海との世界
かなーーーり昔に書いた小説で、見返すたびに拙いなぁと思います。
しかし書き直す気にはなれませんでした…。えへ
海辺の街アバーナは真夜中だった
小さな平屋のリビングで一人の少年がうなされていた
暗い暗い、海の底
穏やかな明かりを灯す場所がある
いくら明かりを灯す場所に行こうとして泳いでも泳いでも辿り着けはしない
次第に少年は疲れて、立ち止まってしまった
すると何処からか声が聞こえる
「ウィナ」
バッと体を起こす
呼吸の荒い体は冷や汗でベタベタとしていた
風呂に入って数時間というのに、着替えなくてはならないだろう
溜め息を一つついてソファから立ち上がる
先程の夢が冷や汗の原因とは嫌という程わかっているのに、夏なのに扇風機一つで過ごしてるからだ。などと結論付けてしまった
細い青い髪の左頬の部分を結んでいた紐の髪飾りを解き、テーブルの上に置く
もう一度風呂に入ろうとリビングの電気を消した
頭から緩めのシャワーを被りながら先程見た夢を思い出していた
「…ウィナ」
あの夢に出てきた唯一の言葉
そして、それが自分の名前であること
ウィナ・アグウィ
これが少年の名前だった
ゴンッと鏡に頭を押し付ける
あの夢は今日が初めてという訳ではない
何度もなんども見ている夢だ
しかし何時もなら、あの明るい場所に行けなくて疲れ果てるというくらいまでしか見ることはできない
そろそろ飽きてきたから別のが見たいと思い過ぎたのだろうか
何処か聞き覚えのある声
誰の声だったろうか
ウィナは首を振った
風呂から上がり髪を拭いているとチリリンと玄関の呼び出しベルが鳴った
ドアのガラス越しに見ると親友のオウィだった
ウィナよりも少し薄い水色の髪が玄関の明かりに反射してキラキラとしている
アバーナは深い深い人が立ち入ることは無いであろう森を抜けた奥にある
外から来る方法は船でしか無いが、この街の人間は余所者を嫌うため船なんて一回しか見たことがなかった
その為、殆どが血の繋がりがある
その殆どに含まれ無いのがウィナとオウィだ
ウィナは生まれて数日から数週間という幼さで街の中央にある噴水の側に捨てられていた
髪と同じ青のウィナと名前入りの毛布を掛けられながら眠っていたという
今日の様な暑い湿気が多い夏の日で、子供好きのサルフ・アグウィと言う名のお婆さんに養子として引き取られたのだ
他人を気遣う優しい子だと、7歳まで育ててくれたお婆さんは言っていた
自分にとっては母親同然である
オウィは赤ん坊の頃に捨てられていたウィナとは違い14、5歳の頃に浜辺で倒れていたのだ
11歳のウィナが朝早く海岸で遊んでいる時に見つけ、男子にしては小柄なウィナが助けることができず泣いているときに偶然通りかかった街の漁師に助けてもらったのだ
オウィは記憶がなく森から出させるのも何かと危険と判断され、記憶が戻るまで街の住人となる事を許されたが一向に戻る気配がなく本人も別に戻らなくても気にしてないらしい
しかし、記憶が戻ったとしても村長の娘ルーナがオウィの事を気に入ってしまい、オウィが今年の年末にある成人の儀を終えたらアタックするそうなので記憶が戻ったとしても街を追い出される事はないだろう
あの助けた日から5年か、と思いながら玄関のドアを開けた
「こんな真夜中に何の用?オウィ」
「ちょうど帰る時に電気が付いてたからさ…。寝てたら寝てただったけど、起きてたから。…風呂上がり?」
チラリとオウィがウィナの髪を見たので「あぁ」と答えた
「あの夢見て…。ちょっと汗かいてたから…」
「夢って…あの?」
コクンと頷く
ふぅん、とオウィは考えるような格好をした
「でも、今日は進展があったよ」
「進展?」
「声が聞こえたんだ。…俺の名前」
「ウィナの?…ふぅん」
「……どしたの?」
何やら考え込んでいるオウィにウィナが疑問を投げ掛けた
「え?あ、いや。相変わらずよく分からない夢だなって。そう言えば明日は海舞だよね?夕方だからって夜更かしはダメだぞ」
「わかってるよ。でも俺の海舞下手だし…。皆んなみたいに優雅に舞えないし」
「俺はウィナの海舞好きだよ?それに決めるのは水盤だからね?ベスト尽くせれば良い思い出じゃない」
それに海舞の衣装は青が一番映えるよ?とオウィが笑いかける
オウィはいつでもウィナを応援してくれた
失敗してもどんな結果であってもオウィは褒めてくれた
そして海舞は海の底にあると言われる神殿へと送られる舞である
かつてアバーナは海底神殿と繋がりを持っていた
そして100年に一度、海底神殿にアバーナの海舞の優勝者が呼ばれる
海底神殿からやって来た使者が水盤という水を張った大皿を通して海舞を見、海底神殿に呼ぶのにふさわしい人を見るのだという
「そう、だね…。…今年もルアンが優勝かぁ」
「髪飾りで優勝者を決めるからって1番重い髪飾りをしてるルアンが優勝とは限らないよ?」
ルアンは村長の息子で母親に作ってもらった白い貝を固めて宝石を散りばめた髪飾りを持っている
