第十六話 八坂家の電話
そろそろ体育祭に入りそうです
「はっはぁ・・・はぁ・・・けほっ・・・」
【お待たせしました!!!】
桜木さんのカフェを後にし、駅へ戻ったと同時、八坂が走ってきた。
「随分息が上がってるが・・・」
メモのセリフと自分の状態が合ってないぞ。
【大丈夫です。肺活量には自信がありますから】
「げっほけほ・・・ごほっ・・・すー・・・はー・・・」
大丈夫には見えないんだが?
めちゃくちゃしんどそうだし、何か飲んだ方がいいだろうな。
「売店で飲みもの買ってくるから、待っててくれ」
【い、いえお気づかいなく・・・】
「いいから」
とりあえず、八坂を傍にあったベンチに座らせて、俺は売店へと向かった。
八坂に飲みものを渡して、駅のホームへ。
電車はあと五分で来る。
【ありがとうございます】
「大丈夫か?」
【おかげさまで。でも、走ったせいで髪型が乱れちゃいました】
八坂は手ぐしで、自らの長い髪をとく。
「あっちに付いたら直すといいよ」
【そうですね。今日は電車混んでますかね・・・?】
「どうだろうな。前みたいなことにはならなきゃいいけど・・・」
前に八坂と乗った時は、かなり混んでたからな・・・
八坂もその時のことを思い出したのか、少し頬を赤くして俯く。
「そういえば、今日は何しに?」
【んー・・・実は明確な理由はないんです。何となく、気分転換に行きたくて】
「へぇ・・・」
気分転換か・・・
確かに、俺も絵に行き詰ってるしいいタイミングかもな。
八坂もそれを考慮して誘ってくれたんだろうか。
「・・・なわけないよな・・・」
【はい?】
「いや、なんでもない」
【あ、来ましたよ電車】
ぼーっとしていると、電車が派手なブレーキ音を鳴らしながら目の前に停車する。
車内はそこそこ空いていて、これなら座れそうだ。
八坂と隣同士に座って、スマホを取り出す。
「昼飯はどうする?」
街の地図を検索して、駅近くの飲食店を検索。
【んー・・・あ、ラーメンとか食べたいです】
「わかった、調べとくよ」
【ありがとうございます】
三十分ほど電車に揺られると、街に着いた。
「さてと、じゃさっそくラーメン食べに行くか」
【そうですね】
「近くにいい感じのとこを見つけたからそこにしよう」
【わかりました】
えーっと、駅を出て東に真っ直ぐ・・・
「ラーメン食べたらどうする?」
【ショッピングモールに行きたいです】
「おっけー、じゃあ俺もそこで画材とか見るかな」
【いいですね】
そんな話をしながら、八坂と歩く。
「体育祭、八坂はなにするんだ?」
【何って・・・なんですか?】
「あー、ライブ」
【部活の皆さんと一緒に演奏です】
「吹奏楽部か」
【そうです】
・・・碧はなんかするのかな?
声楽部って言ってたけど・・・
「碧も出るんだよな?」
と聞いた瞬間、八坂が固まった。
「あれ、八坂?」
メモを書く手が止まってますよ?
八坂はじっくりと考えた後、丁寧に文字を書き連ね始めた。
【伏見さんは・・・出るらしいですけど、あまり詳しいことは聞いていません】
「・・・そうなのか?」
なんでそんなに悩みながら言うんだ・・・?
【碧さん意外と恥ずかしがり屋なところがあるかもしれませんね。きっと、そうです。はい。】
どうしたの八坂・・・
「お、おう・・・?」
【あ、ほら、ここですよねラーメン屋さんって、ほら、お腹すきましたし、食べましょう!】
「おおう、おう」
そんなにお腹すいてたのか・・・?
何故か慌てている八坂に引かれ、ラーメン屋にはいる。
「へいらっしゃい!」
寿司屋かよ。
【二人です!】
「カウンターでもいいかい?」
【大丈夫です!さ、シオンさん!】
「お、おう」
席に無理やり座らされ、八坂がメニュー表を差し出してきた。
【先に決めていいですよ!】
一緒に見れば良くない・・・?
