第十二話 ゴンとカズ
筆が乗ってしまってまたギリギリになってしまいました。
まだ、高校生だった頃の話。
夏のとても暑い日。
あの時のアタシは、同級生のカズちゃんと一緒に、海へ行く約束をしていた。
「遅いぞゴン」
駅に全力疾走で来たアタシを見て、汗を拭きながら少し不機嫌気味にカズちゃんが言う。
「その呼び方はやめてって言ってるだろ・・・」
あの時はまだ、今のアタシみたいなオネエじゃなかったわ。
「じゃあ桜木の方がいいか?」
「友達感が薄いからゴンでいい・・・」
「なら文句言うなよ」
あの時からカズちゃんは毒舌でね。
でもアタシは遠慮なしに物を言うカズちゃんが好きだったし、一緒にいて楽しかった。
「電車は?」
「あと三分くらい。さっさと行くぞ」
「はーい」
海までは、電車で一時間ちょっと。
カズちゃんとアタシは、肩を並べて、電車に揺られながら、窓の景色を楽しんでいた。
同じ学校で、同じ部活に入っていたアタシ達は、特に約束もしていないのに、二人揃ってキャンバスと筆を持ってきていた。
二人で外の景色を見ながら、他愛もない会話をしていたら、いつの間にか海についていた。
「海風が気持ちいいな」
「たしかに、街よりも涼しい」
それでも、その日の気温は30度オーバーで、全国では熱中症患者が絶えなかったらしい。
「カズ、腹減った」
「飯食ってきてねえのかよ」
「急いでたから」
呆れるカズちゃんを横目に、周りをキョロキョロ見回して、アタシは飲食店か何かないか、探した。
「浜に行けば海の家くらいあるだろ。行くぞ」
暑いのが我慢ならないのか、カズちゃんはそそくさと改札を抜けていった。
「あ、待ってよ」
アタシも急いでカズちゃんの背中を追いかけた。
駅から出ると、青い海が眼前に広がり、照りつける太陽が、キラキラと海を光らせていた。
「・・・すげ」
カズちゃんからはポロッと心の声が出ていた。
「早く描きたいなぁ」
アタシも、その景色を見て、うずうずしていた。
「先に飯だろ。腹減ってたら絵も描けん」
「本当はカズも腹減ってたんだな」
「喉が渇いただけだよ」
アタシの冗談も、冷たく返すカズちゃんは、少し名残惜しそうに、浜へ降りていく。
すぐに戻って絵を描くのに、ほんとに絵が好きなんだな・・・
当時のアタシは、カズちゃんのことを絵が大好きな友達だと思ってた。
今は、アタシを支えてくれた大切な人だけど。
まあ、その話はまた後で話すわ。
昼食をとって、アタシ達はまた駅のある丘の上に戻ってきた。
二人で並んでキャンバスを取り出して、鉛筆を持つ。
「じゃ、時間は一時間で」
「おっけー」
その日は、一時間でどれほどの絵が描けるかっていう勝負みたいなのをした。
タイマーを押して、開始。
二人してキャンバスにかぶりついて、ひたすら鉛筆を走らせる。下書きが終わると、筆を持って、色を付ける。
自分が描いた世界が、彩りを持ち始める。
そのままの勢いで、空、海、浜、全部の色を塗っていく。
ちょうど、絵の端っこを塗り終わったところで、タイマーが鳴る。
「もう終わりか」
少し残念そうに、カズちゃんが言う。
「まだ終わってないの?」
と、アタシが聞くと、
「さすがに仕上げは間に合わないか・・・」
と筆を置いて、カズちゃんは絵を見せてくれた。
「え・・・すご」
その絵は、仕上げをしていないとは思えないほど、精巧な絵だった。
まるで写真のような。
アタシなんかが描いた絵とは全然違う。
カズちゃんには、絵の才能があった。
昔から、筆を持てば写真のような綺麗な絵を、カズちゃんはものの一時間程度で書き上げてしまうのだ。
「林堂先生って、そんなに絵が上手かったのか・・・」
「驚いた?まあ、無理もないかしら。教師になってから、カズちゃんは絵をしっかり描かなくなったから」
「え?」
「どうしてか分かる?」
「・・・いえ」
「カズちゃんはね、飽きちゃったのよ。自分の絵に」
飽きた?
