第五話 八坂と俺 後編
少し遅れて申し訳ないです。
その分ボリュームは詰めたつもりです。
「どこに行くんだ?」
街に着いた俺と八坂。
とりあえず、八坂の行きたいところに行こう。
【服を買いに来たので、デパートとかに行きたいです。でも、お昼時ですし、先にお昼ご飯にしませんか?】
確かに、昼時だな。
「何食べたい?」
【これと言って食べたいものはないんです。シオンさんは何かありますか?】
残念ながら、俺もこれと言って食べたいものはない。
でも、ここで俺もないと言ってしまうと、2人とも迷い迷ってしまうだろう。
ならば、
「グァストはどうだ?」
ハンバーグレストランを勧める。
ハンバーグのみならず、基本なんでもあるし、食べるものには困らないだろう。
【グァスト!いいですね!】
よし。
八坂も賛同してくれたことだし、行こう。
グァストの店内は、一般的なレストランとさほど変わりはなく、雇われた従業員が忙しなくホールを駆け回り、客はのんびりと食事を楽しんでいる。
その中に俺と八坂は、向かい合ってテーブルを囲んでいた。
「決まったら教えてくれ。まとめて頼むから」
【ありがとうございます。じゃあ、これで】
スっと八坂はメニュー表を指さす。
ナポリタンか。
「飲み物はいいのか?」
【水で大丈夫です】
「わかった」
店員呼び出しボタンを押して、店員を待つ。
店内にピンポンと音が響き、少し遅れて店員がやってくる。
「ナポリタンとカルボナーラを1つずつ。あと緑茶を2つお願いします」
そう伝えると、店員は注文を復唱し、厨房へ向かっていった。
テロン
「お?」
誰かからメッセージが届いた。
「・・・」
誰かというか、八坂からだった。
【飲み物は水でいいって伝えましたよ・・・?】
画面から目の前の八坂に目を写すと、ジトーっとこちらを睨んでいる八坂がいた。
「・・・俺だけなんか飲むのも悪いと思ってさ。緑茶は奢るから許してくれ」
テロン
【わかりました。緑茶は奢りですからね!】
「もしかして、緑茶苦手か?」
テロン
【そんなことないです!緑茶好きです!毎日飲んでます!】
「・・・今日はスマホで話すほうが楽か?」
テロン
【あ】
あ。ってなんだよ。
もう一度、画面から目を離し、八坂を見ると、いそいそとメモ帳にペンを走らせている八坂がいた。
【ごめんなさい無意識でした!】
いや、別にいいんだけど。
それから数分。
頼んだ料理がやってきた。
俺と八坂は一緒にいただきますと手を合わせ、フォークを手に取り、各々のパスタへ手を伸ばす。
うん、カルボナーラ上手い。濃厚だ。
とてもクリーミーでパスタとよく絡んでいる。
ひ〇まろのようなグルメリポートなんぞできないが、きっと彼が食べたら、「クリーミーなロシアの雪原やー!」とか言うと思う。
・・・言うわけねえな。
ちらっと八坂の方を見る。
彼女は笑顔でナポリタンを頬張っていた。
可愛い。
・・・最近八坂に対して可愛いという感想が出まくるな・・・なんでだ?
「どうだ?」
とりあえず、味の感想でも聞いて会話しよう。
急に話しかけられて驚いたのか、八坂はナポリタンを頬張ったままピクっと身体を震わせ、大急ぎでナポリタンを飲み込んでティッシュで口元を拭い、メモを取り出した。
【とても美味しいです!!!!】
「そうか、なら良かった」
すごく幸せそうだな。食べることが好きなのかな?
そんな八坂を眺めつつ、お互い料理を完食。
緑茶も飲み干し、伝票を手にレジへ。
「まとめて払うから、八坂の分は後でくれ」
八坂はこくんと小さく頷いて、トコトコと俺の後ろについてくる。
なんだこれ、愛玩動物か?可愛いなぁ・・・
いや、違う。八坂が可愛いのは違う訳じゃないが、この感情は違う。
いいか鳴瀬詩苑。
これはデートではない。
男女二人きりで出掛けるとかデート以外の何物でもないけど、これはデートじゃない。
八坂にそこはかとなく、「これってデートだよな」とか言ってみろ。
【キモ】
の二文字が大々的に書かれたメモ用紙が顔面に飛んでくるぞ。
だからデートじゃない。
よし。
と、謎の問答を頭の中でしつつ、支払いをすませる。
店を出たところで、八坂が財布を開き、小銭を探し始めた。
・・・待てよ?