まあ、なんか八坂必死だし、いいか。
えーっと、何があるんだろう。
ネットで見た感じは中々人気の店っぽかったけど・・・
ここは普通に醤油ラーメンでいいか。
「よし、いいぞ。」
八坂にメニューを手渡して、水を飲む。
かわいた喉が潤う。
【私も決めました】
「すいません、注文いいですか」
「あいよ」
「醤油ラーメン一つ」
【五目味噌ラーメンお願いします】
「あいよ」
注文を受けた店主は満面の笑顔を見せると、厨房に戻っていった。
【シオンさんは、どんな絵を描くか決まったんですか?】
知らぬうちにいつもの冷静になった八坂が言う。
「あー・・・それが、ちょっと悩んでてなぁ・・・」
【私でよければ相談に乗りますよ・・・?】
「いいのか?」
八坂はニッコリと笑って、
【もちろんです】
と言ってくれた。
それなら、お言葉に甘えて・・・
「なんつーか、大勢の人に見せる絵って、どんなものだったかよく覚えてなくてさ・・・」
昔は、どんな絵を描いていたんだろうか・・・
今思い出しても、頭に浮かぶのは部屋に飾ってある風景画だけ。
あの絵は確か・・・俺が絵を描くのをやめる直前に描いたんだっけな・・・
【シオンさんは、誰かに見て欲しいから絵を描いているんですか?】
「・・・え?」
突然、八坂が真面目な顔で言う。
【それとも、誰かのために絵を描いているんですか?】
「それは、どういう」
意味なの?と聞こうとして、気付く。
あぁ、そういう事か。
「俺は・・・絵を描くのが好きだったし、今も好きだ。でも、誰かのためにとか、見て欲しいなんて気持ちはないんだよな。ただ、描きたいから描いてるだけ。みたいな・・・」
【それなら、それでいいと思います。シオンさんが楽しく、いい気持ちで描いたものが、シオンさんの絵です。きっと、嫌々描いた絵は、自分でも気持ちのいいものでは無いと思います。私も、気が乗らない時に演奏すると、全然いい音が出せないですし・・・】
なるほど。
八坂の言うことは、的を得ている。
「どうすればいいと思う?」
【好きな絵を描けばいいと思います。シオンさんの好きなものとか、景色とか、想像とか、なんでもいいと思います。シオンさんが描いた絵は、素晴らしいですから】
そこまで褒められると、なんか恥ずかしいな。
「はい、お待ち、醤油ラーメンと五目味噌ラーメンね」
っと、ラーメンが出来たみたいだ。
「ありがとうございます」
【ありがとうございます】
割り箸を八坂に渡して、割る。
「いただきます」
ふっと一息で麺を冷まして、口へ。
うん、美味い。
王道の醤油。
【美味しいですね】
八坂も満足のようだ。よかった。
そのまま、会話もせず黙々とラーメンを食べて、俺たちはショッピングモールへと向かった。
【すごいですね】
ショッピングモールについて、まず来たのは、画材屋。
壁一面に広がる絵の具や筆、キャンバスやその他諸々・・・その光景を見た八坂は、これでもかと首を上に向けて、わぁーっと声が出そうなほど口を開けている。
無邪気な子供みたいだ。
「えーっと・・・確か赤と緑・・・それと白だったかな・・・」
【何がですか?】
「え?えっと、買いに来た絵の具。ちょうど足りなくてさ 」
【分かりました。探してきますね】
「いいのか?」
【任せてください】
「じゃあ、頼む。あ、でも、気をつけて欲しいことがある」
【はい?】
絵の具には水彩画用の物と、油絵を描く用の絵の具だったり、用途によって色々な種類がある。
なので、気をつけて買わないと、水彩画のために買ったはずが、油絵を描くはめになってしまうことがある。
「だから、気をつけてくれ」
【分かりました】
「じゃあ、俺は筆を見てるから。よろしく頼む」
正直、絵の具を探してくれるのはかなりありがたい。
暖色と寒色の違いくらいしかわからない俺は、見た目だけで何色かが分からないため、いつも絵の具を探す時に手間取ってしまう。
やっぱり色って大事だよなぁ・・・
お、この筆良い感じ。
でも、ちょっと固めだな。
もう少し柔らかいのは・・・
「ん?」
肩を軽くたたかれ、筆の陳列棚から目を離す。
【シオンさん。これで大丈夫ですか?】
絵の具を何個か持った八坂が、絵の具を差し出す。
「えーっと」
赤・・・うん、水彩画用だな。
んで緑は・・・あれ?