海舞は衣装が薄い代わりに髪飾りが豪華なのが普通で、その中でもルアンの髪飾りは綺麗で美しいので街の子が羨ましがるほどのものだった
変わってウィナは細い紐を何本もまとめて留め具に雫型の赤い宝石が一つ付いている質素なものだった
だけどオウィが作ってくれた唯一のウィナの髪飾りだった
「だけど…」
まだ弱気なウィナにオウィはため息をついて、自身の右耳に付いていた白色のピアスを外しウィナに付けた
「お守り。俺はいつでもウィナを応援してるから。そんな気弱になるなって」
そろそろ寝ろよ、と言った後オウィは森の近くにある自分の家へと帰っていった
ウィナはオウィが見えなくなるまで見送っていた
「こんなものかな」
舞台裏でウィナが最後の衣装チェックをオウィとしていた
髪飾りはいつもはキツく結んで長い二本の色違いの紐を固結びで邪魔にならないようにしているが、今日は流したままで肩につくくらいの長さだった
腕輪から二の腕の金の絹留めまで薄い透明に近い白の絹が伸び、クルリとオウィの前で一周して見せた
「うん、バッチリ。あとはウィナが頑張るだけだね」
「う…。プレッシャー掛けないでよ」
「掛けてないよ。ウィナはウィナが思う通りすればいい」
5人の海舞者のうち、ちょうど真ん中のウィナは2番手が終わるのを待ち舞台に上がっていった
舞台へ登る階段に踏み込んだ時、オウィがポツリと言った
「君は水だよ、ウィナ」
トンッと軽く地面を蹴ればふわりと絹が浮く
海の中でのフワフワした感じがした
流れを感じる
海の中に舞っている、海の水の流れが
ゆったりとした動きから速い動きに変わったり
そんな流れに逆らおうとせず流れに乗れば自然と体は動いた
動きのたびに揺れる髪飾りもオウィのお守りもウィナも
全てが水になった感じがした
「ウィナ…」
夢で自分の名前を呼んでいる人がいる
今も自分を呼んでいる
観客はウィナのそんな動きに見惚れ、時間が経つのさえ忘れていた
最後にウィナが顔を隠す仕草をして終わると舞台は一斉に歓声で埋め尽くされた
ウィナも「もう終わったのか」と思いながら一礼をし舞台を去る
舞台裏で待っていたオウィの元へ一目散に駆けて行った
「オウィ!俺、海舞…」
単語で途切れ途切れで言うとオウィがウィナの頭をグリグリと撫でた
「凄いよ!素晴らしかったよ、ウィナ!」
「い、痛い…。あ、オウィ聞いて!海舞してる時ね、波に乗ってる感じだったんだよ。そしたら体が軽くなって…!」
熱く語るウィナにオウィは驚きの目をした
そうだ、こんな変な事を言ったらオウィが混乱するに決まってる
慌てて言い直そうとするとオウィは笑った
「海舞だから波の流れに乗ったんだな!やるじゃないか!」
「う、うん!」
照れながらも衣装を外しだす
切れやすいものもあるため慎重にオウィが外してくれた
水盤の試練は明日の朝に行われる
風呂に入って寝ろというオウィの意見に従い、ゆっくりと家に帰っていった
祭りが終わり街の住人が寝静まった頃
満月の光が照らし出す海の浜辺で1人の青年が立っていた
「皇子が目覚め始めた。女王様にお伝え願う」
青年がそう言うと何もいない水面から波紋が広がった
風に吹かれて白いピアスが月夜に輝いた
足元に水が広がっている
足を動かすと波紋が広がった
自分と水以外は暗い世界で、なぜ自分がここにいるのか分からない
気の向くまま歩いて行くと誰かが話してる声が聞こえた
「皇子様が目覚めたそうだぞ」
「おぉ、それは喜ばしい。いつお戻りになるのだ?」
「分からないが、覚醒するのは早いだろう。早く海にお戻りにならなくては」
「大きくなられた皇子様を見るのが楽しみだ。どれ、一つ我が家からプレゼントでも用意しよう」
「いい考えだ。私もそうしよう」
ザワザワと騒がしくなってくる
誰もいないのに聞こえてくる話し声
そしてそれは一人の女性の声によってかき消された
「お静かに」
(…この声)
ウィナを呼んだ声だ
「ウィナ…おい、ウィナ!」
ハッとなって目がさめる
辺りを見渡すと村長の家で、海舞の結果を見る所だった
「うたた寝か?眠いだろうが起きとけ」
隣にいたオウィに言われ、そういえばと水盤を見る
ちょうど長老が5人の髪飾りを水盤に入れた
みんなが息をのむ中トプンと一番先に沈んだのはウィナの髪飾りだった
赤い宝石が水盤の底に吸い寄せられるかのように沈む
長老が頷いてウィナの方を見た
「今年の優勝者はウィナ!街の人に伝えよ!!」
部屋から数人の人が出て行く
急激なことでポカンとしていたウィナを現実に戻したのはオウィだった
「ウィナ!!おめでとう!優勝だよ!!」
「あ…、俺?優勝…?本当?」
「本当だよ!現実!!夢じゃない!!」
信じれなくて自分の頬を叩くが痛さを感じ現実だと実感する
同時に嬉しさで涙が出てきた
「やったぁ…!!」
ぎゅうっとオウィに抱きついた
さざ波が押し寄せてきている
慣れた海の匂いを感じさせる
長老宅の崖の下に広がっている入り江でウィナは1人で海に足をつけていた
長老は「先に行っててくれ」と言ったっきり帰ってこない
多分祭りの準備に忙しいのだろう