ここで、ナポリタンも奢るよ。とか言ったらイケメンじゃね?
・・・冷静になれ。俺。
人生で初めて女の子と二人きりでデートしてるからって調子に乗るな。
てかデートじゃないってさっき結論付けただろ!
くそ!だめだ!心が踊って仕方がねえ!なんで八坂はこんなに可愛く見えてしまうんだ!?
てか普通に可愛いんだよ!
もしも、もしもの話だ。
八坂が何かのきっかけで声を出せるようになって、それが意図しない瞬間、たった一言。
「あっ」
という声を聞けたとしたらだ!
俺は八坂にガチ恋をする自信がある!!!
トントン
「うぉう!?」
肩を叩かれてめちゃくちゃびっくりした。
振り返ると八坂が手のひらを差し出していて、
【これ、ナポリタン代です。お昼ご飯は済みましたし、服屋に行きましょう】
と書かれたメモ用紙の上にナポリタン代680円ちょっきりが置かれていた。
最後に女性物の服コーナーに入ったのは、いつだろうか。
まだ小さかった頃、妹の洋服を買いに来た親に付き添った時以来か、それとももっと前か。
いつだったかわからない記憶を辿りながら、現在俺が見ている景色と過去の景色を照らし合せる。
右を向けばスカートやジーパン、そこまで短いとパンツ見えちゃうんじゃないかと言うほど丈の短い短パン。
左を向けばカジュアルなジャケットや、爽やかな色をしたワンピースに、色々な小物や名称のわからない服が沢山。
うーん。俺・イズ・場違い。
そんで目の前には、試着室という名の花園。
薄い灰色のカーテンにより、中は見えないようになってはいるが、その中には八坂がいる。
そして、八坂は今そこで、着替えをしている。そう、試着しているのだ。
俺だって純粋な男子高校生。
女の子の下着姿とか着替えシーンとか妙に興味が湧いてしまうもので。
さっきからドキドキが止まらないんじゃいッッッ!!!!!
しかも八坂は着替えに戸惑っているのか、中々出てこない。
このままだと、店員やほかの一般女性の方々に、試着室の前で棒立ちを続ける危ない人。みたいな感じで見られかねない。
というか既に店員の目線が痛い!!!
とりあえずあれだ。中の八坂に声をかけて、1人で女性服のコーナーに来てるわけじゃないですよ感を出そう。そうしよう。
「や、八坂。どうだ?」
よし。これでおっけー。
さて、返答は・・・?
「・・・八坂?」
なんで何も言わないんだ?
まさか、試着室の中でなにかあったとか・・・?
それはまずい。すぐに助けないと八坂が危ない。
でも、このカーテンを開け放ってもいいものなのだろうか。
もしそれで八坂が普通に着替えている真っ最中で、あろう事か下着姿だった場合。
俺は天国のような風景を見たあとに、性犯罪者という看板を背負って地獄を生き延びなければならなくなる。
・・・どうしたもんか。
テロン
【えっと、ちょっと後ろで紐を結ぶタイプの服なんですけど・・・なかなか上手く結べなくて】
「・・・あっ」
やっべ八坂が喋れないのを完全に忘れてた。
あぶねえあぶねえ、危うく夕方のニュースに出演するところだったぜ。
にしても、八坂が喋れないのをなんで忘れてたんだ?
やっぱあれか、会話している時、八坂の筆の速度がとんでもなく早いからなのか。
俺が喋ることをまとめて、整理して、発言する。という間に、八坂は既に文章を書き終えているもんな。
あれ?八坂ってめちゃくちゃ頭良かったりする?
などと、一人で考えをめぐらせていると、シャッとカーテンが開かれた。
「お、八坂、紐は結べた・・・か・・・」
俺のセリフがタジタジになってしまったのには、理由がある。
まず、カーテンの奥にいた八坂が可愛かったから。
まあこれはいつもの事。
もう一つ。
その八坂自身が来ている服だ。
普段来ている制服や、私服とは違い、少し攻めを意識したような服装で、上半身は薄い灰色のTシャツと、チャックを閉めずに前開きのままのオーソドックスなパーカーでまとめ、下半身はそこそこ短いデニムパンツに、伝説の黒ニーソを穿いて、絶対領域を演出。
いつも下ろされている長い黒髪は、服装に合わせてポニーテールにして活発さをアピール。
まるで夏に海岸に散歩に来た堀北〇希のようだ。
何を隠そう脚フェチな俺は、そのデニムパンツとニーソの間に生まれた絶対不可侵領域に目を奪われ、八坂の太ももってこんなに綺麗だったんだなぁ・・・とか最低な事を思いながら、俺はそこから目を離せずにいた。
あと八坂、Tシャツの生地が薄いせいかブラ透けてるぞ。
俺は脚に夢中だけどな。
・・・何!?ブラが透けてる!?