自分の絵に?
「どういうことですか?」
桜木さんの言う意味が、よく分からず、聞く。
「満足出来なかった。って言う方がいいのかな・・・カズちゃんは、とっても絵を描くのは上手かったし、色んな人に褒められて、賞も沢山取ってたわ。詩苑くんみたいにね」
俺みたいに。
という言葉に、少し胸がチクッとする。
「・・・雨か?」
満点の青空だったはずが、突然ポツポツと雨が降り始めた。
「ゴン、一回駅に入るぞ。絵が濡れちまう」
「おっけー」
テキパキと片付けをし、2人は駅に入った。
ものの数分で、ポツポツと降っていた雨は、いつの間にか土砂降りになっていた。
「今日って晴れの予報じゃなかった?」
「予報だし、外れることだってあるさ」
そう言うカズちゃんは、駅の中から外を眺めて、ほんの少し悲しそうな顔をした。
「なあ、ゴン」
「なに?」
その時だった。
カズちゃんの口から、信じられない言葉を聞いたのは。
「もしもさ、絵を描くのが、辛いってなった時。お前はどうする?」
「・・・え?」
「いや、言い方が違うな・・・」
「カズ・・・?」
「もし、俺が絵を描くのが飽きたって言ったら、お前は、どうする?」
「何、言ってんの?」
最初は、性格の悪い冗談かと思った。
でも、カズちゃんの目は、本気だった。
雨が降る音が、大きくなる。
アタシの胸は、ドクン、ドクン、と激しく鼓動を打つ。
「そんなの、信じるわけないじゃん。どうして、そんなこと言うんだよ」
「もしもの話だよ。いや、まだの話かな」
「その言い方・・・気に食わない」
その時のカズちゃんの態度は、アタシにとって、とても嫌なものだった。
それから、沈黙が続いた。
アタシは、何か言おうと、ずっともやもやしていたけど、結局何も言葉は出てこなかった。
そんな状態が、数分続いて、
「・・・突然変な事言ってすまんな。忘れてくれ。・・・今日はもう帰ろう」
カズちゃんは、アタシを見て、そう言った。
その時のカズちゃんは、何故か笑顔だった。
「それから、一緒にまた電車に乗って帰ったの。街について、直ぐにカズちゃんとは別れた。また明日って、二人で手を振りあってね」
桜木さんの話を聞いて、何故か、俺は少し苦しい気持ちになっていた。
「その日の話は、これでおしまい。それから半年くらい経ったかしら・・・冬になって、一度目の美術コンクールでね」
「俺は、いいや」
「はぁ!?」
「今年のコンクールに、俺は作品を出さない」
「何言ってんだよ!昨日まで描いてた絵はどうしたんだ!」
コンクールに出す作品を、提出する日。
カズちゃんは突然、自分は作品を出さないと言い出した。
アタシは、それにこれまでにないほど、怒った。
「あんなの、俺の絵じゃない」
「はぁあ!?」
訳分からない事を言うカズちゃんの胸ぐらを掴んで、怒鳴りつける。
「あれはカズが描いた絵だろ!カズの絵じゃないなら、誰の絵だって言うんだよ!」
気付くと、カズちゃんは涙ぐんだ目で、胸ぐらを掴むアタシの腕を掴んでいた。
「・・・俺が描く絵は、あんなつまらない絵じゃないんだよ」
「っ・・・!?」
目を見て、感じた。
カズちゃんは、悔しそうだった。
悲しそうだった。
自分に、怒っていた。
「俺は、他人に認められる絵じゃなくて、自分の為の絵が描きたいんだよ・・・」
「な、何言って」
「お前にはわかんねえんだよッ!」
「うあッ!」
カズちゃんは、アタシを突き飛ばした。
アタシは後ろに押されて画架に身体をぶつけて、美術室の床に画架と一緒に倒れた。
「俺が!今までどんな気持ちで絵を描いてたかなんて!お前にはわかんねえんだよ!」
気付くと、カズちゃんは泣いていた。
心の底から、自分のことを怒って、分かってくれないアタシに怒って。
「詩苑くん?すごい顔してるわよ?」
「えっ」
そう言われ、自分がとても嫌そうな顔をしていることに気付いた。
「似たような経験があるのね?」
たったそれだけで、わかるのか。
俺も、林堂先生に同じようなことをしたって。
「詩苑くんは顔に出やすいからね」
桜木さんは平然と言うが、本当に顔に出やすいのか?
