第十三話 声楽部の碧
また日付またいでしまったァァァァァ許して。
「はい。じゃあ連絡あるやついるか?」
帰りのHR。
林堂先生が生徒全員を見渡して言う。
三秒程時間を置いて、
「いないなら今日は終わり。気をつけて帰れよー」
と言い残し、林堂先生は教室を出ていった。
それと同時に教室の中は騒がしくなり、そそくさと帰りの準備をする人。友達と談笑する人。部活に行く人。
様々な人がいる中。
僕は凄さ憂鬱な気分だった。
「碧。帰るぞ」
隣の席の詩苑が鞄を持って声を掛けてくる。
帰るかぁ・・・でも、ごめん詩苑。
「今日はちょっと部活に用事あるから一緒に帰れないや。ごめんね」
「そうなのか?まあ方向違うし、玄関までしか一緒に行けないからそこまで変わらんか」
「僕よりも八坂さんとお帰りどうぞ?方向も同じでしょ?」
「なんで知ってんだよ・・・」
林堂先生から聞いた。なんて言えないね。
「この前偶然見かけた」
「はぁ・・・ま、いいや。そんじゃな」
「うん。バイバイ」
詩苑は僕に背を向けながらひらひらと手を振って教室から出ていった。
「・・・さて」
僕も行こっかな。
あんまり気は進まないけど・・・
「おっ。碧くーんいらっしゃい」
僕が部室に入ると、女子だらけの部員の中から一際おっぱいの大きな人が僕に向かって手を振る。
「なんで今日は強制参加なんですか・・・」
「林堂先生から聞いてない?体育祭の打ち上げライブにうちの部に協力して欲しいって」
「知ってますけど・・・」
おっぱいの大きいこの人。
名前は明日原志穂。
綺麗な長い黒髪を後ろで髪ゴムでまとめ、下ろしている。
僕が所属する声楽部の部長で、僕の先輩。
僕が部活に入る理由にもなった人。
「だからね?今日はみんなでその練習」
「・・・本音は?」
「碧くんに女装させて沢山写真を撮ります」
「帰らせていただきます」
「ああごめん待って待って!冗談だってえええ!!」
明日原先輩はこういう人だ。
「志穂はおっぱいに栄養が言ってるせいで馬鹿だからね。あんまり気にしちゃダメよ伏見くん」
と、軽く明日原先輩にチョップをかましつつ、呆れ顔でもう一人の女子生徒が言う。
「暴力はいけないんだぞぉ!真希めぇ・・・」
真希。と言われたこの人は、篠田真希。
セミロングの髪をポニーテールにしている。
ちなみに明日原先輩と対象的におっぱいは小さい。
声楽部は基本この二人で成り立っていると言っても過言ではない。
「はいはい伏見くん帰っちゃうよ」
「あ、まって。まって碧くん」
「分かりましたよ。帰りませんから」
「あーーやっぱり碧くんやっさしーい!大好きいー!」
・・・うん。
「やっぱ帰ります。では」
「あぁぁぁぁあ!!!!ごめんってええええ!!!!」
騒がしい人だなぁほんとに・・・
僕の声楽部としての日常は、ここからだった。
「ねえ君!可愛いね!声楽部に入らない!?」
「・・・はい?」
入学式が終わって一週間。
いろんな部活の勧誘が始まり、一年生が様々な部に入る時期。
平穏な学校生活を望んでいた僕は、そんな勧誘に目をつけられまいと、図書室に避難している時。
のんびり本を読んでいると、後ろから声をかけられた。
「名前はなんて言うの!?一年生だよね!?ぜひうちの部に!」
「志穂・・・ここ図書室なんだけど・・・」
「あっ!いけないいけない。それで、君。名前は?」
この時に僕は思った。
あぁ・・・終わった・・・と。
「伏見碧です。それじゃ。さようなら」
せめてもの抵抗にと、直ぐに立ち去ろうとすると。
「待って!」
と、明日原先輩は僕の腕を掴んできた。
「あの・・・」
「うちの部に見学に来てよ!ね?いいでしょ?ちょっとだけ!ちょっとだけだからさ!ね?」
うっわめちゃくちゃ押し強いしめんどくさいタイプの人じゃん・・・
なんて事を思っていると、
「志穂、とりあえず図書室から出ようか。迷惑になってるから」
頼れる先輩篠田さんが明日原先輩をなだめる。
「っとと、そういえばここ図書室だったね。じゃ、部室に行こっか!」
・・・え?