海舞の優勝者が使者と共に行くための準備は毎年盛大なものだ
準備だけで行けないけれども
座って足を上下に揺らす
波紋が広がるのを見ていると海の方からも同じ波紋が来た
驚いて立ち上がると階段から長老が降りてきた
「待たせたな、ウィナ。暇じゃったろう」
「あ、長老…。いいえ、入り江初めてだったので楽しかったです」
「そうかそうか。これは優勝者が使者と共に海底神殿に行くために使われたという入り江じゃからの。優勝者には毎年見せておる」
杖で海の水を回しながら長老は呟いた
「お主が来てから16年…。大きくなったなぁ」
「長老には色々お世話になりました」
「いやいや、ウィナはもう我が一族の一員。世話になるのも世話をするのも愛情をもってすれば痛くも痒くも無い」
そうして長老は遠い目をして海を見た
「昔の話じゃ。この街に心優しい青年がおった」
青年の名はルヤード
嫁も貰うことが決まっており、どれだけ酷い海の日でも必ず海に祈っていた青年だった
ある日青年が漁をしていると水面が一際キラキラと輝いている
何事かと近づいてみれば、青色の髪をした女の人だった
これはいけないと直ぐに助けると水を切っているのかと言うように女の人の体に触れない
けれども、と思い海に飛び込むと海の中では女の人の体を触れたのだ
頬を軽く叩き続けると女の人は目を覚ました
そして青年を見て驚いて「何故人間が?」と言う
青年は「海の中で倒れていた。助けようにも船の上では水を切っているように触れない。だから海に潜った」と答えた
女の人はそれを聞いて感謝し迷子になって疲れ果てたのだと答えた
そして青年を自分の家に誘った
青年は、では船に上がろうとすると女の人が強く引っ張り海の底へ底へと潜って行ったのだ
そしてなぜか苦しくはなかった
海の底には海底神殿があり幾人もの人々が女の人の帰りを待っていた
「姫様姫様。よくおかえりで」
「心配したのですよ。遠出はおやめください」
「さて、そちらの青年は?」
「私を助けてくれたのだ。皆、青年のために宴を開こうぞ」
青年は海底神殿で何日間も宴を楽しんだ
そして女の人に求婚され、海で暮らした
しかし人と海底神殿の者では生きれる年数が違う
青年は「子供は陸と海、両方の架け橋となれば良いな」そう言って死んでしまった
女の人はたいそう悲しんだが、腹の中に青年との子供がいることが分かると悲しんでばかりではいられない
人々も皇子ができる事に国をあげて喜んだ
そして青年の遺言通り青年が陸で暮らした年数分、皇子も陸で暮らさせそうと
けれども皇子は陸と海両方の血を引く
人々は皇子が海では決して溺れないように皇子が海で遊んでいるときは一緒になって遊んだという
長老はそこまで話すと「長話過ぎたかの」と言って背伸びをした
「あの、長老…。なんでこの話を?」
「わからぬ。何となく話す気になったのだ」
若いもんにはもう少し花のある話が良かったかの
そう言って長老は階段を上った
ボーッと入り江を眺め続けていた
眺め続けていると何やらユラユラしたものが入り江を泳いでいる
まるで呼んでいるかのように
ふわふわした感覚で海の中に足を滑り込ませた
「ウィナ」
誰かから呼ばれて飛び上がった
驚いて周りを見ると何故か水の中に入っていた
慌てて陸に上がると、そこにいたのはオウィだった
「オウィ?何で入り江にいるの?」
「長老にウィナ連れて来いって言われたからだよ。…なんで海に入ってたんだ?」
「わ、わかんない。無意識?」
「溺れたら笑い事じゃないぞ」
「わ、わかってる」
「呼ばれてるんだから行くぞ。…水は落ちましたとでも言っとけ。良かったな、海舞の服じゃなくて」
「言葉がないです…」
急いで階段を上っていったウィナが見えなくなると同時にオウィが海を見た
「まだ、だろ。完全に覚醒して無いのに呼ぶな」
ぴちゃんと何かが跳ねた
「やっぱりルアンの髪留めは重たいね〜」
「だろ〜?今度母ちゃんにウィナの分も作ってもらおうか?」
「え?良いの?」
「海舞の優勝者に対して作れるんだぜ?俺だって作りたいよ」
「ならお願いして良い?」
「任せろって。1週間くらいで出来るから待っててくれよ」
「うん!」
ルアンとオウィと祭りを歩いていた
時間は夜の10時
そろそろ飲み食いをやめて祭りのラストスパートの準備をしなければならない
控え室に着いてルアンと別れる
オウィが欠伸をしながらクローゼットから服を出した
「これもう一回着れるとは思わなかった」
「でも現実には着れてるよ。あ、順序覚えてるよね?」
「覚えてるよ。海に入って少し潜った所で入り江に向かって泳いでいくんでしょ?」
「そう。ただし浜から見える所で顔は絶対出したらダメだからね」
「なんで入り江から昔は海底神殿に行ってたのに、スタートが入り江じゃないのかな」
「潮の流れだよ。ここから入り江に行く方が潮に乗りやすい。逆だと疲れるんだ」
「あぁ」
納得したように頷く
「さっさと着替えないと時間が惜しいね」
「今から使者と共に我が一族のウィナを海底神殿に送り出します!どうか海底神殿の主よ、ウィナをよろしくお願いします!」
