第十五話 一週間という時間
今回は箸休め的な回です。
「体育祭まで、あと一週間となりました。各委員会、当日に備えて入念な準備をお願いします」
金曜日。
体育祭まで、ちょうどあと一週間。
放課後、私は体育祭の委員会会議の書記として、会議に出席。
詩苑さん待ってるかなぁ・・・
一応、メッセージは送っておいたけど・・・
「さて、今回は各部活の部長にもお集まり頂きましたが、なぜかはお分かりですね?」
生徒会長が会議室にいる面々を一望しながら言う。
「体育祭後の打ち上げステージライブについてです。林堂先生からもあったように、美術部、声楽部、吹奏楽部が出演する予定ですが、ほかの部活で出演を希望する部はありますか?」
あー、今日の会議はそれが目的なんだ・・・
長くなりそうだなぁ・・・
今日は遅くなるって言われたけど、どうするかな。
暇だし、絵描くか・・・
いつもは八坂と一緒に居る空き教室。
今日は八坂が来るまで一人だ。
いつも八坂の演奏を聞いていたせいか、やけに静かに感じる。
窓の外は、もう日が傾いている。
これから八坂が来て、演奏を聞くとなると、そこそこ時間が遅くなるな・・・
そんなことを考えながら、絵を描く準備を進める。
さて、今日は何にするかね。
・・・本番は何を描けばいいんだろうな。
最近は、ずっとその事で悩んでいる。
全校生徒に見られるってことを考えると、途端に何を描けばいいのか、わからなくなる。
本番は体育館か・・・
照明もそこそこ暗いだろうから、描きにくいだろうな。
そういえばうちの体育館ってどんな感じだったっけ・・・
無駄に豪華ってのは覚えてるけど・・・
うちの学校は無駄に施設に金使うからなぁ・・・
そうだ。今日はステージから見下ろした体育館の景色を描こう。
よし、そう決めたらとりあえず見てこよう。
セッティングが終わるやいなや、俺はスマホを持って空き教室を後にした。
結局、会議は一時間ほどかかってしまった。
詩苑さんは「待ってるよ」なんて言ってたけど、待ちくたびれてないかな。
やや小走り気味の早歩きで、いつもの教室へと向かう。
扉に付いた窓から、中をちらりと覗くと、詩苑さんが一人で絵を描いていた。
真剣な様子で。
どうしよう。
今入っていったら邪魔だよね。
でも、早くしないと詩苑さんが待ってるかも。
あー、あー、なんて葛藤をしてたら。
「八坂?」
「ふぁふっ!?」
いきなり詩苑さんが扉を開けた。
「そんなとこに突っ立って何してんだ?」
【シオンさんが絵を描いてるのが見えたので、邪魔しちゃいけないかなって思って】
「あー、全然いいよ。むしろ、八坂の演奏が聞きたくてウズウズしてたんだ」
そういうことなら・・・
【じゃあ、早速やりましょうか?】
「おう。頼むよ」
「ふー・・・」
「よし、俺も終わった」
ふぅー、今日もミスなく出来て良かった。
詩苑さんもなんか満足気だー。
今日はどんな絵なんだろ。
「ん?見る?」
【見たいです】
「ほい」
詩苑さんがくるっと絵をひっくり返すと、そこには体育館の絵が描かれていた。
【珍しいですね?】
「ん、やっぱそうか?本番で描く絵の構図がまだ決まってくてさ・・・何となくここの体育館描いてみた」
詩苑さんは微妙な顔をしながら言うけど、私この絵は好きかも。
【詩苑さん、この絵どうするんですか?】
「ん?あー、なんか今日は良い感じには描けなかった気がするからなぁ・・・捨てちゃうか、どっかにしまうかだな」
え、捨てちゃうんですか?
【それなら、私にください。この絵】
特別な理由はないけど、何故か私はこの絵に目をひかれていた。
「え?ほんとに?あー・・・なら、持ってっていいぞ?」
いいんですか?嬉しい。
【ほんとですか!?やった!】
「今まとめるから。あーっと、水捨ててきて貰えると、助かる」
わかりました。
素早く頷いて、筆が入ったバケツを持つ。
「重いから気をつけろよ」
全然大丈夫です。楽器持ってますので。
「さんきゅ。はいこれ。」
【ありがとうございます】
詩苑さんから絵を受け取って、帰り支度をする。
「今日もありがとな」
【こちらこそありがとうございます】
「あと一週間だな」
【そうですね。あ、そういえば、くじ引きで出場が決まる競技があるって、言ったじゃないですか。】
「あーそういえば」
【内容の公表が許されたので、知りたいですか?】
「今言っていいものなのか?」
【どっちみち明日の朝にはプリントでみんな知りますから】
「そういうことなら」
玄関で靴を履き替えて、学校を出る。
【簡単に言えば借り物競争です】
「借り物競争?」
借り物競争って、あの紙に書いてるものを誰かから借りてくるあれ?
