、結界魔術をかけるから、その隙に撤退しましょう!」
サシャの警告を無視して、私は前に出た。
「こんな連中、簡単にやっつけられるじゃない! 私たちはCランクになるパーティなのよ⁈」
「そうだ、撤退するにしても倒した方が憂いが晴らせるだろ? ……正直、追いかけられても逃げ切れる体力があるかわからない」
私が、牽制のファイアボールを唱えて、リズが斬り込もうと……
ファイアボールが、別魔術にぶつかって消えた。
え?
それどころか、その別魔術がこっちに向かってきた。
「…壁よ!全てを防げ!」
サシャの結界魔術が間に合い、魔術が弾ける。
でも、それで、サシャの魔力は尽きた。
サシャが膝から崩れる。
……私が攻撃魔術を使いすぎて、サシャの分の魔力回復薬も飲んでしまったから。
私が焦って無駄に攻撃したから。
「ぐぁっ!」
リズが、もう一匹のゴブリンに太腿を刺された。
驚いてゴブリンを見た。
――このゴブリン、普通のゴブリンじゃない。
〝進化〟してる。
「リズ!」
爆発の魔導具を投げつけた。
これもものすごく高いけど、念のために買って持ってきたものだ。
その隙になんとかリズがこちらに引いて、回復薬を飲んだ。
出血は止まったようだけど、傷自体は治らなかった。
――今回のCランクの試験で一発合格するために、いろいろ準備した。
今まで稼いだお金をつぎ込んだ。
そこまでしたけど、ダメだった。
それもこれも、私のせい。
私が焦ってペース配分なんて考えなかったから。
地図を間違えたのに認めずに先に進んだから。
迂闊に攻撃して、他人の分まで魔力回復薬を使い切ってしまったから。
……そう、苦労はしたけどDランクまではなんとかやっていけてた。
命の危険を感じたことがなかった。
コネで昇格出来る程度だって、なぜCランクがちゃんと試験なのかって、Cランクからようやく冒険者を名乗れるって、その意味がわかってなかった。
今、死にそうになって、ようやく気付いた。
受験前に書いた誓約書、
『何が起きても、試験中に死んだ場合もギルドは一切責任を負いません。』
『遺書は前以て書いておいて下さい、試験終了後、死亡または行方不明時に希望された遺族に渡します』
の、意味が。
恐らく、ゴブリンウォーリアとゴブリンメイジ。
その二匹が笑ったような奇声を上げた後、ゴブリンメイジが炎魔術を使った。
私の得意な、大規模火炎魔術。
……あぁ、あの子に悪いことした。
こんな魔術を使われて、よく冷静に対処出来たな。
私、この、迫り来る炎が怖くてしょうが無い。
いやだ、死にたくない、死にたくないよ……!
「手をかざすとかっこいいかな。
いかにも『魔術使ってます』みたいな感じで」
え?
顔を上げたら、あの子が目の前に立っていた。
炎は消えていた。
え?
呆けて見てたら、あの子がこちらを見て、笑った。
「よう、待たせたな!」
キャシーは普通に気の強いツンデレ少女です。そもそも気の弱い子は冒険者になろうとは思わないでしょうね。
そして、実はソードは憧れの人ナンバーワンの人物です。彼を知らないのは隔離されて人と会話してきてない世間知らずのお嬢様か山奥で引き籠もって修行に明け暮れてる人くらいでしょう。