長老の挨拶兼合図と共にウィナは少し高めの浜から勢いよく海に飛び込んだ
入り江に近いこの浜は泳いで数秒で少し深い所が出る
そこを伝うように泳げば入り江に辿り着ける
オウィが言うように深いところに行くと波が一方方向になった
これに乗ればどれだけ泳ぎが下手なやつでも入り江に辿り着けるらしい
ウィナは泳ぎは街1番と言われるだけの巧さを持つ
だから長老も大丈夫だろうと海の中に、前もって人を入れさせておいて溺れた時の為にという事はしなかった
暗いはずなのに海の中が昼間のように明るく見える
魚達が自分の周りを泳いでいる
聞こえる
声が
ウィナ
と
今呼ばないで
行けないから
待ってて
母様
意識を失う方が早かった
けれども波がウィナを入り江に連れて行く
七色の光を纏った女性がウィナの頬を撫でた
入り江に着いた時にいたのはオウィだった
「女王様…。ご自身で来られたのですか」
オウィが気を失っているウィナを拾い上げる
水の中に手を入れてオウィは片膝をついた
「…あの約束まで残り1週間…。青年の17歳の誕生日の1日前、そしてウィナの17歳の誕生日の1日前…。それが皇子の海に戻るときです。お待ちください」
海から光が消えた
いつもの夜のように静けさが戻った
「ふぅ…」
ウィナ起こすか
「疲れたね〜」
「ねぇオウィ。本当に気絶してた?」
「してたよ。だからみんなが来る前に起こしたんじゃないか。良かったな潮が正しくて」
「うーん…。取り敢えず、なんでオウィあそこにいたの」
「迎えだよ迎え。ちゃんと辿り着くか見てたんだよ」
「ふーん」
祭りが終わりウィナの家で風呂に入った後、のんびりと好きなことをしていた
時刻は午前0時32分
そろそろ眠りにつく時間だ
「聞いてよ。海の中でまた誰かが呼んだんだ」
「誰が」
「誰かだよ。女の人。名前呼ばれた」
「空耳だろ…。大体海だぞ?水だぞ?」
「そうだけど…」
「心配するなって正夢だったら、いつかその夢の意味がわかる」
それが正夢ってモノだ
波の音が聞こえる
という事は海の中じゃないのか
自分自身は歩いているように思えないのに風景がどんどん浜へ近付いている
夜の浜は真っ暗で星がよく見えた
この浜は知っている
今日潜って気を失った浜の風景
細波が打ち付けている
誰かが海の中に入っている
足首までしか海水に浸かっていないけど、夜の海は危ない
ダメだよダメだよ、と言おうとしているのに声が出ない
誰かわからないけど、ダメだよ
夜の海は危ないって言われたでしょ?
上がってきて
そう言いたいのに言えない
こんな時オウィなら何て声をかけるのだろう
心に念じても通じるはずがない
細波は風に煽られて、さっきよりもずっと波が大きくなっていく
足首までしか使っていなかったのが、膝にまで届いている
ダメだよダメだよ…
海から上がって
嫌だ、オウィ
行かないで
海に還らないで!!
夢が消える時に見た光景
それは、ただ波に呑まれそうになったオウィにしがみついた事だけだった
ウィナ、お前は陸と海どちらにいれば良いんだろうな
お前は両生類なんかじゃない
どちらにも寄り添って暮らす事は、多分出来ないと思う
陸を捨てれば海で
海を捨てれば陸で
それぞれ幸せに暮らせるだろう
架け橋なんて大それた事、別にしなくても良いんだ
お前の好きなように生きれば良い
だけどな、ウィナ
これだけは覚えていてくれ
どんな状況になっても
俺はお前の味方だから
お前を置いて死ぬ事なんてしないよ
待ってよ、お…い…ゃん
久しぶりに夢で起きる事はなかった
昔のように、夜にかけた目覚まし時計のキッチリとしたタイミングで起こされる
夢を見ていた事は分かるのだが、どんな夢かは忘れてしまった
だけどいつも魘される夢ではなかった
その後、誰かが隣に居てくれた気がする
それがついさっきまで居たような…
右の耳元で鈴が鳴る
夢で怖がっていたのを宥めてくれていたのはオウィだったのだろうか
「え?今から行くの?」
「そうだ。ウィナの誕生日だからな。ちょっと船で沖に行くだけだよ、心配するな」
「で、でも明日まで帰ってこないんでしょ?」
何か嫌な予感がする
オウィがもう帰ってこない気がするんだ
でも、そんな子供っぽいことを言うと「寂しいのか?」って言われるに決まってる
それでもオウィを失うのはウィナに取っては辛かった
「大丈夫。少しだけ遠くに行くだけだから。心配しなくて良いって、いつも言ってるだろ?」
「……還ら、ないよね?」
「え?」
「俺の誕生日前に、海に還らないよね…?」
「………」
オウィが黙ったのを見て、ウィナはハッとした
「あ、あれ?何か言った?オウィ」
「いんや?何も言ってないよ。取り敢えず行ってくるな。大丈夫さ、明日の早くに帰ってくるって計画だし。それに泳いで帰ってこれる遠さまでしか船では出ないよ」
そう言ってオウィは消えた
オウィの乗った船が帰ってきたのは予定と1日遅れた日だった
船乗りが潮の流れを読み間違い、何てことはないのだが魚の群れに手こずらせられると1日、2日は当たり前だった
