296話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その五
そこから、驚くような仕掛けで抽選が始まった。
完全にへそを曲げていた妻ですら、驚きで不機嫌さが吹き飛んだらしい。
……どうしてベンジャミンは、あんなすさまじい魔導具を手に入れられたのだろうか。あのヘラヘラした軽い男が……。
だが、私の脳裏に浮かんだ彼は、最後に会った時に見せた、目を光らせ苛烈に私たちをにらむ表情だった。
「落選された方は残念でした。ご都合が合いましたら、またの抽選に挑戦を願います」
バロックがそう締めくくり、次回の抽選申し込みが始まる。
妻は目的を忘れて当ててやると息巻き、抽選に申し込んでいたが……当たることはないだろう。
妻はまず文字が書けず、文字が書けないと申し込めない。
つまり、知識層のみを相手にしているということだ。
それでも儲かっているのだ。
妻は私を呼び、代筆させた。
しぶしぶ書いていたら、住所でいったん筆が止まる。
「……なぜ住所が必要なのでしょう?」
「当選の方には招待状をお送りしております。それをお持ちになり、ご来店の際ドアマンに見せていただくことになります」
……書きたくないが、招待状が届くのならしかたが無い。
住所を書いて渡したら、それは別の箱に入れられていた。
それがどういうことか、なんとなく察した。
プミラを見たら、店の中に戻ろうとしていた。
慌てて呼び止める。
どんな顔をされるか、と構えていたら、ぼうっとされた。
誰だかわからない、そんな表情だ。
すると、妻が急に私の腕にすがり、これ見よがしにしなだれかかってくる。
妻を振り払いたかったが、プミラの表情が気になったのでやめた。
どんな反応をするか見たかった。
妻と私を交互に見て、ようやく合点がいったようだったが……。
プミラは驚いた後、迷惑そうな表情をした。
…………まさか、そんな表情をするとは思わなかった。
懐かしいと思ってくれると思い込んでいた。
妻との仲を妬いてくれると思い込んでいた。
その表情は、しなだれかかった妻と私をひっくるめて、一体何をしにこんな所まで来たのか、と書いてあるだけだった。
――プミラは綺麗になっていた。
裕福な暮らしをしている証拠に、肌はきめ細やかで髪は艶やかにまとまり、高そうな髪留めを使っていた。
店の制服なんだろうが、うちで着ていた服よりはもちろんのこと、妻が着ている服よりも高価そうだった。
昔は手荒れしていたのに、今は荒れておらず、白い手だ。
文字を書いていたのか手にインクの染みがあったりするので、恐らくはベンジャミンが気を利かせて簡単な手紙を書くような仕事をさせているのだろう、とわかった。
私が話しかけてもプミラはほとんどしゃべらず、続いて現れたバロックが怒りを募らせて私をなじった。
『ずうずうしい』『厚顔無恥』『目先の利益にくらんだ』
並べ立てられ、実際その通りなので黙った。
だが、反省しているし、詫びて、プミラと再婚する気でいるのだ。
それをわかってほしかったが、プミラは目を伏せ、軽く挨拶するとそのまま踵を返して行ってしまう。
呼び止めても振り向きもしなかった。
そして……伏せた顔に、私への失望がハッキリと現れていた。
妻は言い争いの末バロックをひっぱたこうと迫って、現れた魔物に襲われ、倒れた。
「ピッド!」
妻の名を呼び安否を確かめるフリをしたが、内心「やった!」と喜んだ。
邪魔な妻は魔物に襲われて殺され、教唆したのはベンジャミンの店の従業員。
これを盾に契約を破棄させようと皮算用したが、現れた憲兵は妻を乱暴につかむと粗雑に引きずっていった。
……啞然とした。
まるで妻を、大きなゴミのように扱う王都の憲兵に背筋が寒くなる。
「い……一体……」
バロックが冷たい瞳に軽蔑した表情を乗せて動揺している私を見た。
「よくある話ですよ。この店の従業員に難癖をつけて店に入ろうとする、こじれて襲おうとする。――なので、この店は警備ゴーレムが私たちを守ってくれています、今のように。憲兵の方にはまめに巡回していただけているので、リョーク……警備ゴーレムの魔術で麻痺させられた犯罪者をそこら辺に転がしておけば、憲兵の方が運んで処理してくれるのです」
妻を、まるでゴミのように言うバロックに、ゴミのように扱う憲兵に、非情な王都に怖くなった。
バロックは冷たい瞳で私を一瞥する。
「では、お引き取りを。……長年尽くしたプミラを捨ててまで選んだ、最愛の妻の行く末を案じているのなら、憲兵についていったらどうですか? 私はもちろんこの店の誰も、暴れて憲兵に連れて行かれた者たちがどう処理されたのかなど存じていませんし、気にもしておりませんから」
バロックは言い捨てて、店の中に入っていった。
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