10話 しらないひとがいたよ!
途中で三人称に変わります。
驚きのあまり、固まった。
今までここに人が現れたことはない。この山林を二年の間、我が物顔で走り回りましたが、いろいろ実験もしましたが、人が現れたことないよ!?
現れた男は、あの男くらいの年かもう少し下か、って雰囲気だった。
ぱっと見の印象は『気ままな旅人』。まったくマタギっぽくはない。この世界のマタギってどんな感じか知らないけど。
見事な白髪は、洗ってないのか濁ったクリーム色になってる。瞳は縁がシアンのライトグリーン……ヒスイ色だね。
お互いをいぶかしげにジロジロ見合う。
「……お前、子供か? ここで何してる?」
とか聞いてきたぞ。お前が言うな!
息を吐くと、
「それはこちらのセリフです。ここは個人所有地ですよ。それとも、ここの持ち主に許可されて来た方ですか? あるいは持ち主の関係者とか?」
と、質問に質問で返してやった。
男はキョトンとした後笑い出した。
「……悪い。そうか、個人所有地とは知らなかった。持ち主とは無関係だよ。つーか、誰が持ち主かも知らねーな。……そういうセリフを吐くお前は、持ち主の子供か?」
「……まぁ、関係者ですかね」
答えるべきか悩んだが、この男がここに現れた理由を聞きたかったので曖昧にうなずいた。
「ふーん……。……ま、いいか」
そうつぶやくと辺りを見回した。
全然立ち去りそうにないのにしびれを切らして対応レベルを下げた。
「……大体なんで、ここに現れたんだ。 別にこの山林は、景色が綺麗とか山の幸が豊富とか、一切ないのだが?」
だからもう消えろ。
最後の言葉は言わなかった。そしたら伝わらなかった。
「そんな理由で来たんじゃねーよ。……なんつーか、お前と同じ理由かな」
え? 私と?
「つまり関係者だったと」
「違う、そうじゃねーよ。……いい鍛錬場になりそうな山だな、って考えて来てみた」
え。
男が、絶句してる私に笑いかけた。
「それでお前もここで鍛錬してるんだろう?」
「いや、単に他にやる場所がなかっただけ。他でやったら間違いなく怒られるし迷惑がかかるしついでに二度とやることができなくなるし」
ソッコー否定したら男がポカンとした。
「……あ、そーなのか」
「そーなの」
「……そりゃ、悪かった。……あー、だから関係者か。そっか」
何に納得したんだ。いいから去れ。
「俺は、ソード。冒険者なんだ」
いきなり自己紹介が始まった。わかったから去れ。
「……うわ、お前興味なさそうな顔してるな。いいから聞け。冒険者ってのは、冒険を生業にしてる連中だ。ただ冒険してても金にならねーから、依頼を受けてこなしたりもする。その依頼ってのは大体において身体が資本の依頼だな」
ほー。ちょっと興味が出てきた。
まさしく王道ファンタジーだもんな、冒険者!
