剣舞と骸といつもの奴
魔眼というのは特殊な機能を持つだけではなく目の持つ本来の機能を大幅に拡張する。詰まる所魔眼の持ち主はそもそも目が良い人が多いのだ。
そして俺はクズとは言え魔眼の所持者、そして右目に至ってはその上からさらに魔眼を植え付けられている。俺は眼帯を外し異常に圧縮された視界に気分が悪くなりながら死ぬ気で相手の太刀筋を見極めた。
彼女が左腕を振り上げる。
「行くぞ」
踏み出せば止まる事はできない、短剣による狂化を薬で押さえ込みつつも自分を切りつけその深度をあげ、壊れそうな肉体を薬で回復しながら強化する。
…ヤク漬け戦法と言うのが一時期流行ったのを思い出したが、費用対効果的に微妙だったらしくすぐ廃れた。
それに水薬は治癒力や平静さという物を前借りしているにすぎない、本来は探索中に発狂したり傷を塞いだりする用でこんなバカみたいな使い方をすれば後々非常に危険な反動に襲われるだろう。
だが、それでいい。今この状況を、目の前の相手を打倒できなければ意味がなく。反動とかなんとか言っている場合ではない、本音を言えば魔眼をブッパしたいくらいだが、存在としての強さが明らかにそこらのボスや天使もどきと違う上に、やはり隙が無い、霊体さえ切り裂いたという彼女の剣が異能を切れ無いという確証もない、手札は完璧に決まると思ったタイミングでしか切れないのだ。
『ギアを上げるよ!』
「っ!」
そんなことを考えている間に彼女との間は漸く50メートルというところになった。そこから彼女の攻撃の苛烈さが上がった。
正確には、今までの攻撃において勝手に生まれていたロスの様な、突然弾け飛んでくる斬撃が意図的に増やされ、場合によっては全力では知らなければならない様な面攻撃すらしてくる様になった。
だがそれにより使える様になった策がいくつかある。…もちろん、回避のためのものだがな。
『ムー、殺す気は無いけれどそういう知ってる対応されると熱が入るよね!』
「やめてくれ」
面攻撃、詰まる所斬撃による網目状の壁の様な攻撃…なのだが、実は斬撃延長という異能には、ある致命的な欠陥がある。
「延長された斬撃は一撃だけ、だろ?」
『…正解!』
あくまで斬撃一つを延長しているだけであり飛ぶ斬撃の様な異能と組み合わせると非常に恐ろしい攻撃性能を得るのだが、それと同時に刀身から斬撃を延長していた時では考えられない弱点が露見する。
ま、じつは剣士くんと戦っているときに気がついたのだが、延長されとんできた斬撃は何かに当たれば霧散してしまうのだ。
勿論、当たったものは真っ二つだが、逆に言えば何かに当ててしまいさえすれば斬撃を相殺できると言うことである。
それによって強引に隙間を開けて壁を抜ける。勿論、彼女の斬撃は激しくなるが、溜めを必要としないだけあって威力はたかが知れており丸太が一瞬で粉になる様は恐ろしいが、それまでである。まぁ…
「そうはいっても油断すると細切れにされるんだがね」
回避を一回切らされた。ついでに言えば頬に浅い傷ができた。恐らく回避を貫通してきた物であると同時に、次は無いという宣告だろう。足に回す加護を増やし、更に加速する。
『オォー速い速い』
そんなことを言いながら彼女の斬撃は容赦なく俺の進路を塞ぎ、動きを制限し、確実に切り刻もうとしてくる。ジワジワと、速度自体にも慣れられている…だが、もう少しの筈だ。
負荷のかかっている部位、と言われてもほぼ素人の俺からすれば太刀筋から分かる事はそんなに無い、だが新しい異能である殺戮者と強化された手品が彼女の動きの中にある不自然な部分を見つけた。
殺戮者はナニカを殺すと言うのに特化した異能らしく。発動時は自らの持つ力量や異能から敵を殺すための次善策を叩き出し、受動としては殺すためのヒント、ある種の閃き、気付きの様なものを得やすくなる効果がある。