八坂に顔を向け、本当に?といったアイコンタクトをとる。
すると、八坂は、まあ、結構出てますね。みたいな感じで、こくりと頷いた。
その日から、カズちゃんは部活に来なくなった。
学校では、顔を合わせることはあったけど、カズちゃんは自分から話しに来ることは無かった。
アタシは、一人で美術室に行って、黙々と絵を描いた。
隣にいるはずのカズちゃんは、いないまま。
ある日、いつもの様に絵を描いていると、ふと手が止まった。
「あれ・・・」
はじめは、疲れているんだと思った。
でも、少し休んでもそれは治らなくて。
「なんで・・・」
「嘘だ・・・」
アタシは、走り出した。
描きかけの絵を放り出して。
廊下を走りながら、携帯でカズちゃんに電話を掛ける。
1コール。2コール。3コール。
電子音が耳に響く。
走る。走る。
4コール。
「・・・なんだ?」
やっと、出てくれた。
「カズっ!カズっ!どこに!どこにいる!」
走りながら、必死にカズちゃんの名前を呼ぶ。
「どうしたんだ?」
カズちゃんは、心底めんどくさそうに言う。
「とにかく!今どこに!いる!」
アタシは、とにかくカズちゃんに会わないといけない。
そう感じていた。だから、とにかくカズちゃんの居場所を知りたかった。
「・・・家」
それを聞いた瞬間、アタシは猛スピードで学校の玄関から飛び出した。
「今行くから!」
「は?いきなりなんだよ」
カズちゃんの抗議の声を無視して、電話を切る。
全力で走る。胸が苦しい。走る。
酸欠で、頭がクラクラする。でも、走る。
必死に走り続ける。
もう、信号が赤か青かも分からない。
でも、走る。
まだ、走る。
視界がぐらつく。だけど、走る。
「げほっ・・・げはッ!はぁ、はあ・・・」
太陽はもう傾いて、空を淡く照らしていた。
カズちゃんの家に着いて、インターホンを押すことも忘れ、ドアを叩く。
「・・・インターホンあんだろ」
そう言いながら、ドアを開けたカズちゃんは、とても驚いていた。
でも、またすぐに、冷たい表情に戻った。
「カズ、カズ!」
「なんだよ」
涙を流しながら、喚くアタシを見て、カズちゃんは少し心配していた。
「いろっ、色が!色が!」
「色?」
その時のアタシは、かなり焦っていて、とにかくこれを伝えないとって気持ちで、いっぱいで、これからどうすればいいかも分からなかった。
目の前はもう真っ黒で、真っ白で。
「わかった。とりあえず落ち着け。どうした?」
冷静に、カズちゃんはアタシをなだめてくれた。
一度深呼吸をして、向き直る。
そして、言う。
「色が、見えない」
「・・・・・・・・・は?」
「はじめは、全く信じて貰えなかったわ。カズちゃんは疑り深いし、ずっと冗談言うなって怒ってた」
「・・・」
俺も、最初はそうだった。
家族に言っても、全然信じてもらえなかった。
けど、その日から俺が絵を描かなくなって、気付いてもらえた。
信じてもらえた。
桜木さんも、同じ気持ちだったのだろうか。
カズちゃんが信じてくれないまま、三週間くらい経って、アタシも色が見えない事に慣れ始めたの。
その間一度も筆は握ってないけどね。
あの日は・・・久しぶりにカズちゃんが美術部に顔を出したの。
「カズ。来てくれたのか」
「気まぐれだ」
いつもの様に、アタシの隣に座って、こっちを見る。
「どうしたの?」
「この絵の具は何色に見える?」
と、カズちゃんは絵の具のチューブを掲げてみせた。