今回もそんなはずだったのに
「オウィは?オウィは何処!?」
ウィナが食って掛かりそうに船乗りに問いかける
ルアンがウィナを落ち着かせようと、しがみ付いているのを引き離した
「オウィが海に潜ってから上がってこないんだ…。それを知らせに帰ってきた。すまない、すぐにメンバーを集めて探しに行かなくてはならないんだ。待っててくれウィナ」
あの時の予感は当たってしまった
それなら必死に止めておけばよかった
けれど過去を変えることはできない
「お、おいウィナ。探しに行こうとするなよ」
「え?」
船乗りが行った後、ルアンが不安そうに言った
「お前、今探しに行こうとか思ってただろ?オウィの事となるといつもそうだ。けど、今回はやめろ。沖の海は怖い、お前でも帰ってこれない程に」
あぁ、そうか。とウィナは納得した
自分は今オウィと同じ状況にいるのだ
一昨日、自分がオウィと言ったことと同じ
「大丈夫だよ、行かないから」
安心した顔をするルアンに何かが壊れた気がした
そうか、オウィはこんな気分だったのか
もう、戻れない
海の中に飛び込めば暗い世界に閉じ込められた
船乗り達の道標である北の星雲の場所を確かめたから迷う事はない
けれども星の光が届かない海の中は目の前のものでさえ近付かないと分からなかった
昼のうちにオウィが何処の付近で消えたのかは盗み聞きや又聞きで調べておいた
それで全員の回答が全て同じだったから多分大丈夫だろう
「伝説の海底神殿があると言われている場所」
それが答えだった
海底神殿があると言われた場所は一度も行ったことがない
ましてやアバーナから出たことがない
成人していない者が海に入ることが許されるのは、深くまで行けないように作られた人口海か、成人している大人2人以上と一緒に行く漁のみだ
これを破ると禁忌に触れることになる
「長老が話していた海底神殿の青年と関わりがあるんだろうか」
少し深くまで潜れば沖へ連れて行ってくれる潮の流れを掴める
離岸流だ
「ぷはぁ!」
長いこと潜っていた気がする
北の星雲の場所を確認すればココが多分海底神殿の場所のはずだ
呼吸を整えて潜り直す
人は深くまではいけない
水圧が関係している
けれどもオウィがいるとしたら
海底を目指すしか無かった
おかえり、おかえり
と声が聞こえてくる気がする
泳ぐ時は気を抜いてはいけないのに、何故か今はふわふわとした感覚が体を支配している
やっと帰ってこれた、そんな懐かしい感じがする
出迎えてくれている人達も昔見たことがある気がする
でも、最後に聞こえた「おかえり」だけは悲しみがこもっている気がした
夢だ
あの夢で見たのと同じ
暗い暗い海の底
明るく光っている場所がある
海底神殿だ
「オウィ!!」
海の中で声が届くはずが無い
でも考えてみて
海底まで息が持つはずないでしょ?
近づくにつれ、海底神殿がウィナを引っ張っていく感覚に陥る
やめろ、行きたくない
オウィを探しに来ただけだから
まだ、還たく、な…
俺を海底神殿まで導く為に消えたの?
オウィ
目を覚ました
目を擦ろうとすると少しだけ腕が重い気がする
何かの抵抗が起きているような感覚だ
体を起こすと、やっぱり体が少し重い
けれどもあまり気にならない程だ
そして現実を突きつけられる
「…海底、神殿…」
目の前で魚がふよふよしていて、身体は動いてみれば水をかく
現実にあり得るはずがないと思っていた海底神殿が今目の前に広がっているのだ
海の中に沈んだ神殿と言えばピッタリと当てはまる
けれども、どこも傷んでいる様子はなく作られた当時の美しさを誇っているようだった
そうやってウィナがボーッとしていると1人の女性が近付いてくる
見て女性だと分かるのだが、海底神殿の人なのだろう
普通なら水圧で死んでいる
と、いうことならウィナも
「お目覚めですか?皇子」
恭しく一礼した女性は小首を傾げた
1つ頷けば笑顔で入り口を指す
「女王様がお待ちでございます。ささ、どうかお元気なお顔をお見せくださいませ」
女性に促されるまま歩こうとしたのだがウィナは止まった
「ここ、は…伝説の海底神殿、なんですか…?」
「伝説ではございません。長い時間をかけて、人が忘れて行ったのです。この海底神殿は人が生きるより昔からあり、栄えてきました」
「なんで、人の僕が…。ちょ、長老が言ってた通り、誰かが連れてきたんですか…?」
女性はふるふると首を振る
「皇子は御自分で海底神殿に戻ってこられました。私達は何もしておりません。普通の人には、この海底神殿は見えません。ただ偶にうっすらと見える者はおりますけど…」
「…それが、長老が言っていた女王様と結婚したっていう青年…?」
女性は嬉しそうに頷く
「はい、そうでございます。あのお方は女王様を救ってくださいました…。そして、何より女王様を愛された。私達も幸せでございました」
「………その、子供、が」
「はい、皇子。貴方にございます」
嘘だと言って欲しかった
いつもの夢であって欲しかった
「…オウィ」
呟かれた言葉は聞こえた?
