歪み
痛みが来るより早く。俺は精神の水薬を服用し外套の一部を変化させて左腕の付け根を縛る。脇の辺りをきつく縛り、歯を食いしばって痛みに耐え、追撃に備えた。
が、彼はぽっかりと自分の胸に空いた穴を見つめ、その内側から這いずる様に出て来ては彼を癒そうとする肉塊に顔をしかめていた。俺としては好都合だが、吹っ飛んだ左腕は花畑の中心、墓の方まで飛んで行ってしまっており、今取りに行けばさすがに背後からバッサリやられて終わりだろう。右手一本で短剣を構え、左腕に纏っていた加護を左足に重点的に偏らせる。
そして短剣を掴む右手をを地面に置き走り出そうとした時、俺はとっさに転がり光る斬撃をかわした。
「っち…殺しきれない、か。」
今のは延長ではない、明らかに空を切った剣から斬撃が飛んでいた。それに俺の左腕を飛ばした技も斬撃延長では説明出来ない、俺は油断なく彼を見つめると同時に、肉塊の様になっていた二人の人形が取り戻されているのが見えた。また行動を開始されれば今度こそヤバイと思ったのだが、その予想は覆された。
「はぁ、役にたたねぇ人形どもだったが…こう言う使い方もあるんだよ」
そう言って彼は彼女らの方に駆け寄り大楯使いの胸を貫いた。
「な…」
「ストックはあとひとつか…あの女顔さっぱり役に立たなかったなぁ」
大楯使いの少女は体の内部に明らかな異物を入れられた事による吐き気、痛みからか目の焦点が合わなくなり、やがて動かなくなる。
異能使いの少女は無表情で体を痙攣させ糸でつられたかの様に起き上がり、焦点の合わない瞳でこちらを向いた。
「さ、一対二、しかもあんたは片腕がない…さっきは少し驚かされたが…ククク、形勢逆転だ。」
「…」
神というのはどうしようもないらしい、俺はここまでの邪悪というものに触れたことが無いとは言わないが、親戚どもでもこのやり口は無いだろう。もしここまでやる様な奴らならばそもそも俺を生かしておけるとは思えない、きっと何処かで俺のことを殺していただろう。
そう考えると神というのはいささか完璧からは遠いものらしい、完璧で無いなら間違えもするだろうし、もし完璧ならこんな馬鹿げたことにも意味はあるんだろう。
「だが…」
俺は…っ!
「こんなものを許せるほど、聖人君子じゃ無いんだよ」
切り札を切る。
俺はもう一度彼に突貫し、彼は笑みを浮かべてそれを受け止めようとする。おそらく彼の先ほどの異能は絶命に至る様な危機的状況でのみ使えるのだろう。
仮にそうでなかったのならば自分が窮地に陥ってもそれを温存して置ける様に見えない彼が、あの異能を使わない理由がない、なればこそ俺が突撃するのならば彼はそれを受け、腕か足を飛ばし、彼女を殺し、その上で俺を悠然と殺すだろう。
「ああああああぁぁぁぁ!」
「さぁやってみろよ卑怯者、さっきみたいに吹っ飛ばしてやるよ!」
接敵までおよそ5秒…2秒…
見えたっ!
「『燃え尽きろぉぉぉぉぉ』」
右眼が煌めき眼帯が吹き飛ぶ。全身の加護が吹き飛ぶがそれも想定内、調整によってそれ以上を失わなかった俺は視界内にあった『糸』そして『彼の存在』を燃やす。
突撃のための運動エネルギーはギリギリの所で丸太へ移され、俺は急ブレーキによって軋む体の痛みに耐え、唖然とした表情で黒い炎に燃やされる彼が吹き飛ばされる様、そしてまるで突然自立できなくなったかの様に崩れ落ちる異能使いの少女を見てほくそ笑む。
「クソっ!クソっ!なんだこれは!なんなんだこの炎はぁ!!」
炎に巻かれるまでもなくその体を末端から灰にされ、徐々に動けなくなっていく彼、その威力も納得だろう。俺は両手を見てきっちり魔魂がゼロになっているのを確認する。
『ほう…我が加護を三階梯分全て薪にし、手持で階梯を引き上げ残りを全て燃やし尽くし、その上駄目押しで自らを包む加護を捧げたか…』
「ああああ!がああああ!」
代償、それは肉体、加護の一部を捧げる事を指す。反動があり、それに応じて威力が上がるのは検証済みだった。あとはその応用、捧げる対象を制御すれば良い、そうすれば肉体的な損失なしでこの異能を利用できる。
『ククク、無い知恵を絞った、という訳か愚か者、なかなか悪くなかったぞ…くふふふ』
何がそんなにおかしいのか知らないが剣士君は思いのほかあっさりと、いや、精神と肉体その両方を燃やし尽くされ最終的に自我も人間性すら失った。
「あ…あ…?」
そこにはただただ消えゆく自分を受け入れることもできず。しかし抵抗することも出来ずに燃え尽きていく彼の姿があり、その顔はやはり俺の知る彼とも、先ほどまでの彼とも違う別の何かだった。
…
「はぁ」
俺は息を吐き、一応彼女を拘束し、墓の方へ腕を回収しに行った。幸い彼の切り札の切れ味が良かったのか断面はとても美しく。力みながら腕をつけ治癒の水薬を掛け、飲むことでどうにかくっついた。まぁ、しばらく重いものは持てないだろうが、無くなったりしなくて本当に良かった。なにせたった独りなのだ。腕が減っては生存確率は半分以下だ。
くっつけた安堵からか、それともひとまずの敵を倒したからか俺の気は少し緩んだ。
そこまでは良かった。そこから俺は最初から目に付いていた墓を調べた。
調べてしまった。
「これは…」
「にゅふふ…触ったねぇ〜?見てしまったねぇ?」
すぐ隣にいたのは異能使いの少女、しかしその気配は、感情の波は俺の知る中でたった一人しかいない物だった。
剣聖
いや、
「天使!」
「ザッツライト、その通りだ。そして君にはこの光景を見る権利はまだ無い、今日の所は記憶を消させてもらうよ」
加護により体が固まる。邪龍の加護が強ければ抵抗もできるのだろうが、まだ俺の加護のメインは世界樹のものだ。彼女の、天使の行動阻害を突破できない、彼女の手が俺の額に当たると意識が暗転し送り込まれてきた時と同じ様な浮遊感が俺を襲ったのが最後の記憶となった。
「全く…私の制御を世界樹を介して奪うなんて、悪戯が過ぎるね…」
天使は自らに付けられた天上に逆らうことの出来ない枷を疎む。
それが自ら望んだこととはいえそれをダシにして自らの意思を奪われることを嫌う。
そんな彼女は今しがた借りている抜け殻を見て悪い笑みを浮かべた。