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色音  作者: 鈴ほっぽ
12/27

第十話 描く音、奏でる空

ギリギリになりました


八坂が来る数分前

・・・・・・・・・・・・


「なんで・・・?」


「驚いたでしょう?」

驚いたなんてものじゃない。

白と黒で描かれた絵だなんて、全く思わなかった。

なのに、こんなに繊細な色が見える。

どうしてだ?

「詩苑くんは、色がわからないんでしょう?」

「なっ」

再び、驚く。

俺は一切そんなことを思わせることは言っていないはずなのに。

「どうしてわかったのか、気になる?」

桜木さんは、不敵な笑みを浮かべながら、聞く。

気になる。

とても。

「どうして、ですか?」

「簡単な話よ」

「・・・」

集中して、聞く。

桜木さんをじっくりと見つめて。

「私もね。色がわからないのよ」

「・・・そう、なんですか」

不思議と、驚きはしなかった。

心のどこかで、もしかしたら。という思いがあったから。

「あなたがカウンターの絵を見た時の目を見て、わかったの」

「え?」

「目線が一点に集中して、その中でも微かに周りを見て、じっくりと絵を端から端まで見たでしょう?」

そんなに長い時間見ていた訳では無いはずだが、たしかに絵自体はしっかりと見た。

「わかるのよ。アタシと同じ人は、あの絵を見る時に、絶対に見入ってしまうの。そういう風に、かいているのよ」

普通の人なら、気持ち悪い色使いだと思って、すぐに目をそらすから、だろうか。

「きっと、詩苑くんが今考えていることは大方正解よ。でもね、アタシはあの色を気持ち悪いだなんて思わないわ。どうしてか分かる?」

「それって・・・」

わからない、というわけじゃなかった。

あの絵は、とても綺麗だったし、俺はあの絵から色を感じた。

ああ、そうか。

きっと、あの色使いが綺麗に見えるのは、

「自分が最も綺麗だと思った色だから」

自然と、言葉が口から出ていた。

桜木さんは、ニッコリと笑って

「そうよ」

とだけ囁いた。


たったの十数分。

そんな短い時間だったけど、俺にとってはとても大きな意味を持った時間だった。

他にも、桜木さんには、色々と言われた。

俺は、それを胸に秘めて、これからは生きていく。

わかったんだ。

今までわからなかったことが。

それは、とても清々しい気分で、気持ちがいい。

・・・・・・・・・・・・



だから、今なんだ。


世界を、俺の世界を、ここに描くのは、今しかないんだ。

筆を握りしめて、立ち上がる。

真っ白な世界に、俺は色を落とす。

それは、広い広い青空だった色。

それは、どこまでも続く綺麗な海の色。

それは、今俺が見ている世界の色。

全部が、全て、俺の色なんだ。




お兄ちゃん・・・


なんだ・・・?