「・・・八坂、この緑。緑じゃないぞ」
【え?緑のはずですよ?】
「あー・・・言うの忘れてたな。絵の具って、ただ単に赤青黄色緑みたいな感じで分けられてるわけじゃないんだ」
よく分からないのか、八坂は首を傾げる。
「この裏の方を見たらわかるんだけど」
八坂の手の平から緑色らしい絵の具のチューブを取り、見せる。
【あっ、シュヴァインフルトグリーンって書いてますね】
「そ。ややこしいよな」
【えっと、必要な色の名前って・・・】
「ナチュラルに緑って書いてあるチューブがあるはずなんだ。それを探して欲しい」
【分かりました。白はこれで大丈夫ですよね?】
「おう。白はこれでいい。ありがとう」
八坂から絵の具を受け取って、カゴに入れる。
それを見た八坂は、また絵の具コーナーへと歩いていった。
絵の具と、新しい筆を買い、今度は八坂が行きたいところへ。
「凄い数の楽器だな」
さっきの画材屋を見る時の八坂のように、俺は目の前に広がる眩しい楽器の世界をただ立ちつくして見ていた。
【金管楽器の専門店です。マウスピースがそろそろ替え時だったので】
「マウスピース?」
【口をつけるとこの黒いアレです】
「あー、あれか。」
鍵盤ハーモニカの横にぶっ刺すやつみたいな。
「八坂って楽器ならなんでも出来るのか?」
【まさか、練習したものじゃないと弾けませんよ。そんなに器用じゃありませんし】
そうかなぁ・・・?
今まで見た限り、八坂はかなりの種類の楽器を演奏している気がするけど・・・
「得意なのはフルートなのか?」
【一番得意なのは、そうですね。フルートです。】
店の中を歩きながら話す。
「なんでフルートなんだ?」
【なんでと言われましても・・・特に理由はないです。何となく、手に取ったのがフルートだったというだけです】
何となくで掴んだ楽器をあそこまで上手く吹けるようになるのかよ・・・
【一度吹いてみたら、その音に釘付けになって・・・気付いたら毎日練習するようになってました】
八坂がマウスピースを吟味しつつ、言う。
さっき器用じゃないとか言ってるけど手元ノールックで文字書いてるよね・・・?
「八坂やっぱり器用だと思うぞ?」
【褒めても何も出ませんよ?】
なんで三秒でその文書けるんだよ・・・
【満足です】
「それは良かった」
ショッピングモールでの買い物が終わって、帰り道。
駅へ向かう途中で公園を見つけたので、そこで一度休憩する事にした。
時刻は午後四時半。
夕飯前には帰れるな。
「・・・ん?」
ベンチに座って当たりを見回していると、ポケットの中でスマホが震える。
この震え方は電話か?
「ごめん、電話」
【気にせずどうぞ】
なになに?知らない番号だな・・・
間違い電話かもしれないし、もしそうなら間違いだと教えてやった方がいいだろう。
「もしもし」
そう思いながら応答ボタンを押した。が。
トンッ、トトンットン
「・・・ん?」
いつか聞いたようなノック音。
この前の無言電話のような・・・
【シオンさん?】
八坂が不思議そうに俺のこと見つめる。
「あの、いたずらですか?それならやめてください」
【いたずら?】
一度マイクをミュートにして、八坂に伝える。
「なんか、ずっとマイクを叩いてるみたいなんだ。何故かリズミカルに」
【・・・すみません、少し借りてもいいですか?】
「え?」
八坂は何か知ってるのかな?
「まあ、いいけど」
通話を繋いだままのスマホを八坂に渡すと、
「・・・っ」
人差し指をピンと立て、スマホのマイク部分をリズミカルに叩き始めた。
「えぇ・・・」
相手の真似をして遊んでるのかな?
「・・・っ・・・・・・」
かと思ったら少し笑顔になったぞ・・・!?
八坂は何をしているんだ?
と思っていると、
【これ、私のお母さんです】
「はぁぁぁ!?」
八坂が突然訳の分からないことを言い出した。
【詳しいことはあとで話します。とりあえず、返しますね】
どういうことなの・・・
八坂からスマホを受け取って、もう一度耳に当てる。
「もしもし」
すると、
「あ、もしもし。さっきはごめんなさいね。いつもの癖でマイクを叩いてしまいました 」
いつもの癖って普段どんな電話の仕方してんだ・・・
「えっと、八坂・・・から聞きました。お母さんなんです・・・か?」
とりあえずその確認だ。
「はい。私八坂朱音の母。琴音と申します。以前の電話のことと言い、失礼しました」
やっぱり前のあれもか・・・てあれ?
「なんで俺の番号知っているんですか?」
八坂から教えてもらった・・・?いや、八坂には電話番号は教えてない。メッセージアプリのIDを交換しただけのはずだ。
「林堂先生から教えて頂きました」
おい教師が生徒の電話番号を他人に漏らしていいのかよ。
「えっと・・・それはどうして?」
「朱音のことについて、お話したくて」
八坂のこと・・・?
「最近、朱音の様子がおかしいんです」
「・・・はい」
クレームか何か言われるのかなこれ・・・
「家に帰ってくると、詩苑さんのお話ばかりで」
「・・・はい?」
「詩苑さんの絵はとっても綺麗だなんて言って、昨日は絵を見せられたんです」
「・・・はい・・・・・・?」
どういうことなの・・・
訳が分からないんだが・・・!?
