世界樹と迷宮と無法千万
俺は斬撃を避けなかった。いや、正確には避ける必要を感じなかった。
ズン!
『な…ぜだ…剣聖ぃぃぃぃ!』
「そりゃあ往生際が悪いってもんだよー」
剣が振り下ろされ、切断されたのは俺の背後、黒いチリになった筈のナニカ、そして今度こそその気配は消滅した。
…なんて事はない、事態は俺の見てしまった通りに進行してしまった。
「あらら、外しちゃった。」
俺は異能による回避をしたが、どうやらあの邪龍の言う通り剣聖の剣に異能や加護、運命の改変や事象の固定は通じない様だ。俺は落ちた左腕を異空間に収納し左肩の断面を外套で縛りスロットが増えたために余裕ができた外套の異空間から雪を出して中で固定した。
短剣は右手に持っているので構えたままだ。だがそれでも彼女と俺との間にある実力差は歴然だ。彼女は俺の対面にいるがそこから一歩も動かずに俺を斬殺できるだろうし、俺は彼女から逃げ切る事は出来ない…訳では無いが、彼女に斬殺されるのと比べると確率が低すぎて涙が出そうになる。
「なぜ殺そうとする。」
俺はきわめて平静に彼女へ問う。別に彼女に対して何も不貞を働いた覚えもなければ彼女の野望めいた使命に口出しすることもしていない、ナニカ目的があって殺しにきているのか…理由が知りたいと言うのもあるが、ダンジョンの最奥にてボスを倒したことで強制退去が始まりつつある。今は時間稼ぎのためにも会話を試みるべきだ。
「なぜ…何故って?そりゃあ痛い思いをさせてきやがった上に俺様の計画を滅茶苦茶にしてくれやがった憎いお前ととかげ野郎の使徒に吠えずらかかせたいと思ったからよ!二ヒャハハ!」
…おk、把握、あれは彼女では無い、おそらく彼女の遺骸に憑依した神と呼ばれるなにがしか、彼女の意識が奪われる前の発言から推測するに…
「ロキ、火の擬人にして閉ざす者、北欧神話におけるトリックスター…だったか?」
「二ヒャハ!正解だ。正解だとも若き雑種くん、正解した所で俺の機嫌が良くなる以上の効果はないが…つまらねえなぁ!お前はよ、いつまでそうして素面でいるんダァ?えぇ?こうか?これくらいすれば表情くらい変わるかよぉ?」
彼の本質は移ろい、そして邪悪、そもそも人類種の保護をしているはずの天上にある上位存在、いわゆる神である彼が俺たちに危害を加えてくるのも面倒くさいし、彼の機嫌の乱高下に付き合ってはいられないが、彼女の体で彼女のクビに剣をあてがったその行為は許せない、許せないが…
「クヒヒヒヒ…はぁ、だーめだ使えねえ、この女に依存してんじゃなかったのかよファッキンクソ餓鬼」
「残念ながら人を信じるなんて高尚なことは出来ないんでね」
今は耐えろ、彼は幸いにして短気だ。少し試して効果が出ないとわかればすぐに切り替える。智謀と言うよりは悪戯の神と言われただけある。
…だが、問題はそこでは無い、俺が危惧しているのはそこでは無い、自分自身が生き残るための行動があの光景につながるかもしれないと思うと思考が鈍る。ダメだな、人は1人でいるとこんなにも弱くなるのか……なんて、優しいことを考えながら彼女の身体を操る何某かをその肉体ごとどう消し去ろうか考えている自分に笑う。
「あ?何笑ってんだ?言っとくがさっき見てえな異能をこの身体に使ってみろ?こいつごと焼き尽くされた挙句俺は無傷だぜぇ?」
「それがどうした?」
「…は?」
ニヤニヤとしたいやらしい笑みが消える。
「そんなことがどうかしたかって聞いているんだ。探索ってのはいつでも想定外と命懸けの連続だ。仲間の1人や2人殺せなくて何が探索者だ。」
そう、あくまで探索では自身の生存が最優先、パーティーを組んでいても全滅するときはするし、それが明らかな原因によって引き起こされたのならばそれを切り捨てることになんのためらいも抱いてはいけない、仲良しこよしでやっていけるほどこの世界は優しく無いし、探索者と言う職業は甘く無い、特にダンジョンにおける最初期の攻略などその典型だろう。
錯乱した仲間は追い返し、無理にでも来るならば1人で死んでもらう。足並みをそろえられぬ者は必要ないし、圧倒的な強者ならばまだしも外界越えで疲弊し、普段通りの動きができない人間の脆いことこの上ないものだ。
「狂ってんなぁ!いいねそういうの、好きだゼェ?」
「そうか」
殺人を厭わない、あくまでルールの内側で生きているが故に我ながら狂っているとしか思えないが、秩序を守るための殺人というのもまた存在する。そんな俺に生えた異能が殺戮者とは…なかなかに皮肉が効いている。
(誰が殺戮者だ。クソが)
だが、それが最適解ならばその択を取るのだろうという確信もある。
「ま、いいわ、もう死ね」
彼女の肉体を使ったロキが剣を振るう。
大振りで、精密な異能と剣の共鳴、恐らく行動時に天使の時の様に意識を奪った状態で肉体の動きや戦闘法だけを抽出して使っているのだろう。
「それを待っていた。」
俺が待っていたのは大振り、今の様な上段からの振り下ろし、彼女の剣技の性質上剣のしなりを一定方向に集中しなければ威力が出ない、故に動きを途中で書き換えるのは非合理的であるし、そもそも彼女の中身は俺が本気で彼女を殺すとか思っていない、せいぜいハッタリ程度にしか考えていないだろう。
そのおかげかの彼女の顔は俺が踏み込んできたのを警戒せず吹っ飛ばした右腕をニヤニヤと見つめている。
「チェックだ。」
俺はくっつけて置いた後に異空間に突っ込んだままにしていた左腕に同じく喋っている間にしまった短剣を持たせて胸に突き刺す。
「は!?」
慌てて左腕を飛ばすがもう遅い、外套によって回収された右腕を接合し短剣に添えて押し込む様に踏み込み、身体強化と脚力、そして短剣によって加速した俺が外套から尖った丸太を召喚、射出、ゴリゴリっという音と共に彼女の腹に風穴が開こうとする。
「ばっ…!っはぁぁ!?」
おまけに爆弾を投げ後退、腕を飛ばされるが回収済み、足も飛ばされるが外套で跳ぶ。
爆発と共に強制退去、残ったのは天使の劣化の複製というだけあって意外と綺麗に原型の残った丸太の刺さったギリギリ息のあるかもしれない死体と両腕がなく、右足の飛んだ俺…
それがどういう経緯かこの周辺で最も栄えている大樹市、俺の故郷の探索者ギルドのど真ん中に出現した。
「…ふむ、ヤベェわ」
とりあえず吐血して倒れとくか
「…誰がこんな全殺しにしろって言ったのかな…」
とりあえず、生きている様で何より何より、死な安ってやつですよ
ひとまず、これで俺の孤独な一大スペクタクルは終わりを告げたのであった。
ひとまず、終わっておきます。
設定確認しないとヤバヤバのやば