オウィ
自分の母親であり海底神殿の女王様と言われている人は年を感じられないほど若々しかった
目元を赤くし王の座から立ち上がって王の間の入り口に立っていたウィナに駆け寄った
「ウィナ、ウィナ…。よくぞ戻った。母は嬉しいですよ…!」
ポロポロと涙を零し抱きしめる女王にウィナはどう声をかければ良いのか分からず、されるがままだった
女王はウィナの手を引いて王の座まで戻り、近くの椅子に座らせた
貴族だろうか、お偉いそうな方々がウィナに一礼をして名前を述べていく
「女王様の第一補佐官のクーンでございます」
「女王様の世話係のレベナでございます」
そんな風に言われるのを遠い空で聞きながしていると聞き慣れた、いや聞きたかった声が聞こえた
「…女王様の息子、オウィでございます」
「オウィ!!待って、オウィ!」
挨拶が終わり皆が退席している時にウィナは立ち上がってオウィを追いかけた
けれどもオウィは立ち止まらず、どんどん進んでいく
「皇子、皇子。お戻りくださいませ。女王様が会いたがっております」
「待って、今、オウィ、話したい、から」
「オウィ皇子の事なら後でお会いになれますよ。お部屋がお隣ですから。さ、今は女王様に…」
一瞬目を離した隙にオウィはウィナの前から消えていた
絶対、逃がさないからな
「ウィナ。改めておかえりなさい。先程はいきなりごめんなさいね」
女王がにこやかに笑う
ウィナはそれどころでは無かったのだが一応夢オチでも母という事で頷いておいた
「16年間、陸の生活はどうでした。楽しかったですか?」
「……はい。代えがたい記憶です」
「でも海に帰ってきてくれて嬉しいわ。オウィから覚醒したと聞いていたのよ。今は本当に覚醒しているの?」
「あの、覚醒…?」
ウィナが瞬きを繰り返していると女王は首を傾げた
「オウィの方から聞いてないのですか?」
「…そもそも、俺はオウィを探してきたのです…。ここの事も信じてなかった…。ただ、オウィと…」
あの街に帰りたかったんだ
「ごめんなさい、女王様…!オウィの所に行かせてください…!!」
勇気を振り絞って頭をさげる
何を思っているかは、顔を見ていないから分からなかった
けれども何とも言えない時間が流れた
「私の名前はスフィア。息子であるウィナに女王様と呼ばれるのは何処となく嫌な感じがします。…ウィナ」
鋭く名前を呼ばれて驚きを隠せない
頭を上げる事は出来なかった
「…はい…」
「貴方は………、陸の方が、恋しいですか…?」
震えている
泣いているのだとすぐにわかった
陸の方が恋しいのか
それは今はわからない
けれどもオウィと話さなければ何も進まない気がした
オウィがココにいると言えばウィナもココにいるだろう
「愛情をもってすれば痛くも痒くもない」
長老の言葉が脳裏を掠めた
「俺は…」
「オウィ!!」
案内された部屋に通されて数分経った後、急いで隣の部屋のドアを開けた
部屋の主は何やら石の板を読んでいてウィナの呼びかけに顔を上げた
「…ウィナ」
笑顔は見せなかったが変わらない表情と声でウィナを出迎えた
「オウィ…!なんで、こんな所にいるんだよ!それに何だよ!女王様の…スフィアの息子って…!俺の、血の繋がった、兄弟…!?」
「そうだよ、ウィナ」
焦りすぎてむせ返りそうなウィナとは正反対にオウィは冷静だった
「…黙ってて悪かったな。けど、そんなの信じるわけないだろ?だから黙ってた」
もう何も言う事は出来ない
これが夢オチな事を信じるしかない
「オウィ、俺より年上だよね…」
「そうだよ」
「なら、なんでオウィが皇子にならなかったの…?」
「俺は『架け橋』じゃ、無いからさ」
「…それって」
「そうだ。ウィナの父上と女王様が望んだ陸と海の架け橋。つまりもう一度海底神殿との繋がりを持つ事を望んでたんだ。でも俺は…、陸の人の血は継いでない」
「…なら、なんで陸に…」
「………禁忌さ」
オウィは泳いでいる魚に触れた
見える左耳の鈴が、まだウィナとオウィを繋いでいる証に見えた
「アバーナにも禁忌くらいあるだろ?例えば…未成年は1人で海に入れない、とかな?」
「…ある」
「あれの理由、わかるか?」
「…………」
ふるふると首を振ればオウィは頷いた
「ウィナの父上の事があったからだ。アレがあったから街の子を失わないようにする為に作られた禁忌。それと同じで、この街にも同じ禁忌がある」
海の子が陸に行かないようにする為に
青年の場合は女王に呼ばれた
じゃあ逆は?