でも、アタシはもう全く色が分からないから、
「黒?」
と即答。
「・・・じゃあこれは?」
カズちゃんは何も言わないで、二本目の絵の具を取り出す。
「白」
それもまた、即答。
「はぁ・・・ふざけてるのか?」
カズちゃんは少しイライラした様子で言ったけど、アタシは本当だよ。と必死に伝えた。
「じゃあ、絵を描いてみろ。本気でな」
カズちゃんはまだ信じてくれないのか、今度は絵を描けと言った。
「・・・わかった」
アタシも、頷いて鉛筆を握って下書きに取り掛かった。
下書きはいつもの様にスラスラと描けた。
そして色を塗ろうとしたところで、手が止まる。
あの日と同じ。
「・・・ごめん。やっぱり、無理」
「・・・本当だったんだな」
そこまで来て、ようやくカズちゃんは分かってくれた。
「うん。三週間くらい前から、色が分からなくて・・・絵が描けないんだ」
「そうか・・・」
「それからは、カズちゃんが色々サポートしてくれたの」
「サポート?」
「色が見えないと言っても、濃淡である程度は見えるでしょ?」
「見えますね」
赤なら黒に近く、青なら少し白が混ざる感じだ。
「アタシがあの色は何?って聞いたら、カズちゃんは答えてくれたの。信じてくれた日から、カズちゃんはいつも隣にいてくれたわ」
「林堂先生が・・・」
「じゃあ、なんで今でもこうして絵を描き続けているのかって話。する?」
「はい。お願いします」
高校生活が終わって、色々吹っ切れたあとの話。
カズちゃんは教員免許を取るために、アタシとは違う大学に行って、アタシは普通の文系の大学に行ったわ。
そこでは、色がわからないってみんなにカミングアウトして、みんな受け入れてくれた。
カズちゃんともずっと連絡を取り合っていたし。
休みの日が合えば、遊んだりもした。
ある日の事なんだけど。
カズちゃんが絵を持ってきたの。
「どういう風の吹き回し?」
「気が向いたから、描いてみた」
「俺に見せても、あんまり意味ないと思うけどな・・・」
「いいから、見てみろ」
そう言われて絵を渡されて、アタシはびっくりしたの。
「・・・なにこれ」
口から出た言葉はそれだけで、でも、心の中では感動した。
今まで見たことも無い絵だったから。
色が見えないアタシが、色を感じる絵だったから。
「ははっ、驚いたか?」
「驚きすぎて感想が出てこないんだけど・・・」
「どうだ?お前にとっては綺麗な絵だろ?」
「え?何その言い方?」
「いいから、どうだ?」
「確かに、綺麗だよ。とっても」
「ならよかったよ。苦労して描いた甲斐があったもんだ」
珍しく喜んでいるカズちゃんを尻目に、アタシはずっと絵に釘付けだった。
「ねえ詩苑くん」
「はい?」
「前に見せた絵。覚えてる?」
「ええ。覚えてます」
「なら良かった」
「・・・?」
「ほんと、描くの難しかったんだぞ?」
「こんなに綺麗な絵。久しぶりに見たけど。カズなら朝飯前じゃないの?」
「バカ言うなよ。その絵は特別なんだよ」
「この絵が?」
傍から見たら、ただの綺麗な絵画に見えるけど。
でも、特別な理由はしっかりとあった。
アタシが分からなかっただけで。
「だってな?その絵は、」
「白黒だったのよ」
「えっ!?」
「繋がった?」
「ま、まさか、あの絵って!」
「アタシが描いた。なんて嘘ついてごめんなさいね。前見せたあの白黒の絵は、カズちゃんが描いたものよ」
嘘だろ!?
