最近気を失いすぎな希ガス
目がさめる。と、同時に嘔吐、二日酔いとかそういう次元ではない、痛みと気持ち悪さとが合わさって脳が目を通して直接光で焼かれている様な感覚が身体中を駆け回る。
だが芯の部分はクレバーに、激情に流されては狂気に犯されていた時と何一つ変わらない、それはマズイ、とりあえず治癒の水薬を目に直接かけ、痛みを少しでも抑える。残った精神の水薬もガブ飲みして強制的に平静状態になる。短剣を持つ手を強く握り、歯を食いしばって起き上がる。
周囲を見回せば其処は噂通りの白い砂浜と青い海のコントラストが美しい観光スポットの様な場所だ。一つ問題があるとすれば手の甲の数字は増えているのに死体が消えていないと言う事だ。
数値的にはたしかにボスだ。それは間違いない、だが現状ではただの怪物と同じく死体となっているだけの様に見える。
というかそもそも殺意を持ってみただけで相手がなんであろうとあの黒炎で焼くとかどうなっているんだか…しかもボスを殺すための薪としてなのか、それともただ単に反動が凄まじいのか加護は全て吹き飛び、右眼と頭が酷く痛むとか聞いてないから、なんなんだのその自爆仕様…あのクソ邪龍が!
右手は短剣を持つために使っているため左手で目を覆っているが今の状態は非常にバランスが悪く。視界も狭まっている。この状態でこの階層が元の状態を取り戻せば俺は瞬く間にミンチだろう。
痛みのあまり震える膝や身体を押さえつけながら前に倒れる様に進む。
幸い巨大なウミヘビ型の怪物はその頭を砂浜に打ち上げているので、近づくのは容易だ。自分が平常ではないのに今の状態が平常かどうかを見るなどバカバカしいというか、無理に近いのだが魔眼擬き使いである故にある程度はわかる。
ざっくりと言うならこいつは死んでいる。
左しかない視界に映る危険やあらゆる生命活動の様子が周りの風景と同化している。つまりは周囲と同じレベル、物理環境と同レベルの生命活動しかしていない、と言う事だが…砂浜と言う環境下では呼吸も、代謝もこの海蛇くらいなものだろう。そんな状態では生物は生きられない、なので死んでいる。と判断する。
だが、死体は消えていないな…何故だ?
「あの黒い炎に仕掛けがあると思うんだが…」
…この頭痛と痛みの2コンボが確実に精神を蝕んでいる今の状態であの説明めいた解析結果を思い出すのは非常に嫌だが、どうにも探索者になってしまった自分の好奇心が疼く。
「この『燃やす』って言うのが気になるな…」
しばらくこの死体を背もたれにして解析結果を読み直しても直感的にこの文字列が気になると言う以上の情報を得られなかった。
とりあえず緊急用の治癒の水薬と貰い物の精神の水薬を使い切ったがまだまだ厳しかったので麻痺毒を少量飲む。神経系に作用する毒なので全身の感覚が鈍くなることを期待してほんのひと舐め、本当に極微量口に含み飲み込む。
すぐに全身の感覚が鈍化する。ちゃんと成功したのに胸をなでおろしつつ短剣を持つ手と膝に力を込め立ち上がる。
この死体をよく見れば炭化した部分も多いがどう見てもそれだけでは死なないだろうと言うレベルで原型が残っている。有り体に言えば綺麗すぎるほど綺麗に死んでいる。
普通火に巻かれて、それも絶命する程に燃やされた物体はほとんどが炭化しているか、それか…まぁ、酸欠などだろうか?それでも普通燃え尽きるまで燃えるのが炎というもののはずだ。
だが、この炎は明らかに中途半端に、物体が燃えていたのではなく何か別のものが突然燃え尽きた様に消えている。
俺は右手に持った短剣を死体に突き刺した。
その瞬間、まるで今絶命したのを思い出したかの様に肉体は姿を失い、光となり膨大な力の奔流と成る。俺はその光の柱を見届け、痺れる体に鞭打って本当の出入り口、前の階層との次元接続がなされている結界へと足を進める。
今、あの体が消えた事で溜め込まれていた異界の力は急速に分散しその殆どを世界樹の加護を受けた探索者を通して世界樹に回収され、純粋な力の源に変換される。そしてその後暫くすれば元の階層の風景と生態を取り戻すだろう。俺はそれまでにこの無人島の中央、次元の断層によって怪物には入れない領域となっている出入り口に入らなければならない、流石にこの状態で襲われれば万事休すだ。
「はぁぁ…終わった。か…」
いつもの様に短剣を弄ろうかとおもったが、指先の感覚が薄い、全体的にしびれと痛みによる震えが止まらない、ついでに言えば今更ながら死の恐怖と命をすり減らす様な体験の数々に吐き気と目眩が止まらない、ああ、きっと帰れば暖かなベッドと食事とあのポンコツ天使が待っているだろう。人に触れず、喋らず、思えば独り言以外で何か言ったのはあの龍との会話くらいだ。
自らの意思で探索者となった俺は、今もルーキーの様な震えに襲われている。
だが、体とは裏腹に心は…馬鹿だと思うだろうが今もこの階層の下を、このダンジョンの下を目指そうと疼く好奇心が芽生えていた。
それが、世界樹に、天上によって調律された感情だったとしても、俺はきっと構わない、弱くて、卑劣で、自分が信じられない俺が一人でも戦えるのはその気持ちのおかげだから、だから俺は…探索者なのだろう。
帰るまでが探索だ。気持ちを入れ替えよう。