「凄くいい絵でした。朱音があんなに言うのも納得です」
「えっと、それは、どうも・・・?」
「ですので、お礼を言いたくて」
「お礼・・・?」
「あんなに明るい朱音を見たのは久しぶりなんです。ほら、あの子、声が出せないでしょう?だから、友達ともあまり上手くいってなかったみたいで、ここ一年ずっと暗かったんです。でも、最近朱音が楽しそうに学校に通っているのに気付いて、どうしたのか聞いたら、詩苑さんの名前が出てきたんです」
「・・・はい」
おおう・・・なんかすごい勢いだな。
「それで、朱音が詩苑さんの話をしている時とっても楽しそうなんです」
「それは、どういたしまして・・・?」
「ですので、朱音をお願いします」
「あ、はい・・・・・・はい?」
今なんて・・・?
「あの子をお願いできるのは、詩苑さんしかいません」
「・・・ちょっと待ってください・・・?」
「どうかしましたか?」
どうかしたのかもしれない。
俺の耳がおかしいのかな?
「すみません、今なんて・・・」
「朱音をお願いします。と」
「・・・・・・それはえっと・・・」
「お付き合い、なさってるんですよね?」
「あー・・・」
おっけーなるほど?
勘違いなさってるわけね?
「えっと、言いにくいんですけど、俺やさ・・・朱音さんとは付き合ってるわけじゃ」
「あっ申し訳ありません。宅急便が来てしまったので、失礼します」
「えっちょっ」
ぶつっ
「・・・」
・・・どうしようか?
【シオンさん?】
「あー・・・・・・」
【付き合ってるって言いました?】
「落ち着いて聞いて欲しい。八坂のお母さんは俺と八坂が付き合ってると勘違いしてる」
【あ、だから】
「そういうこと」
【なんか・・・すみません】
「いや、いいんだ・・・」
・・・なんだ、なんか気まずいぞ・・・
暑い・・・暑いぞ・・・さすが夏だな・・・
「や、八坂。そろそろ帰ろうか」
このままだと気まずすぎる。
八坂の顔を見ると、八坂はこっちを見ていなかった。
でも、小さく八坂は頷いた。
俺が立ち上がると、八坂も一緒に立ち上がる。
「えっと、こっからだと・・・五時の電車に乗るか・・・」
【 】
「・・・?どうした?」
何故か八坂が白紙の紙を渡してきた。
しかも、めちゃくちゃ丁寧に四つ折りにされている。
【出来れば、捨てないで持っておいてもらえると、嬉しいです】
「お、おう」
どういうことだろう。
まあ、いいか。
俺はその四つ折りにされたメモ用紙を、財布にしまった。
「ただいま」
「おかえりー」
家に帰ると早速妹が出迎えてくれた。
毎回飽きもせずに・・・
お前は主人を待つ猫かなにかなの?
「ご飯は三十分後だって」
「あい。さんきゅ」
部屋に戻って、今日買ってきたものを机に並べる。
「筆は・・・まだ開けなくていいな。んーと、もう無いのが白だったっけ・・・?うん、そうだな。じゃあ白は入れといて・・・・・・あれ?」
白の絵の具を画材が入ったカバンに入れようとした時、気づいた。
絵の具のチューブに、書いてある文字に。
「・・・・・・これ油絵のじゃん・・・」
なんてこったい・・・・・・・・・・・・
【ただいま】
「おかえり朱音。さっき宅配便来てたわよ」
【うん、ありがと】
・・・私宅配便なんて頼んでたっけ?
そう思いつつ、部屋に戻る。
扉を開けると、すぐに目に付いた。
白い小さな包みが、私の机の上に置かれていた。
買ってきたものを横に置いて、包みを手に取る。
ちっちゃい・・・
なんか頼んだかなぁ・・・・・・
自分の記憶を必死に振り返るけど、思い出せない。
まあ開ければわかるよね。
というわけでれっつおーぷん・・・っと。
「・・・・・・」
中身は・・・まさかの・・・
「はー・・・」
今日買ってきたマウスピースと同じものだった。
やっちゃったなぁ・・・
「朱音ー」
お母さんの呼ぶ声がする。
「ご飯よー」
あ、そんな時間だった・・・
色々するのはまたあとかな・・・
体育祭まで、あと
少し
詩苑さんは、どんな絵を
描くのかな。
続
どーもでぇす鈴ほっぽでぇす
今回はデートでした。
次回は体育祭に入るかもです。
というわけで、今回も最後まで読んで頂きありがとうございました