手品は強化前は手足の器用さが上がり、動きで相手を騙す技術を補正する様なものだったのだが、強化後はそれに加えて観察力や相手の視線を感じやすくなり、そこから転じて相手の注意が何処にあるかを直感的に悟れる様になった。
勿論、俺自身がそもそも感情を可視化する様な他者の何かを察するのが得意な気質であるのも幸いした。
「っ!」
『甘い!』
速力ではなく手品を使った錯覚による回避を織り交ぜるが、じりじりと削られている。だが、彼女が斬撃を乱打すればするほど、その動きが激しくなればなるほどに…彼女の体はその強靭さを失っていく。
それは彼女がもう死体であるがゆえの弱点であった。
右腕、左足、そして何よりも腰、外套によって見えにくくなっているが、彼女との距離が15メートルほどになった今なら補正なしでも分かる。
魔法剣士が右利きな時点で気がつくべきだったが、なぜ左腕で剣を振るっているのか、それは右腕と呼ばれる部位がそもそも存在しないからだ。
そして左足は骨が折れているのか腫れあがっており、人体の中心たる腰のど真ん中に穴が空いている。
一体何と戦えば剣聖がこんな死体にされるのか想像もつかない…ちなみに俺ならばこのダンジョンの五層や四層でもボケーっとしてれば一瞬でこんな感じか挽肉である。
「…っ」
斬撃がまた頬を掠める。が、次の斬撃は来ない、彼女は剣を構え、そしておそらく異能と組み合わせているのだろうが、まるで消える様に俺との距離を詰めた。
『さぁ、此処からは飛び道具なんて使わずに、殺し合おうか?』
死線が発動、俺はなりふり構わず丸太と爆弾で距離を取る。
何故か?…バカが、そりゃあそうだろうよ
『にゅふw』
「仮にも剣聖とまで言われあ奴とクロスレンジでなんて戦えるかよ…」
俺は一瞬のうちに切断され、服用していた治癒の水薬におかげかなんとか吹っ飛ぶ前に回復した右腕を肩に押さえつける。
他にも足、肩、色々と削れた部分はあるが…見た目上は無傷だ。
『だけれど勝機は此処にしかない、だろう?』
彼女の外套の下で何かが崩れ、黒いチリとなって消える。今の一瞬で何度剣を振るい、そして不完全な体のどれだけが壊れたのだろう。
俺は彼女の自滅を誘いながら、最後の最後に自らの手で彼女を殺さなければならない…だが、彼女はすでに骸、感じるべき痛みがないのならば、その最期まで彼女の斬撃は変わらない、一瞬でも気を抜けば…細切れにされるだろう。
『さ、いく「うるせえ、しんどけ」っ!』
言葉はいらない、俺は丸太を射出し爆薬をまき散らす。しかし彼女の姿は見失わない、俺はそうやって戦ってきたのだから、目の前にいるのが人ではない限り、それがなんであっても…
「火力で押し切る。さぁ!死ね!今すぐ死ね!」
たとえ、それが剣聖とまで呼ばれた女の死骸であっても、一切の同情も、油断も、感情的なあらゆるものを消して始末する。
どんな手を使ってでも、だ。
『…酷いなあ…』
丸太は大半が斬り飛ばされたが、彼女の身体にはしっかりと打撃痕が生まれており、顔だけは死守したのか、それとも本能的な物なのか、すでに壊れている左足が吹き飛んだ。
だがその程度だ。物資の半分をつぎ込んでこれならばまだ自壊を待ったほうがいい、改めてそう確認した俺は…手に石を持つ。その中にナイフや爆弾を織り交ぜながら外套から取り出し、投げる。
勿論大半は当たらないが、爆弾は容赦なく爆ぜるし、ナイフは避け損ねたりすれば刺さる。石は体を物理的に削っていくだろうし、そして何より…
『…ね、一体いくつ持ってきてんのさ!?』
「沢山だ」
俺が軽くなる。今までの階層で拾い集めてきたガラクタやら、丸太やら、そう言ったものを加速させて軒並み叩きつける。
斬撃よりも速く、異能よりも簡単に、そして確実に相手を殺したいのだ。
さ、質量攻撃のお時間だ。