そうして強引に腕を引っ張られ、僕は声楽部の部室に連行されたのだった。
それから紆余曲折あって・・・
「さあ!体育祭まで、あと・・・何日?」
「アホか。あと一週間と三日」
「じゃあ十日だね!あと十日!この十日間は毎回なるべく部活に出てください!私達は吹奏楽部と共同でパフォーマンスを行います!」
なるほどなるほど。
「それでね?せっかくのステージライブなんだし、おめかししたいじゃない?」
・・・ん?
「というわけで、今日はみんなで衣装の買い出しにいきまーす!」
部長のその言葉を聞いた途端、他の部員達がザワザワと賑わい始める。
「しかも!部費から出ます!お金!」
その追い打ちに、部員達はさらに湧き立つ。
うん。待って?待って?
「あの!明日原先輩!」
「はいはいなにかな碧くん!?」
「入部した時からずっっっっと思ってたんですけど!ここの部員って男子いないんですか!?」
今まで気にしないようにしてたことだけど、この際聞いてしまおう。
「うん!いないよ?碧くんだけ!だってこの部活男子禁制だし!」
・・・・・・んんんん?????
「僕男子ですけど!?」
「可愛い子は女の子です!」
頭沸いてんのかこの人!?
「伏見くんには悪いけど、志穂はこういう人だから、ごめんね?」
「いえ、いいんです。篠田先輩が謝ることじゃないですから」
「碧くんってなんで真希にだけ優しいのかな!?かな!?」
「明日原先輩がそんな調子だからですよ」
「悲しい!悲しいよ先輩!」
「勝手に悲しんでください。僕の方が悲しいので。」
「なんで!?」
「僕男ですからね!?」
「可愛いから女の子!」
「ダメだ話が通じないいいいい!!!」
これが、声楽部。
僕はいつからか、この部で男として扱われなくなってしまっていたんだ・・・
そんなわけで、僕は声楽部の女子達十数人に連れられ、ショッピングモールに連行されていた。
「さあ!今日の目標は碧くんの女装衣装の獲得!みんな各々で碧くんに着せたい服を持ってくるように!」
「なんじゃそりゃあ!?!?」
「碧くんってばとぼけないでよーもー!碧くんはうちの部の中で一番いい声なんだからさ!」
「少しは男子に声が負けてる事実を悔しがってくださいよ!?」
プライドはないの!?
「悔しいから女装させるんだよ?」
真顔で何言ってんのこの人!?
「諦めなよ伏見くん。正直私もノリノリだから」
ダメだ頼みの綱に裏切られた!
「嫌だ!帰ります!絶対!」
「だめだよ!みんな今日のためだけに来てるんだからね!?」
僕一人を女装させるためだけに来てんの!?
馬鹿なのみんな!?
「そういう事だからさ。ね?私からもお願い」
う・・・
「はぁ・・・わかりました」
「わー!さすが碧くん!やっさしーーー!!!」
篠田先輩からの頼みじゃしょうがないか・・・
そういう訳で、僕は篠田先輩とみんなを待つことになった。
集合場所は僕らがいるショッピングモールの休憩所。
そこで僕ら二人は他愛もない会話をしながらみんなを待っていた。
「そういえばさ、伏見くんはなんで声楽部に入ってくれたの?」
「なんでって・・・勧誘されたので」
「それ理由になってないよ・・・」
僕が声楽部に入った理由ねぇ・・・
「ようこそ!声楽部へ!」
「まだ入部してないんですけど・・・」
部室に連行された僕は、目の前に広がる花園に若干引きつつ、どうやって速攻で帰るかを考えていた。
ちなみに花園というのは、部室の中で談笑する女子達だ。
明日原先輩が部室に入ると、みんながこっちを見た。
「みんな聞いてー!見学希望者だよー!」
いや自分から見学したいって言ってないんですけど・・・
明日原先輩の言葉を聞いた部員達は、ザワザワと談笑しつつ、僕のことを見る。
「はーい静かに!可愛いでしょ?この子!」
僕男ですけど!?
