久方振りの帰還
太陽とはかくも素晴らしいものか、ある探索者の言葉だがそんなことを思い出してしまうくらい久しぶりの外は安心感と静けさに包まれていた。ただ残念なのは太陽ではなく月と星空がきらめく夜空だった事、そして周囲が急激に熱された後に冷却された様な、何とも形容しがたい有様だという事だ。
「やぁ、お帰り、君は成功してくれてよかったよ」
「…今日はいつになくフレンドリーだな」
フッと気配を感じる間も無く背後から抱きしめられる。虚乳だが、女性らしい柔らかさと久方振りの人間的な暖かさに涙が出そうだが…
「とりあえず事情説明は明日にしてくれ、眠い」
「えー、そこは激しい戦いによって刺激された生命の本能が暴走して僕をベッドに連れ込むとこ「早くしろ」はいはい」
俺は彼女の拘束を振りほどくと世界樹に付属していた探索者ギルドへと向かう。周りは瓦礫の山だった筈が今では塵となった様々なクズや新たな斬撃の跡など色々とツッコミどころはあるが、世界樹は新たな芽が順調に育っており、探索者ギルド跡地や俺が前までいた場所などまでは綺麗なまま、瓦礫のままだった。
「はーい、お帰り…ん?」
まるで自室に帰ってきた時の様な安堵感が急激に俺を襲い、意識が明滅する。ぽん子が俺の方を見たときに訝しげにしていたがそんなことよりフートンデヌークヌクの方が重要なのだ。
「君…もし……」
意識は羽毛布団に吸い取られた。
夢、夢なのだろうか?
『戦乙女よ、いやエインヘリヤルと混じっているな?天上はどうやら切羽詰まっていると見える。』
『そんなことよりなんで罪食いの邪龍が彼に憑いてるの!』
俺は自分以外の誰かによって肉体を操作されており、まるであの邪龍の様な語気で存在に喋っており、その目の前にいる燃える様な紅い髪をした刺突剣の剣士が武器をこちらに向けていた。
『感謝したまえ神造の肉体に愚かな意思を宿らせし半英霊よ、この凡愚は我が力の爪先の垢程度のソレに勝利したはいいが死にかけておってな、丁度良く血を浴びて倒れたので擬似的に不死になってもらった。』
『っ!早くその身体を返しなさい!』
彼女が剣を閃かせると衝撃の様なものが身体を通り抜け意識が明滅するが…どうにもならない、と言うかあのクソ邪龍人様の体を何だと思ってんだ。あと赤くなってもわかるぞポンコツ天使ぃ…テメェも何で普通に剣技で殺しに来てんだっ!
『破魔の剣技…いや、此処では異能だったな、種族的にも魔力のない世界というのは慣れないものだ。』
カラカラと笑う俺の声、ぴたりとそれが止むと俺の声は真剣な声色になった。
『半英霊よ世界樹の管理者の一人として聴くが…この迷宮を早急に攻略するというのは貴様の意志か?それとも天上の指示か?』
…何が言いたいんだこいつは?そもそも天上の端末であり人類を補助する為に生み出された天使に自意識を問うなどナンセンスだろう。
『…間違いなく天上の指示です。私情が混じっていないといえば嘘になりますが、これはこの星を再び人類史のあるべき姿に戻すための処置です。』
『ふん…どうだかな、天は未だに意志の統一ができていないように見える。もし仮に天が人類史という儚くも美しい絵巻物を修繕したいのならば貴様のような量産品に任せれば良いだろう?異界より力を汲み出すなど…おかしいと思わんのかね?』
邪龍の思考が少し流れてくる。そこからわかることは少ないが、少なくとも何を疑問に思っているかは理解できた。前世界の滅亡という巨大な損害はあったものの天上には世界樹の苗や天使、そして新人類を生み出す余裕は十分にあり、今も世界樹の苗を生み出せていることから新しく始め直すくらいのことは出来たはずだ。
だが、そこまでは俺たちも承知している。おそらく俺たちは…捨て駒だ。
そんな思考は肉体とは関係なく。状況は進む。俺の今の状態は邪龍の生み出した状況だ。どうにも出来ないし、どうにかしようとも思っていない、だがこいつの質問がされてから俺が思考している間一時も目を話してはいないようだが目の前の紅髪は動かない、天使特有の天上との接続に似ているが…次の瞬間まるで電池が切れたように髪色が白に戻りノイズがかかった音声が人型から聴こえる。
『当機の記憶、思考を切断…消去します。…ファフニール、少し遊びがすぎるぞ、大人しく殺されていろ』
次の瞬間衝撃が俺の体を突き抜け、俺の意識を支配し肉体を縛り付けていた何かが吹き飛ぶ。
『ッハ、やはりか、いいだろう貴様がその気ならば精々邪魔してやろう…クハハハハハ!』
口ではなく俺の脳内に捨て台詞を残すのをやめろ、と言うか寝かせろマジで…
帰還して最初の眠りは著しく邪魔され、何か厄介なことを聞いた気がするが俺の様な奴に関係はないし、そもそも天上がどうしようがどうしようも出来ない、探索者とは世界樹の加護を受けた天上の端末、会社でいうなら天上が社長で神が部長、天使が係長で俺らが下っ端だ。
ま、天上と神、神と天使の間には隔絶した差があるしそもそも存在的に逆らった所で、という所がある。
諦め、とは違うかもしれないが俺はそう受け入れているし、恐らくだがその様に誘導されているのだろう。
『そう思考できる時点で異端だがな』
黙れ、さっさと去ね出来ればもう出てくんな
『くくく…そうだな、もう会う事は無いだろう、少なくともこのような形ではな』
そう言って今度こそ声が消えると全身から凄まじい音が聞こえ、何かが弾け、意識が飛んだ。