【ご存知ないですか?】
いや、知ってます。
「あーいや、なんつーか、借り物競争・・・なの?」
高校で?
あれって小学校とかの競技じゃ・・・
【きっと、好きな人。とか紙に書いてあるんじゃないですか?高校らしく色恋沙汰で盛り上げようみたいな】
「なるほどな。みんなそういうの好きそうだしな」
つまりはリア充がワイワイするイベントみたいな。
【でも、出場するのは完全にくじ引きで決まるので、一部の人たちだけが盛り上がるなんてことはありません。誰にでもチャンスはあります】
それ捉え方によってはくっそ迷惑じゃない?
出たくない人も出させられるんだよね?
「どーにか当たりませんように・・・」
【私もあまり出たくないですね】
「運動苦手か?」
【あまり得意じゃないです・・・】
八坂結構細いもんな・・・
「そういえば、八坂は何か競技出るのか?」
【私は生徒会の仕事があるので出ません】
「そっか・・・委員会の仕事がある生徒は出なくてもいいのか・・・」
【そんなにいいものでもないですけどね。生徒会も仕事いっぱいですから】
「はは・・・大衆の目に晒されながら痴態を披露するよりかはマシさ」
【シオンさん運動苦手なんですか?】
「苦手ってわけじゃないんだけど・・・」
なんて言えばいいかね。
「好きじゃないって言えばいいかな。汗をかくのが苦手なんだ」
【あ、分かります】
「ベタつくし、普通に気持ち悪いし、あとびちゃびちゃになるし」
【女子みたいなこと言いますね】
にこにこしながら、八坂が言う。
「っと、もうこんなとこか」
気付けば、八坂と別れる所まで来ていた。
【今日もお疲れ様でした】
「八坂もな。じゃあな」
【はい。また明日】
「おう」
そうして、俺達はそれぞれの帰路についた。
ところで、また明日って、明日は土曜日なんだけどな・・・さりげなく遊びませんかって誘われてるのかな?
まあ、杞憂か・・・
はぁ・・・今日はなんだか疲れたなあ・・・
会議があったからかな?
うん。きっとそう。
明日はどうしようかな?
せっかくの休みの日だし、どこか遊びに行こうかな。
詩苑さんは時間空いてるかな・・・?
後で聞いてみようかな。
服を着替えて、鞄から詩苑さんから貰った絵を取り出す。
誰もいない体育館を、ステージの上からの構図で描かれた絵。
ステージは照明がついているのか、体育館の奥に行くにつれ、光のグラデーションが綺麗に暗くなっている。
詩苑さん色がわからないのに、すごい表現力だなぁ・・・
・・・当日はここに全校生徒がいるのかな・・・?
考えたら少し緊張してきた・・・
あーでも、詩苑さんのくれた絵を見てるとなんか・・・
「ふー・・・」
落ち着く・・・
一週間・・・
大丈夫か?
いや、きつい。
あと一週間で、どんな絵を描けばいいんだ・・・
本番は、どうしたら・・・いいんだ・・・
あーーーーー
「どうすっかなぁぁぁあ・・・・・・・・・」
ピロン
「んぁ?」
机に突っ伏して悩んでいると、スマホが鳴った。
「八坂からか」
【明日、空いてますか?】
・・・暇だけど、どうしたんだろうか。
【どっか行くのか?】
【買い物に付き合って貰えませんか?】
【わかった。何時から?】
【お昼くらいに駅で集合にしましょうか】
【了解】
買い物ね。
なんか買うものあったかな。
筆でも新調してみるか?
いいかもしれない。
気分を変えれば何かいいアイデアが浮かぶかもな。
「お兄ちゃん?」
と、詩葉が部屋の扉を開けながら入ってきた。
「ノックくらいしろよ。着替えとかしてたらどうする」
「別にお兄ちゃんの裸を見て欲情はしないよ・・・?」
「俺が恥ずかしいってことだよバカ野郎」
「それよりも、お風呂。お兄ちゃんだけだよ」
「まじか。さんきゅ。」
さっさと入って寝るか・・・
ピピピピっピピピピっ
「・・・」
ピピピピっピピピピっ
うーん・・・
ピピピピっピピピピっ
うるさいっ!
バチンっ!
いったぁ・・・強く叩きすぎた・・・
痛む手のひらを擁護しつつ、寝起き独特のまどろみとだるさを無理やり押しのけて、起き上がる。
寝癖でボサボサになった髪を手ですきながら、時計で時間を見ると、
「・・・っ!?」
十一時半ちょうど。
なんで!?十時に目覚ましをかけたはず!!!
詩苑さんと待ち合わせしてる時間は確か十二時・・・
三十分じゃ準備できないよぉぉぉぉぉぉもぉぉぉぉ・・・
と、とにかく急がないと・・・
布団を投げ出すように跳ね除けて、クローゼットを開ける。
えーっと、どれ着ようかな・・・うーん・・・
あ、その前に遅れるって詩苑さんに言わないと。
というか、髪も!なおさないと!
