庭先の破壊神
「ははははっ! それはまた大層な言われようですな? まったく葛殿が何を話したかは存じませぬが...話し半分の与太で御座いますよ」
本土より船を発して7日。かろうじて到着した伊邪那美島...そこで出会った“剣神”藤原玄信は笑って自身の称号を否定した。だが...
「いえ! 父曰わく、“その絶技は余人の及ぶ所ではない”とハッキリ申しておりました。 確かにこの島におられる旨は聞き及んでおりましたが...」
とはいえ...見たところ、どう見ても田舎の漁師にしか見えない人物が、世界一と称された剣人とは...驚くのも無理はないだろう。
「まあ、難儀な船旅を終えてお疲れでしょう。ひとまず拙宅へおいで頂きましょう...ここの魚の味は保証いたしますぞ?」
「それしかねぇのに大層な...痛ぇ!! 気軽にはたくなよじーちゃん!!」
またしてもアチラ少年の頭を小枝で一打ち...って? いつの間に少年の側に?
「ほれ! 無駄口叩いとらんで荷物を持って差し上げんか!」
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そして...既に廃村と変わらぬ様子の島内を暫く歩いてたどり着いたのは、赤土を焼いて作った瓦を漆喰で留めた平屋の古民家だった。
とりあえず居間に通された私は、藤原殿とアチラ少年を前に、昼食を饗されつつこの18年間に“世界で起きた事”を一気呵成に語った。
「島の皆様へは何一つ知らせる事もできず今日まで来てしまいました...誠に不甲斐ない限りです」
一通りの事を語り終わってから、逆に島の事を藤原殿に問い質す。お茶をすすりながら無言のまま話を聞いていた老人は、こちらの話に対しておもむろに...
「まずは...葛殿から“この島の事”をどこまで聞かされておられますかな?」
「それは...この島には、かつて世界に広がる量子コンピューターの大元である『イザナギ』を開発した“香坂咲哉”教授が、その親族と研究スタッフを連れて移り住んだと聞かされております。世界中の権力から“煩わされる事無く”研究を進める為に、本島の政府からも完全に記録を抹消させて...我等が一族のみがこの島の場所を代々口伝し、お世話していたとも...」
そこまで語った時、手元の湯飲みにあった藤原殿の視線がじろりとこちらに向いた。
「まぁ、おおかたは間違いありませんな。実際には香坂一族にはそれ以外の選択肢は残されて居なかった訳ですが...まあいいでしょう。それで葵殿? 何故この世界から忘れ去られた島へ?」
少し...ほんの少しだが老人の声のトーンが変わった...そこには、何一つ威嚇や脅迫の言葉はなかったというのに...葵は部屋の温度が瞬間的に数度下がったかの様に感じた。
「父は申しておりました。“香坂一族とそのスタッフは、島に移り住んでからも代々研究を続け、当代の香坂武尊博士もその研究を受け継いで新たなスーパー量子コンピューターとAIを開発していた”と!! 私の目的はただ一つ。世界を完全に掌握している5機のAI達から世界を取り戻す為の助力をお願いする為に参りました!!」
この世界の全てを掌握し、人類に殺し合いをさせている、5機の『狂った神』に対抗するには、人類の味方になってくれる『スーパー量子コンピューターとAI』が絶対に必要だ。
そして支配されている人類がそれを開発する事が不可能である事は、この18年間で既に証明されている。
「お願いします!! もう人類に残された時間は僅かなんです!!」
そう言うと同時に両手を付いて頭を下げる。
「ふむ...アチラよ? お主はどう思う?」
「うーん... 葵さん? この島には随分前から“研究所”ってのは無い筈だ...少なくとも俺が物心ついた時にはそんな物はなかったぜ」
「えっ...? 無い? 研究所が?」
アチラ少年は無言で頷く。
「ああ、俺がじーちゃんに聞いてるのは...18年前にこの島への連絡が途絶えた後、俺の両親も含めた島民達はとりあえず自給自足しながら外からの連絡を待っていたらしいけど...」
そこでちらりと藤原老人に視線を向けて、
「それから更に八年後...今から10年前、島に正体不明の疫病が流行って俺とじーちゃん以外の島民は全員死んじまったって...」
「なんですって? それじゃあ...」
「ああ、ここにはあんたが望む物は...無いって事だよ」
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「そんな....」
連絡が途絶えた後の島の話を聞いて...葵は顔を真っ青にしながら押し黙った。その様子を見て老人は、
「葵殿の求める事はよく分かりました。が、私がこの島に渡った時には、既に香坂武尊博士を含む島民達はなんら研究らしき事に従事している様子はありませんでした、ただ...」
「ただ?」
「博士が当時私に話して下さったのは、“既にそれは完成した。が、もはや私達には必要無い物だった”と...」
「それは一体?」
詳しい話は分からないが...香坂博士は何らかの研究を完成させていたらしい...では一体それはどこに? 更に詳しい話を聞こうとした瞬間...老人の姿は、微動だにしないまま、その掌から湯呑みが消えた?!
『パシッ』
乾いた音が鳴った先...縁側を超えた庭先に一人の男が立っていた。ショッキングイエローのビニールパーカーにTシャツとデニム、という出で立ちの男は顔の前で湯呑みを掴んだ手を下ろして...
「危ないなぁ。ちょっと服にかかったじゃないか。もう少し来客に対して礼儀って物を発揮してもいいんじゃない?」
「そうかい? そりゃあ申し訳ないのぉ...近頃このあたりも物騒なものでなぁ...」
軽口を叩きながらも藤原老人の気が男に向かって収斂していくのが分かる...
だが...葵はそれを感じつつも男から目を離せなかった...
「そんな...どうして...?」
「おいおい? それを今更聞くかね? 君達一族がどうして皆殺しにもならずに泳がされていたと思う?」
葵の記憶が正しければ、庭先に立っている男は、事ある毎に世界中のモニターから『神託』を押し付けてくる『神』の一人...
「シヴァ!! 何故あんたがここに?!」
不定期更新にも関わらず今回も読んで頂いて誠にありがとうございますm(__)m
このお話は拙作「トランスファー」と一部の世界観を共有しております。勿論そのまま読んで頂いても楽しめるように腐心してはおりますが、「トランスファー」を読んで頂ければ、よりいっそう楽しめるかと思います。もし宜しければご一読の程を...m(__)m
なんか続き気になるかも?とか思って頂けたらブクマとかポチポチッとおねがい致します(^_^)ゞ