第二十一話 僕らの音、私の色 前編
今回も前編後編で分けますごめんね
「お前らさ。絵描いてて楽しい?」
たった一言。
その一言で、その場にいた全員が、息を飲んだ。
楽しいか?そんなの、決まってる。
「楽しいわけ・・・」
自然と言葉が口から出てくる。
「ないです・・・」
拳を握り締め、俯く。
「だろうな。じゃあ、なんで楽しくないんだ?」
もう何度目かも分からない沈黙。
それを破ったのは、また林堂先生だった。
「自分の思うように描けないから?それとも、アイツよりも上手く描けないから?」
その通りだった。
俺は、俺たちは、鳴瀬ほど絵が上手くない。
描いても描いても鳴瀬のように人に褒められない。
だから、あいつの事が、恨めしくて、羨ましくて。
「そんなんだから、楽しくないんだ」
・・・え?
「そんな気持ちで描いてたら、誰だって楽しくないだろ。じゃあなんで、あいつはあんなに楽しんで絵を描いていると思う?」
わからなかった。
だって、俺は絵を描くのが楽しいなんて事、なかったから。
美術部に入ったのは、ただの気まぐれだった。
入学した時に、この部活の三年生の先輩に一目惚れしたから。
その人は俺たちが二年生になると同時に卒業してしまった。
絵を描いているのは、ただその先輩と話がしたかったから、近付きたかったから。
気付けば、その人はもういなくなっていた。
俺に残ったのは、絵を描くということだけだった。
好きでもない絵を、得意でもない絵を描く。
そんなの、楽しいはずがなかった。
「楽しくない理由は人それぞれだろう。楽しいって思う理由も同じだ」
「鳴瀬、ここの色は?」
投影された下書きに沿って色を塗る。
その工程をする前に、俺は鳴瀬にどんな色にしたらいいかを聞いた。
「そこはなるべく薄めの青で頼む。いや、雲とグラデーションにするならもう少し濃くても・・・」
鳴瀬が黙り込み、考える。
後ろを向くと、みんなが色塗りの準備を終え、手持ち無沙汰の状態だった。
「わかった。みんなと相談していい色さがすよ」
見かねた俺は、鳴瀬にそう言った。
「おう。頼んだ」
「楽しくなる方法?」
「そうだ。人それぞれとは言ったが、別にそれはその人だけの楽しむ方法じゃない」
「それは、どういう」
「簡単だ」
みんなで一緒に絵を描く。
それだけ。
俺は林堂先生が言ったその言葉を、信じなかった。
でも、今は違う。
絵の具につけた筆を動かし、色を塗る。
ふと顔を上げれば、違う色を塗る仲間がいる。
同じ絵を、俺たちは一緒に描いている。
そんな今が、とても楽しいんだ。
刻々と、時間は過ぎていく。
さっき始まったと思ったら、もう最後が近いなんて。
深呼吸をして、自分の番に備える。
「もうすぐだね」
私の隣に立つ伏見さんが言う。
「詩苑の方はやっと動いたみたいだし。あとは僕たちが頑張らないとね」
【私、すごく緊張してます】
「僕も緊張してるよ。まさか僕は二人だけで出るなんてね」
伏見さんと二人で舞台袖からステージを見つめる。
【その格好慣れましたか?】
少しでも気を紛らわせようと、私は伏見さんの可愛らしいを見て言った。
「慣れって怖いよね・・・女装してる事忘れてたよ・・・」
【似合ってるからじゃないですか?】
「最近八坂さん遠慮なくなってきたねぇ・・・」
灰色の視界が、激しく動く。
白い紙が、灰色に染まる。
それはまるで漫画の絵のように、一つの景色を浮かび上げる。
その景色はどんな色をしているのか、俺にはわからない。
ただ一つ分かるのは、
きっとその景色はとても綺麗だってこと。
「詩苑」
名前を呼ばれ、手を止める。
振り返ると碧がいた。
「・・・碧」
「どう?調子は」
碧は四つん這いで色を塗っていた俺を見下ろすように見ている。
長い髪のウィッグを手で耳の辺りまでかきあげ、まるで女子みたいだ。
「見ての通りだ。色塗りも滞りなく進んでるし、完成は間に合いそうだよ」
「それはよかった」
「どうしたんだ?出番じゃないのか?」
「今は先輩達が頑張ってる。僕と八坂さんの出番はこの後」
ステージを見てみると、さっきまでやっていたはずの軽音楽部とダンス部のコンサートは終わっていたようで、既に吹奏楽部と声楽部がステージに立っていた。
聞こえてくるのは声楽部の綺麗な歌声と、吹奏楽部のメロディー。
その旋律は、まるでそよ風の吹く草原のように、落ち着いた雰囲気で、どこか焦っていた気持ちは、不思議と落ち着いていた。
「それでね。八坂さんから伝言」
「伝言?」
「はいこれ」
ピッと差し出された綺麗に折りたたんであるメモを受け取る。
「今読んでもいいってさ」
筆を置いて、メモを開く。
【シオンさん。これから私と伏見さんが、二人でステージに立ちます。いま、先輩達がやっているように、私の音楽と、伏見さんの声楽を合わせるんです。今日のために、ひっそりと練習したんです。だから、シオンさん。ちょっとの間でいいんです。手を止めて、私たちの音楽を聴いてください】
「・・・」
「なんて書いてあった?」
メモから目を離し、舞台袖の端に目をやる。
そこにはこっちを笑顔で見つめる八坂がいた。
「・・・がんばれって書いてたよ」
俺も笑顔で返し、立ち上がる。
「碧」
「なに?」
「期待しててくれよ」
すると、碧はくすっと笑ってから、
「詩苑こそ、聞き逃しちゃだめだよ」
「ちゃんと聞くよ」
「よし。じゃ、行ってくる」
深呼吸をして、真面目な顔になる碧。
八坂と目を合わせて、頷き合う。
がんばれ、碧。
がんばれ、八坂。
腕に抱いた、詩苑さんから貰った絵を見る。
緊張した気持ちが、すっと落ち着く。
ステージから見下ろす、誰もいない体育館の絵。
詩苑さんは、どんな絵を完成させるんだろう。
この絵を見ていると、その気持ちでいっぱいになって。
緊張よりも、楽しみな気持ちが溢れてくる。
気付けば、先輩たちの演奏が終わって、私と伏見さんの出番。
隣に立つ伏見さんと、笑いあって。
そっと歩き出す。
眩しく照らされたステージに、私は目を細める。
一度目を閉じて、深呼吸。
目を開いて、現実を見る。
たくさんの人たちが、私たちを見ていた。
ついさっきまであった、楽しみな感情は、再び緊張に。
でも、私は動じない。
譜面台に詩苑さんの絵を置く。
私には、この楽譜がある。
隣の伏見さんが、驚きの目で私を見ている。
観客からは見えないところで、メモを開く。
そこに書かれた文を見て、伏見さんは、
「八坂さんらしいや」
と、苦笑いしながら言った。
続
本当は一個でがっつり書きたかったんですけど、時間が足りませんでしたごめんなさい。
というわけで鈴ほっぽです。
また日付変わるギリギリでしたね。気をつけます。
次回はシオン君が本気出します。
では、今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。