こんな時に限ってシャワー浴びないと行けないほどの跳ね方してる〜!!!もーー!!!!
おかーさーーーん!!!
「・・・っっ・・・・・・」
なんで声出ないのほんとにもーーー!!!
バタバタと派手な音を立てながら部屋を出てリビングに走る。
「どうしたのそんなに急いで」
あ、お母さんいい所に!
ってあれ?
【どっか出かけるの?】
「買い物に街まで行こうと思って。朱音はどうしたのよ?」
【友達と待ち合わせしてるのに寝坊しちゃったから急いでるの!助けて!】
「・・・それ私に何か出来ることある?」
え、えっと、
【よく考えたらないかも!ごめん!行ってらっしゃい!】
「はい。行ってきます。朱音も気をつけてね」
【わかった!】
・・・・・・じゃないーー!
シャワー!浴びなきゃ!
の前に詩苑さんに連絡!
【ごめんなさい遅れますっっ!!!!】
よし!
待っててください詩苑さん!
駅の広場のベンチでのんびりしていると。
「ん?」
八坂からだ。
「・・・珍しいな」
八坂が寝坊とはな。
ははっ可愛いとこあるなぁ。
【気長に待ってるよ】
・・・桜木さんのとこでコーヒーでも飲むか。
ベンチから立ち上がり、すぐ近くの桜木さんのカフェへ足を運ぶ。
「あら、詩苑くんいらっしゃい」
「いつものコーヒーお願いします」
「はぁい。今日はどうしたの?」
「八坂と待ち合わせしてたんですけど、珍しく寝坊したらしくて。それで待つ時間コーヒーでも飲もうかと」
「あら、朱音ちゃんが?珍しい事もあるのね」
桜木さんはコーヒーを入れながら言う。
「確かあと一週間で本番だったかしら?」
「まだ悩んでるんですよね・・・」
「どんな絵を描くか?」
俺が座るテーブルに、桜木さんがコーヒーを持ってきてくれる。
そして、対面の席に桜木さんが座る。
「普通の風景画だと、味気ないかなって思うんです」
「うーん、アタシは自分の好きなものを描けばいいと思うけど」
「好きな物?」
「好きなものよ」
どういうこっちゃ。
「ふふっ、ちゃんと考えて、悩みなさい?そうして出た答えが、詩苑くんの描くべき絵だと思うわ」
「難しい話っすね・・・」
「あら、またお悩み詩苑くんに戻っちゃうの?」
「別のお悩みですよ・・・」
「物事勢いが大事なのよ?特に、恋とか・・・ね?」
なんでそこで恋の話・・・?
「好きなんでしょ?」
「えっ」
「とぼけないで頂戴?碧くんとかもこう思ってるわよ。早くくっつけって」
「いやあの、誰がですか?」
「詩苑くんが」
「誰と?」
「朱音ちゃんと」
はい?
「な、なんで俺と八坂が?」
「どう見ても好きでしょ?」
何を見たらそうなるの・・・?
「えぇ・・・」
「まさかとは思うけど、恋心なかったの・・・?」
正直絵のことで悩みすぎて全くそんな気持ちなかった・・・
え、まって、俺は八坂のことをどう思ってるんだ?
あれ、よく考えたら女子の友達って八坂が初めてじゃ?
あれあれあれ、何だか急に恥ずかしくなってきたぞ????
「詩苑くん?顔赤いわよ?」
「・・・なんでもないです」
冷静になれ俺。
コーヒーうめえな。
よし。冷静。
ピロン
「うおっ」
メッセージかよびっくりした。
【どこにいますか?】
「あっ」
八坂だ。
知らないうちに結構話し込んでたのか・・・
「八坂来たっぽいので、失礼します」
「いってらっしゃい。お代はサービスしてあげる」
まじすか。ありがとうございます。
「どうも・・・今度なんか持ってきます」
「いいのよ。じゃ、楽しんできてね」
「・・・はい」
桜木さんに変なこと言われたせいで変に意識してしまう・・・
顔が熱く感じるちくしょーー・・・
カフェを出て、駅へ戻る。
とにかく八坂と合流しよう。そうしよう。
詩苑くんの背中を見送って、アタシは率直な気持ちを垂れ流す。
「甘酸っぱいわねぇ・・・青春ねぇ・・・」
何なのかしらね?詩苑くん。
あれだけ朱音ちゃんが近くに居るのに、気持ちに気付いていないなんて。
ラノベの主人公か何かなのかしら?
鈍感って罪よねぇ・・・
そんな、罪な男の本番は
あと一週間。
続
どうも鈴ほっぽです。
物語も後半です。
次回は八坂ちゃんとのデート二回目です。
それが終わったらついに体育祭に入っていきますよー
それでは、今回も最後まで読んでいただきありがとうございました