あんなに綺麗な白黒の絵を林堂先生が!?
ありえない。
色が見える人が、あんなに綺麗に白黒の世界を表現出来るはずがない。
「今考えてること、お見通しよ?」
「だって、林堂先生は」
「ええ。色が見えるわ」
だとしたら、林堂先生は・・・
「カズちゃんの才能はね。凄いのよ」
とんでもない絵のセンスを持っていることになる。
「カズちゃんは、自分の納得いく絵が描けないなんて言ってるけど、そりゃそうでしょって話なの」
「はい?」
「だって、カズちゃんはいつも他人の目線で絵を描いているんだもの」
「・・・はい?」
「カズちゃんの絵をほかに見た事ある?」
「・・・いえ」
「それなら、分からないわよねぇ・・・」
どういうことだ?
確かに、林堂先生が描いた絵は一度も見たことないけど・・・
「そうねぇ・・・わかりやすく言うなら」
桜木さんは人差し指を口に当てて、うーんとうなる。
「・・・今言うのは何か違う気がするわ」
なんじゃそりゃ・・・
「ちょ、気になるじゃないですか」
【なんとなくですけど、桜木さんの言おうとしてることは分かります】
えマジで!?
「朱音ちゃんは察しが良くて助かるわ」
「えぇ・・・」
「さ、続きをはなしましょ」
「白黒!?」
「そう。白黒」
「嘘だろ・・・」
「本当だよ。お前がどんな感じで世界が見えているのかって、想像しながら描いたんだ。」
「林堂先生は他人の視点で絵を描けるって事ですか!?」
「あら、気付いた?そうなのよ。寧ろ、カズちゃんは自分の視点で絵を描くことが出来ないのよ」
なるほど・・・妙に人に絵を教えるのが上手いと思ってたら・・・そういう事だったのか・・・
昔から林堂先生は俺に自分の絵を見せようとしなかったしな・・・
【えっと、林堂先生は人の気持ちを感じるのが上手い・・・ということで?】
まあ、それも合ってるのかな・・・?
「カズちゃんはあんな性格だけど、人の事を見る目は確かなのよね」
「今回だけだ」
「・・・え?」
「気が向いたから描いた。それだけだからな」
「カズ・・・」
「その・・・なんだ・・・お前がまだ絵を描くって言うならさ。俺も出来る限りは手伝ってやるよ」
「・・・」
「だからさ、ゴン。色が見えないからなんて理由で、絵を描かないなんてさ、馬鹿らしいと思わないか?色がわかんなくても、絵は描ける」
カズちゃんのその言葉で、アタシは自信を持てた。
もう一度、描いてみようって思った。
「だからこそ、今があるの」
「そんなことが・・・」
「カズちゃんには言わないでね?カズちゃんは昔の話嫌がるから」
「はい。もちろんです」
「ありがと。もう少しお話はあるけど・・・もう時間も遅いわね」
「え?」
気付くと、窓の外は薄暗くなり始めていた。
「長々とごめんなさいね」
「いえ、そんな。聞いたのは俺達ですし」
【わざわざ聞かせていただいてありがとうございます】
「気にしないで。アタシもいつか話そうと思ってたから」
桜木さんの話を聞いて、胸につっかえていたものが取れたような気がする。
林堂先生の知らない面も知れて、いい時間だったと思う。
【あ、あの】
突然、八坂が立ち上がる。
「どうしたの?」
と、首を傾げる桜木さんに、八坂が桜木さんにメモ用紙を突きつける。
【実は、私も見せたいもの・・・?があって・・・】
あぁ、そういえば、音楽を聞かせたいって言ってたな。
「あら、朱音ちゃんも?何かしら」
【私の、音楽を聞いてもらいたいんです】
「音楽?」
