移ろうままに
カタコンベ、いわゆる地下墓地型ダンジョンはさほど強くもないボスが配置されていただけだった。
というかまさかソレが四回も、つまり九階層の終わりまで続くとは思わなかった。
「お前どんな精神状態だったんだよ魔法剣士さんよぉ〜」
「いやぁ…なんだろうね、病み期?」
彼女の遺体を核としたこのダンジョン、その最終回の手前がこんな階層だったとは思いもしなかった。
だが、カタコンベ型の最悪の点は斥候役、俺の様な罠の感知係がいないと良くて欠損、悪ければ即死の罠が豊富なところにある。
…ま、殺意が見え見えなので問題なかったが、所どころに消え切らなかった痕跡や残留した思念があるということは…そういう事なのだろう。
俺が抜けたから、と自惚れるつもりはないが、俺がいれば少しは生存者が増えていたのだろうか…
「弱肉強食、そして臆病な程生き残る。この世界の常識でしょう?思いつめても仕方ないでしょ」
「ああ、まあそうだな…」
陰鬱な雰囲気と相まって良い気分ではないが、仕方あるまい…そう思いつつこの様なダンジョン特有の最奥領域、いわゆる下への階段を発見、群がってきた亡霊を魔魂を少々捧げて焼き尽くし、骨やらなんやらを丸太で砕く。
物理無効の奴らがウザったい、元剣聖殿は…何体かを特に聖なる加護も何も受けていない剣で数体倒したのち、新しく手に入ったおもちゃである火球で始末している。
「っち…前なら非物質でも膾切りにできたのに…」
いや、何体かやってるし、というか多分純粋に彼らの核を切ってるって事ですよね、多分異能もクソもない状態で斬り伏せたって事ですよね…改めて人間じゃねえな、マジで。
「こんなんは普通さ、僕が対峙した中で一番ヤバかったのはやっぱり異能使い、それも魔法系じゃなくて君の回避や死線みたいな特殊系だけで戦ってた奴…どうやったらそんな異能が生えるのかわからない様な物で戦って、然も強いって…本当どうなってんだろうね」
改めて彼女の事を超越者だと思っていたら彼女は彼女で自分よりも上の、何やら因縁がある誰かを思い出した様だ。
というか具体的な戦闘法について何も言われなくても、魔法系でもない異能のみで戦うというのがどれほど異常なのか、理解できてしまった。
異能、大きく分けずともそれら全てが通常ありえない能力であり、多くの人類種が元から備えている機能から逸脱した力である。
その中でも魔法系と呼ばれる属性にまつわる何かを操作したり、放ったりすることができる物は持て囃され、基本的にその様な能力を持ち、ダンジョンを探索する者を魔法使いと呼ぶ…が、異能というのは何も魔法系だけではない、以前も話した通り、異能の多くは魔法系以外である。
そして、俺に新しく備わった魔眼や、一部の例外を除きその多くは何がしかの能力強化、知覚の強化、などの強化系と物理法則を超越した動作、斬撃延長の様な動作拡張系、そして一定条件下で発動する発動系の三つがある。
俺の場合、身体能力強化、脚力が異能という前置詞がないが強化系、回避が動作拡張、その他が発動系だが…基本的に俺は短剣や脚力や身体強化などで生まれる肉体の加速を利用した質量攻撃、爆撃が主力であり、異能のみで戦うなど夢のまた夢な脳筋構成だ。
だが、彼女がいうには彼は武器を持たず、ましてや魔法系の異能など一つもないらしい…ここまでくればもうわかるだろう。
異能だけで戦う。というのはトドのつまり、身体能力強化によって殴ってるわけでも、魔法系の異能を使っているわけでもなくて、動作拡張系や発動系のみ、若しくは発動系のみで敵をなぎ倒している。と言う訳だ。
「…それは…本当に人間ですか?」
そこだけ聞くと神や天使の様な権能めいた物を感じざる得ないが…
「いや、正真正銘探索者、然も多分今も生きてる。というか…君に前話した現在最高階梯の彼だよ」
「え…」
なんというか、異能ガチャに勝者などいないと思っていたんだが…異常なまでに引きが強い人というのはいるらしい、てっきり剣聖のような武技を極めた達人級の変態か広域殲滅魔法の使い手だと思っていた。
「ああ、まぁ…アレは…ある意味広域殲滅魔法でもあり、ある種の武技の達人といってもいいかもしれないが…努力を否定されているような気持ちになるのは確かだね」
まぁ、そうだろう。なにせソレはある程度の傾向はあれどほぼ運だけで生み出される奇跡、異能とも権能とも違うがソレも一つの非現実的な現実であり、格差である。
ま、その格差がいささか致命的、というか努力ではどうにもならない次元にあるのが嫌な所ではあるのだがね…
「そんな事よりもう階段だよ、道中ならなににも襲われずにしばらく休めると思う」
「地面が斜めでゴツゴツしてるのが難点だがな」
もうすぐにでも最終層、その手前で俺と彼女は十分な休息を取り英気を養った。次に控えるこのダンジョン最後の戦い、失敗しても成功しても、この四ヶ月近く1人で攻略してきたこのダンジョンともおさらばだ。
1人が2人になった今でも彼女の表情はあまり良くない、自分へのイラつきもあるようだがソレ以前に次の敵への懸念と不安が読み取れる。
そして出発の時がきた。
「言っとくけど、どんな風になってなにが襲ってくるかは私にもわからない」
「ああ、まあそうだろうな」
「けど確実なことが一つある。」
彼女と俺は花畑のど真ん中にいた。
周りの風景は前と同じで幻想的ではあるが、空間に亀裂が入りその奥にはダンジョンの持つエネルギー、その源泉が見え隠れする。
そこは星空のようであり、海の底のようであり、宇宙と呼ばれる空間のようだった。
そんな亀裂の先の光景に気をとられる暇もなく。俺の目は敵を見据えている。
『よく来たね、僕と僕の選んだ誰かさん』
墓はなく。そこには1人の女性がいた。
隙はない、いや、おそらくあってもそれはフェイクだろう。なにせ死線が無くても魔眼の発動や妙な動きを見せれば真っ二つにされる光景が容易に想像できる。
「これが全盛期の私…ね、確かにとんでもないバケモンじゃない」
「全くだな…」
『ふふふっ、仲がいいようで何よりだよ』
鮮烈な赤、紅ではなくまるで血のような赤い髪と瞳でこちらを見据える剣聖は優雅に宣言する。
『それじゃあ、殺し合おうか』
そこに選択肢はなかった