「先輩!その子一年生ですか?」
「もっちろん!」
「先輩!その子女子にしては身長高くないですか?」
ナイス質問!そう!僕は男なんだ!こんな女子だらけの部に男子が入部なんて嫌でしょ!?ね!?
「スタイルいいよね!可愛いよね!」
「高身長女子とか宝塚みたい!素敵!」
なんで乗り切れるの!?
「志穂。嘘つかないよ。この子男子でしょ」
ナイスです篠田先輩!
篠田先輩のフォローにより、部員達はさらに沸き立った。
「え!?男子なんですか!?」
「うそ!?」
「可愛いからいいんじゃない?」
「女装似合いそう!」
「むしろ今は男装してて本当は女の子なんじゃ・・・」
なんて声が聞こえてきた。
なんで賛同してるの?
「というわけで、アンケート取ります!この男の娘を部員にしてもいいよーって人ー!手上げて!今すぐ!即決!」
部員達の反応を見た明日原先輩は、唐突に声を張り上げてそんな多数決を取り始めた。
いやいや、そんないきなりでみんな賛同はしないでしょ・・・
「はい!満場一致で入部おっけー!ようこそ!声楽部へ!」
ナンデヤネンッッッッ!!!!
「コラコラまてまてまてまて!!!!!!」
パシーンっ!といい音をたてながら、篠田先輩が明日原先輩の頭を雑誌で叩く。
「いたぁぁぁぁぁいっっ!!なに!?」
「この子まだ入部するなんて言ってないでしょ!」
「・・・え?しないの?」
えなに僕入部前提だったの!?
「むしろこんな仕打ちをされて入部するとでも!?」
僕珍しく正論言ったからね!?
「そんなぁ!それはないよ碧くん!」
「出会って数十分で名前呼び!?」
馴れ馴れしいにも程がある!!!!
「志穂」
「何真希!?」
「とりあえず歌聞いてもらったら?ほら、声楽部なんだし」
なんだかんだ篠田先輩も勧誘する気満々だ!?
「確かに。私ら声楽部らしい勧誘してなかったね」
自覚なかったの!?
「よーしみんな!碧くんを入部させるために一曲歌おう!」
唐突過ぎない?
「「「「おーーーー!!!!」」」」
謎の団結力!!!
そんなこんなで、僕は声楽部の歌を聞くことになった。
声楽部の部室で、僕は一人観客席に座らされ、声楽部の部員は全員部室の壁際の教壇に綺麗に整列した。
篠田先輩はそのすぐ側にあるピアノの前に立ち、鍵盤をゆっくりと押した。
ポロンっ
ピアノの軽い音が響く。
すると
「それでは、聞いてください。」
列の中心にいる明日原先輩が口を開く。
「栄〇の架橋」
まさかの卒業式定番ソング!?
僕がそう思うのと同時、篠田先輩が伴奏を始める。
その瞬間。
「・・・っ」
声楽部員全員の顔が真剣になる。
さっきまであんなにニコニコしながら話していたのに。
そして、
「すぅ・・・」
全員が同じタイミングで息を吸って、その口から
歌が奏でられた。
「わ・・・」
ポカーンと口を開けるしかなかった。
想像以上に凄かった。
声楽なんて、ただの歌じゃん。
なんて思ってた今までの自分を怒りたい。
なんだこれ。なにこれ。何この表現力。
というか、明日原先輩の声がめちゃくちゃ通る。
図書室の時から無駄に声が透き通るでかい声だとか思ってたけど、まさか歌になるとこうなるとは。
「・・・どう?」
いつの間にかピアノから離れて、僕の前に来ていた篠田先輩が問い掛ける。
「えっ、あうっえぇと・・・」
「びっくりしたでしょ?」
「はい。しました。」
「ならよかった。うちはギャップで有名だから」
あぁ・・・納得。
「どうだったどうだった!?碧くん!」
ドタドタと教壇から走ってきた明日原先輩が僕の肩を掴んで言う。
あの!顔近いんですが!