オウィは誰かに呼ばれて陸に上がったのだ
「誰に…呼ばれたの」
「ウィナだよ」
ウィナが呼んだんだ
1人は嫌だ
誰か来てよ
何で俺だけ1人で置いてったの
「ウィナが願ったんだ。それでずっと海から見守っていた俺が行った。…誰にも言わずに。けれども女王様はそれを許してくれたよ」
俺は生まれて直ぐ陸に行った弟を守る為に禁忌を犯した
でも後悔はしていない
「…俺はお前の味方だから」
その言葉は前も聞いた
「味方なら…なんで、消えた、の…」
「…」
「俺の誕生日の為に行ったのに!!帰ってくるって言ったのに!!何で海に帰ったんだよ!!本当は誕生日のことなんて嘘だったんだろ!!全部全部全部…!!俺を海に帰したいから…!」
「違う、ウィナ。落ち着け」
「違うわけないじゃないか!じゃなかったら戻るはずがない!探しに来る俺を嵌めたんだろう!」
「違うから…。俺の話を聞いてくれ、ウィナ。昔のお前はもう少し物分りが良かったぞ?」
「昔って…、ずっと、そばにいた様な言い方止めてよ…。いきなり…消えた、く…せに…」
嗚咽が止まらない
水の中なのに涙が流れるのがわかった
泣き顔を見せたくなくて蹲ると椅子に座っていたオウィが立ち上がった
「ごめんな。裏切って。こんな奴が味方とか言っても信用できるはずないよな。でも、昔から見てきたのは本当だ。お前が小さい頃、海で遊んでいてあげたのは俺なんだからな?溺れない様に必死に支えてたんだよ?」
ぎゅうと抱きしめられる
慣れたけれど欲しかった温もりだった
「起きた?」
目を開けたと思ったのだけれどあたりは暗かった
「あぁごめんごめん。すぐに退かすから」
目の上に置かれていた障害物が取り除かれると直ぐに明るさを取り戻す
数度瞬きを繰り返して声のした方を向く
オウィが布を持って立っていた
「気分はどう?泣き腫らしてたから寝かせたんだけど」
「…だいぶスッキリした。ありがと」
「大丈夫」
起き上がり周りを見れば先程より明るく感じれる
「あ、もう朝の時間なんだ。というより昼に近い」
「ま、街の人達は…」
真っ青になって尋ねるウィナにオウィは苦い顔をするしかなかった
「多分、ウィナを探してると思う。俺と同じように探してるとは思うんだけど、流石にここまでは来れない」
ヒンヤリとした気持ちが胸の底から押し上げてくる
ルアンが心配してる通りだった
誕生日まであと3日
髪飾りを作るから待っててくれよ、と言ってくれたルアンの笑顔を思い出す
「…お、俺…やっぱり…」
「わかってるよ。俺はどっちでも大丈夫だ。陸に戻りたいなら俺が手伝ってやるよ」
どうする?とオウィが尋ねてくる
「じょ、女王様…。スフィアは…?」
「お前が寝てる間に返事は頂いてある。ただ女王様の独断だから貴族達が何を言うかわからない。行くなら今のうちだ」
陸の光に慣れていない海底神殿の者達は昼のうちに逃げ出すしかない
「…行く。僕の今の故郷はアバーナだから」
オウィが頷いた
「いいか?何があっても前だけ向いて泳げ。決して遅れをとるな。お前が陸に上がりたいと思えば、それで陸に戻れる」
海底神殿を抜けてどれだけの時間が経ったのだろう
沈むのは、ただ黙っていたら勝手に沈むのだが上に上がる場合は、ずっと手を動かし続ける必要がある
…息が苦しくならない
夢オチでもない気付いていたが、やはり自分は人と海の子なのだろう
「…オウィ」
「なんだ?」
先に泳いでいたオウィに声を掛ける
「オウィは…皇子であったのに、俺にその…取られて悔しくなかったのか?」
「王位継承権か?悔しくなかったよ?」
「なんで…?」
「そんなお堅い地位には、いたくなかったんだよ。そんな時にお前が王位継承権を得たんだ。俺ずっと下が欲しかったんだよね。お前を誰よりも支えようと決めたんだ」
別に俺はお前を恨んでないし、都合のいいように扱われるであろうウィナを守るって決めたんだ
そうオウィは言った
「俺は自由人なんだろうな。そんな奴が王になれないさ」
自嘲するかのように言うオウィにウィナは何も返せない
しばらく無言で泳ぐうちにオウィがウィナを振り向いた
「オウィ…?」
「泳げウィナ!!」
オウィがいきなりウィナの手を掴んで泳ぎだす
思ったよりもずっと早く泳ぐオウィにウィナは必死に食らいつく
「オウィ…、どうした…の」
泳ぐのに必死で中々言葉を出せないがオウィはウィナの後ろを一瞥して舌打ちをした
「やっぱり追ってきた…。ウィナ、あと少しだから浜まで必死に泳げ!もうここがどこだか分かるだろ…!?」
わかる
ここが浜からどのくらいなのか
海面から降り注ぐ日の光が眩しい
「泳げ!早く…、大丈夫、海の皇子だから誰よりも泳ぐのは早い…」
オウィの声がだんだん聞こえなくなる
ただ振り向いてはダメな気がした
「オウィ…」
手が海面を叩いた
海面から顔を出して腕を伸ばすと誰かに掴まれた
「ウィナ!!」
「ルアン…!」
久しぶりの陸は何故か馴染めない感じがして震えていた
直ぐに街の人が駆けつけてきてタオルやら毛布やらで包まれた
長老の家に連れて行かれ、長老がウィナの手を握る
「こんなに冷たくなって…、一晩も潜っておって、よくぞ戻った…」
ギュウと皺だらけの手で力強く握られる
ルアンのように暖かかった