バッ!と顔を上げ、八坂の胸に視線を集中!!!
・・・!
薄い灰色のブラだ!多分ピンク!かわいい!やったー!
「じゃねぇよ!?」
最低か!?最低か!?もう一回言う最低か!?
下心しかねえ!!!!
【えっと、なんかダメなとこありました?】
あ、いや、ないです。完璧ですやばいです。
「あ、すまん、取り乱した。」
【なんで取り乱したんですか!?そんなに似合ってませんでしたか!?】
「いや、すごく似合ってる。似合いすぎて多分、よからぬ人にナンパされるくらいは似合ってる」
とにかく、正直に感想を言う。
【そんなにですか?なんかお世辞入ってません?】
「入ってない。俺の本心だ。とりあえず最高ってことは伝える。最高だ。八坂のファッションセンスすげえわ。やばい。」
やばいのは俺だよアホか。
思いついたことをそのまま喋るな。
「とにかく八坂。すごい。ほんとに」
おい止まれ俺の口。
もはや褒めの言葉なのかもわからんぞ。
見ろ。八坂の顔を。なんかもう困惑してるぞ。
【えっと、なんかすごい褒めてくれるのはいいんですけど、ちょっと怖いですよ・・・?】
「えっ」
急に冷静になり、周りを見る。
俺の熱意ある感想文が聞こえていたのか、周りの人達はめちゃくちゃ引いていた。
・・・なんかほんと・・・ごめんなさい。
心の中で深く反省しつつ、
「それで、その、買うのか?」
肝心の買うかどうかを聞く。
【シオンさんがとてもいいって言ってくれたので、買います】
え、ほんとに?俺の感想聞いて買うの?終始脚と胸しか見てなかったけどいいの?
「俺の感想ハチャメチャじゃなかったか・・・?」
【褒めてるのは伝わったので】
「・・・まじで?」
【まじです】
「ならよかった」
【あ、あと】
「ん?」
一通りの会話を終えて、元の私服に着替えようと試着室のカーテンに手をかけた八坂だったが、思い出したようにメモを取り出した。
【女の子の胸元をじっくり見るのはダメですよ?】
・・・はい。ほんと申し訳ないっす・・・
時間は流れて、夕方。
八坂とショッピングをしてから、あっという間に時間が経った。
俺も何着か服を買ったし、八坂が目を爛々と光らせながら、食いつくように見ていたUFOキャッチャーの景品のぬいぐるみを600円でとってやったり、色々なことをした。
そこそこ荷物が増え、八坂は片手にビニール袋、もう片方に紙袋を持って歩いていた。
この状態だと、八坂は話をすることが出来ないので、自ずと俺たちの間に会話は生まれることは無かった。
だけど、駅に向かって歩いている間も、八坂はずっと笑顔を俺に向けていた。
帰りの電車は、行きに比べて空いていて、俺と八坂は座ることが出来た。
隣同士で。
・・・ドキドキするよね?俺はする。
一日ずっとそばにいて、色んなとこ出歩いて、最後に電車で隣に座る。
うん、やばい。恋愛漫画ならもう恋始まっちゃうやつ。
コツンっ
「え?」
肩になんか重さが。
重さを感じる左肩に目を向けると、
「すぅ・・・すぅ・・・」
と、寝息を立てる八坂の顔があった。
「ぉ・・・ぅ・・・!?!?」
声を出さないように驚く。
初めて寝息を聞いた。というか声っぽいものを聞いた。
寝息は出るのか・・・
てかやばい、さすがに、髪からいい匂いががが。
起こすべきか?
でも、疲れてるだろうしな。
ここは、何もせずに電車が地元に着くのを待とう。
そうして、行きの時と同じような緊張を味わいながら、俺はムフフな気分を満喫したのであった。
金曜日
体育祭まであと三週間ほど。
俺が八坂が楽器を吹いているのを見つけた日から、毎週恒例になっている放課後演奏会だ。
俺は、またあの色を見たくて、音色を聞きたくて、あの空き教室を訪れていた。
扉を開けると、既に八坂はいて、吹奏楽部から借りてきた楽器をケースから取り出して、椅子に座って俺の事を待っていた。
今日は・・・バイオリン?