お兄ちゃん・・・


なんだよ・・・


詩苑兄っ・・・


うるさいな・・・


「兄さんっ!!」

「うああ!?」

耳元で大声で叫ばれ、飛び起きる。

「びっくりしたじゃねえか!心臓止まるぞ!?」

「詩苑兄がなかなか起きてこないから起こしに来たんだよ!もう八時になるよ!遅刻するよ!」

「えっ、まじか!?」

どうやら、俺はぐっすりと惰眠を謳歌していたらしい。

なんか夢を見ていたような気がするが、そんなこと気にしている暇はない。

「と、とにかく着替えるから出てくれ!」

「もー感謝してよね。私はもう学校行くから!」

「おう!さんきゅ!今日うま〇棒買ってきてやる!」

「ほんと!?やったー!お兄ちゃん大好き!」

何だこのちょろちょろ妹・・・

そんな朝から一悶着。

今日は金曜日。

俺が最近毎週楽しみにしている日だ。

そう。

今日は八坂の音楽を聴く日だ。

そして、今日から俺はある事を決意した。


【シオンさん・・・その、それは?】

放課後、夕陽が差し込む音楽室に居る俺は、八坂に疑問を書かれた紙を差し出されていた。

「これか?画架だよ」

俺は音楽室に、美術室から持ってきた画架とその他絵描き用具を持ち込んでいた。

【それはわかりますけど!ここ音楽室ですよ?】

「大丈夫、先生には許可とったよ」

【林堂先生にですよね?音楽室は林堂先生の担当じゃないですよ】

「話は通しておくって言ってたから大丈夫だ。あの人仕事はできるからな」

【そういう事じゃなくて・・・】

「というか、これは俺からも頼むよ。絵を描きたいんだ。八坂の音を聴きながらさ」

【シオンさん・・・】

八坂の表情が、少し変わる。

困っているのか、でも、その表情の奥には、嬉しさが垣間見えている。

五秒ほどの時間があって、自分の中での結論が出たのか、八坂は肩を落としながら

【分かりました。でも、もし床とか汚したらちゃんと拭いてくださいね?怒られるのは私なんですからね】

と、笑顔で言ってくれた。


「・・・よっ、と」

画架を置いて、その上にキャンバスを置く。

鉛筆を取り出して、画架の隣に置いた机に三本ほど並べて置く。

水彩絵の具のために、廊下の水道から水を汲んで来て、パレットと一緒に置いておく。

とりあえず、こんなものか。

【そろそろ、いいですか?】

一通りの準備を終えたところで、八坂が画架の陰からひょこっと顔を出す。

「待たせた。おっけーだ」

俺がそう言うと、八坂は笑顔で頷いて、壁側にあるピアノへと、長い黒髪をなびかせながら歩いていった。

・・・さて、描くのはいいけど、何を描こうか・・・

八坂は、ピアノの前に座って、音の確認をしている。

何回か音を鳴らした後、八坂は顔を上げて、俺の事を見た。

準備はいい?

そう言っているようだった。

「いいぞ」

とりあえず、八坂の音を聞こう。

初めて聞いた時みたいに、何かが見えるかもしれない。

八坂は頷いて、ゆっくりと音を鳴らし始めた。

目を閉じて、集中。

音を聞いて、想像。

この曲からは、どんな景色が見える?

