冒険の書は…
哀れみだ。憐れみだ。俺は神だかなんだかに好き勝手辱められたのであろう彼らに対し、今ようやく憐れみという感情を抱いた。いや、抱かざる得なかった。それによって多少の良心の呵責が起きたが思考をカット、首と頭の接合面が蠢き一体化した所でまるでマリオネットにような動きで今再び異能を放ち始めた。
そして時を同じくして剣士くんの感情が爆発する。色のついた視界が黒く、赤く、まるで濃縮された殺意と憎悪の塊だがその中には嫉妬や羨望が混じっている。
「なぁ、なぁなぁなぁ卑怯者さん!」
その口調は今までの彼を知る者にとってはいささか乱暴が過ぎた。だが、しかし、どこか彼の本質を感じさせる口調だ。
彼は斬撃延長という紛れもなく強い異能を持っていた。なにせ剣士としての将来が約束されたような異能だ。さぞかし羨まれ、将来を期待されたであろう。その異能に違わぬ剣の才能を持ち、整った顔立ちと強さはある種の英雄を思わせるような、物語るに値する主人公めいていた。
「どうしてだ。どうしてなんだよ卑怯者さんよぉ!どうしてお前が生きていて、おれがしんでんだ!」
しかし、さっぱりとした青年という面は飽くまでも人付き合いを円滑にするための物、いつだったか俺が探索者組合で適当に稼げる依頼を受けようとした時、未だ探索者になりたてだった彼らに軽く助言をした時、俺の目はたしかに見えていた。
俺の手にする第一層の依頼を見た時に彼が発した明らかな『侮り』『嘲り』、そして俺のその時点での階梯とこのダンジョン探索の初期メンバーにして生還者の一人だと知った時の『嫉妬』…残念ながらその頃から、いや、実家にいた時からそれらの感情に慣れてしまっていた俺はいつも通りとそれを受け流していたが…その時から気がつくべきだった。
「なんで、どうして、テメェみたいな糞が生きてて俺らが、俺らが死んでんだよ!オカシイだろ、いまだってよ、何が世界に命運だ。何がこのダンジョン最後の探索者だ。お前は卑怯者で、お前は俺の引き立て役で、お前は!お前なんか!」
彼の感情は、明らかに常軌を逸していたのだと、自分以外を脇役とし苦難に自らを投じて必ず勝利できるという慢心、そして最悪自分以外がどうなってもいいというその考え方、人間的なそれらのちょっとした願望が、想いが、彼は明らかに強すぎた。
それは彼が仲間の反対を押し切り俺をダンジョンの中、しかも第四層で囮として置き去りにした時にわかっていた。いや…そこで漸く俺は彼の狂気を見たのだ。
「そもそもどうやって生き残りやがった!?道具使いのクソホモ野郎の道具か?それともお前を先輩と呼んで慕っていた肉壁から何か吹き込まれたか!?」
彼は自分を受け止めてくれた盾の少女の髪を千切らんばかりに掴み、引きずり、喚き散らす。
盾の少女は苦痛に顔を歪めることもせず長耳の少女と同じように、その感情を読み取ることもできないほどに、いや今さっきまでの発露が嘘のように人形となっていた。
ああ、嫌なものだ…
「それとも、お前の実力だっていうのか!そんな貧相な武器で、敵と戦うのに爆薬やら丸太やら奇策やらを弄さなければどうにもできない臆病で、卑怯で、周りの被害を考えるよりも先に自分が相手を殺すことしか考えてないようなお前の、実力だってのか!?」
目の前の彼は剣士くんであってそうではない、たしかにどこかそういうところがあったのは否めないが、最期の彼を見ていない俺にはその慟哭が自分の妄想なのではないかと思えて来る。
彼はそういうやつだった。そう考えて彼を敵としてしまった自分の妄想、勝手な決めつけから生まれた幻なのではないか?
俺は目の前で人型の怪物が喚く様を何処か俯瞰してみていた。いや、正確に言えば俯瞰せざる得ない程に彼は上位存在的なあり方をかなぐり捨てていた。
「…やめろ!俺をそんな目で見るんじゃネェ!」
剣士くんは俺の瞳、その視線の意味に気がついたようで激しく激昂した挙句剣を指揮棒のように使い命令する。
「人形ども!その命で彼奴の力を剥ぎとレェ!」
その効果は劇的だった。
「あ…がっ…助け…」
「いや、いや、いやぁぁぁぁ!」
まるで内側から何かに食い破られるかのように、胸が内側から盛り上がり何か光り輝くおそらく彼らの核、首でも脳でもなくあの核によって彼らは動いているようだ。そしてそれが有るのは心臓部…まぁ、それがわかった所で彼らに何かしてやれるわけでもなく。攻撃を受けてやる道理もない、核を中心に全身に血管のようなものが表層に出てくると思うと目が危険を訴えてくる。
ナニカ別のものななろうとしている彼女らに丸太を投擲し火薬を爆発させる。が、無意味、というかさっきから小石などを投げてはいたが効果が無い、爆風や巨大質量なら多少は効くと思ったが、努力むなしく彼女らは肉肉しい木のような物へと変貌し俺に向かって根で攻撃し始めた。
そして何をもって彼が俺の力を削ぎ取れといったのか、それはすぐにわかった。