【シオンさんに聞いてもらって思ったんです。シオンさんは、私の音楽を聞いていると色を感じるって言ってくれて。だから、桜木さんにも、色を感じてもらえないかなって】
桜木さんは、ちらりと俺を見る。
「・・・な、なんですか?」
「いいえ?なにも?いいわ。聞かせて?朱音ちゃんの音楽」
ニヤリと笑って、桜木さんは八坂に向き直った。
八坂は嬉しそうに
【はい!】
と、大きな文字でメモ用紙を埋めつくして、カバンからフルートを取り出した。
「楽しみねぇ・・・」
桜木さんはニコニコしながら、八坂を眺めている。
【では、聞いてください】
八坂はまっすぐ綺麗に気をつけして、一礼した。
ほんの数日前に聞いたけど、俺も八坂の音楽を楽しみに思った。
八坂はゆっくりとフルートを口に当て、目を閉じる。
そして、スっと目を開けて、ふぅーっと息を吐く。
そのまま、「いきます」と、言うように、口を動かして、一気に息を吸って、フルートに吹き出す。
俺は、目を閉じて、聞く。
ああ、そうだ。
この音だ。
八坂の音を聞いて、噛み締める。
目を開けて、何度目かも分からない感動を感じる。
俺の目には、絵画に囲まれた、彩り豊かな部屋が映し出された。
数分後
八坂の演奏が終わり、俺と桜木さんは拍手をした。
「いい音色だったわ」
【ありがとうございます】
桜木さんは、うんうんと頷きながら、笑顔で言った。
それから、桜木さんは少し申し訳なさそうに口を開いた。
「でも、ごめんなさいね。アタシには、色を感じることは出来なかったみたい」
それを聞いて、八坂はわかりやすく肩を落とした。
【そうですか・・・】
俺はいつものようにいい時間を過ごしたと思ったんだけどな・・・?
「なんでですかね・・・」
俺がそう言うと、桜木さんは
「簡単なことよ?」
とだけ言って、席を立った。
「え?」
そして、俺の肩に手を置いて、キラッと俺の目を見てウィンクしてから、桜木さんは八坂に向き直った。
「朱音ちゃんも、あまりへこまないで?というか、もう分かってるんでしょう?」
と、何を言ってるのかよく分からない事を言う。
でも、八坂は顔を俯かせて、モジモジとしていた。
きっと二人の間での話なのだろう。
俺は大人しく待つことにした。
十数秒経って、桜木さんは振り返って、
「さっ、今日はもう終わり。二人とも、気をつけて帰るのよ?」
と、笑顔で言った。
帰り道。
八坂と二人で歩きながら、他愛もない会話をする。
そこで、ふとさっきの光景を思い出して、気になった。
「なあ八坂。さっき桜木さんと話してたのって、どういう意味?」
と。
何気なく聞いたつもりだったが、八坂はピクっと肩を跳ねさせ、メモを握る手をプルプルと震わせ始めた。
「・・・八坂?」
聞いちゃいけないことだった?
ゆっくりとペンを動かす八坂をじっと見つめる。
すると、
「うおっ」
バッと勢いよくメモを突きつけられ、驚く。
【秘密です!】
八坂は恥ずかしそうに、小走りで先を歩き始めてしまった。
「えぇ・・・」
なんなんだ・・・やっぱり聞いちゃいけないことだったのか・・・
そうして俺と八坂は、半歩の差を作りながら帰り道を歩いて行った。
体育祭まで、あと少し。
続
はい鈴ほっぽです。
今回は色々筆が乗って長くなったかなと思います。
所々日本語おかしいところがあるような意味が伝わらないところがあるような気がしますが、勢いで書いているので許して下さい。
では、また次回をお楽しみに!
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。