孤島の老人
「えっ??」
突然の呼びかけに反射的に振り向く。そこには浅黒い肌をした男が立っていた。
(??? 誰? どうして? 全く気配も感じなかったのに??)
「あれ? 言葉通じてる? もしかしたら英語圏の人かい? Hello??」
咄嗟にベルトから拳銃を抜いて構える。だが、もし彼がいずれかの『神』の尖兵ならばこんなオモチャでは...
「あなた何者? どうしてここにいるのよ?」
銃を向けて問い質す。この距離なら間違いなく外さない筈...見たところ男はかなりの長身だが顔つきは幼い。多分、自分とさほど年は変わらないだろう。
「ああ、良かった! 言葉は通じてるみたいだな。えっと...それ拳銃だろ? 脅かして悪かった。俺は近所の島に住んでるもんだけど...船が見えたもんだから...つい嬉しくて勝手に乗り込んじまった!」
...今なんと言った? 近所の...?
「あなた? まさか伊邪那美島の住人??」
「あー...確かそんな名前だったよ。俺らはただ“島”って呼んでるけど...とりあえず怪しいもんじゃないから...その拳銃おろしてくんねぇ?」
ーーーーーーーーー
それから...少年は自分をアチラと名乗り、とりあえず島に来てくれと言った。彼の話だけでは、まだ拳銃を下ろす訳にはいかないが...とりあえず彼をキャビンから外に出るように促し、次いで自分もデッキに出てみると...
「ああ...」
恐らく数キロ先だが...そこには確かに二重カルデラの島がある!
「良かった...たどり着いたのね...」
思わず涙ぐみそうになる...が、ぐっとこらえ、
「あなた? あそこの島民なのよね? 見たところ随分若い感じだけど?」
「おいおい? 俺は確かにまだ15才だけど...歳はそんなに変わらないんじゃねぇのか? 」
「それでも私の方が2才も上だから!! それより島から来たのはあんただけなの? 他の島民は?」
父の話なら、島には随分長い間訪問者が途絶えていた筈だ。男...いや、体格を除けば、まだ男の子と呼んで差し支えない子供が単独で来たのは?
「他の島民って...ああそうか。知ってる筈ねえよな。もう島には俺とじーちゃんの二人しかいねぇんだよ」
「何ですって?? じゃあ他の住民は? 香坂研究所は? どうなったの?」
「....なんだいそれ?」
「...そんな!?!」
何故? 既に『イザナギ』の手が伸びていた? いや、この島の座標は我々の一族の党首にのみ伝えられる口伝のはず...
「...分かったわ。どちらにしろ島には行かなきゃならないし...あなたのおじいさんなら少しは状況が分かるかも...」
「やっと分かってくれたか? ならその物騒なのを下ろして...」
「動かないで!!」
振り向こうとするアチラ少年を牽制する。少年はビクッと元の方向に向き直り...
「分かったよ! 物騒なヤツだな! やっと来たお客さんがこんな物騒な...」
「まだあなたの事を全面的に信用した訳じゃないから! うかつに動かないこと!! で? どうやって此処まで来たのよ?」
見たところ、まだ島までは数キロはあるだろう。さすがに泳いで来た訳もないし...あっ? まさかエネルギー粒子機関の付いたボートとかじゃ?? ヤバい!! もうサーチされてたら??!!
「ああ、俺の自慢のマシンを見るかい?」
のんびりとデッキの端に進んで行くアチラ少年を後から追い越し、急いでヨットの縁を覗くと...
「え?」
そこには...どう見ても“足こぎ動力のマリンスクーター”がロープで括りつけてあった。
「うそ? こんなのでここまで来たの? 一応ここ外洋だよ? しかも昨日までの台風でまだ波もあるのに...」
「ん?? そりゃあ、あんたの船ほど立派じゃねーけどコイツだってそう捨てたもんじゃないぜ? まぁ見てなよ?」
そう言って、スクーターを結わえていたロープを船首に結び直した少年は、あっさりとデッキからスクーターへ飛び降りた。
「あっ?」
慌てて舷側から身を乗り出して海面を見ると...既にアチラ少年はスクーターに跨がって進み出している。
「まさか?」
曳航する気なの? このアマノイワト号は、一人乗りに改造してあるとはいえ、その全長は30フィート(約10メートル)に達するのだ。とても人力の水上スクーターで曳航出来るものではない。
「まって!! とりあえず何か方法を考えるから...」
アチラ少年にそこまで呼びかけた時、ちょうどスクーターとヨットの間に張られていたロープがピンと緊張する。途端にアチラ少年の足が重そうに止まりかけるが...
「フンッ!」
少年がかけ声を一つ上げると、今まで重そうに動いていたペダルがどんどん加速し始め...スクーターの後部から沸き立ったような白い波が飛沫を上げ始めた!
「...ウソでしょ??!!」
今やアマノイワト号は猛烈に加速して行くスクーターに完全に曳航されていた。
「いったいどうなってるのよ?」
ーーーーーーーーー
結局アマノイワト号は、アチラ少年のスクーターに人力では有り得ないスピードで曳航されていった。少年の体力は衰える事をを知らず、結果的に海蝕洞窟の先にある内湾にヨットを入れるまでに一時間とかからなかった。
ボロボロの桟橋にヨットを繋ぎ、その上を渡って上陸した先にはアチラ少年より少し小柄の老人がいた。ヨットを一瞥した老人は改めてこちらに視線を戻すと、柔らかい表情で...
「随分と無茶をされた様ですな...塗装は変わっているようですが...この船には見覚えがあります。葛様は息災であらせられるか?」
何から話すべきかと思案している所へ、老人の口から父の名が飛び出す。驚きを表情に出してしまったのか、更に相好を崩した老人が...
「これは拙速が過ぎましたな。このような所では落ち着いて話も出来ません。このような僻地では大したもてなしも叶いませんが是非とも拙宅へおいで下さい」
そう言って頭を下げた老人を見て、やにわに我にかえる。
「申し遅れました!! 私は草薙葛の娘、葵と申します。失礼かとは思いますが御名前をお教えいただけませんでしょうか?」
頭を上げた老人は...葵の視線を受けて少し思案顔をした後...
「名乗るほどの者では御座いませんが、草薙殿と知己を得た頃は、藤原玄信と号しておりました...まぁ、今はこの孤島で、子守をしとるだけの老いぼれですわい」
「よく言うぜ? 今じゃ俺の方が漁も野良仕事も達者じゃねぇか...痛ぇっ!!」
アチラ少年が呟く...と同時に、老人はどこに持っていたのか小枝で少年の頭をはたいた。
「なっ??それではあなたが“剣神”と謳われたあの??」
「ははははっ!それはまた大層な言われようですな?まったく葛殿が何を話したかは存じませぬが...話し半分の与太で御座いますよ」
不定期更新にも関わらず今回も読んで頂いて誠にありがとうございますm(__)m
このお話は拙作「トランスファー」と一部の世界観を共有しております。勿論そのまま読んで頂いても楽しめるように腐心してはおりますが、「トランスファー」を読んで頂ければ、よりいっそう楽しめるかと思います。もし宜しければご一読の程を...m(__)m
なんか続き気になるかも?とか思って頂けたらブクマとかポチポチッとおねがい致します(^_^)ゞ