「お? 興味が出てきたか。で、だ。肉体労働なもんで、仕事がないときにも鍛錬は必要なんだよ」
「言いたいことはわかった。それでここを見つけたのか」
「俺の鍛錬は特殊だからな。誰もいないような場所で、ちょっと派手にやらかしても大丈夫なとこを選んだら、ここにお前がいた、と」
確かに条件に合うけどさ……。だからって、のこのこ現れないでほしい。
「で、だ。お前が黙って見逃してくれたら、お前に稽古をつけてやるぞ? 一人きり、こんなところで鍛錬してる、見つかったら怒られて止められる、っつーことは、稽古相手がいないんだろう?」
……しばらく黙って男の顔を見た。
この男が犯罪者の場合……ま、それでも構わないか。何せ二年の間、ほとんど人と会話してなかったし、この世界の知識がまったく手に入らなかった。自分が世間知らずのお嬢さまなのは自覚している。
冒険者ならそれなりにいろいろと知ってるだろう。偏ってる可能性もあるけれど。
「わかった、よろしく」
「小僧の名前はなんだ?」
「インドラだ」
「よろしく、インドラ」
手を差し出されたので、一瞬ためらったが、握手した。
男はピクリと眉を動かしたが、その後うさん臭い笑顔を作った。
*
――ソードは、いったん引き上げて明日また来ると山林を後にした。そして、驚くほどの早足で町に向かった。
【冒険者ギルド】と看板に書かれた建物の扉を開け、
「おーい、ギルマス呼んでくれー」
と気楽に声をかけた。
すると三十代半ばほどの男が現れ、「中で話を聞く」と部屋に呼んだ。
「……もう調査が終わったのか。手ぶらということは、モンスターじゃなかったのか?」
ソードはうなずいた。
「あぁ。かわいらしい小僧が一人いただけだったよ」
ギルドマスターが眉をひそめる。
「小僧……?」
「山林から魔物の気配はしなかった。唯一、その小僧だけがありえねーほどの魔素をまとってたな。一瞬ヤベェやつかなと思ったけどよ、ソイツの顔に『誰だお前?』って書いてあってよ、間違いで人を斬ってもまずいから話したら、斬らなくて正解だったわ」
ギルドマスターはいぶかしげにソードを見た。
「……だが、本当に人か? Sランク冒険者【迅雷白牙】がひるむほどの小僧などいないだろう?」
「わからねーな。世の中広いし、俺もガキの頃は大人にひるまれたからな」
ソードが肩をすくめた。
「ここは個人所有地で、関係者以外立ち入り禁止だとよ。……本当か?」
ギルドマスターが苦い顔をした。渋々うなずく。
「おいおい、そんなところに俺を向かわせたのかよ」
怒気を若干はらんだのでギルドマスターが慌てて弁解しだした。
「だからこそ、頼んだんだろうが! 貴族様が持ち主の山で異変がありそうだ、しかも原因がハッキリしない被害も出ていない状態で『普通の冒険者』に調査依頼なんぞ出せるわけないだろうが! ましてや貴族様がそれの原因だった場合、冒険者どころかギルドだって危ないだろうが! だからこそ、内密に、知られずに調査を終えられ、最悪貴族様相手でもなんとか出来るお前さんに頼んだんだよ!」
「……持ち主が貴族サマってのも初耳だぞオイ」
ソードが舌打ちした。
「で、一つ聞きたい。『インドラ』って名前のやつ、知ってるか?」
ギルドマスターが固まった。
「……知っているが……」
「……なんだ? その反応。どういうやつなんだよ?」
「……お前さんの話からすると、その小僧が、そう名乗ったんだろうけどな……。インドラ・スプリンコートは、その私有地スプリンコート伯爵の第一令嬢だよ」
ソードも固まった。
「…………は?」
ソードはいくらなんでも本人とは思えない、と思った。
おてんば少女では済まない。小汚い作業服を着て、髪は令嬢にあるまじき、ガタガタに短く切られた髪だ。令嬢どころか子息として見ても無理がある。
てっきり屋敷で働いている使用人が抜け出して練習しているのかと思っていたし、事実そうなんだろう。名前を聞かれてつい屋敷のお嬢様の名前を出してしまったんだろう、と結論づけた。
「ま、大体わかった。興味も出たし明日詳しく調べてくるわ。……その『嬢ちゃん』が原因ならな」
そう言うと立ち上がり、部屋を出て行った。
ようやく!話が少しだけ進みました。でもまだまだ冒険には旅立てません。
・私有地と領地は同じ意味らしいので、私有地を個人所有地に変えました。
・この世界でいう「領地」は、貴族もしくは王家が管理している土地で、貴族の私有地ではないです。
もちろん個人で所有している土地もありますが、領全体が俺の土地!ではないです。
念のために書きますが、上記の設定はキャラクターを動かす上で矛盾が生じないように決めたことです。現実の中世は関係ありませんしこの世界はヨーロッパではありませんしベースにもしていないことをご了承ください。