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第1話:大賢者は初心者を手伝う

 スタートポイントの神殿【ティガナ神殿】でステータスの確認を済ませた俺は、神官からクエストを受ける。しばらくは初心者がゲームのコツを掴めるように設計されたチュートリアルクエストを受けることになる。慣れれば十分ほどで終わるが、このクエストはスキップすることができない。浮足立つ心を抑えながら、無心で受ける。


 内容は単なるお使いクエストだ。村にいる雑貨屋のNPCに手紙を届けるだけ。俺がさっそく移動しようとしたとき、目の前で人影がポップした。


 LLO2はオンラインゲームだから、このようなことも珍しくないのだが、その人影は初期装備に身を包んでいた。一人につき一つのキャラクターしか持てないこのゲームでは、キャラクター削除をするプレイヤーはほとんどいない。新規登録者なのだろう。


 その姿は可愛らしい女性で、金色の髪がお尻に届くくらいまで伸びている。華奢な体躯に豊満なバストをひっさげた彼女は、自由にキャラクターを作れるゲームであっても見たことがないくらい綺麗だった。


 キャラクターの容姿は本人の顔の造形と体つきをスキャンしたデータを弄ることになる。大きく見た目を変えるのはほとんど職人芸の粋なので、そこまでこだわるプレイヤーは少ない。

 おそらく彼女の容姿はもともとこのアバターに近い美少女なのだ。


「わっ! えっと……失礼しました!」


 ゲームにログインしたばかりの彼女の目の前に俺が立っていたせいで驚かれてしまった。


「よくあることだし大丈夫だよ。えーと、初心者の人?」


「そうなんです。フルダイブ型のVRゲーム自体が初めてで……何をどうしていいか」


 彼女は困ったように言った。

 確かにフルダイブ型のVRゲームは現実のような臨場感がある。ある意味の異世界と言えるだろう。突然異世界に来てしまったら戸惑うのも無理はない。俺だって初めてログインしたときは何をどうしていいかわからなかった。


「俺はキャラを消してやり直してるんだ。迷惑じゃなかったらチュートリアルが終わるまでだけでも付き合うよ」


 彼女の見た目に目を奪われたからだろうか。初心者への手助けなんてほとんどしたことないのに、こんなことを言ってしまった。ナンパだと思われただろうか……。


「本当ですか!? 助かります! ありがとうございます!」


 俺の不安とは裏腹に、彼女は表情をパッと明るくさせ、喜んでくれた。


「まあ、こういうことができるのもMMOならではだからな。俺の名前はミナト。君は?」


 鑑定スキルを使えば名前を確認することができる。だが、聞くことにした。本来はレベル1で鑑定スキルは使えないからだ。隠しておく必要もないが、ある意味でチーターだということがバレるのはなるべく隠しておいたほうがいいだろう。


「私はえーと、ゲームの名前はミーシャです!」


「じゃあミーシャ、まずは神官からクエストを受けてみようか」


 LLO2のNPCには、人工知能が備えられており、ある程度自由な会話が可能である。従来のネットゲームではNPCは定型文しか話さないのが普通だったが、世間話程度なら対応可能だ。

