四階層三階層二階層(帰り)
ボスを倒す事でしか下の階層にはいけないが帰るときは怪物を避けさえすれば戦闘せずとも帰ることができる。
「ま、流石に吹雪は地形効果だし、ついでにそこに適応した狼の群れは撒けないか…」
まぁ、そうは言っても下から登るときは基本的に中央部のボスエリアからポンと出てきてしまうわけで、それこそスピード特化でもしてないとこんな怪物の群れの中から逃げ切ることは不可能だろう。
やれない事もないが、自らの身体を考慮しながら移動しないと次の階層で痛い目を見るのでそんなことは出来ないわけだ。
「3…2…1…抜刀」
だが、相手は異常個体でもなんでもないただのボス、そしてその取り巻き、普通はパーティー全員が階層はその階層と同程度の位階でもって継続戦闘が可能と言う定説があるが…少し試してみてもいいだろう。邪龍の魔剣、その力を…
盾をしまい、右手に白く少し長い短剣を、左手の短剣の形をした鉄の塊を持って視界に映る危険を時系列順に排除する。
薄い赤から濃い赤、致命的なものは黒い靄の様に次々と飛び込んでくる敵の群れ、若く。比較的に浅いダンジョンだからできる試運転は右手の剣がいかに異常かを知らしめた。
(軽すぎるし、鋭すぎるな…)
動きがワンテンポ早くなり型が歪みそうになるので修正、持っているだけでも能力向上効果が多少ついているのか踏み込みが深くなりすぎたり突進が早くなりすぎているので修正、一太刀振れば斬撃延長などの異能を持っていないのにもかかわらず空気ごと一メートル先まで剣撃が飛び、中途半端に傷ついた相手が強化されるが傷が深くトントンくらいに落ち着く。
十体ほどの狼を斬り伏せたあたりで異常に気がつく、寒い、酷く寒い、今までも相当に冷え込んでいたがそれを考えても度を超えている。
その辺りで自分の手から血が滲んでいるのに気がついた。
仕込み刃、隠し刃、言い方は色々あるが持ち手にカミソリがついている様な状態で剣を振り回していた俺は周囲の冷え込みに呼応して温度の下がったヤイバとそれが体内にあるという異物感にやっと気がついた。
「っ!クソが!」
慌てるのは一瞬、呪うのは一生、一時的に異常なまでに強化された為か、それともこの剣の呪いなのか暴走していた理性は一気に冷え込み自刃による強化が切れない内に異能によって周囲を冷却している白い大狼に向かう。
幸いスペックは異常なまでに強化されている為一歩一歩全力で無くても今まで無闇矢鱈と足を止めて戦っていたのを辞めるだけで周囲は良く見えるし、敵への距離もぐっと近づく。
「というか強化じゃねぇじゃねぇか、狂化だぜ、こんなもんよぉ!」
邪龍のほくそ笑む様な、我が意を得たりという様な顔が何故か脳裏に浮かぶが非常に腹立たしいのみで百害あって一利なしである。
振り回すのではなく振り回されていては世話が無い、武器と言うのは凶器であって味方ではない、相方であるが恋人ではない、切るも切らぬも切られるも死ぬも殺すも使い手次第だ。
大きく踏み込んだ雪原が溶ける。
ぬかるみが生まれるがそれより先にもう片方の足が雪を蹴り、水に変えて前に進む。白狼はこの階層全てで50匹、今目の前には十数匹だが、先程から息遣いや鼓動、何より殺意が見える。今までの暴走状態で半数減らしたがもう半分入るだろう。
俺は加速状態で外套から爆弾を射出、勿論一個一個はただの火薬の塊、燃え出す筈もないがその内の一個が着地したのを見てから加護の一部を使うように調整して発火させる。手首の赤い印が一つ消え外套の効果で今まで俺にかかっていた運動エネルギーが全て火薬玉に加えられ適度に散らばりながら周りを囲む雪と狼の目の前で爆発、数体の痛ましい鳴き声と周囲の冷却が一旦止まり吹雪が止まる。
どうやら吹雪はダンジョンが階層に付与したものではなく狼のボスの持つ能力だったらしい、しかし其の加護がなくなっても狼は怯まない、爆発を免れた背面から俺の喉笛を嚙み切らんと狼が飛びかかってくる。
「はぁ…ふぅ…」
三方向からの同時襲撃、真後ろと左手側を外套で貫き、右側に剣を振れば空気ごと切断された勢いで発生した真空波の様な衝撃が問答無用で狼を開きにした。
「ま、上がりすぎた身体能力で振られただけなんだけどね…」
血糊もつかない程鋭いのではない、血糊がつかないほど速く。そして何より刃ではなく押し出したまわりの空気で切断している。
短剣そのものも確実に凄まじい切れ味だが、自刃を前提としたこの武器の最も重要な点はヤイバを使わないが故の不壊、妙に刀身が厚いのも、装飾も、あらゆる物は異界の呪物などの印ではなく効率よく真空波を発生させる装置…
「これは鑑定したのをそのまま信じた俺が悪いなぁ、用心はしとくもんだ。」
俺は奥歯に仕込んだ最後の精神の水薬によってもたらされた束の間の平静のまま舞い上がった雪に紛れて突撃してきたボスを丸太で串刺しにした。
「ほらな?」
白かった筈の雪原は紅く染まり、右手の甲の数字は3461何やかんや全部殺してしまった。ついでに拾った火薬を盛大に使いすぎたかと思ったが、あれ以上強化された肉体を動かせばどうなるかわかったものではないし、そうなると短剣でとどめを刺すのは難しい、丸太をしまいながらそう自己弁護しつつ精神の水薬や丸太、様々な物資の抜けた穴を埋める様に綺麗な毛皮を集め三階層への接続点へと向かう。
この階層はボスの産み出す吹雪のせいで迷いやすいが実際そこまで狭くないのですぐに見つかり嫌な予感がするので強化状態が続いている今のうちに3階層に上がった。
勿論、短剣はしまうがな?
そして上がってきた三階層は…何もなかった。
正確に言えばアリンコさんやワーム野郎はいたが動きが緩慢で、今の俺の速力で駆け抜けられた。
短剣のせいで下はひどい目にあったが、下と違いこの階層は中央部に放り出されてもボスが周回するタイプの階層なので問題なかった。強いて言えば新しい上への接続面が放棄された蟻塚の中にありたどり着くまでに結構な時間をかけさせられた事ぐらいだろう。
うん、
「ま、異常なレベルの強化個体が出た反動だな」
こういうことは稀によくある。