???階層
なんだこのロックンロールな数は…と言うか階層計算でボスの分を抜いて行くとさっきの銀色のやつは1匹99魔魂、つまり一体で100魔魂なのか…ヤベェな。
そう言いながら久し振りに目を酷使しているのと異能による回避という既知ではあるが慣れない感覚に膝をつく。息を吸って落ち着きながら周囲の安全を確認するが…
「ま、あの速度で動くからなぁ…」
気を抜かなければ俺の視覚は常に拡張状態だ。この迷宮からの抜け方や一瞬先の未来を見るには少し力を入れないと駄目だが、逆に言えばあんなものとまともにやり合う為に探索へ力を注ぐのはあまりよろしくない…
「つうか、第三階層短かかったなぁ…」
今更だが第三階層、内側からワームを斬り殺したが、普段ならあんな嵐は吹いておらず。ボコボコと巨大な穴や蟻塚が乱立濫造されている階層、怪物によって作られた環境そのものが敵といっても過言ではない場所で、天使に聞かされるまでそういう場所だと認識したままだった。
ま、あの強化を見る限りダンジョンによって蟻さんはエネルギーに変換されてしまったようだが…
「まさか過剰にエネルギーを注がれたボスを倒したから転移にズレが生まれて特殊階層に飛ばされるのか?」
仮説としてはありえなくはない、カエルはリスポーン速度が異常に強化されただけであれ自体にテコ入れは入っておらず。あの豹は前見た時と違う姿だったので未だ強化の方向が決まっておらずエネルギー総量としてはさほど変わっていなかったと見ていいだろう。
だが、あの環形動物野郎は違う。確実に環境ごと変化させられ、残ったリソース全てを注がれた完全な強化個体、有り体に言ってイレギュラー、ボスの持つエネルギーが次の階層への扉となるのならば、その量が変われば行き先が変わるのはある意味当然だ。
思考にふけりながら体力の回復を待っていると迷宮の雰囲気が変わる。
いや、俺の方が転移させられたようだ。片膝を立てて短剣を持ったまま壁に背を預けていたが、いつのまにか目の前に砂が積もっていた。スタート地点だ。
「時間経過による強制リスタート機能付き、か…あの銀色はレアポップかな?」
というかそうであってほしい、魔魂は美味いがどう考えても格上、連戦になれば死ぬ。
「はぁ…」
足に力を入れて立ち上がる。疲れは取れたのでさっさとこの迷宮から抜けることにする。目に力を入れ外套を少し大きめに拡張する。視覚は地味ながらも変化を見せこの迷宮の意思を汲み取り俺に伝える。
「じゃ、行くかな。」
ダンジョンは侵入者に敵意を向ける巨大な生物の様なものであると同時に、何故か侵入者に対してどこか優しい、それは例えば階層の出入り口、接続点にある別次元の結界、それは例えば解除できなくはない即死トラップ…多くはリソースの都合や、ダンジョンの構造上の欠陥、若しくは確実に殺すために奥へ誘いこむ罠として説明されるが、探索者の多くはそれらに甘んじ、若しくはそこを利用している。
その内思うのだ。
『本当にダンジョンには意識があるのではないか?』
と…
実際、俺の目には薄いながらもこのダンジョンが持つ意識、敵意を感じることができる。それを罠の感知や、今の様に階層を抜けるためのヒントとしたりする。
三、四十分歩くと何やら大きな空間と巨大な気配の手前まで来た。
その間戦闘はなかったので、怪物は間違った通路に配置されるお邪魔らしい…また来れると限らないので何体か、倒そうとも思ったがよく考えなくても俺には時間がないし、回避も一回使った為に残り二回、もしかするとワームの時も発動していたかもしれないので残り一回だとすると階層に確実に存在するボスを相手にするには確実に残しておかなければならない、一直線に正解をたどってきた。
…だが…少し後悔している。
俺はもう少しよく考えるべきだった。
ここで現れる雑魚が100魔魂を落とすならば…ここのボスは1000魔魂級、つまり通常階層で第百階層レベルの怪物であるかもしれないと…
「考えてなかったわけじゃないんだがね…」
その存在感だけで体が震える。
それは宝石の様な瞳で俺をじっと見つめてくる。
『久方ぶりの来客か…いや、幾星霜ぶりだったかな?』
声帯では無くこの世界の異能にはない体系を持った力ある言葉の羅列が世界を、大気を大きく震わせる。
安全マージンはカケラもない、と言うかそもそも人類が第百階層などと言う階層に辿り着いたのはもしかしなくても初かもしれない…生還できれば、だがな!
『さぁ…人間が龍たる我の前に立った…となれば我はそれがどんなものであろうと、向けられる感情にも、人間性にも構わずこうするのが正解だろう?』
瞬間、俺の視覚は痛いぐらいの赤に染まり、それが示すところはどう足掻いても確実だった。
『さぁ、殺し合いだ。』
「っ!」
大きいとはいえ閉鎖空間、そして的は10mはあろうかと言う龍、爬虫類系で最悪に例えられる恐竜型や竜型、その先を超えたダンジョンそのものが変化した姿と言われる魔獣レベルの怪物、それが暴れるには狭すぎる。
『では、先手を打たせてもらおう。』
口が開く。視界はどこもかしこも赤赤赤…いや!
「死んでたまるかよ!」
『そうだ!それでいい矮小なる凡人よ、せいぜい死ぬな!』
熱線が、まるで太陽の如き輝きを放つ光の放射がダンジョンを削り飛ばす。俺の視覚は赤を超えて白に塗りつぶされながら自ら宙を舞っていた。