 この神官のアバターは西洋風の男性で、五十代くらいの年齢に設定されている。


「ようおっさん、また会ったな」


「ふむ、またミナトか。よく飽きんものだな」


「転生はこれで終わりだよ。おっさんには世話になったな」


「そうじゃったか。……まあ、わしの仕事もやっと楽になるわい。達者でな」


 俺と神官が普通に会話していると、ミーシャが目を丸くしていた。


「NPCさんってこんなに自由に喋れるんですね……!」


「まあLLO2以外のゲームではここまで自由に喋らないけどな。本当、よくできてるよ」


 と、ここで話している時間がもったいない。別段急ぐ理由はないが、チュートリアルくらいはサクッと終わらせたいものだ。


「じゃあ、クエストを受けさせてくれ」


「うむ、そうじゃの。この手紙を村にいる雑貨商人【ゲリル】に届けてほしいのじゃが――」


「あーわかってるわかってる。お使いすればいいんだろ?」


 このクエストも何度繰り返したことか。

 NPCの会話を一言一句違わず答えられるくらいには繰り返した。


「ミナトは初めてじゃが……そこの子は初心者じゃろう? 形式というものがの」


「俺が教えるからいいよ。じゃあ、受けさせてくれ」


「ぐう……仕方ないの。じゃあそこの子、クエストを受けるかの?」


 ミーシャに俺と神官の注目が集まる。


「えっと……はい! 受けます、クエスト!」


「よろしい、ではこの手紙を渡そう」


 神官のおっさんがミーシャに封筒を渡した。

 俺は既にクエストを受けているので、後は一緒に手紙を渡しにいくだけだ。


「じゃあミーシャ、クエストも受けたところだしパーティを組むか」


「パーティって何ですか?」


 ミーシャはきょとんとしている。この様子だとVRゲームどころか、ネットゲームを経験したことがないのだろう。


「パーティってのは……そうだな、クエストやダンジョンの攻略のために短時間だけ一緒に行動する仲間、みたいな感じだな。言葉で説明するのは難しいんだが、一緒にいれば経験値が多く入ったりって恩恵がある」


「へー、そうなんですか! よくわからないけどお願いします!」


 まあ、初心者だとピンとこないのも仕方ない。

 俺は手の動きでコマンドを操作し、アクションからパーティ勧誘を選択。今ごろミーシャの目の前にはポップアップが表示されているはずだ。


「え、えっとどうすれば……?」


「AR画像が出ているはずだから、【はい】を選択すればいい」


 言われた通りにミーシャが手を動かす。


「あっできました!」


「これで完了だ。視界の左上に名前とHP/MPが表示されているはずだ。これがパーティメンバーの表示だから覚えておくといい」


「わかりました!」


 良い返事だ。これだから初心者の女の子とパーティを組むのは楽しい。


「じゃ、行くぞ」


 神殿を出ると、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。神殿は高所に位置するので、ここなら村全体を一望することができる。俺にとってはもう見慣れた景色だったが、ミーシャにとっては初めて見る世界だ。


「す、すっごいですっ!」


 俺も初めてLLO2にログインした時は同じように思った。どこまでも続く広大な空は、まるで本当に異世界にでも迷い込んだ気分になるし、日本人が思い描く中世風の街並みはRPGを知っている者なら誰しもが興奮する。

 匂いや温度、人の作り出す空気さえもリアルで、長時間プレイしているとどちらが現実かわからなくなることがある。


「……こっちが現実だったらいいのにな」


 つい、呟いてしまう。


「どうしたんですか?」


 ミーシャが俺の顔を覗き込む。

 こんな可愛い女の子に近くで見つめられたらどうにかなってしまいそうだ。


「い、いやなんでもないよ。それじゃあ、行こうか」


 神殿に続く階段を下ると、村の広場に出てくる。

 広場は青々とした芝生が広がっており、落ち着いた気分にさせてくれる。


 そのすぐ隣に雑貨屋はあった。ここの店主【ゲリル】に神官から預かった手紙を渡せば依頼達成となる。チュートリアルはここで終わらず、新たなクエストを受けることになる。


「またミナトかよ……」


 店主のゲリルは嫌そうな顔をした。俺は何度も転生しているので、そのたびにゲリルに手紙を渡しに来たのだ。ゲリルにとっては営業妨害なのだが、NPCはゲームシステムに逆らえない。


「そう言うな。俺の転生はもう終わりだし、今日は可愛い新規さんもいるんだぜ」


 後ろで隠れていたミーシャを紹介すると、ゲリルの顔つきが変わった。


「これはたまげたなあ。マジで可愛い子じゃねえか。おいミナト、どんな悪いことしたんだ?」


「何もしてねえよ。チュートリアルに付き合ってるんだ」


「へえ、じゃあ手紙預かるぞ。次のクエストはわかってるな?」


 ゲリルは二人分の手紙を受け取ると、中身の開封すらせずに次のクエストを出してくれた。


「えっと……次のクエストって?」


 ミーシャの声には少し不安が混じっているように感じた。


「喜べミーシャ、討伐クエストだぞ!」


「と、討伐ですかあ!? 私戦えないんですけど……」


「大丈夫だ。今から倒すのは【ウルフ】ってモンスターだが、めちゃくちゃ弱いから。一回の攻撃でダメージは1しか食らわない」


「ダメージ……?」


「視界の左上の一番上を見てみろ。自分の名前と一緒にHPとMP、経験値が表示されているだろ? 赤いバーがHPで青いバーがMPだが、HPの数字を見てみろ。レベル1の初期装備でも100は超えているはずだ」


「ほんとです! 102ってなってます!」


「狩場についたら俺がまず手本を見せる。ミーシャはそれを真似したら絶対できるよ。大丈夫そうか?」


「はい!」


 ミーシャの不安を払拭することができたようだ。ここはひとつ、かっこいいところを見せてやらないとな。

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