その日の夜ウィナは入り江に立っていた
長老に呼ばれて、また待たされている
入り江に立ってはいるけど海には近付かないようにした
…いる
近づけば直ぐに海に連れて行かれる
せっかく戻ってきたのに2度と戻れないかもしれない
それだけは絶対に避けたかった
「ウィナ」
上から呼ぶ声がする
振り向くと階段から長老が降りてきていた
「長老…」
「また待たせてしまったな。どうじゃ?体は。辛くはないか?」
「はい、大丈夫です。…あの長老…、長老は海底神殿を信じますか…?」
長老が少しだけウィナを一瞥した
そして軽く頷いた
「ウィナ、前に話した青年の話は覚えているかな?」
「え?あ、海に行った…?」
「そうじゃ。その青年は海底神殿に行った…。わしはそれを信じている。そして海底神殿で…子供を持って…生き、て…」
最後の方は震えてよく聞き取れなかった
何故長老が涙を流すのだろう
縁のある人なのだろうか
「その青年はな、わしの息子なんじゃ」
「…え?」
「ルヤード…お前が消えてから、もう17年か…。ウィナ、お前の誕生日の前日でルヤードが消えてから18年になる。…ルヤードの誕生日の前日じゃった…」
長老の声が遠くなる
それじゃあ、俺は、つまり…
長老の孫でありルアンの従兄弟になるのか
「ウィナ、お主はルヤードによぉく似ておる。まるで生き写しのようじゃ。大きくなればなるほど、ルヤードにそっくりじゃ…。お主をもー少し背を伸ばせばルヤードとして生きていれるほどな…」
長老がウィナをマジマジと見る
ウィナはもう頭が混乱しそうだった
海底神殿の女王スフィアと長老の子ルヤードの間に生まれた子で、ルアンとは従兄弟で、オウィは自分の親違いの兄で、俺は…皇子で…
「お主を育ててくれたアグウィを覚えておるかな?そう、お婆さんのアグウィだ。ルヤードと婚姻していたのはアグウィの娘でな…。気の利く子じゃった。しかしルヤードが帰らなくなってから1年…、病気で亡くなった。アグウィは大変悲しんだ。そんな時じゃ、お主が来たのは。アグウィは生きていたら自分の娘とルヤードが子供を持つ頃だったからな。お主を引き取った」
じゃあ…
ルヤードが生きていた年数って…
「1年も、生きてなかったのか…」
「ん?何がじゃ?」
「ルヤード、さんは…、1年も…生きて、ないんです。だって長老…前に」
「そうじゃ…。ルヤードはもう死んでおる」
「…なんで、長老、この話…」
「…わしの父上はな、海底神殿から来たのじゃ」
「え!?」
「だから、わしはある程度海の者の声がわかる。…ウィナ、お主がルヤードの子供であり海底神殿の皇子である事も。全て知っておる」
絶句した
そうか…、オウィの前に陸に上がった者がいなければ禁忌なんて作られない
その禁忌を作ったキッカケが長老のお父さんなんだ…
「わしはお主のように陸と海のハーフじゃ…。まぁ地位は低いがの。ルヤードの小さい頃に、よく海と陸の架け橋となれ、と教え込んだものじゃ…。まさか息子に…わしのようなハーフを持つとは思わなかったがの。けれども、わしはハッキリ覚えている。ルヤードが死ぬ時にわしに言った…。架け橋は息子に引き継いだ…とな」
わしはお主に海からの架け橋になって欲しい
そう長老は呟いた
「…俺は…陸に…、でも、オウィが、海に…」
「オウィが海底神殿の者だとは見たときから知っていた。父上とそっくりのオーラをまとっておった。…けれどウィナ、お主は違う。気高いモノを持っておる」
「………俺は、嫌なんです。何かを失うのは。だから、長老…俺はオウィを助けに行きます。でも約束してください」
絶対に俺を忘れないで
ウィナは海に飛び込んだ
喜んでいる
ウィナが飛び込んだ事に
けれどウィナは振り払った
オウィを返して
真っ暗だった
ウィナが言っていた真っ暗な夢とはこう言うのを指すのだろうか
身じろぐだけで全身が痛い
そりゃそうか
待望の皇子を陸に返したのだから
遠くで何かが叫んでいる
あぁウィナか…
なんでいるんだよ、バカ…
「オウィ!!」
俺の、可愛い弟
「俺気付いたんだよね〜。陸にはクォーターのルアンがいるし、陸の架け橋は出来てるから海に行けとか言われたの」
「なんだそれ。おじいちゃんから言われたのか?」
「そうそう、言われたというより悟らされたって感じ?あ、そういえば娘生まれたんだって?おめでとう。何にも用意してないから次来る時までに用意しとくよ」
「いらねぇって別に」
「そんなこと言わないで〜」
「そういえばオウィは?」
「あぁ、今は海底神殿。母上が亡くなってから1年過ぎようとしてるし、何かしようかって事で、お堅い人達と話してる」
「お前は良いのかよ」
「俺はそーゆーの慣れてないから。海底神殿に行ってからまだ2年だよ?嫌になるよね〜」
「お前らしいといえばお前らしいな。あ、家は元のままだし、嫌になったらいつでも帰ってこいよ」
「本当?じゃあ家出先にするね」
「うわ、マジかよ。というかお前本当に海底神殿の王なの?」
「王って言われるとなんか嫌だなぁ。でもそうなんだよねぇ。でもまぁ海底神殿の人、とでも思っといて。あ、今年の海舞どう?」
「お前に勝る奴は出ないな」
「俺は水だからねぇ」
「ねぇそういえばルアンのお姉さんが海に嫁ぎに行くって騒いでるけど、本当なの?」