「まあ・・・素直にすごかったです・・・」
「よかったぁ!じゃあ入部してくれるよね!?」
なんでそうなるんです?
「いや、でも僕はそんな声楽なんて出来ませんし・・・」
「練習したら出来るよ!」
「伏見くん。いいこと教えてあげよっか」
グイグイ来る明日原先輩をスルーして、篠田先輩に向き直る。
「え、なんですか?」
そして、
「体験入部ってものがあってね?一週間仮部員として部活を体験できる制度があるの。だからさ、一週間だけ、お願い出来ないかな?」
こんな頼み方をされて、僕は
あぁ・・・逃げられないんだなぁ・・・
と悟ったのだ。
「いやまぁ、簡単に言ったら一目惚れですかねぇ・・・」
「・・・え?誰に?」
「いや、恋的な意味じゃないんですけど。明日原先輩の歌声に、ちょっと」
「心ときめいた?」
「恋じゃないんですよ?ほんとに。あの人うるさいですし」
「ははっわかる」
なんて、篠田先輩と話していると、
「おっまたせー!みんないるねー?じゃ、学校に戻って着せ替えタイムだー!!」
「・・・ほんとにやるんだぁ・・・」
僕の死刑が宣告された。
同時刻 学校
「どうですか?」
俺は、桜木さんにも見せた絵を、林堂先生にも見てもらっていた。
「・・・良い絵を描くようになったな」
「本当ですか!?」
「でも」
「え?」
「お前この中央の人物さぁ・・・」
うっ・・・八坂を描いたってバレたか?
これで林堂先生に俺が八坂を意識しているなんて勘違いされるのは恥ずかしいぞ・・・!
「下描きしないで描いたな?」
「えっ」
「仕上げで誤魔化したつもりだろうが、バレバレだぞ」
あっ、なんだ良かった・・・
「あはは・・・」
「笑い事じゃないんだけどな・・・ほら見ろここ」
そう言いながら、林堂先生は背景と女子生徒(モデルは八坂)のスカートを指差す。
「背景と色が混ざってる。あとこの端。背景と同じ色になってるじゃねえか」
「ぐぬ・・・」
仕方ないだろ。色わからないんだからさ!
「色見えないから仕方ないじゃないんだぞ。絵を描くならそんなこと関係ないからな。大方桜木辺りにこの絵を見せて勇気付けられたんだろうが・・・俺も同じような言葉をかけると思うなよ?」
くそ・・・相変わらず絵の事になるとめちゃくちゃ目が鋭いな・・・!
「あと一週間ちょっとだぞ?ほんとにやれんのか?」
ぐっ・・・
「やります!やってみせます!俺はもう後悔したくない!」
「それなら妥協すんな」
「・・・また持ってきます」
「おう。期待してるぞ」
辛口の採点だったなぁ・・・
明日は八坂に頼んで曲聞かせてもらうか・・・
俺は美術室を出て、玄関へ向かう。
学校を出て、周りを見ると、辺りはもう暗くなり始めていた。
「結構長居したな・・・」
そんな独り言を呟きつつ、帰路に着く。
さて、体育祭まで、
あと一週間ちょっと。
続
またしても時間オーバーごめんなさい鈴ほっぽです。
今回は碧くんを中心に、新キャラ二人とともにお送りしました。
次回は碧くんが何やかんやされるお話になります。
では、次回もお楽しみに。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。