うちの学校そんなものまであるのか・・・
テロン
【片手塞がってるのでメッセージでいいですか?】
「ああ、いいぞ。バイオリンも弾けるんだな」
【まだ練習中で、下手かもしれないですけど・・・】
「問題ない」
【では・・・】
ふと、気になった。
「あ、八坂」
【はい?】
この際だから、聞いてしまおう。
八坂はペンで話すのと、スマホで話す。どっちの方がいいんだろうか。
「八坂は、ペンとメッセージ、どっちで話すほうがいいんだ?」
彼女は基本的にメモ用紙で会話をするが、今のように手がふさがっている時は、片手でも操作出来るスマホでメッセージアプリを使って話す。
どう考えても、スマホで話した方が楽なはずなのに、なんでわざわざ紙媒体なのだろう。
【んー・・・会話をするだけなら、どっちでもいいんです。文字を書くのは好きですし、でもメッセージで会話をするのも、早く文字を打てるので楽です。んー、よく分かりませんね。でも、感情を込められるのは、手書きの文字だと思うんです。だから、私はペンで気持ちを伝える方が好きです。】
・・・そういうものなのか。
確かに、ゴシック体の無機質な文字よりも、手で書いた文字の方が気持ちがこもってそうだな。
そう思うと、今現在俺のスマホの画面に写っている文字は、いつもよりも無機質に見えた
「それなら八坂のやりたい方に任せるけどさ。八坂、文字を書くの以上に早いよな?」
これはずっと気になっていたことだ。
【そういえばなんででしょう・・・友達にもよく言われるんですよねー】
「自然にそうなってたのか?」
だとしたら天才だと思うんだけど。
【筆談し始めた当初は、全然早く書けませんでしたし、字も、そんなにきれいじゃなかったんですけどね。】
・・・ん?
八坂って元から声が出ないんじゃないのか?
「筆談し始めたってことは・・・元々は喋れたのか?」
気になった瞬間、口に出すのが俺の悪いくせだと思う。
こういうことって割とデリケートな問題だから聞かない方がいいだろ俺!
でも、八坂は全く嫌な顔をせずに、スマホの上で指を踊らせる。
【一年くらい前だったと思うんですけど、その頃から、段々と声が出なくなっていったんです。病院に行っても原因不明で、喉に何か異常があった訳でもないんです。】
一年前ってことは、俺が色が見えなくなったのと同じ頃か。
【初めは、本当に悲しくて、人と喋ることが出来なくなっていくのが怖かったんです。声が出なくなるまでは、色んな感情を言葉にして、声にして伝えられたのに、突然それが出来なくなっちゃったんです。私、元々明るい方なんですよ?でも、声が出なくなっちゃっただけで、とっても暗くなっちゃいました。親や、友達にも心配されちゃって。だから私、頑張ったんです。声がなくても、話せるように。】
【初めは、スマホで話してたんです。とっても楽で、簡単に意思疎通が出来るようになりました。でも、画面に映し出される文字だけじゃ、感情が伝わりにくかったんです。なんとなくって感じなんですけどね。
それで、筆談を始めてみたんです。初めは全然上手く書けないし、早く書くことも出来なかったし】
今、文字を打っている八坂は、少し悲しそうだった。
【でも、支えてくれる友達が居て、家族がいて。そして、ある時私は元気を取り戻しました。】
それはきっと、彼女が一番楽しそうにしている時。
あぁ、なるほど。
【楽器です。】
【楽器は、私の代わりに音を出してくれる。私の出したい音を出してくれる。私は、音を失ったわけじゃなかった】
そういう事だったんだ。
八坂は、声で感情を伝えるのを諦めて、楽器の音、
音色で感情を表すことに決めたんだ。
だからこそ、楽器を奏でている時の彼女は、あんなにも楽しそうに、魅力的に見えるんだ。
八坂は、椅子から立ち上がり、バイオリンを置いて、メモ用紙を取り出した。
【だから、シオンさん】
さっきまでの無機質な文字とは違う、彼女の心がこもった文字。
その字は、とても、綺麗で、寂しそうだった。
彼女は、真っ直ぐな瞳で、俺を見つめていた。
彼女の背中からは、夕日が差し込んで、教室全体を照らしている。
ゆっくりと、八坂はペンを走らせて。
その文字を、文を、言葉を、伝えた。
【お願いします。絵を描いてください】
続
はい、鈴ほっぽです。
今回は色々詰め込みました。主に性癖を。
さて、次回は詩苑君に色々なことが起こったり降り掛かったりする予定ですので、お楽しみに。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