カーテンが、風になびく音がする。

ピアノの音が、風に乗って響いている。

ゆっくりと、目を開ける。

「・・・すごい」

目の前には、色鮮やかな世界が広がっていた。

いつも灰色で見えていた夕陽は、綺麗なオレンジ色。

クリーム色のカーテンは、外から吹く風でなびいている。

これだ。

この景色だ。

鉛筆を握って、走らせる。

意のままに線が描かれ、形が組み立てられていく。

俺は、今見ている景色を、そのままこの白い世界に写していく。

音楽室の床、壁、窓、外の景色。

夕陽の光、なびくカーテン。

「・・・っはは」

不思議と、笑みが零れる。

あぁ、忘れていた。

だから、今、俺は笑っている。

こんなにも、絵を描くことが楽しいだなんて。

いつしか俺は、忘れていたんだな。




音を間違えないように、でも、テンポを崩さないように。

慎重に、でも、心を込めて。

指を動かし、音を響かせる。

右脚を動かして、音を響かせ、伸ばす。

ここは、スタッカート。

音を弾かせるように。

ここは、テンポを少し遅らせて。

よかった。上手くいった。

ここからは、もう覚えてる。

楽譜はもう暗記した。

指を動かしながら、詩苑さんのことを見る。

・・・

何も、言葉が思い浮かばなかった。

驚きすぎて、一瞬音を忘れてしまうほどに。

あんな詩苑さんは、初めて見た。

あんな風に、楽しそうな詩苑さんを。

目を輝かせて、目の前の景色を、見据えて。

すごい。すごいです。詩苑さん。

私も、そんなふうに。

音を奏でられたら。

もっと、この心が伝わるのかな。

そんなことを感じながら、私は、目を閉じて、自分の音に集中した。

大丈夫。

きっとできる。

詩苑さんが聞いてくれているから。




鉛筆を話して、絵の具を取る。

何色かも確認せずに、パレットに絵の具をぶちまける。

丁寧に、なんて関係ない。

ただひたすらに、この色が見えなくなってしまう前に。

この世界を、ここに描き残すんだ。

筆を握りしめて、下書きに色を落とす。

その時、風が吹いた。

バサバサとカーテンを暴れさせるほどの風は、音楽室の中を駆け巡り、八坂がピアノに立てかけていた楽譜が舞い上がる。

「・・・あ」

その光景を見て、思わず声が出る。

何故かは、すぐに分かった。

八坂は、目を閉じて、笑顔でピアノを弾いていたんだ。

夕陽に照らされ、舞い上がる楽譜に囲まれた八坂は、とても、とても綺麗だった。

俺は、自然とその景色を、下描きもせずに、絵の中心に描き始めた。

その一瞬の時間を、目に焼き付けて。

そうだ。

きっと、今描いているこの世界が、色が。


音が。


好きなんだ。



気付くと、音はもう止んでいた。

俺が見ていた景色も、色鮮やかなものから、いつもの灰色へと戻っていた。

「・・・ふぅ」

集中していたせいか、息をすることも忘れていたような気がする。

周りを見回すと、灰色の教室に、白い楽譜が落ちているのが見える。

ピアノに目を向けると、八坂と目が合った。

どのくらい、そうしていたんだろう。

八坂は、目を合わせるのが恥ずかしくなってきたのか、オドオドし始めた。

ぱっと目を離して、八坂は立ち上がる。

こっちに歩いてきて、メモを差し出してきた。

【どうでしたか?】

曲の感想だろうか、絵の出来栄えだろうか。

「ん、すごく良かったよ。えっと、どっちも」

【?】

八坂は何について言っているのか分かっていないのか、首を傾げていた。

「あ、えっと、すごく綺麗な曲だったよ。テーマとか、あるのか?」

多分曲のことについて聞いたいたんだろうな。

俺の早とちりだった。

【よかったです。テーマというよりも、この曲の名前は音空って言うんです】

「おん・・・そら?」

【おとぞら です】

「おとぞら・・・聞いたことない曲だな」

【あまり有名じゃない曲ですから。でも、私は大好きなんです。この曲。】

俺も、初めて聞いたけど、とてもいい曲だも思っていた。

まるで、広い大空を流れる風が、音となって奏でられているような。

あぁ、だからか。

「たしかに、八坂の好きそうな曲だ」

【どういうことです?】

八坂だって、音で感情を表現しているから。

俺はそう思った。

でも、それを真正面から言うのはなんか恥ずかしい。

「なんとなく、かな」

【理由になってませんよ、もう】

八坂は、苦笑いをして、それでも少し納得したような感じだった。

【片付けしないと、もう六時近いですよ】

「もうそんな時間だったのか」

全く気づかなかった。

「すぐ片付けるよ」

そして、俺と八坂はそそくさと片付けを始めた。



ふと、思い立って、楽譜をまとめる手を止める。

詩苑さんは、廊下で道具を洗っている。

ただ、なんとなく。

それだけの理由で、私は詩苑さんが描いた絵に、目を向けてみた。

「・・・っ」

これ・・・

私?

そこには、色がわからないなんて、嘘だと思ってしまうほど、色鮮やかな世界が描かれていた。

夕焼けに映る教室の中で、一人の少女が、風に舞上がる楽譜の中で、ピアノを弾いていた。

それは、さっきまでの光景を表しているかのようで。

詩苑さんは、私のことを描いてくれたのかな、なんて。

変なことを思ってしまう。

「八坂?」

「ひゅぅっ!?」

背後から突然声をかけられて、とてもびっくりした。

「あー・・・それ、まだ消しゴムがけしてないから、線が残ってて汚いぞ?」

・・・え?

そうなんですか?

もう一度、絵に目を向ける。

たしかに、カーテンや窓、床には、微かに黒い線が見える。

でも、舞い上がる楽譜や、その中でピアノを弾いている少女には、その線が見えなかった。

【もしかして、下描き無しでこの人を描いたんですか?】

「・・・え?あ、あー・・・その人は、あれだ。ただ思いついてさ、気付いたら描いてた」

気付いたらって・・・

下描きなしで、いきなり色をつけれるものなんでしょうか・・・

【それで、これって、題名はあるんですか?】

なんとなく、聞いてみた。

「え、なんで」

詩苑さんは、突然聞かれて戸惑っている。

【気になったから?】

「なんで疑問形なんだ・・・?」

とにかく、気になった。

【気になったから】

ぱぱっと、ペンを走らせる。

「お、おう」

詩苑さんは、勢いに押されて、少しタジタジになっていた。

「うーん・・・そうだな」

詩苑さんは、腕を組んでわかりやすく悩み始めた。

三十秒くらい、考えて、ぼそっと詩苑さんは言った。

「少女の世界・・・とか」

あー、なるほど。

そう思って、私は

「・・・くす」

少し笑ってしまった。

乾いた息が、口から連続的に漏れる。

「なっ、なんで笑うんだよ・・・」

【いえ、詩苑さんらしいなと】

「どういうことだよ・・・」

【・・・秘密です。ほら、早く帰りませんか?】

「はぁ・・・ネーミングセンス無いなとか・・・思ったか?」

図星だった。

でも、詩苑さんに失礼だからと、私は黙って、

【帰りましょう】

とだけ、詩苑さんに告げた。




下駄箱に上靴を入れて、靴を履く。

校舎を出ると、辺りはもう暗くなり始めていた。

夕陽はもう沈みかけで、地平線から少し頭を出しているだけだった。

家に帰ったら、あの絵に消しゴム掛けをしよう。

しっかりと完成したものを、八坂に見せて、感想を聞こう。

そう思って、校舎の方を振り返ると、ちょうど八坂が出てきたところだった。

【お待たせしました】

いつにも増して、綺麗な文字で、そう書かれたメモを受け取って、

「よし、帰ろう」

とだけ言って、二人並んで歩き始めた。


体育祭まで、あと一週間。



どうも鈴ほっぽです。

日付変わるギリギリで投稿する癖やめた方がいいなぁと思いつつ、物語は進んでいきます。

次回はどうなるんでしょうか。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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